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ズンドコガイ 第一話

「さあ、きみはどうする?」

 と、少女は言った。

「俺は……」

 唾を飲みこむ。時は刻一刻と過ぎさっていく。もはや待ったなしの状況だった。ふるさとが滅びようとしている。汚ならしい、俺たちの、ズンドコ街区が。頬をぴしゃりと叩く。荒々しく息を吐きだす。気合いをいれろ。覚悟を決めろ。少年、ガンタ・カンタ・ガンタは。

「俺は、やるよ」

 ……そう言った。

 少女は微笑んだ。その両手がそっと、ガンタの頬に触れた。ゆっくりと、その顔が近づいてくる。「え……?」っと、戸惑うガンタの唇に、柔らかく少女の唇が触れた。それは優しい口づけだった。ふわりと、いい匂いがした。

「じゃあ、イクよ」

 これは接続の儀式なのだ、とガンタは理解した。ひとつになるのだ。一体となり、ふたりは……。少女は受けいれるように腕をひろげる。

「きみのガッツを、見せてくれよ」

 刹那、ふたりは光に包まれた。
 目覚めようとしている。
 悠久の時を超えて──大いなる巨人の力が。

 その、数十分前!

 なんなんだこれは、なんなんだこれわ!

 薄闇に包まれたバラック街を、少年、ガンタ・カンタ・ガンタは疾走していた。身にまとうボロい作業着はぐちょぐちょで、首からさげたゴーグルはカタカタと、散ってく汗は、後ろへと置き去りだ。悪そうな目つきを見開いて、ガンガンと出まくるアドレナリン。脳がしきりにアラートを発している。死ぬ。このままだと間違いなく死ぬ。殺される!

「あッ!?」

 光がガンタを照らしだす。追跡するように光は上空から照射されている。

「やべえ……やべえッて!」

『優しい……言葉を……使い……ましょう』
『批判……がましい……態度をあらため……ましょう』
『感謝の……気持ちを……忘れず……に』

 白いイカのような機体が三つ、音もなく宙を滑ってやって来る。ハーモニーのように奏でているのは、ナメくさった「シティ人倫標語」ってやつだ。シティ人倫委員会の執行マシーン、その名もダンガイ。それが、すぐそこまで迫っている。

「死ぬ……絶ッ対に死ぬ!」

 足がもつれ、手で地面を掻く。転びそうになりながらも方向転換。路地裏へと転がりこむ。最悪な誕生日だ。最悪な誕生日だった。十五になったとたんに、いきなりこれだ。なんなんだいったい。なんなんだこれわ……。

 汚ねぇごみをかきわける。「にゃー」猫が逃げだす。「すまん!」「にゃー」路地裏を抜ける。そこにバタタタタ、とバイクが現れる。バイクはガンタに並走した。

「おい、ガンタ。おめえナニやったんだよ」

 ゴリラだ。ガンタのダチ。ゴリラというのは本名で、見た感じもほぼゴリラだ。モヒカンで革ジャンなので、かろうじて人類だとわかる。ゴリラの声音は、ムカつくぐらい呑気だった。

「あ!? 俺が知りてえよッ!」

 ガンタは手と足をブンブンと振り、全力疾走を続けながら叫んだ。

「理由は連中に……シティ人倫委員会のやつらに聞いてくれッ! 俺は、ナニもやってねえし!」

「ナニもやってねえの?」

「バカ! ゴリラ! タコ! そう言ってんだろッ!」

「あー……そうか。じゃあ、ケツ乗るか?」

「もちろん、言われんでも!」

 ゴリラのバイクはガンタの前へ。ガンタはつかみかからんばかりに手を前へ。その手がブンブンと空を切り、「うがー!」という叫びとともにゴリラの大きな肩をつかんだ。そして飛び乗る! そこに、二人を照らしだす光。追いつかれてしまった。来てしまった!

『議論とは……反シティです』
『疑問とは……反シティです』
『逃走とは……反シティです』

「い、行けェーッ!」

 ガンタが叫んだ。ブルンブルン、ゴリラがアクセルをふかす。フルスロットルだ! ゴオン! バイクは瞬間、前輪をあげ、急加速をはじめた。みるみるうちに、白い機影は遠ざかっていく。ガンタは尻をもちあげ後ろを振りかえった。

「やーい、やーい、バーカ! アーホ!」

 尻をたたく!
 ガンタはすぐに調子に乗るのだ!

 ブーン、とバイクはバラック街の路地を駆け抜ける。「うるさいよ! 何時だと思ってんだぃ!」バラックのなかから罵声がとんだ。ガンタは振りかえる。「ごめんよ、ジグばあさん!」返事のように、バラックの窓からゴミが投げ捨てられる。

「あ」

 とゴリラが言った。

「ん」

 とガンタは前を見た。

「「あ~!?」」

 眼前に、あらたなダンガイが迫っている!

『ガンタ・カンタ・ガンタは……反シティです』

「うわうわうわ!」
「おいバカやめろ!」

 パニックになったゴリラが急ハンドルを切った。バイクは横倒しになる。ギャリギャリギャリ! 路地を滑っていく!

「「うううわぁああああ!」」

 バイクは壁に激突し……ガンタは、宙を舞った。

 あ、俺、死んだわ。

 ガンタは、そんなことを思った……。

 ガンタ。シティはね、生きているんだよ。
 えー。うっそだあ、じいちゃん。だってシティって街だよ?
 嘘じゃないよ、じいちゃんはね、嘘はつかないよ。
 ほんとかなぁー?
 ほんとだよ。ずっと、ずっと、ずぅっと昔はね、シティは歩いたり、走ったり、それからなんと、宇宙を飛んだりしてたんだよ。
 えー。そんなわけないじゃーん、ゲラゲラゲラ!
 ほんとにほんとに、そうだったんだよ。それからね、シティの心臓を司る巫女と、脳を司る……がいてね……。
 うっそだー。ゲラゲラゲラ!

