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第66話「世界を貫き迸る光」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 ピエリッタは嬉しそうに跳ね、そのフリルのスカートを浮かせるように回転した。

「あれあれあれ~? なんか怖くなってきちゃった? そりゃそうだよねぇ、ぷぷぷ……自分が信じていたものが、まるっきり」

 ピエリッタの白い顔に、不気味な笑みが広がっていた。

「嘘だったなんて、信じたくないもんねぇ~!」

「あははは!」「なんだこれは……いったい……!」

 視界がぐらりと揺れる。アガラは呻いていた。ピエリッタの高笑いが木霊している。揺らいだ視界が奇妙な光景を映し出していく──さびれた村。その片隅で襤褸をまとい、死んだような目で座り込む貧相な少年。

 光景がチカチカと明滅するように浮かんでは消え、やがてアガラは気が付く。「これは……俺が見ているのか……?」その少年の視界が、記憶が、アガラ自身のものとして流れ込んでくる。「バカな……こんなはずは……!」耳をふさぐように頭を抱え、アガラは震えた。

「あはは。それは間違いなく、以前の君だよぉ、アガラくぅん。ほーらほらほら、よぉく思い出してごらん?」

 座り込む少年の視界に影が差した。少年は──アガラは見上げた。夕日を背に、道化メイクの女が立っている。女はアガラに手を伸ばす。その手のひらの上には石が……創世の種が……不気味な脈動を繰り返している。

「バカな……これが俺だと……? 信じん……信じんぞ……そんなはずなど!」
「ぷぷ。嘘じゃないよー。だってほら。ほらほらほらぁ……よぉく見てみなよぉ」

 女が差し出しす創世の種が輝きを放つ。その輝きは二字のジュクゴを描き出していく。それは……

 無敵の二字であった!

「バカな……バカなッ!」創世の種が閃光を放ち、アガラの体にめり込んでいく。「俺の力は……創世の種によってもたらされた……偽物だとでも言うのかッ! 嘘だ……このような幻……信じんぞ、俺は……俺は……!」

 アガラは狂ったように頭を振った。視界に浮かぶ光景を捻じ伏せ、「俺はッ!」唸り、猛りながら顔をあげた。その全身に漲っていたもの、それは憤怒であった!

「許さん……」「あらあら?」「お前の……」アガラは天下無敵の腕(かいな)を振り上げる。「ふざけた幻ごとッ!」瞳の無敵が爆ぜ、火の粉をあげる! 「消してやる! 今すぐに! 死ね、ピエリッタッ!」

「はー」ピエリッタは呆れたように呟いた。「クソすぎるだろ。なんだこいつ。本当のことを教えてやったのに……どうしようもねーなぁ、お前……」

 刹那、「ヌォォォォッ!」その顔面を「滅べッ!」天下無敵の拳が打ち砕いた!

 ……はずだった。

「!?」虚構の二字が残像のように揺らめいている。「なんだと……!?」霞に拳を叩きつけたように……打ち砕いたはずのピエリッタの姿はぼやけて、消えた。「これはッ!?」

「あはは。こりゃあ戦争だねぇ、アガラくぅん」

「な……!」振り向いたアガラの鼻先には「ばぁ~」と、おどけたピエリッタの笑みがあった。「あはは!」アガラはその甘く、温い吐息を間近に感じて身じろいだ。

「こうなったらさぁ、出るとこ出ようじゃないかー、アガラくぅん」

 アガラの瞳に刻まれた無敵の二字に、ピエリッタの虚構が近づいていく。その二字は深淵のような黒だった。そして……「うッ!?」 ピエリッタの体から黒い霧が湧きあがり、アガラの全身を包みこんでいく!

「なッ……!」怖気と吐き気が込み上げる。霧はアガラの体を締め上げていく。アガラは呻いた。「なんだ……これは……」「あははは!」ピエリッタは笑った。黒い霧は徐々にその姿を変え、おぞましき四字のジュクゴを描き出していった……それは!

羅 織 虚 構 !

 
「あははははッ! あたしをブン殴ろうとした阿呆は裁かれろー!」
「あぁぁ!?」アガラの視界は、暗転した。

 ……………。
 ……。

(……う)

 暗い。そこは真っ暗な空間だった。(なんだ、ここは……)意識を戻したアガラの視界に、ゆっくりと朧な光が差し込んでいく。(これは……)

 視界はぼやけていた。その中に、白い、不気味な笑みがいくつも浮かんでいる。「死刑」「死刑だね」「死刑」囁きが聞こえる。そして、閃光が瞬いた。

(はっ!?)閃光が消え、突如、視界が晴れて焦点が定まった。(これは!?)体は動かない。視点だけを動かし、周囲を見た。そこは……法廷だった。(なん……だ……?)アガラは、被告人席に座っている。

 裁判官席に座るピエリッタが告げた。「えーあー。静粛にー。ではまず、検察官。起訴状を朗読してくださーい」

 検察官もピエリッタだ。「えー。被告人アガラは……ピエリッタさんに舐めた口をきいたので、死刑でいいと思いまーす」

(バカな……なんだこれはッ!?)

