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第67話「私が認めた貴様はッ!」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
「ほら! ほら! やっぱりそうだ……あたし、わかっていたんだ!」
 ピエリッタははしゃぐように両手を上げ、叫んだ。
「あはは! 君だけでいいんだ……ハガネ!」
 世界を貫く輝きを恍惚と見つめながら、ピエリッタは続けた。
「君だけがいればそれでいいって、あたし、わかってしまったんだ!」
 激烈なる輝きの中を、激突しながら螺旋を描くように三つの人影が上昇していく! ピエリッタはこぶしを振り上げ、叫んだ!
「あはははは! いいぞッ! やれッ! やっちまえッ!」

 舞台は……そこから数分前へと遡る!

 光が世界を貫いた──その時点から、遡ること数分前。
 ジンヤの内部では、ハガネと超越者たちとの対峙が続いていた!

「くくく……はははははははは!」

 フシトは笑っていた。嘲笑っていた。「くくくく……理解したか? ハガネ」空中に坐したままで、フシトは心から愉快そうに笑う。

「崩壊の日まで、汝が過ごした日々……育ての親に拾われ、育ち、体験し、感じてきた記憶! その匂いも、手触りも、温もりも……すべてが余だ! ははははは……! すべてがあの瞬間に……崩壊の日に、世界と同時に余が造り上げたものである! くく……だが案ずる必要はないぞ、ハガネ。それは決して偽物などではない。思い出せ。汝を育てた親も、ともに暮らしてきた同胞も。すべての者が汝と同じ記憶を持ち、同じように世界を見ていたはずであろう。世界は決して汝の記憶を、体験を裏切りなどせぬ。余が、この造物主たる余が、そのようなものとしてすべてを造ったのであるからな! ……くく……はははッ!」

 ハガネは呻いた。「黙れ……!」

「くく……真実を知って愕然としたか? しかし汝と違い、バガンは……真実を知っても実に素直に受け入れたものだったがな」
「黙れッ!」
「くくく……望むように世界を造り上げる。それは至高の喜びであるぞ。歴史も。汝らの記憶も。文化も。文明も。余が望むように世界を組み立てることができたからな……それこそがまさに、造物主としての本懐である!」
「黙れッッ!」

「くくく……」フシトは呆れたように呟いた。「黙れ、か」その笑みは止まっていた。「汝には」右手を伸ばす。「いささか教育が必要なようだ」

 伸ばした右手から放射されたもの……それは唯我独尊の四字を象った光線であった! 絶対の輝きが束となり、ハガネの体を包み、透過し、焼き焦がしていく! 「が……かはッ!?」途轍もない熱の暴力! 「くく……」ハガネの呻きを耳にしながら、フシトは泰然と続けた。

「ハガネ……汝が倒したバガンは憶えていよう?」
「な……んだと……」 
「くくく……あれもまた汝と同じ、極限概念の持ち主である。だが……あれは汝とは異なる。より、余に近い存在だと言えるだろう」
「なにを……言いたい……」
「くく……戦いの最中に汝も気がついたであろう? バガンはもはや人ではない。あやつもまた人を超越せし者。あやつは神の領域に……余の領域へと接近しているのだ。そして……」

 くくくく……とフシトは喉を鳴らして続けた。

「それこそが、汝をここへと呼びよせた理由でもある」
「なんだ……と……」

 フシトは超然と目を細めてハガネを見た。それは、超越的な存在が卑俗なる存在に対して向けた、見下ろすがごとき慈悲の眼差しであった。

「人を捨てよ、ハガネ」

 フシトの放つ光がより一層強まる。「う……がぁッ……!」ハガネの呻きをよそに、フシトは続けた。

「バガンは幼き時に余と出会い……そして真実を理解し、あっさりと人を捨てたのだ。くくく……その結果、あやつは幼子の姿のまま、人としての成長は止まってしまったわけだが」
「だから……なんだ……」
「くくく……そこのハンカールもまた然りだ。人を捨て、超越者となった者。ハガネ……理解せよ、ジュクゴの深淵を。強大なるジュクゴを宿せし者が人性を捨てた時……その者はジュクゴ概念そのものとなる。そして、世界の根源たる力へと接近する!」