 ……。
 …………。
 ………………。

「……痛ぇ」

 ガンタは目を覚ました。

「なんか、死んでねぇし」

 全身がギシギシと痛んだ。ガンタは我にかえる。ゴリラはどうなった……? あいつ、生きてんのか? あれから、どれぐらいの時間がたったんだ……?

 鼻をひくつかせる。

「……臭ぇ」

 ガンタが大の字になっているのは、どうやらゴミ溜めのうえのようだった。ガンタは目を細めた。薄闇のなか、見あげる空にはいつも通り、宝石を散りばめたような満天の輝きがある。しかし、それは夜空の星ではない。偉大なる「シティ」の灯だ。

 シティ。フラクタクル構造さながらに、無限増殖を続ける空前絶後の巨大都市。それは陸も海も空をも覆いつくして、さらにはありとあらゆる方向へ、どん欲に増殖を続けて幾星霜。

 だからガンタが見あげる先、天を覆い、宝石のような灯をともし、重力に逆らうようにこちらに向かって屹立する街々もまたシティなのだし、ガンタがいる、この汚ならしいバラック街もまたシティなのである。とにかく、どこもかしこもシティなのだ。

 ガンタはひとり、ぽつりと呟いた。

「相変わらず、キラビヤ街区はきらびやかなものですなぁ……」

 シティは複数の街区に分かれていた。街区とは、いわばシティの細胞だ。実際、どういうわけだか細胞のように、街区は分裂、複製、増殖を繰り返している。

 上空で瞬く灯はキラビヤ街区のものだ。ラグジュアリーを売りにして『洗練。高級。キラビヤな生活。あなたはきっと、この街と恋に落ちる』だとか、ナメ腐ったポエムをうたいながら、住民募集をしている新興街区だ。

 そしてガンタたちがいるのがズンドコ街区。ド底辺。クズの集まり。マジで汚い。キラビヤ街区に空を覆われて以来、陽はささなくなり、常に薄暗く、ズンドコ街区のクズ度はますます向上。もし仮にズンドコ街区にポエムをつけるのであれば、『ド底辺ですが、それがなにか?』になるだろう。それぐらいクズでゲスな住民たちの集まりであり、しかもなおタチが悪いことに、住民たちは完全に開きなおっているのだ。

 ガンタは目をしばたいた。
 シティの灯が瞬いて見えた。

 シティはね、生きているんだよ……

 なぜか、今は亡きじいちゃんの言葉を思い出した。ガンタは「じいちゃん……」と呟き、ハッと我にかえる。そうだ。いまは、それどころではないのだ。

「動か、ねえと……」

 なんとか身を起こす。

「ん」

 薄闇のなかを、ギュラギュラギュラと、こちらに向かってくる影があった。

「なんだありゃあ。戦車……?」

 ガンタは目をすがめた。それはいささか頼りない、丸くて小さな戦車だった。戦車のハッチが開く。男がそこから身を乗り出す。このバラックだらけのズンドコ街区では場違いな、瀟洒な制服に身を包んだ美男子が現れた。美男子はガンタを指さし、何かをしきりと叫んでいる。

 なんだ、バカオレオじゃねーか……。

 バカオレオ……本名はオレ・オレオ。ズンドコ街区の街区長だ。つまりは一番偉い人……のはずだが、みなは彼のことをバカオレオ、もしくは単にバカと呼んでいる。戦車が近づき、オレオの叫びがようやく耳に届いた。

「ガンタ! 貴様、なにをしでかした!」

 ガンタは吠えかえす。

「俺はッ! ナニもッ! やっちゃ、いねえッ!」

 戦車はガンタの前で止まった。オレオは眉をしかめ、ひとこと「匂うな」と言った。「うるせぇ……」そう返すガンタを見おろしながら、ハンカチで鼻を覆い、オレオは続けた。

「こんな辺境の地に人倫委員会が出ばってくるなぞ……ただごとではないぞ?」

 ガンタはムスッとにらみ返した。

「あ? だから俺はナニもやってねーし、ナニも知らねえって言ってんだが?」

「……そうか」

 オレオはため息をつき、呟いた。

「実は最近、中央からは嫌な噂ばかり聞こえてくるのだ……実際、これはゆゆしき事態なのかもしれん」

「嫌な噂?」

「ああ。どうやら人倫委員会の締めつけが強まっているようなのだ……まあ、それぐらいならまだいいのだが」

「よくねーよ」

「まあ聞け……なかには、問答無用で滅ぼされた街区もあるらしい」

「滅ぼされた!?」

「ああ、そうだ。中央は、そのための専門部隊まで用意していると聞く……」

 オレオはエホン、と咳払いをした。

「あー、ともかくだ。人倫委員会も通告なしでいきなりこれだ。いくら中央の機関とはいえ、私としても遺憾である。私がとりなしの労を取ってやるから、まずは官舎まで来い、ガンタ」

 腕を組み、フン、とガンタは鼻を鳴らした。

「まあいいけどよぉ、そんなことよりゴリラがよぉ……」

 ……と言いかけ、ガンタは、

「あ~!?」

 と、オレオの背後を指さした。「むむ」と振りかえるオレオ。直後、上空からの光がふたりを照らしだした。

『優しい……言葉を……使い……ましょう』
『求めるよりも……まず責任を……』
『感謝の……気持ちを……忘れず……に』

 白い機影が三機。ダンガイだ。迫りくるその勢いは、あきらかに問答無用だった。ガンタはうめいた。

「や、やべえッ!」

 オレオはハンカチを持ったまま、慌てたように両手を振る。

「ま、待ちたまえ! 私はズンドコ街区長、オレ・オレオである……」

『ガンタ・カンタ・ガンタは……反シティです』
『反シティは……重罪です』
『反シティを……かくまう行為は……反シティです』

「え? は、え~!?」

 と固まったオレオに、ダンガイ下部に設置された殺人光線の照準が向けられた! 「なんで!?」

「なめんな……」

 その瞬間、ガンタは吠えていた!