「弁護人」裁判官ピエリッタの呼びかけに、弁護人ピエリッタが立ち上げる。弁護人は人差し指をアゴにあて、首を傾げながら言った。「これは……死刑でしょ!」

「死刑!」「死・刑!」「し・け・い!」「打首獄門!」「さらし首!」傍聴人ピエリッタが口々に囃し立てる。

(ふ……ざけるな……なんだ……これは……なんだ……!)

 弁護人ピエリッタが耳打ちする。「あー。教養のないアガラ君はわかってないみたいだけどー。羅織虚構って、"罪をでっちあげる"って意味みたいだよぉ。あはは」(ふ……ざけ……るな)アガラは動けない。そのさ迷う瞳が、裁判官の視線と合った。

「あー、おほんえほん。なんかめんどいので、判決を言い渡しまーす」

(ざ……ける……な……)

「主文! 被告人を……」

 裁判官ピエリッタの口角が、裂けんばかりに吊り上がるのが見えた。

「お前は創世の種になれ! の刑に処す~」

 再び暗転……そして、アガラの視界が現実へと戻る! 「これはッ!」羅織虚構の四字がバチバチと黒い稲妻を放っている! 「あっははははははッ! 死刑執行~」ピエリッタの高笑い。アガラは悟った。もう、逃れることはできない!

「そんな……俺は……!」

 無敵の力ですべてを打ち砕く……俺は見ていたはずだ……常に横たわる敗者の姿を……俺は何者をも恐れる必要はなかった……なぜなら、俺は無敵……そうだ……それが俺だ……俺は違う……俺は貧弱な小僧なんかじゃない……俺は……俺は……

「俺は! 無敵のアガラだッ!」

「はい、さよなら~」

 その瞬間、黒い閃光が迸った。「うぅ……!」必殺のエシュタは、その光景から目を背けた。閃光は弾け、そして消えた。……静寂。カラン、と寂しげな音。アガラがもといた場所に、鈍く輝く創世の種だけが転がっていた。

「ぷぷ。でーきたできた」ピエリッタはスキップをして駆け寄る。「やったやったー」子どものようにはしゃいでみせながら、創世の種を拾い上げた。

「あー、そうそう」

 真顔に戻り、ピエリッタはエシュタとヴォルビトンを見た。

「知ってた? これ、創世の種って言うんだけどさぁ。原材料は……ジュクゴ使いなんだよね~」

「う……うわぁ……ッ!」エシュタは悲鳴のような叫びをあげた。その視界に侵入するように、次々と光景が浮かんでは消えていく。

 府中の酒場……酒に溺れ、飲んだくれる酔客……お盆に酒と料理を載せ、かいがいしく運ぶ少女の姿……その少女の姿を見て、エシュタはなぜか、それが自分なのだと理解した。理解してしまった。

(これが……本当のあたし……? あたしの姿……? それじゃあ今のあたしは……いったい……)

「そんなはずは……そんな……」震える刀を構える。「あたしはッ!」飛びかかろうとするエシュタを、ヴォルビトンが抱き止めた。

「無理だ。お前だけでも……逃げるんだ、エシュタッ!」

「……」エシュタはうつろな眼差しでヴォルビトンを見た。酒場の飲んだくれの姿が、エシュタを見つめるヴォルビトンの輪郭に重なっていく。(ヴォルビトン……あなたは本当は……いったい……誰なの……?)

「カカカカッ!」獰猛なる笑い! そんな二人を嘲笑うように、凄まじき力の波涛が迸る! 超新星爆発のグェイサは笑い、猛っていた。

「笑止ッ! 笑止ッ! 逃がすわけがなかろうがッ!」

 灼熱の体が閃光を放つ!

「あははは! このグェイサはねぇ……ありったけの創世の種をぶち込んで造り出した、正真正銘の化け物なのさぁー!」

 瞬時に、その巨体が二人の眼前へと迫る!

「カカカカカッ!」グェイサの拳が唸りを上げた。ヴォルビトンは……「さらばだ」エシュタを突き飛ばした。「あ……?」エシュタの体を雷霆万鈞の力場が包み込んでいく。

「逃げろ……エシュタ」

 雷霆万鈞の力場はエシュタを優しく包みながら、ジンヤの外へと……猛烈な勢いで飛んでいった!

