東京城_血煙り__02

東京城、血煙り。

 五月雨、燻る霞色。

 バタバタと編笠を打つ雨の音。
 かさり。葉の上には雨蛙。

 ナキリは微動だにせず潜んでいた。
 藪の中、ただ独り。

 その見つめる先。光州街道。西の備えである光府城から〈身魂府〉の政庁たる東京城へと到る道。

 ケロリ。雨蛙が鳴き、そして跳ねた。跳ねて消えた雨霞の向こう。がちゃがちゃり。音を立てて進んで来たのは緋色鮮やかなる四つ足の駕籠。自律駆動のその駕籠には諸邦を監査する〈身魂府〉の巡見使が乗っている。その駕籠の傍ら、付き従うのは黒緑の戦外套を纏った扈従、たった二人。

「おい」

 扈従の一人が声をあげた。駕籠の進む先、街道に立つ者。がしゃり。駕籠の進行が止まる。扈従は目をすぼめてその者を見た。

(少女……いや、少年……?)

 粗末な蓑に編笠。小柄で華奢な体つき。白磁のような肌、美しい顔。藍鉄色の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。

 梅雨の雷、閃いて。月白色。
 瞬間、轟く雷鳴。

「え……?」

 驚く扈従の眼前に藍鉄色の瞳があった。扈従は構えることすらできない。音もなく振り下ろされたナキリの短刀は横一閃にその喉を切り裂いていた。

「なっ」

 即座に抜刀しようとしたもう一方。白刃の煌めきはその右腕を切り落とす。直後、ずぶり、胸に短刀。

 雨の中、二人の扈従は地に伏した。ナキリは淡々と駕籠の帷へと手を伸ばす。

 梅雨寒に、震え構える。薄鈍色。

 ナキリには見える。
 未来。その可能性が色として。

 カキンと甲高い音。そして火花。

「あっ……」

 駕籠の中。巡見使が構えていた短銃はあっさりと切り落とされていた。ぽとり、と落ちる銃身。

「動くな」

 ナキリはその喉元に短刀を突きつけた。美しい少年だった。青藤色の装束に身を包み、震え、その瞳は潤んでいた。

 巡見使の襲撃。それはナキリたちにとってはただの時間稼ぎにすぎない。そのはずだった。

 しかし──

(こいつ……)

 ナキリのモノトーンの世界に、今、鮮やかな色が差し始めていた。

 濡れ紫陽花。震えて咲く。青藤色。

【続く】

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