「なめんなぁッ!」

 戦車をよじ登る。「うお!?」と叫ぶオレオを押しのけ、頭からハッチに体をねじりこむ!

「ふんぎぎぎ……」

 体を無理やり押しこんでいく! 両腕で天井を押さえて突っぱり、グンと車内へと潜りこむ。ドカッ! 狭い車内にまっ逆さまに落ちた。

「なんだなんだ!?」

 と操車席に座っている小柄な女性。シマリスだ。

「ガンタ!?」

 砲手席から素っ頓狂な声。ぽっちゃりとしたポンコ。

「どけどけどけェ!」

 無理やり操車席に体を割りこませる! シマリスの体に密着。「ちょ、どこ触ってんだ!?」押しのけ、ハンドルを握る。額にはタンコブができているが、気にしている場合ではない!

「うおおおおお!」

 トップギア、アクセル全開! 戦車は急発進! ギャリギャリギャリ! 「うわわわわ!」ハッチから乗り出したままのオレオの体が後ろに倒れる。直後、殺人光線の閃光がゴミ溜めを貫いた。ギャリギャリギャリ! 旋回! 「あわわ……」オレオは振り回される! ギャリギャリギャリ! その向かう先はゴミ溜めの山だ!

「無理無理無理!」

 叫ぶシマリスを無視して、ガンタは吠えた!

「俺らがやられっぱなしだと思うなよ! ズンドコ魂だッ!」

 ギャリギャリギャリ! ゴミ山を駆け登る! オレオは目を回している! ダンガイが迫る。ゴミ山の頂点に達する。戦車の傾斜角は四十五度だ!

「照準!」

「はあ?」

「しょ、う、じゅ、ん、だよッ!」

 今度は無理やり砲手席に体を突っこむ。「ガンタ!?」頭はポンコの胸に埋もれている。ポンコは頬を赤らめている。が、気にしている場合ではない! 「うおお!」砲塔回頭! 照準よし! ガンタは目を見開く!

「やってやンぜッ!」

 発射! ドォンッ! 赤い軌跡を描き……砲弾は、一機のダンガイを直撃した。ボゥン。火を噴き、ダンガイは落ちていく。ガンタは拳をにぎりガッツポーズを決めた!

「やったぜ!」

「「いやったあ!」」

 シマリスとポンコも歓声をあげる!

「ん」

 ガンタは耳を澄ませた。

「……ガンタぁ」

 どうやら目を覚ましたらしいオレオが、ハッチの外に上半身を出したままで、情けない声でわめいているようだ。「来てる……来てる……ッ!」

「クソッ」

 車内からは状況がわからない。ガンタは砲手席を離れ、オレオの横に体をつっこみ、無理やりハッチから顔を出した。「んん」そこには……「あ……」こちらに照準をあわせたダンガイがあった。

「「ぎえ~!」」

 ガンタとオレオは抱きあい、同時に叫ぶ。ピピピピピ……と、ダンガイの銃口に殺人光線が集束していく。

 もう……ダメだ……!

 と、その時!

 二時の方角、バラックの屋根からヒュルルル……と煙をあげながら、なにかが飛来してきた。チュドーン! それはダンガイを直撃。炎をあげ撃墜!

「あ!?」

 ガンタは大きく目を見開く。バラックの屋根の上。そこにはいたのは……携帯式地対空ミサイルを肩にかついだ、ゴリラだった。

「ゴリラ!」

 ガンタは身をねじり、ハッチから飛びだす。ゴミ山を駆け降りる。「ゴリラ、お前……!」駆けながら、ゴリラに手を振る。ゴリラは屋根の上で爽やかな笑みを浮かべていた。ガンタに向けて親指をたて、サムズアップ……

 ドカーンッ!

 ゴリラのいるバラックが爆発!

「ゴリラーーッ!?」

 その揺らめく炎の向こうから……一機、二機、三機、四機、五機とダンガイが姿を現す。

「あ……」

 後ろを振りかえる。青ざめ、絶望に震えるオレオの背後、ゴミ山の頂の向こうから、一機、二機、三機、四機と白い機影が浮かびあがった。

『優しい……言葉を……使い……ましょう』
『批判……がましい……態度をあらため……ましょう』
『欲しがる……前に……貢献……を……』
『求めるよりも……まず責任を……』

 ダンガイたちは人倫標語を奏でながら、静かにガンタを取り囲んでいく。

「あ……」

 銃口に、次々と殺人光線が集束していくのが見えた。

『ガンタ・カンタ・ガンタは……反シティです』
『反シティは……重罪です』
『感謝の……気持ちを……忘れず……に』

 腰が抜けた。ゴリラ……すまねえ……俺は……俺は……。ガンタはゴリラを思った。

 仇もとれねえ……。

 ダンガイどもの銃口がひときわ輝き、直後、四方八方から殺人光線が降りそそぐ。

 死んだ!

 ガンタはそう思った。万事休すだ。目をつむる。あーすればよかった。こうすればよかった。いろいろな想いが駆け巡ったが、後悔先に立たず。降りそそぐ殺人光線に包まれる。ガンタは無惨に焼けていく……。

 はずだった。

 あれ?

 なにも起きない。生きている。なんで? ガンタはおそるおそる目をあけた。目の前に背中が見えた。……は? その背はガンタをまもるように立っている。それは、可憐な少女らしい背中だった。

 どうゆうこと?

 光線は消えさっていた。かわりにキラキラと、殺人光線の成れの果てと思わしき、カーテンのような輝きが降りそそいでいる。ガンタはポカンと口をあけた。

 どうなった? 俺は助かったのか?

 ってか、

 少女の背をまじまじと見る。

 ……誰?