 フシトはハガネから視線を外し、遠い眼差しで彼方を見つめた。

「……そこに生まれるのは、まさに神だ」

「子……ども……じみた自惚れ……だ……!」

「くく……」フシトはハガネの呻きには耳を貸さずに続ける。

「余は汝の戦いを見た。刑場での戦い、バガンとの戦い。くくく……素晴らしかった。未だ人を捨てぬ身でありながら、あそこまでの力を発揮する。余は感動したのだ。我が子たる汝の力を、誇らしく思いすらしたのだ」

「言ったはずだ……俺は……お前の子などではない……と……!」

 フシトはなおもハガネの呻きを無視して続けた。

「ジュクゴの根源。その先にあるのは素晴らしき力。素晴らしき世界。ハガネ。余とともに天上天下を睥睨せよ……神々の一柱に連なる者として。汝にはその資格がある。余が……汝を手ずから導いてやる」

 フシトはその手に力を込めた! ハガネの体を貫く熱量が高まっていく。ハガネの身を焦がす熱は、想像を絶する灼熱へと変貌していく!

「う……あ……ぁぁぁ……ッ!」
「理解せよ! そして……今こそ、人を捨てよ!」

 ハガネは薄れゆく意識の中で叫んでいた。(ふざけるな……)ハガネの心は震えていた。その体の中で、沸騰するものがあった。(ふざけるな……ふざけるな……ッ!)それは怒りであった。それは慟哭であった!

 ハガネは思い返していた。幼き日々を。過酷な日々を。人々と過ごしてきた日々を! ハガネの心は叫んでいた。

(神だと……? ふざけるな……お前たちは殺してきた……人が大勢……死んだッ!)

「くくく……そうだな」

 まるでハガネの心を読んだかのように、フシトがそれに応える。

「だがな……くくく、汝も見たであろう。余が手を下さねば、いずれにせよ世界は滅んでいたのだ。愚かなる二人、ミリシャとハンカールによって。そしてその結果として、余は救世主として、造物主として、神として、この世界に君臨しているのだ! それこそが、世界を救った余の責務と言えようッ!」

 フシトは高らかに、歌い上げるように咆哮した!

「この世界を救った者、それは誰かッ! それは、この余である! 今ある世界を造り出した者、それは誰かッ! それも余である! 崩壊の日。汝という存在をこの地上に呼び込み受肉させた者、それは誰か! それもまた、余であるッ!」

 フシトの言葉は徐々に熱を帯びる。

「……この世界は余によって救われたのだ。この世界は余によって形作られたのだ。汝は余によってこの地上に生を得たのだ。理解せよ。世界は余である。余は世界である。余の世界であるッ! 余こそが万物の頂点である。この世界の本質であり、世界の法であるッ!」

(だ…まれッ……)

 ハガネは心の中で叫ぶ!

(それが……どうした……ッ! お前が世界を造ろうが……俺を生み出そうが……それが……!)

 だが……「くくく!」その身を、心を、凄まじき光線が焼き尽くしていく!「くくくくく……ははははははははは!」フシトの哄笑が響き渡る!

(俺は……)ハガネの視界が揺れ、薄れていく。(俺は……決して……)その膝は力を失い、崩れ落ちていく。

 走馬灯のように、ちかり、ちかりと明滅するように過去の情景が浮かんでは消えた。暖かい時間が、悲しい瞬間が、人々が立ち上がる姿が。通り過ぎるように浮かんでは消えていく。その光景が浮かぶたびに、ハガネはドグンと、己の鼓動が脈打つ音を聞いた。

(俺は……)

 霞む視界がゆっくりと流れていく。膝が折れ、床へと向かって倒れこんでいるのだ。異常な感覚の中で、時が緩慢に流れていく。床へと向かって流れていく視界。その中に、ちかりちかりと浮かぶ走馬灯。ドグン、ドグンと脈打つ鼓動の音。

 ──その時。

(こ……れ……は……)

 ゆっくりと流れていく視界の端に、ハガネは儚く美しいものを見た。

(これ……は……!)

 それは小さな、軽やかに舞う一片の……

(これは……!)

