表現者たち

表現者たち

「貴様ァ! 音楽に政治を持ち込むとは何事だぁ!」
「ち、違うんですっ……僕は……」

言い分けはするなぁっ!

 殴るようにカウンターテーブルに叩きつけられる拳。ガシャン! まるで憲兵のような衣服に身を包んだその男は、威嚇するかのように周囲を睨み付けた。

 レトロ感漂うバー。店内は週末の夜を過ごそうとしている客によって賑わっていた。だが……その場の空気が澱み、重く沈んでいく。抗弁しようとした少年は唇を噛んで押し黙った。

「そうそう、そうだぞ。奥ゆかしさ。それが肝要だ」

 憲兵じみた男は満足げに頷き、舞台上の少年に近付いた。

「お前たち娯楽提供者が、事もあろうに社会に口を出す。ふんっ、格好つけおって。それは実に奥ゆかしくない。奥ゆかしくないよなぁ~。んん~?」

 男はうつむく少年の顔を覗きこむように、腰を屈めて下から顔を近づけた。

「音楽に政治を持ち込んだ。それを知ったらお前のお母さんは泣くぞぉ。んん~? それに世間だってどう受け取めると思う?」

「う……うっ……ごめんなさい……僕がバカでした……」
「んん~?」
「世間はきっと……『こっちは娯楽を楽しみたいだけなのに』……『イキがって社会に楯突くようなことを言い出しやがって』って……『お前らはどうせ批判しかできないくせに』……『余計なこと言いやがって』……って、そう思うと思います……」

 うんうん、男は再び満足げに頷き、優しく少年の肩に手を置いた。

「そうだ。よくわかってくれた。いいか、お前のやったことは社会に……言ってしまえば世間に泥をかけるような行為なんだぞ」
「はい……」
「その結果が何を招くのか……世間から爪弾きにされ、後ろ指を指され、人生を棒に振る。そういうリスクがある。わかっているのか?」
「はい……」
「そしてお前の行為は都の『公益と公の秩序に基づく健全なる表現に関する条例』に違反しているわけだが……」

 男は首もとの「普通」と刻印された襟章を指でとんとんと叩き、強調するようにして少年に言った。

「たとえ都が見逃そうとも、我々『普通の人々』が見逃すことはない。我々はたとえネットの片隅だろうが、ここのような場末の酒場だろうが。常に目を光らせ、空気に乱れが生じていないかを監視している。そのことを忘れるんじゃないぞ、いいな、少年!」
「……はい」
「よろしい! 少年、お前の名前は?」
「ナル……です」
「うむ……ナル。では最後におじさんからアドバイスだ。奥ゆかしさを忘れるな。空気を読め。場を乱すな。お前たち娯楽提供者はエンターテイメントに徹していればいい。余計なことをしなければ、出る杭として打たれることもない。いいな、ナル」
「……はい」

 男は優しく微笑み、温かい眼差しでナルを見つめた。

「良かったよ……安心した。これでおじさんも手荒な真似をしなくて済む」

「なんちゃって」
「……ん?」

なんちゃってっ!

 突き出される危険な中指立てポーズ! ふてぶてしく豹変するナルの表情!

「少年っ!?」

「空気を読め? 場を乱すな? 知ったことかっ! 後ろ指を指される? リスクがある? そんなことは……百も承知だ!

 ナルは両手を広げ叫んだ! 「それでも僕は……唄うんだっ!!

 その迫力にたじろぐように後ずさる憲兵男。ナルは構わず、その細身の体で堂々たるアカペラを唄いだした。

 その唄はまるで物語だった。

 貧困の中、希望を失うことなく力強く生きる人々。社会保障を事実上絶たれ、孤立した中で貧しさと戦う母と子。そのささやかな日常の喜びをナルは朗々と唄い上げていく。

 そして……その場にいた人々は確かに見た。母と子の幸せの光景。胸が潰れそうになる辛い現実。孤独。それらが蜃気楼のように浮かんでは消えていった。調べが淡く光る色となり、まるでオーロラのように唄とともに辺りを包み込んでいく。

「き、貴様っ! まさか……『表現者』かっ!?」

「あぁ、そうさ。そして……僕は誰憚ることなく唄い続ける!」

 ナルは唸るようにして叫んだ!

「なぜならこれが僕の魂。僕が社会とともに歩んできた結果。僕を育んでくれた社会へと、僕が返していくものだからだ! ……そして!」

 ふぅっと軽く息を吐いた。

「誰もが……自分の想いを吐き出し、笑いあえる。ニヒルに斜に構え、他人の想いを冷笑する必要もない。笑われたり後ろ指を指されたり、生活できなくなったり。そんなことを気にして萎縮する必要もない……」

 ナルは微笑んだ。

「そんな社会の方が、僕は好きだな。どうですか?」

黙れ黙れ黙れぇぇえーーー!!!

 憲兵男は激昂した!

「奥ゆかしくない! そんなものはぜんっぜん、奥ゆかしくないっ!」

 唾を飛ばすように叫ぶ!

「貴様が『表現者』であるのなら! もはや容赦はせんぞぉ! 我らがKYST戦闘術(空気を/読み/その雰囲気で/敵を制圧するの略)の恐ろしさ、とくと思い知らせてくれるっ!」

「あっそう」

 ナルは大胆不敵にダブル中指立てポーズ!

【続く……かは不明】

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