「やあ、はじめまして」

 煌めきのなかで、少女は振りかえった。揺れるピンク色の髪。鮮やかなブルーの瞳。タイトなトップスにひざ上までのスパッツ、大きなスニーカー。美しい少女だった。まるで、時が止まったかのような瞬間だった。なにもかもが輝いて見えた。少女は名乗った。

「ボクは、アトミック・プルコ」

 そして笑った。

「ボクはきみに、助けてもらうためにきたんだ!」

 それは、はちきれんばかりの笑顔だった。ガンタはすべてを忘れて、その笑顔を見つめてしまった。心臓が高鳴っている。頬が、耳が、熱くなるのを感じていた。

「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」

 少女は手を振った。そして前を向き……飛んだ!

「はあああ~!?」

 と口を開けて驚くガンタを置きざりにして、少女は……プルコは文字どおり宙を舞っていた。光の煌めきを伴いながら、その飛びゆく先にはダンガイがある。

「そんじゃ、ぶっ飛んじゃってッ!」

 プルコの下からのフックが、一機のダンガイを貫いた。貫通した破壊力がダンガイ上部へと浸透、派手に噴きだす。一瞬ののち、爆発! そして。すでにそこに、プルコはいない。飛び去り、次の機体へと強烈な蹴りをぶちかましている! 二機目が爆発。そして三機目、四機目….…次々と撃破されるダンガイは、まるで花火のようだった!

「す、すげえ……」

 ガンタは呆然と見つめた。いや、見とれていた。ドカンドカンと連続する爆発。それを縫うように、煌めきをまといながら空を縦横無尽に舞う少女。美しかった。鮮烈だった。心臓が高鳴り……ドクン!

 ドクン! あ、あれ? 高鳴っているのは心臓ではない。ドクン! 少女が舞うたびに……ドクン! まるで連動するように、ドクン! ガンタの体は脈動していく。なんだこれ……ドクン! 訝しむガンタの耳に、

「ガンタぁ~」

 と聞き覚えのある間抜けな声が聞こえてきた。
 ガンタはハッと我にかえった。

「ゴリラ!?」

 ゴリラは呑気にこちらへと向かってゴミ山を登ってくる。
 ガンタは駆け寄った。

「お前、どうして……!」

 と問うガンタに、ゴリラは

「あのコ、すげえよなあ。俺も、助けてもらったんだぜ」

 などと呑気に言う。そんなゴリラにガンタは抱きついた。

「ゴリラぁ~!」

「おい、やめろよぉ~」

 ゴリラも嬉しそうだ!

「もう……ダメだ……もう終わりだ……」

 シマリスとポンコに肩を支えられ、よろめきながらふたりに近づいてきたのはオレオだった。ガンタはゴリラと肩を組みながら、オレオに言った。

「はあ? なーにがダメなんだよ、バカオレオ。あれを見ろよ。ダンガイなんざ、あのコの敵じゃねえじゃんよ!」

「そうだそうだ!」

 と、ゴリラ。オレオは青ざめた顔で空を見あげる。

「違う……そうじゃない。だから、だからこそダメなんだ……」

「はあ?」

「噂が本当なのだとしたら……もう……」

 オレオは震える手で空を指さした。

「ほら……ほら! ほら! 来た……来てしまった!」

「ん……」

 ガンタは目をすがめた。オレオの指さす先。プルコが舞う、さらにその先。ピシリ、と空に亀裂が走った。「はあ? なんだなんだ?」ピシリ、ピシリ。亀裂は徐々に増していく。そして……「は?」稲妻状の亀裂が空に走った。「なんだ!?」そして轟音とともに、空は裂けた!

「ゲエッ!?」

 ゴリラが驚き、後ろに転げていった。一瞬の静寂。直後、空の裂け目から爆発的な稲妻の群れがあふれ出す。それは圧倒される光景だった。すさまじい雷轟が空を覆いつくした。

「うわ!」

 と叫びながら、プルコが稲光の向こうに消えた。だが、稲妻だけで終わりではなかった。つづいて裂け目から吹き出したのは、すさまじい突風だ。風はいくつもの竜巻をうみだし、渦巻きが柱のように乱立し、稲妻との壮絶な共演を果たしていく。この世のものとも思えぬ光景だった。氾濫する稲妻、そして竜巻は、指向性をもったようにそれぞれ一点へと集約されていく。

 稲光はより集まる。それは形作っていく……徐々に鮮明に形をなしていく。形……それは人の形であった! それは巨大な、あまりにも巨大な人型の異形! 閃光を放ち、それは雷轟を身にまとう機械の巨人と化していく! 鍛えあげられた戦士のごとき肥大した上半身。その全身を鎧のような装甲で覆っている。巨人は空中に浮かんだまま、見栄を切るように力強く、左手を後ろに、右手を前に構える。

『ぬおおおぉぉッ!』

 大地を震わす野太い咆哮。ザンッ! 雷鳴がほとばしった。この巨人こそがシティ人倫委員会直属、不良街区殲滅機兵。

 その名も、雷天!

 同時! 竜巻もまた、一点へと集約されていく。より集まり、人の形をなしていく。巨大な、あまりも巨大な人型の異形である! それは麗しき女性を思わせる姿であった。そのしなやかなフォルムを、薄絹のベールのごとき装甲で覆っている。巨人は空中に浮かんだまま、見栄を切るようにたおやかに、右手を後ろに、左手を前に構える。

『あは、あはははははッ!』

 震えるような妖艶さをもった笑いだった。シャラン、一陣の風が吹き抜けた。この巨人もまたシティ人倫委員会直属、不良街区殲滅機兵。

 その名も、嵐風!

「な、ななななな……」

 ガンタはうめいた。あまりにも非現実な光景だった。そしてあのコは……プルコはどうなったんだ!?

 雷天の上。ホログラフィーのように男の姿が映しだされる。裾の長い軍服を着た壮年の男だった。その右目には黒い眼帯。その左目は冷たく鋭い眼差し。男は口を開く。その大音声がズンドコ街区に轟く!