 花びらだった。

「それがフシト……あなたの……いや、貴様の語る言葉か」

 そう問う声が聞こえた。「う……」崩れ落ちたはずのハガネの体は、誰かによって支えられていた。ハガネはかぐわしき香りを感じていた。フシトの放つ光線がハガネの手前で静止しているのを見た。

「お……前は……」

 輝きの中を粉雪が、花びらが舞っていた。ハガネを支える男の顔には、そしてその肩には、輝ける四字のジュクゴが二つ。それは……!

花 鳥 風 月 !
風 花 雪 月 !

 
 花鳥風月のミヤビであった!

 ドグン……ッ!

 ハガネの鼓動が、力強く脈打つ。「……ほぅ?」フシトは小首を傾げる。「ふふ……来たか」ハンカールは冷たく微笑んだ。

「ミ……ヤビ……」膝をつき、肩で息するハガネから手を離すと、ミヤビは何も言わずにフシトとハンカールへと向き直った。そして剣を抜き、まずそれをハンカールへと突きつけた。

「ハンカール……! 未来が見える貴様にはわかっていたはずだ。バーンもフォルも、私の前に敗れ去るということを。それを承知で貴様は……奴らを捨て石として利用したのだな」
「ふふ……ミヤビ。捨て石とは人聞きが悪い。彼らは十分に役立ってくれたよ。こうして……君という邪魔者が現れる前に、陛下とハガネが対話する時を稼いでくれたのだからね」

「……外道が」ミヤビは吐き捨てるように言った。

「我が剣に誓おう……貴様には、必ずや私が引導を渡すッ!」
「ふふふ……ミヤビ。先にも言ったはずだ。そのような未来は、決して存在しないのだと」
「ふん……」

 鼻を鳴らすと、ミヤビは続けてフシトを見た。

「……………………フシトッ!」
「くくく……なんだ?」
「私は信じていた……貴様の行いが、貴様の振る舞いが、そのすべてが。この世界に美しき秩序を花咲かせるのだと……私は信じていたッ!」

 フシトは超然と、しかし小ばかにしたように応じた。「くく……そうか?」ミヤビは静かにその剣を……フシトへと突きつける!

「故に貴様に問おうッ! 無辜の街を焼き、破壊し、人々を踏みにじり、嘲笑い……貴様はいったい、その先に何を求めているッ」

 ミヤビはフシトの輝きを真っ向から見つめながら続けた。

「返答次第では……私は貴様を斬るッ!」

 フシトは驚いたように目を見開いた。しかし、それは一瞬だけのことだった。「くくくく……ははははははッ!」フシトは腹を抱えんばかりに笑い出していた。

「驚いた! それを余に問うか! ははははは! 愚問……愚問であるッ!」「なんだと……?」

 眉尻を上げたミヤビに対し、フシトは見下すように続けた。

「くくく……愚かなる者よ、聞け! 汝は吹き荒ぶ嵐に対して『なぜだ』と問うのか? 問うまい! 汝は押し寄せる津波に対して『やめてくれ』と懇願するのか? すまい! 汝は揺れ動く大地に対して『止めてくれ』と語りかけるのか? 語りかけるまい! くくく……なぜなら人は、大いなる自然を前にして己の意思が通じぬことを知っているからだ。その偉大なる力の前に、ただただひれ伏すのみだからだ!」

 宙に坐していたフシトは立ち上がった。その瞳が熱を帯びる。天上天下唯我独尊の輝きが増していく。

「哀れにして無知なる汝に教えてやろう。余は何者か……余は人を超えし者、超越者である! 人倫の埒外、人の理解の外にある者である! 余はただ望むように造り、生み、破壊し、踏みにじる。人は自然に対してそうであるように、その無力さを理解し、余に対して畏敬の念を抱き、ただ結果を受け入れれば良い……それこそが、この世界のあるべき姿であるッ!」

「……それが、貴様の答えか」

 ミヤビは静かにその瞳を閉じた。

「くくく……そうだとも。理解せよ。そして余にはわかるぞ。ここまで到ることができた汝もまた、超越者たる資格があるのだとな。汝、己を縛る人倫を捨てるがよい。ジュクゴの力に身を委ねるがよい。さすれば善導してやろうではないか……造物主にて救世主たる、この、余がなッ!」

