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掌編とか短編とか!

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自作の掌編・短編小説を格納していきます。
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#逆噴射プラクティス

【ぼくときみの海辺の村の】 #第一回お肉仮面文芸祭

 ゴッゴッカン……  ゴッゴッカン……  ぼくの記憶はそんな音からはじまった。繰り返し打ちならされる音には不思議な静けさがあって、そしてぼくの口のなかには、いっぱいになにかがひろがっていて、ぼくはとにかく夢中でそれを食べていた。とてもおいしかったことだけはよく覚えている。  ぼくは食べる。ゴッゴッカン……。するとそれは少しずつ小さくなっていく。ゴッゴッカン……。ぼくは食べる。ゴッゴッカン……。それはかけらのようになっていく。ゴッゴッカン……。ぼくは食べる。ゴッゴッカン……

臨界決戦プロメテオン

 俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。  つまり、あの恐るべき邪火リレーによって──言うも憚られる、あの百鬼夜行の群れによって──列島が蹂躙され、次々と都市が陥落してから半年が過ぎたということだ。  今や我が家は人類に残された唯一の希望だ。多くの人々がその周囲に集い、俺の家を祈るよう見つめている。そう、だからこそ俺は──。 『YO!』  威勢のいい声が俺を現実に引き戻す。 『聖火ドライヴ臨界率80、90、100……臨界突破! YO! 覚悟はいい

根源のヴィリャヴァーン

 わたしたちは誰もがヴィリャヴァーンの輝きから生じ、その根源の炎を胸に抱きながらこのエ・ルランの地へと落ちてきた。  だから、誰もが落ちてきた苦しみに囚われ続け、輝ける炎を胸に抱いていることすらも忘れて、その生命を終えていくのは悲しいことである。 「なればこそ。人の身のままヴィリャヴァーンに到ろうなどと望むことは、人としての分際を超えた行いでありましょう」 「それは許されざる行い。エ・ルランの地に災いと争乱とを招き入れることになりましょう」  壮麗なる列柱が輝く中、少

東京城、血煙り。

 五月雨、燻る霞色。  バタバタと編笠を打つ雨の音。  かさり。葉の上には雨蛙。  ナキリは微動だにせず潜んでいた。  藪の中、ただ独り。  その見つめる先。光州街道。西の備えである光府城から〈身魂府〉の政庁たる東京城へと到る道。  ケロリ。雨蛙が鳴き、そして跳ねた。跳ねて消えた雨霞の向こう。がちゃがちゃり。音を立てて進んで来たのは緋色鮮やかなる四つ足の駕籠。自律駆動のその駕籠には諸邦を監査する〈身魂府〉の巡見使が乗っている。その駕籠の傍ら、付き従うのは黒緑の戦外套を

世界を揺るがす天才CEO 亜嵐慶

 その時、男は得意の絶頂だった。  話題のベンチャー、ビッグトーク社。その新製品発表会。詰めかけたプレスが注目する中、巨大プロジェクターを前にして堂々とプレゼンを続ける男。  ビッグトーク社の若き創業者、亜嵐慶(あらん・けい)。 「まさにセキュリティ乱世の時代! 大手が開発した決済システムが、最近やられたばかりだ!」  亜嵐は両手を広げて大仰に続けた。 「皆さんも覚えてますよね。『二段階認証』。今では当たり前になったその仕組みすら、事故ったシステムは備えていなかった

ノア・サーティーン

「行ってしまうのか……ノア」 「はい……お爺様」  雨はやむことなく降り続けている。しとしとと、いつまでも。ノアと呼ばれた少女は丘の上から見下ろしていた。変わり果てた国の姿を。一面の泥の海を。  その傍らで山羊のチッポラがメェと鳴いた。ノアは微笑み、その頬にそっと触れる。 「大丈夫。わたし、絶対戻ってくるよ」  そのおさげ髪が風に煽られ、ばたばたと揺れている。健気で気丈。その様を見てメトセラ翁は苦しげに呻いていた。 「あぁ、神よ……なぜ……なぜ孫に……なぜノアにこん

東洋決死圏

 戦場を一陣の風が駆け抜けていく。  その風の名は沙也可(さやか)。  雑賀の沙也可。   (認めさせる。俺は速くて強い。里の誰よりも)  元服前。少年の面影を残す顔立ち。足軽鎧に身を包み、その手には奇妙な長筒。その長筒には刻まれていた──雷のごとき呪印、そして三本足の鴉。  その加速する視界は捉えていた。紀伊の山裾に蠢く軍勢、そして〈桐紋〉の旗印を! 「ははっ」  沙也可は笑った。あれこそは憎き羽柴の旗印。目指すべき敵! その前衛、足軽たちが禍々しき弓に矢をつがえて

黄金の華

 ふたつのダイスが転がっていく。盤の上、からんからと乾いた音を響かせて。  大太刀を携えた者。全身に呪紋を刻んだ者。六十口径ハンドガンを弄んでいる者。機械の体に油注す者。場末の酒場。異様な風体のならず者たち。  彼らの見つめる先。赤みがかった髪の男、そして黒髪の男。盤を挟んで対峙する二人の男。空気は淀んでいた。今にも炸裂しそうな危うさを孕みながら。ならず者たちのくすんだ眼差しが、どろりと二人の間、ダイス転がる盤上へと注がれている。 「出目は……」  火、そして龍!

慟哭の巨人ゼガン

「すまない……みんなっ……みんな……すまないっ……」  アルガの瞳から涙が溢れ、光となって散っていった。胸をえぐるような悲しみ。もう二度とは会えない人々──その人々の体が淡い光に包まれていく。その誰もが温かく微笑み、優しくアルガのことを見つめていた。 「頑張れよ、アルガ」 「いよいよじゃ。わしらも一緒に戦えるんじゃ!」 「ファイトだぜ、アルガにいちゃん!」  少女は祈るようにささやいた。 「さようなら……大好きなアルガ」 「ナナ……僕は……僕は……っ!」  人々の体

ニルラポランと君は笑った

 ポラペニアンとマニャマニャの二人がテレタンのオアシスに辿り着いたのは、蛙の太陽が真上に、そして亀の太陽が西から昇り始めた頃だった。 「うわぁ」  ポラペニアンの丸い顔がぱぁっと輝く。それはまるで、かのゾラの花が咲いたかのようだ。市場の賑わい。異形の人々。奇怪な大道芸。ポラペニアンのふっくらとしたほっぺがぷくりと膨らみ、その小さな体がバザールの中を跳ねるようにして歩いていく。そのふわふわの衣服が綿毛のようにぽよぽよと、楽しげに弾んでいる。  その後ろをマニャマニャはしず

表現者たち

「貴様ァ! 音楽に政治を持ち込むとは何事だぁ!」 「ち、違うんですっ……僕は……」 「言い分けはするなぁっ!」  殴るようにカウンターテーブルに叩きつけられる拳。ガシャン! まるで憲兵のような衣服に身を包んだその男は、威嚇するかのように周囲を睨み付けた。  レトロ感漂うバー。店内は週末の夜を過ごそうとしている客によって賑わっていた。だが……その場の空気が澱み、重く沈んでいく。抗弁しようとした少年は唇を噛んで押し黙った。 「そうそう、そうだぞ。奥ゆかしさ。それが肝要だ」