『我はシンバル! 不良街区殲滅軍がひとり!』

 嵐風の上。シンバルと同様、裾の長い軍服をまとった蠱惑的な女が映しだされた。女はゆっくりと煙管をくゆらせながら言った。

『……同じく、不良街区殲滅軍、マリンバ』

 ふたりのホログラフィーは、ズンドコ街区を睥睨するように立っている。シンバルの声が轟く。

『愚かなるズンドコ街区の民よ。汝らは深遠なる人倫を理解せず、偉大なるシティの慈愛をも拒絶した!』

「濡れ衣だ!」

 オレオが叫んだ。続けて告げたのはマリンバ。

『お前たちは、シティを破滅へと導く害悪と見なされた。よって……』

 シンバルとマリンバ、ふたりが同時に声を発する。

『『これより、ズンドコ街区を殲滅する!』』

「終わった!」

 オレオが頭を抱えて叫んだ。

 ドクン……ドクン……ドクン……。

 ガンタは再び、己の体が脈動するのを感じていた。

「ねえ……」

 背後からしなだれかかるように、ガンタの首に細腕がからみつく。いい匂いがした。すべすべとした感触だった。「え……?」プルコだった。

「ボクはきみを助けた。だから今度は……」

 ズン。地面が揺れる感覚。そして。

「はあ!?」

 ガンタが立つ大地が、ぱっくりと裂けていた。それはまるでぽっかりと、大地が口をあけたかのようだった。

「は? は?」

 ガンタは手足をバタつかせ、水中から浮上するような動作を繰りかえす。必死! だがそれは、当然のように無駄な抵抗だった……。

「ガンタ!?」

 ゴリラたちが驚き見つめる。その見つめる先で、

「ぎえええええー!?」

 と、ガンタは闇のなかへと落ちていく。落下しながらなぜか、ガンタは、再びじいちゃんの言葉を思いだしていた。

 シティはね、生きているんだよ……

 その耳もとで、プルコが優しくささやいた。

「今度は、きみが、がんばる番」

 暗黒のなかだった。

 ガンタはたったひとりだった。浮遊する感覚がする。まるで、水面に浮かんでいるかのような感覚だった。あれからどれぐらいの時間がたったのだろう。まるで、見当がつかなかった。

 映像が見えてくる。それは莫大で爆発的な情報だった。ガンタは脳がチクチクとする感覚を抱いた。映像はガンタの脳に直接投影されている……なんだか、そんな気がしていた。

 映像……それは壮大にして絶望的な叙事詩であった! 宇宙空間のなかを、流星のような光芒が飛びかっている。戦いだ。巨大で、壮麗な、想像を絶する、遥かいにしえの、圧倒的な戦い。

 生命を吸いあげられ、砕け散る星々があった。一瞬にして滅びていく文明があった。その戦いの主役は、大いなる巨人だった。幾万、幾億もの人々を載せた巨大なる人型の都市。その名も……。

 決戦街機。

 都市たちは覇権を巡って争い続けていた。宇宙のいたるところで、壮絶なる攻防が繰りひろげられていく。戦いは幾世代にも渡って続けられた……その目的すら、誰もが忘れてしまうほど、長い、永劫ともいえる時間をかけて。

 やがて宇宙の果てで、戦いに破れ傷つき、逃れた一柱の巨人が安住の地を見いだした。巨人は惑星へと降りたつ。そして、その地に自らの力を封印する……。

 ガンタは思った。

 それが、シティ。

 ──そうだよ。

 プルコの声だった。

 ──シティの創始者たちは、二度と戦いの悲劇は起こすまい……そう考えたんだ。だから……。

 人倫標語……?

 ──そうだね。それも悲劇を防ぐための仕組みのひとつ。そうやって、すべてはうまく回っていく……みんな、そう考えていたんだ。

 考えていた……?

 ──うん。残念ながら、そうではなかったんだ。増殖するシティの体は、この惑星を覆いつくして、いつしか惑星を食い潰すところまで来てしまった。だからお父様やお母様は……シティの中央は、いまや恐れ、暴走している。

 暴走だって……?

 ──そう。きみを殺そうとしたのもそのひとつ。

 俺を……?

 ──シティの体制を覆し得る存在を、悉く抹殺しようとしているんだ。そしてそのうえで……お父様とお母様は、選ばれし人びとだけを連れて、新たなる惑星へと旅だとうとしている!

 …………!

 ──だからボクは、きみに会いに来た。決戦街機の心臓たるボクと、脳であるきみが力を合わせれば……きっと、その暴走だって止められるはずなんだ!

 は?

 ──ん?

 ちょ、ちょっと待って!?

 ──なに。どうしたの?

 ごめん、ぜんぜん意味がわからんのだけど!

 ──え?

 脳とか心臓とか……なに!?

 ──ん。きみのお爺様からは何も聞いてないの?

 き、聞いてねー! そんなの聞いてねー!

 ──そうなの?

 そうだよッ!

 ──マジでか。

 マジだよッ!

 ──そうかー。そこからかー。

「あれ」

 気がつくと、ガンタは奇妙な部屋にいた。その部屋はピンク色の輝きに染まっていた。

「ここは、ズンドコ街区の中枢だよ」

「プルコ……?」

 顔をあげる。そこには、一糸まとわぬプルコが浮かんでいる。「え!?」と、ガンタの顔はみるみるうちに真っ赤に染まる。そして、ハッと我にかえったように顔をそむける!