「そんな……!」遠ざかる光景の中、エシュタは見ていた。上空からヴォルビトンの体を貫く荷電粒子の閃光。「あぁ……!」「カカカカカッ!」獰猛な笑いとともに、灼熱の拳がその体に叩きこまれて、そして……

「エシュタァーッ!」

 叫び、ヴォルビトンは炸裂する火花とともに消えた。エシュタを包む雷霆万鈞の力場も消えていく。「あぁぁあ……」エシュタは落下していた。ジンヤが、その視界から遠ざかっていく。

(俺はお前を王にするぞ。エシュタ)

 調布の荒野。涼しげにそう誓ったヴォルビトンの姿が、夜の闇に重なった。「ヴォル……ビトン……ッ!」エシュタは叫び、落ちていく……涙の軌跡を残しながら、闇の中へと溶けるように。

「カカッ!」グェイサは愉快そうに笑い、手を上げた。「小娘ェ」空を埋め尽くす軍団がその動きに注目するように静止した。グェイサは手を振り下ろし、吠えた! 「あやつを……追えいッ!」

「あーあー、待った待った」

 それを静止したのはピエリッタだった。ピエリッタは目をすぼめながら、創世の種を高く掲げて眺めている。「もういいよー、あんなやつ。アガラ君のがあれば、それで十分だからさぁ」

「フンッ!」グェイサは鼻を鳴らした。その獰猛な目つきでピエリッタを睨む。「十分、か。何を考えている? ピエリッタ」「うーん? なにってなーにが?」「カカ……知れたことよ。無敵の小僧も、必殺の小娘も。目的があったからこそ、この地に導いたのであろう? 貴様が」

「んー」ピエリッタは創世の種を弄びながら、気乗りなさげに返事をした。「そうなんだよねぇ。本当はさぁ……対フシトの戦力として、彼らがちっとは役に立つかなぁ……そんなことも考えていたわけだよ」「考えていた、だと?」

「でもさ、いらなかったんだよ……あんな奴らは。だってさぁ、ほら……」

「むッ?」グェイサは顔を上げた。微かに、空気が震えていた。「なんだ……? この揺れは……?」「ほらほら、来たよ来たよ」ピエリッタは嬉しそうに笑っていた。「舞台はもう、動き出すのさッ」震動は徐々に大きくなっていく。「これは……ッ!?」

 ドンッ!

 それはまるで、世界を震わすがごとく!

 ドンッ! ドンッ!

 地鳴りのごとき轟きが!

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 大地を、空を震わせていた!

 ドンッ! ドンッ! ドン……ドッドッドッドッ……

 「バ、バカなッ!?」グェイサは目を剥いた。

 ドッドッドッドンッ……ドン、ドッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 唸りを上げ、世界が、世界そのものが揺れ始めている!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

「バカなぁッ!?」グェイサは理解した! この想像を絶する震動は……ジュクゴ力なのだと! これは、極限のジュクゴ力によってもたらされたものなのだと! 「あり得ん。こんな力は!?」

 ピエリッタは叫んでいた。

「あは! ほぅら、やっぱりだ! やっぱりだよッ!」

 一方、その時、調布の荒野では!

「おいおいおい、なんだ……なんだなんだなんだ!?」

 造反有理のリオが喚いていた。

「これは……!?」

 剣山刀樹のミツルギが目を見開いていた。

「グラグラァ!?」

 銅頭鉄額のアイアーンが叫ぶ。

「ふ……俺の計算……」

 神機妙算のジニの言葉は、震動にかき消された。

「う、うわぁあ」

 ゴンタが呻く。

「なんだい……今度はなんだってんだいッ!」

 隠密のステラが慌てふためく。

 凄まじき震動にリオたちが驚いている中で、それでもなお、たった一人、手を止めようとしない少女がいた。

「カガリさん……ッ!」 ゲンコである!

 少女はその元気の力を、一心不乱にカガリへと注ぎ続けていた。世界の揺れ動く状況すらその眼中には入らない。しかし……!

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「え……?」ゲンコは何かに気づき、手を止めた。

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ドン……ドン……

「これって……」

 それは、ゲンコだから気づくことができた。ゲンコだけが理解できた。ゲンコだからわかった。ゲンコだから知っていた。

「これって……!」

 世界が揺れ動く中で、ゲンコは静かに顔をあげた。

 ゲンコにはわかる。
 ゲンコにだけはわかる。
 この想いは。この熱は。この震えは。この力は!

「ハガネ!」

 
 その瞬間!

「「ぬぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉおッ!」」

 
 それは世界を揺るがす大音声である! それは咆哮である! それは雄叫びである!

 その叫びとともに、ジンヤの中央から爆発的な光が放たれた。それは天を焦がし、大地を割り、世界を貫いていく……それは、凄まじきジュクゴ力の奔流であった!

 それは、激突するフシトとハガネの、二人が発する獅子吼である!

「な、なんだこりゃ……ははッ、バカげてやがる……!」

 リオは冷たい汗を流し、笑っていた。

「バカな……バカな! こんな力は……あり得ん!」

 グェイサはたじろいだ。

「ほら! ほら! やっぱりそうだ……あたし、わかっていたんだ!」

 ピエリッタははしゃぐように両手を上げ、叫んだ。

「あはは! 君だけでいいんだ……ハガネ!」

 世界を貫く輝きを恍惚と見つめながら、ピエリッタは続けた。

「君だけがいればそれでいいって、あたし、わかってしまったんだ!」

 激烈なる輝きの中を、激突しながら螺旋を描くように三つの人影が上昇していく! ピエリッタはこぶしを振り上げ、叫んだ!

「あはははは! いいぞッ! やれッ! やっちまえッ!」

 舞台は……そこから数分前へと遡る!

【第67話「私が認めた貴様はッ!」に続く!】

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