死闘ジュクゴニア_マガジン

第34話「闇に沈む」 #死闘ジュクゴニア

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前回

 その瞬間、ライはジュクゴ使いとなった。
 そしてライは決意した。

 私は許さない。私は決して許しはしない……! この力を使い、必ずやお前たちに復讐をする……ジュクゴニア帝国。お前たちを私は……私は決して許しはしない……!

 その覚悟の表情に、二筋、涙の跡が残されていた。

 ザーマの放つ黒の領域。それは唸りをあげて爆発的に拡がり、ついにはジンヤをも飲み尽くさんばかりの勢いとなっていた。

「くっくっくっ。ハンカール。お前の言っていた余興とはこのことか?」
「左様でございます」

 ジンヤ高層に位置する謁見の間。

 輝ける現人神、ジュクゴニア帝国皇帝フシト!
 そして帝国宰相ハンカール!

 謁見の間の空間、その一部が窓のように歪み、外の情景を映し出している──。

「しかし……これは余興の始まりに過ぎません」

 冷たい微笑みを浮かべるハンカール。刹那、禍々しい光彩がジンヤから放たれた。弧を描く光彩が黒のうねりを拒絶し、壊れた音叉のごとき怪音を轟かせた。調布の街がより一層常ならざる空間へと変貌していく。それはまさしく魔界。魔界が人の世へ現出した──そうとしか表現しようのない不吉なる光景であった。

「ん~。なるほどですねぇ。こんな展開、私は意図していなかったんですよねぇ……」

 遠く廃ビルの上、まるで双眼鏡のように丸めた指を覗き込み、その様子を眺めているのは道化芝居のピエリッタである。

「むふぅん⤴︎」

 彼女は奇妙な鼻息を吹き出すと、続いて両手を挙げながらくるくると回りだした。

「いやはやはてさて、困ったものだ。勝手にいろいろな思惑が動き出す。こうなってくると、こうなってくると~」

 その回転がぴたりと止まる。

「ま、いっか」

 ピエリッタはぴょんと跳ね、何かに納得したかのようにパンと手を叩いた。

「そうなんです、そうなんですよぉ、ハガネさぁん。これはきっとあなたにとって。物凄く貴重な経験になる! きっとそう。そぉに違いない!」

 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「そうとなればぁ、そうとなればっ! このピエリッタ、そろそろ次の仕掛けへと取りかからねばなりませんねぇ!」

 そう叫ぶや否や、ピエリッタは小躍りするようにしてスキップし、いずこかへと去っていった。

 地獄のように反復し続ける過去。暗黒の中、煩悶し続けるライ──。

お前のせいだ! お前のせいで……お前のせいで私の息子は……

 叫ぶ老婆。ライは表情ひとつ変えずにそれを見つめている。

(違う……私は……私は……!)

 老婆は泣き崩れた。

(いや……違わない……そうだ。そうなんだ……私のせいなんだ……私の……せいなんだ)

 暗転。

ライさん、ご武運を……

 そう言って若者は事切れた。周囲は死屍累累。次々と同志たちが倒れ、そして死んでいく。

(私は……私は罪深い……)

 暗転。

 暗黒の中、ただ一人佇むライ。

 ライは自らの手を見つめた。どっぷりと赤い血でその手は染まっている。

(私の手は……血塗られている……)

 周囲は暗黒。その足元には黒の地平の彼方まで、果てしなく血だまりが続いている。ライは背後を振り返った。そこには血だまりに沈むかつての同志たち。彼らは悲しげな目でライを見つめていた。

 ライは正面を見た。その視線の先、少年少女たちの亡骸が悲しげにライを見つめながら、血だまりへと沈み込んでいく。ゲンコ、ゴンタ、そしてハガネ──。

いずれそうなる。わかっているだろう。お前には。

 どこからともなく脳裡に響く女の声。朦朧とした意識の中、ライはその声の主との対話を始めていた。

(しかし……しかしそれでも私はっ!)

お前が力を使う。すると敵はその何倍、何十倍もの力によって報復をおこなう。そして悲劇が起きる。わかっているはずだ。その繰り返しなのだと。

(わかっている……わかっている……それでも……それでも私は……)

お前に必要なもの……
それもお前にはわかっているはずだ。

(……?)

それは力だ

(……!)

力だ!
いかなる敵をも一撃で撃ち滅ぼす、圧倒的な力!

 ズクン……

 ライの胸の近く、何かが律動している。

お前には必要だろう。そのような力が。そのような力こそが!

 ライは見た。黒の地平の彼方。そこから冷たい光が差し込んでいる。その光の中に女が浮かんでいた。あまりにも冷たく美しい、超然とした女が。女の血のような赤い虹彩が、じっとライを見つめている。

(お前……は……)

 血のような赤い一枚布。女は体をそれで覆い、ざわざわと血のような赤髪を棚引かせている。ライは思った。この女は想像を絶する何か、人智を超えた何かなのだと。

 ズクン……

使え。

 ズクン……ズクン……

使え! 創世の種を。

(……私は)

使うのだ! 赤き創世の種を。その赤き力の源を!

 ズクン、ズクン、ズクン、ズクン、ズクン……

 胸の近く。創世の種から力が溢れようとしている。

(私は……私は……)

ライよ! 今こそ高みへと昇れ。全てを圧する力を。全てに勝る力を! 全てを一撃で滅ぼす力を! それを手にする時が来たのだ!

(私は!)

「愚かなる男! 滅べっ!」

 ミヤビの朗々たる声音が暗黒を貫く。花びらが渦巻いて輝き、黒で染まる宙空に新たなるジュクゴを刻んでいった。それこそは

 怪 光 線 !!

 ズガッ! ズガッ! ズガッシュ!!

 ザーマの体を貫く三本の閃光! 爆散するザーマの肉体。

「ふっくっくっ……」
「むっ……!?」

 霧状の黒。爆散したザーマの肉体が拡散し、ミヤビの体を覆わんとしている!

「ははっ、小賢しい!」

 ミヤビは剣を振るった。麒麟児の力により生じた超自然の炎が、ゴウと音をたてて唸りをあげる!

「ふっくっくっ……見えるか、ミヤビ」
「!」

 黒霧の向こう。何かがミヤビを見つめている。

ふっくっくっ……思い出せ……ミヤビ。地獄を……お前の地獄を思い出せ。お前の……地獄をっ!

 それは少年だった。少年は涙を流しこちらを見つめている。

「これはっ……!」

 ミヤビは驚愕し、そして目を見開いた。その少年の肌は醜くただれ、悲しげな表情でこちらを見つめている。

貴様ぁ……っ!

 ミヤビの心にザーマへの憎しみが燃え広がった。その醜き少年──それこそは幼き日のミヤビ、その姿に他ならない。

【第三十五話「ミヤビの誇り」に続く!】

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