「ダメだよ。ボクをちゃんと見て」

 プルコはそう言った。その言葉は、有無を言わさぬ力があった。ガンタは躊躇し、頭をワシワシとかき、ブンブンと首を振り……そして、「えい、ままよ」と、勢いをつけてプルコを見た。

 あ……。

 瞬間、時が止まった。プルコはやはり美しかった。彼女は宙に浮かび、その身にまとう輝きは明滅を繰りかえしていた。その明滅と同期するように、艶やかなピンクの光がネオンのように煌めきながら、床から壁から天井まで、回路のような模様を描きつつ、流れていくのが見えた。その光はプルコの背後へと……奇妙で小さな丸い機械へと集束していく。ガンタは呟いた。

「まるで……」

「まるで、血管と心臓みたい。そうでしょ?」

 ガンタはうなずいた。プルコは、すぅっと宙を移動して、顔をガンタに近づけた。んっ。とガンタは硬直した。プルコは言った。

「これはズンドコ街区の力の源。ここに住んでいるみんなの力を……生体エネルギーを循環させて、ズンドコ街区は生き続けているんだ」

「生体エネルギー……?」

「街に住む人びとの、生命や感情のエネルギーのことだよ」

「……!」

 先に見た映像が思い浮かんだ。巨大な決戦街機が生命の力を吸いあげる。惑星は砕け、滅んでいく。圧倒的で、壮絶な、おぞましい光景……。

「それじゃあまるで……」

「そう。街区とは、小さな決戦街機なんだ」

「!」

「決戦街機は成長していくものなんだ……己を分裂させ、増殖させて、より大きく、より強大になっていく。だからその分裂で生まれた街区は、言ってしまえば決戦街機のクローン、子どもなんだよ」

 ガンタは息を飲んだ。俺たちの、ズンドコ街区が……あの、おぞましい巨人と同じだって……? 「だから……」プルコはそのブルーの瞳で、じっとガンタの目を見つめた。

「だから当然、心臓と脳がいれば、ボクときみがいれば……街区だって動かすことができる」

「……!」

 意味がわからなかった。だけど、たったひとつだけ理解できたことがある。プルコは望んでいるのだ。心臓と脳、つまり、プルコとガンタのふたりで。この街区を……ズンドコ街区を動かすことを。決戦街機として。

「…………」

 ガンタは押し黙った。
 プルコは微笑んだ。それは優しい微笑みだった。

「ボクときみが力を合わせれば、ズンドコ街区の力を正しく使うことができる。ボクは、そう信じている。そしてみなを守ることだってできる。きみなら……きっと」

「意味が……わからねえ」

「ボクだってもっと詳しく説明したい。でも、いまはもう時間がないんだ。それはきみだってわかっているはずだよ、そうだろ、ガンタ」

 ズズズズン、と激しい震動が部屋を揺らした。そうだ、あの二体の殲滅機兵だ。やつらはズンドコ街区を滅ぼす、だとか言っていた。地上では、いまでもやつらの攻撃が続いているに違いない……。

 ガンタは思い浮かべる──

 ゴリラ。
 シマリス。
 ポンコ。
 ジグばあさん。
 猫。
 街のみんな。
 ついでに、オレオ。

 みなの生活。俺たちの街。その、すべて。

「さあ、きみはどうする?」

 と、プルコは言った。

「俺は……」

 唾を飲みこむ。時は刻一刻と過ぎさっていく。もはや待ったなしの状況だった。ふるさとが滅びようとしている。汚ならしい、俺たちの、ズンドコ街区が。頬をぴしゃりと叩く。荒々しく息を吐きだす。気合いをいれろ。覚悟を決めろ。ガンタ・カンタ・ガンタは。

「俺は、やるよ」

 ……そう言った。

 プルコは微笑んだ。その両手がそっと、ガンタの頬に触れた。ゆっくりと、その顔が近づいてくる。「え……?」っと、戸惑うガンタの唇に、柔らかくプルコの唇が触れた。それは優しい口づけだった。ふわりと、いい匂いがした。

「じゃあ、イクよ」

 これは接続の儀式なのだ、とガンタは理解した。ひとつになるのだ。一体となり、ふたりは……。プルコは受けいれるように腕をひろげる。

「きみのガッツを、見せてくれよ」

 刹那、ふたりは光に包まれた。
 目覚めようとしている。
 悠久の時を超えて──大いなる巨人の力が。

「ひええええ!」

「はやく! ばあさん、はやく!」

 シマリスが、ジグばあさんの手をひいて逃げていた。

『みんな、逃げろ、はやく!』

 オレオが拡声器で必死に叫ぶ。
 みな逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!

 その上空!

『フン、愚かな連中だ』

 ズンドコ街区に落ちる巨大な影。その影の主、殲滅騎兵雷天は下界へと手をかざした。その手を中心に、暗雲が渦巻く。尋常ではない稲妻の群れが生じていく。刹那!

『逃げ場なぞ……どこにもないッ!』

 ズンドコ街区が閃光に包まれた。雷がバラックを、ゴミの山を、人々の生活の跡を、悉く消し去っていく。

「ひゃあ!」ジグばあさんが転ぶ。
「ばあさん!」叫ぶシマリス。

 そこに、怒濤のように迫る雷光!

「もう、だめだ……!」

「いーや、あきらめんなッ!」

 ふたりの体が、高々と担ぎあげられた。

「え?」

「うおおお!」

 叫ぶ大男。男は駆けだす。ゴリラだった。
 ゴリラは呟いている。

「あきらめんな。あきらめねえ……ガンタだったら、絶対にそう言う……!」

 ゴリラは必死の形相で走り続ける! その肩の腕では「ナンマンダブ、ナンマンダブ……」とジグばあさん。「あー、神さま仏さまぁ~!」とシマリス。

「みんなー!」
「にゃー」

 そこに猫を抱え、息せき走るポンコが合流した。背後には迫り来る稲光の群れだ。

 その四人と一匹の上に、巨大な影が落ちる。「あ?」とゴリラがうめいた。四人は駆け続けながら、上を見た。

『あらあら、元気のいいこと』

 殲滅機兵、嵐風だった!

「「「「ぎゃあああああー!」」」」「にゃー」

 その時!

 光。

 それはまるで、爆発だった。ズンドコ街区の中心部に突如、巨大な閃光が生じた。閃光は一瞬にしてズンドコ全てを覆った。稲妻も、人びとも、なにもかも飲みこんで……それは強烈で、激烈な輝きだった。

「れれ?」

 ゴリラは周囲を見渡す。ゴリラは光のなかにいた。いや、ゴリラだけではない。光のなかに、シマリスも、ポンコも、ジグばあさんも、猫も、ついでにオレオも……ズンドコ街区に暮らす、すべての人びとが……光だけの空間のなかで、ふわふわと浮かんでいた。そして、その遥か上! ゴリラは目を丸くした。

「あれは……!」

 そこにはふたつの、鮮烈なる輝きが浮かんでいる!

