第33話「闇に溺れる」 #死闘ジュクゴニア
【目次】【キャラクター名鑑】
<前回>
「ふっくくっ……わからせてやるっ……お前たちにも……わからせてやる! この世界は……地獄……だ……っ……とっ……!」
男の体から、闇が溢れ出した!
圧倒的に絶望的な黒。それが視界を──世界を覆い尽くしていく。
「ハガネ!」
その時、ハガネはライの叫びを聞いた。そして自分を守るように迸る雷光を見た。そこから伸びるハガネを掴もうとするライの手を、そしてハガネに向けられた必死の眼差しを見た気がした。だがそれらもまた、次の瞬間には完全なる黒の中へと飲み込まれていった。そしてハガネの視界は暗転し──意識はそこで途切れた。
「貴様……っ!」
その黒の暴威の中、ただ一人、飲まれることなく立ち続ける男がいた。ミヤビ。強大なる花鳥風月の力、それが恐るべき黒にも拮抗し、飲み込まれることを防いでいるのだ。
ミヤビは見た。黒の彼方、周囲の暗黒に抗うようにして武を振るい、もがくフウガを。意識を失い、溺れるように黒の向こうへと流されていくライを。そしてくるくると回転し、黒の深淵へと落ちていくハガネを──。
眼前。黒を産み出す中心がミヤビを見下すようにして浮かんでいる。ミヤビは男の顔を睨んだ。その男の顔。それには確かな見覚えがあった。
「貴様はザーマ……ザーマなのか」
「ふっくっくっ……そうだ……そうだとも。だが……」
男は──ザーマは肩を震わせ笑った。
「ふくくっ……だがお前の知っているザーマは……漆黒のザーマは死んだ!」
ミヤビは苛立っていた。
「ふんっ。死んで化けて出てきた……とでも言いたげだな。くだらん。心底くだらん!」
ハガネとの死闘に水を差された。その事実に怒りが沸き上がる。しかし同時にミヤビにはわかっていた。ハガネは必ずやこの状況からでも立ち上がってくるはずだ。そのことを想い、直後、ミヤビの顔に笑みが浮かんだ。
剣を突き付けるミヤビ。ザーマを嘲笑うように。
「では聞いてやろう。漆黒のザーマではない……そうであるならば、貴様はいったい何者だと言うのだ?」
ザーマは答えない。狂ったように含み笑いを繰り返すのみ。
「ふん。では私が教えてやろう。貴様はカスだ。今から粛清されるカス。取るに足らぬゴミ屑だ」
「ふっくくっ……」
肩を震わせ、ザーマは口を開いた。
「俺は……ふくく……俺は……俺は地獄だ……っ!」
「ははっ。気でも狂ったか、カス!」
しかしミヤビの嘲笑を無視するようにザーマは続けた。
「ふっくっくっ……地獄……地獄なのだ、ミヤビ。俺は地獄……俺は……黒闇地獄(こくあんじごく)」
笑うザーマの口が大きく開かれた。そこにあったものは深淵。冥き昏き深淵──。
「俺はザーマ……黒闇地獄のザーマ……だっ!」
★
ライ……ライ……
優しく呼び掛ける声。木漏れ日を背景に微笑む男。力強くそしてしなやかな体躯。涼しげな眼差し。暖かく、穏やで大切な二人だけの時間──。
(ああ……ミナ……ミナっ!)
胸を締め付けられる想い。それは二度とは戻ってはこない過去。もう二度と触れることのできない、優しさに満ちた温もり──。
暗転。
死んだ。霹靂のミナは死んだ。
沈痛な表情でそう告げるムサイ。その手には黒皮のジャケット。彼が──ミナが唯一残していった遺品。
うあぁ……なぜ……なぜっ……そんなっ……なんで
乳飲み子を抱え、崩れ落ちるライ。
(やめろ……)
勇敢な……本当に勇敢な最期だった。
暗転。
ライ……ライ……
優しく呼び掛ける声。木漏れ日を背景に微笑むミナ。暖かく穏やかな時間──。
(やめろ……やめろ……!)
暗転。
死んだ。霹靂のミナは死んだ。
(やめろ……やめてくれ! もう……やめろ……もう……もうやめてくれ……)
全うき黒の中。いつ果てるとも知れぬ過去の反復。時間感覚を失い、ライは責め苛まされ続けている。冥き闇に包まれながら、ライはその顔に爪をたて、引っ掻くようにして声にならぬ声で叫んだ。
(やめろぉぉぉお!)
しかし……その訴えが聞き届けられることはない。
暗転。
ライ……ライ……
優しく呼び掛ける声。木漏れ日を背景に微笑むミナ。暖かく穏やかな時間──。
(やめろ……もう……私は……私は……もう……)
暗転。
暗転。
暗転。
果てしのない過去の反復の末に、やがて映し出された光景。それは燃え盛る街の様子だった。
(あぁあ……そんな……これは……そんな……嫌だ)
周囲の制止を振り切って走り出し、燃え盛る家屋の中へと身を投じるライ。
(だめだ……これだけは……嫌だ……やめてくれ……私は……私は……嫌だ……)
そこでライは
(やめろぉぉぉおお!!!)
変わり果てた我が子の姿を見た。
あぁああああ……うぁあ………!!
(あぁああああ……うぁあ………!!)
過去と現在、二人の慟哭が同時に木霊する。
泣き叫ぶライが炎に包まれていく。しかしその時、彼女の中で何かが弾けた。己という感覚が希薄化し、無限とも言うべき何かに接続された。時間が停止し、そして──無限の向こうから何かが溢れてきた。
炎を貫くように光が迸る。その光の中から何かを悟ったかのようにライが現れた。彼女は無傷だった。その表情は覚悟に満たされている。そしてその背中には輝く二字のジュクゴ。それは……
電 光 !!
その瞬間、ライはジュクゴ使いとなった。
そしてライは決意した。
私は許さない。私は決して許しはしない……! この力を使い、必ずやお前たちに復讐をする……ジュクゴニア帝国。お前たちを私は……私は決して許しはしない……!
その覚悟の表情に、二筋、涙の跡が残されていた。
【第三十四話「闇に沈む」に続く!】
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