異世界転生vsニンジャスレイヤー

異世界転生 vs. ニンジャスレイヤー

くらえっ! 必殺! バーストファイヤー!!

 俺の剣から放たれた灼熱の光線が邪竜スターゲイザーを直撃した。

「グルォォォーン!!」

 断末魔の叫びをあげるスターゲイザー。そして即座に爆発四散!

「や~ん、さすがですわ、チト夫様ぁ~」

 学園理事長の娘、キュアが嬌声をあげながら俺に飛びついてきた。その胸は豊満だ。

 俺の名はチト山チト夫。

 俺がこの剣と魔法の世界、アマクダリアに転生してきて早くも一か月。その間、オークの群れに襲われていたキュアを救い、悪霊から王女ジャスティスを護り、そして今、邪竜を葬った。転生時になぜか授かってしまった一撃必殺のチート能力「バーストファイヤー」によって、八面六臂の大活躍なのだ!

☆ミミ

 キーンコーンカーンコーン

 魔法学園アクシスに始業のチャイムが鳴り響いている。俺は机に頬杖をつきながら、ぼぉっと窓の外を眺めていた。思わず笑みがこぼれる。今日もまた、穏やかな良い一日になりそうだ。

「はいはい、みんな静粛に~」

 担任のミスティルテイン先生。エルフのくせに屈強な体格の持ち主だ。

「今日はみんなに転校生を紹介する。アマクダリアに転生ほやほや、イチロー・モリタ君だ」

「ドーモ」

 そう言って静かにお辞儀をしたそいつを見て、俺は思わずゾクッとした。漂わせる不穏な雰囲気。そして射抜くような強烈な視線。静かに顔を上げたモリタは、じっと俺の方を見つめている。

 そして、それからの日々は奇妙だった。

 イチロー・モリタが、なぜか俺に付きまとうのだ。学校の教室の中で。道の街灯の下に。ダンジョンの闇の中で。ふと気がつくとあの射抜くような視線が俺を見つめている。まるで俺を監視するかのように。

 不気味な奴だ。俺はそう思っていた。

 でも、あいつは――。

「やーん、チト夫様、キリがないですわ!」
「くっ、街中ではバーストファイヤーが撃てない……!」

 街を包囲したゴブリンの群れ。このままでは街が蹂躙されてしまう! しかしその時!

「私も手伝おう」颯爽と現れたそいつは……「イチロー・モリタさんっ!」

 ――さらに後日。

「なんだって!? 学園のアイドル、エルダーコングさんがトロールに拐われただって!?」
「助けに行くのか、チト山=サン」
「当たり前じゃないかっ」

 一瞬の沈黙。そして。

「……私も行こう」「ありがとう、モリタさんっ!」

 とにかく、いろいろあったんだ。

 モリタさんは剣も魔法もてんで駄目。でも、その体術には目を見張るものがあった。俺とモリタさん……いや、イチローは、いくつもの冒険をこなしていくようになった。そしていつしか、打ち解けていったんだ。

 そんなある日の夕暮れ。郊外の丘の上。

「チト山=サン」
「なんだよイチロー。あらたまって……」
「オヌシは、何を望んでいる?」
「……?」
「オヌシは、この世界に……いや、この世界で何を望んでいる」
「んー。難しい質問だな、それは」

 その問いかけは真剣なものだった。だから俺は――。

「そうだな。俺は……俺は何も望んじゃいないさ。ただ……」
「ただ?」
「俺は転生前をうっすらとしか覚えていない。だけどわかるんだ。転生前の俺は、何者でもなかった」

 イチローはじっと黙って、俺の話を聞いている。

「かつての俺は、上司の顔色を伺い……いつ首を切られるのかとビクビクしていた。自分を押し殺して。その他大勢の一人として。日々淡々と、同じことを繰り返していた。自分のやりたくないことだって、まるで大きな機械の歯車のように淡々とこなしていったんだ」

 俺はふっと息をついた。

「だから俺は嬉しいんだ。力を得たとか、ちやほやされるとか。そんなことじゃなくてさ! ただただ他愛もない、穏やかな時間が流れていることが嬉しい。そしてそんな時間の中に、みんながいて、俺がいて。それが、たまらなく嬉しいんだ」

 自分で言うのも気恥ずかしいが、たぶんその時の俺は、最高に爽やかな笑顔を浮かべていたんだと思う。

 イチローはじっと静かに黙っていた。まるで、何かを考えるかのように。

「た、た、た、大変だぁ~!」
「!? どうしたんだカッツバルゲルさんっ?」
「街が……街に! 邪竜が……邪竜の王がっ!」

 カッツバルゲルさんはぜいぜいと喘ぐように息をして、直後、絶叫した。

「あの、アガメムノンがっ!!」

「なんだって!?」

 俺は街の方角を見た。あぁ、なんてことだ……巨大な竜が街を襲っている。雷雲率いる恐るべき邪竜の王が!

「うぉおおおおおーーー!!」

 俺は剣を手に取り、しゃにむに駆けだしていた!