 シンバルとマリンバは訝しんでいた。光が渦巻いている。ズンドコ街区全体が、ひとつの、巨大な光の奔流と化している……。

『なんだ……?』

 シンバルは呟いた。渦巻く光のなかから、ふたつの赤い輝きが飛びだし、浮上していくのが見えた。

『なに……?』

 マリンバもまた呟いた。ふたつの輝きは螺旋を描き、すさまじい速度で空高く、上昇していく。

『『なにぃ!?』』

 シンバルとマリンバは同時に叫んだ。赤い輝き……それは目に焼きつくような鮮烈な輝きを放った! それは、ふたりの少年と少女──

 微笑み、腕をひろげ飛翔するプルコ!
 腕を組み、不敵な笑みを浮かべるガンタ!

 螺旋上昇をつづけるふたりを中心に、ズンドコ街区が激しく渦を巻いた。渦巻く光はふたりを追うように上昇、巨大な光り輝く柱と化していく!

 光……そのなかで、ゴリラは、シマリスは、ポンコは、オレオは、ズンドコ街区の人びとは……轟くガンタの咆哮を聞いていた。

『みんな、待たせたなァッ!』

 瞬間、光の柱はすさまじい閃光と化した!

『『なんだと!?』』

 シンバルとマリンバは叫び、目を見開いた。閃光のなかから現れたもの……それは、炎のような装甲をまとっていた。それは、神を思わせる荘厳さと、野性的な荒々しさ、ふたつの矛盾の合体だった。その眼差しは熱く燃えていた。その巨体は殲滅機兵をも上回っていた。それは腕を組み、二機を睥睨するように見おろしていた。

 それはいにしえの力の顕現。
 それは人びとの生命力が造りだした存在。
 それは燃えあがるような巨人。
 それこそは、ズンドコ街区が人の形をなしたもの!

 それは決戦街機!

「名前は?」

 光のなかで、プルコは聞いた。ガンタはこたえた。

「そんなの決まってる!」

 その咆哮が、世界に轟く!

『これは俺たちの街! 俺たちの決戦街機……』


ズンドコガイだ!


 プルコは微笑んだ。

「それ、いいね」

 シンバルはうめく。

『まさか、まさか決戦街機……なのか?』

 巨人は……ズンドコガイは波紋のように光を放った。
 ズンドコガイを通じ、ガンタの声が轟く。

『ああ、そうさ……俺には細かいことはわからねえ。これが正しい行為なのかもわからねえ。はっきり言って、なんにも理解できてねえ。だがな……』

 ガンタは光のなかで、二体の殲滅機兵を指さす。ズンドコガイもまた、連動するように殲滅機兵を指さした。

『とりあえずこれだけは決まっている。俺たちは、この決戦街機の力を借りて……てめえらを、クソみてえな連中を、叩き潰すッ!』

『フン……決戦街機……』

 鼻を鳴らし、シンバルは決然と叫んだ。

『どうということもなし! マリンバ、対決戦街機フォーメーションだ!』
『心得たッ!』

「ガンタ」光のなか、ガンタの傍らに寄り添うようにプルコ。「行こう」ガンタはうなずく。「ああッ!」

 ズンドコ街区が消え、露になった大地を巨人は踏みしめる。地響きをあげ、ズンドコガイは駆ける! そのアギトが咆哮をあげる。その拳は炎をまとい、空気を焦がしていく!

 その向かう先。『フン……』鼻で笑うシンバルを載せ、雷天は稲妻を伴い上昇。その下方で、嵐風は竜巻を伴い回転。雷天は膝を折り畳むように胸部へ。それは分厚い胸板と化していく。一方、嵐風は腕を体にピタリとつけた。その股下から亀裂が入り、胸元まで分かれる。それは、巨大な二本の足である。

 シンバルは叫んだ!

『決戦街機、なにするものぞ!』

 マリンバは笑った。

『あははッ!』

 直後、二機は合身。ふたりは同時に叫ぶ。

『『これが我らが切り札……合力形態!』』

 

雷 風 王 !


 雷風王は大地に降り立つ。衝撃で粉塵が巻きあがる。その巨体はガンタたちの決戦街機と同等だった。ガンタは笑い、吠えた!

『それが……どうしたッ!』

 ズンドコガイが右拳を振りあげる。その拳には燃え盛る炎がある。雷風王もまた右拳を振りあげる。その拳には稲妻と嵐とがまとわれている!

 拳と拳が激突! 両者の拳が勢いで弾かれた。飛び散る炎、稲妻、突風が大地を削り、爆炎をあげる。その力は……互角! ガンタは左拳を振りあげる。雷風王もまた左拳を振りあげる。再び……激突! その力はまたも互角であった!

『まだだッ!』

 吠えるガンタ。みたび右拳と右拳が激突!

『ぬう……?』

 シンバルがうめいた。さらに左拳と左拳が激突! 雷風王の体が、わずかに揺らぐ。

『なんだと……?』

 もう一度、右拳と右拳が激突!
 雷風王の拳が……砕け散った。

『バカなッ!?』

 うめくシンバルは見た。ズンドコガイの目。その瞳には輝いていた。烈火のごとく燃えあがる、鮮烈なる輝きが。

『てめえにわかるか? この力が……』

 ガンタだった。

『てめえらが踏みにじろうとしたこの場所で、俺たちは生きてきた。てめえらが踏みにじろうとしたその先に、俺たちは生きている……』

 ガンタは拳を握りしめる。

『いまここに、何千、何万というズンドコ街区のみんながいる。その生命が力となって、いま、てめえの拳を打ち砕いた。そして、その生命が力となって……これから、てめえらを粉砕するんだッ!』

 光のなかで……人びとは、ガンタの声を聞いていた。

「ガンタ……ッ!」

 ゴリラは泣きだしそうになりながら、その拳を突きあげる。

「ガンタ!」シマリスが。
「ガンタ」ポンコが。
「ガンタ?」ジグばあさんが。
「にゃー」猫が。
「ガンタッ!」オレオが。

 人びとの想いが光となって飛んでいく。それは寄り集まり、より輝き、灼熱のような熱をともない……心臓たるプルコへと注がれていく!