 ミヤビはゆっくりと目を開いた。「……理解した」その瞳は覚悟に満ちていた。その貫くような眼差しでフシトを見た。ミヤビは燃えるように告げた。

「貴様は……ただの狂者だ」

 フシトは呆気にとられたようにミヤビを見た。「くくくく……」そして笑い出し、吐き捨てた。「愚か……ッ!」フシトはその左手をミヤビへと向ける。「良かろう。汝にも教育が必要なようだ」

 その手から光が放たれる! 同時、ミヤビの花鳥風月が、風花雪月が輝きを増した! 周囲に花弁が、粉雪が寄り集まり、吹雪のように狂おしく舞っている! 「ほう……?」再びフシトが首を傾げる。フシトの光は……吹雪の手前で静止し、ぶれるように揺らめいていた。

 フシトは得心したように頷いた。「なるほど……汝の力。光すらも止めるか」そして左手に続き、その右手もミヤビへと向けた。そこに集約されるように、輝きが増していく!

「フシト……貴様は何もわかってはいない」
「くく……なんだと?」
「貴様はすでに勝った気でいる……勝つことが当たり前だと思っている」

「当然ではないか」フシトは笑みを浮かべた。「くく……教育的指導」右手から唯我独尊の輝きが迸る! その瞬間、ミヤビは力強い眼差しでフシトを見た。「貴様は勝ったと思っている……だが、そうではない。ハガネは!」そして叫ぶ! 「私が認めた貴様はッ!」

 ドグン……ッ!

 それは鼓動の音だった。その音は光よりも早く、その場にいる者たちの体を震わせていた。「!?」フシトは驚愕に目を見開いた。刹那、フシトの放つ光が散り散りに切断され、爆散した。「バカな……ッ!?」フシトは不快そうに顔をゆがめた。

 ハガネは立ち上がっていた。その背からは、フシトの光を切断した輝きが伸びている。

 それは翼だった。
 それは不屈の輝きだった。
 それは火花散るように燃えていた。

 それは、不撓不屈の翼であった!

 ドグン……ッ! ドグン……ッ! ドグン……ッ!

 脈動する鼓動音が鳴り響く。ミヤビの横にハガネは並び立った。ミヤビは前を見据えたまま、横目で一瞬だけ、ハガネを見た。「ふん……」

 ハガネはフシトを指さす。「フシト。お前が……」その声は唸りあげ、燃えあがっていた! 「俺たちを生み出したとして……それがどうしたッ!」

 瞳の不屈がバチリと輝き、その翼が轟轟と音を立てている!

「傲慢なお前たちには見えていないだろう……俺たちは生きている。楽しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば泣き、踏みにじられたら抵抗する。殴られたら殴り返すッ!」

 フシトは嫌悪を浮かべて吐き捨てた。「くだらん……ッ!」ハガネはなおも吠える!

「造物主……? 救世主……? お前が俺たちを生み出そうが何だろうが、だからどうした。俺たちの悲しみ。俺たちの痛み。殺されていった人々。それが紛れもない現実であることに、いったい何の関係がある」

 ハガネはフシトを指さす手を握り締めた。力を込めて、万感の思いを込めて! その握りしめた拳を己の前へと掲げる。ハガネの不屈が火花をあげた! 「お前の傲慢……この俺が、叩き潰すッ!」

「ふ……」ミヤビは笑っていた。「それでこそ我が宿敵」前を向いたまま、ハガネを見ずに続ける。「ハガネ。貴様との決着はいずれつける。だが今は……」「……あぁ!」ハガネもまた、前を向いたまま力強く頷いた。

「汝ら……!」フシトの髪が逆立つ! ハガネは、ミヤビは、不敵に笑みを浮かべていた。横に並び、フシトにその熱い眼差しを向けた! ハガネの不屈が、ハガネの不撓不屈が! ミヤビの花鳥風月が、ミヤビの風花雪月が! 凄まじきジュクゴ力の高まりとともに、渦を巻くように輝きを放つ!

 ハガネは叫んだ! 「俺は!」フシトに向けて拳を突きつける! ミヤビも同時に叫んでいた! 「私は!」フシトに向けて剣をかざす! 二人の声が重なるように続いた。「お前に!」「貴様に!」

「「決して屈しはしないッ!」」

 
 フシトは怒りに打ち震えた。「汝ら……不敬であるッ!」

 そして舞台は……光が世界を貫いた、あの時点へと戻るッ!

【第68話「繋ぎ紡がれる力」に続く!】

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