☆ミミ

「うわぁあああーーー!」

 アガメムノンの放つ雷が俺を直撃した。吹き飛ばされ壁に激突する俺。

「くそっ、そんなバカな……」

 俺はかろうじて立ち上がり再び剣を構えた。この街を、みんなを、この世界を……俺が守るんだ!

「くらえっ! 必殺! バーストファイ……うわぁあああーーー!」

 再び雷が直撃! 速い。速すぎる。この邪竜の王は速すぎるのだ。うずくまる俺を、邪悪な瞳が見下ろしている。その背後では雷雲が渦を巻き、稲光が明滅している。

 俺は邪竜を見上げた。俺を見下ろす邪竜の顔が、残忍な笑みで歪んだように見えた。そして幾筋もの雷光がその背後で煌めき、俺に向けて稲妻が放たれた。俺は死ぬ。そう覚悟した。しかし、その時だった。

Wasshoi!

 地獄の底から鳴り響いたかのような叫び。そして何かが俺の体を抱え、跳んだ!

「……え? イチロー……?」

 俺を抱えたイチロー、その体からはザワザワと血のような瘴気が立ち昇っている。イチローは俺を地面に降ろし、そして告げた。

「オヌシはここで見ているがいい」

 その体は赤黒の装束に包まれ、その顔には「忍」「殺」と刻まれた禍々しい面頬。「イ、イチロー……?」何か、嫌な予感がした。

 グルルルル、とアガメムノンが不気味な唸りを上げている。アガメムノンがその口を広げ、そこに眩い光が収束していった。刹那、イチローが動いた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 のけぞるアガメムノン。その目に突き刺さっているものは……手裏剣だ! イチローは俺に背を向け、そして地獄めいた声でこう言った。

「あの竜は、私が殺す」

 俺は見た。直後、イチローが色付きの風となりアガメムノンへと向かっていく様を。その赤黒の風は瞬時にアガメムノンまで距離を詰め、そして……。

「イイイイイイヤヤヤヤヤヤヤアァァァァァーーーッ!!!」
「グワーッ!」

 凄まじい打撃を加えながらアガメムノンの体を駆け昇っていく! そして遂にはアガメムノンの頭頂へと辿り着き、そこでイチローは仁王立ちとなった! 俺はイチローの呟きを聞いた。

「そうか、これがオヌシにとっての象徴か」

 そう言うとイチローは跳躍し、そして回転した。それは水の流れのように一切の淀みの無い、自然な回転だった。そしてそのままアガメムノンの顔を掠めるようにして落下したイチローはザンッと大地に降り立った。それとほぼ同時。

 パ ァ ン

 奇妙な破裂音と共にアガメムノンの目、耳、鼻、口から鮮血が噴き出した! そのままどうっと地に伏すアガメムノン。強大なる邪竜の王が一瞬にして滅びたのだ!

 燃え盛る瓦礫を背景に、ゆっくりとイチローが……いや、イチローを名乗っていた赤黒の死神がこちらに向かってきている。その右目はすぼまり、線香めいて赤く発光していた。

「思い出したか、チト山=サン」
「あ、あっ……」

 根源的な恐怖。見てはいけない何か、聞いてはいけない何か、触れてはいけない何か。それを感じ、俺は後ずさった。

「思い出したか、と聞いている。チト山=サン。いや……」

 それは地獄のような声だった。

「ナイトメアビリーバー=サン」
「う、うわぁあああーーー!」

 俺は咄嗟に剣を持って死神に切りかかっていた。しかし死神は嵐の如き踏み込みですでに俺の眼前! そして腰を落とし、強烈なパンチを繰り出していた!

「グワーッ!」

 きりもみ回転をしながら吹き飛ばされた俺は、暗転する意識の中で全てを思い出していた。そうだ……あれは死神。ネオサイタマの死神。

 ……ニンジャスレイヤー。

 目を開けると、まずはじめに薄暗い空が見えた。そこから降り注ぐ重金属酸性雨が俺の頬を濡らしている。壊れかけたネオンがバチバチと音を立て、ドブのような臭いが辺りに漂っている。

「夢から覚めたようだな、ナイトメアビリーバー=サン」

 傷つき、ネオサイタマの路地裏に倒れた俺。その上に死神が……ニンジャスレイヤーが馬乗りになっている。あぁ、そうだ。全てを思い出した。追い詰められた俺は、ユメニオボレル・ジツを暴走させて、そして……。

「アバッ……あ……はは……あはははは……」

 俺は笑い出していた。

「ニンジャスレイヤー……サン……あんた案外いい奴だった……な……」

 ニンジャスレイヤーは目を瞑り、じっと静かに黙っていた。まるで何かを考えるかのように。そしてしばらくして目を開くと、厳かに俺に告げた。

「ハイクを詠め、ナイトメアビリーバー=サン」

 最後に与えられたその温情に……俺は感謝した。そして俺は空を見た。そこから降る重金属酸性雨の雨音を聞いた。それらはどこか、懐かしいものだった。

「夢覚めて、しとどに濡れるネオサイタマ」

 ニンジャスレイヤーはその拳を高く振り上げた。「 イヤーッ!」あぁ。死神の拳が、俺の眼前に。

サヨナラ!

【異世界転生 vs. ニンジャスレイヤー】終わり

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