「ああ……」

 プルコは顔を上気させた。

「ああッ!」

 大きくのけぞる。その瞬間! プルコの瞳に光が灯る。それは輝く線となって、一画、一画とその瞳に文字を描き出していく。

 それは人びとの想いがひとつになった証だった。それは人びとの想いが最高潮に達した印だった。それは決戦街機が、本来の力を発揮するための条件であった! プルコは目を見開く。そこには輝いている!

 その右の瞳には「臨」!
 左の瞳には「界」!

 ふたつの瞳には燦然と輝いている……
 圧倒的力の顕現を示す、臨界の二字が!

「ガンタ……達したよ、臨界に。これでもう、ボクらを止められるものなんて、どこにも存在しやしないんだ」

「ああ……」

 ガンタはうなずいた。

「よくわからんが、ようするに……」

 ガンタが、ズンドコガイが、雄叫びをあげる!

『エネルギー全開、ッてことだよなぁ!』

 その瞬間、ズンドコガイの体が燃えあがった! それは灼熱の炎だった。それはすべてを燃やす生命の火だった。炎は吹き荒れ、遠くシティの街々をも照らしだしていく。それは、生命そのものの輝きである!

『ああ……ああああ……!』

 シンバルは恐れた。その力はあまりにも強大だった。その体が巨大に見えた。その存在は、圧倒的だった。

『シンバルッ! ダメだ、飲まれるな! 動け、動けッ!』

 マリンバの叫びもシンバルには届かない。

『ああ……そんな……そんな……』

 シンバルは震えた。

『これが……決戦街機……』

 ズンドコガイは灼熱の拳を振りあげる。

『そうだ、これが決戦街機……俺たちの、ズンドコ街区の力だッ!』

 拳は大気を爆発させながら、一撃で雷風王の上半身を粉砕! シンバルは生命の光に包まれて消滅した。直後、閃光。雷風王の巨体は光となって散っていく!

「「「「やったーッ!」」」」

 人びとの歓声があがる。

「……?」

 その歓声のなかで、ガンタは見ていた。散りゆく光の向こうに、飛び去っていく嵐風の機体を……。

「これで勝った、のか……?」

「ガンタ」

 振りかえると、プルコが微笑んでいる。
 ガンタはもじもじと頬を赤らめながら、その瞳を見つめ、そして……。

『ふは、ふは、ふはははははははは!』

 ガンタの想いを打ち破る、それは、唐突で、不快な笑いだった。

「う!?」

 ガンタは頭を押さえた。キン、とした金属的な、妙な感覚。ふざけんな、これからってときに。いったい何がおきた!?

「ああ……そんな……そんな……!」

 プルコは上を見ながら、わなないている。

「プルコ……?」

 その顔は蒼白だった。ガンタも……ズンドコガイもまた、プルコの見ている方へ……上へと顔をむけた。

「なん、だ……?」

 それは奇妙で、不吉な光景だった。不気味な笑いと連動するように、遥か上空、キラビヤ街区の灯が揺らぎ、消えていくのが見える。ひとつ、ひとつ、またひとつ。

「これは……!?」

 やがて連鎖するさざ波のように、灯は消え失せた。キラビヤ街区は、完全なる闇と化した。続いて、キラビヤ街区で……いや、キラビヤ街区だった場所で、闇が震え、渦を巻いた。それはズンドコ街区で起きた光の奔流とは真逆。不快で、不気味で、根源的な恐怖を感じさせるような……気味の悪い奔流だった。やがて闇の中心は盛りあがる。そこから、まるでたれ落ちる粘液のように、巨大な黒き腕がのびきたる!

「なんだぁ!?」

『ふ、ふは、ふはははははッ! 愚かな妹!』

 プルコが悲鳴のような声をあげた。

「ウラノス兄さん!?」

『ふ、ははははははは!』

 巨大な、闇が落ちてきた。それは闇を甲冑としてまとう、禍々しき騎士のようだった。ガンタは見た。その兜には黒炎を放つ第三の目があった。漆黒のマントが、水のなかで揺れる布のように揺蕩っている。ガンタは叫んだ。

『決戦街機なのか!?』

 漆黒の巨体が迫る。『くそ!』ガンタは……ズンドコガイは吠え、迎撃の拳を振るう! 燃える拳が漆黒の兜を直撃した! ……その瞬間、ガンタは……なんだ? と、不快感に顔をしかめた。パルスが走るようにガンタの脳裏に光景が浮かぶ。それは闇のなかで叫ぶ人びとの姿だった。ガンタはその叫びを聞いた。それは、キラビヤ街区の人びとだとガンタにはわかった。

「まさか……まさか……まさか!」

 両腕をひろげ、なおも黒き騎士が迫る! だが、ズンドコガイは……ガンタは動けない。あのなかに大勢の人が……キラビヤ街区の人びとがいるのだ。普通に、暮らしてきた人びとが。

『ふはは!』

 黒き騎士は獲物を飲みこむ蛇のように、ズンドコガイの肩をつかんだ。

『ふはははは! 伝わってくるぞ。お前の恐怖が。臆したか? ビビったか? その程度の覚悟で楯突いたのか? ふはは! 無責任にも、ほどがあるッ!』

「ガンタッ!」プルコが叫んだ。

「俺は……」決断しなければならない。
「俺は……!」今すぐに……!

 為すべきことを!

「俺はッ!」

【続くッ!】

#逆噴射小説ワークショップ


【2021年5月6日追記】
な、なんと。榊かえるさんから、ロゴをいただいてしまいました! 本当に嬉しい……ありがとうございます……ありがとうございます……! さっそくヘッダー画像としてつかわせていただきました!


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