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【『パンと牢獄』連載】⑨ラモ・ツォのチベタン・ブレッドのつくりかた

 チベット人の真意を映す映画を撮ったことで、中国で囚われの身になったドゥンドゥップ・ワンチェンと、夫の逮捕のために難民となり、ついには米国に渡って彼を待ち続けた妻ラモ・ツォ。この夫婦と4人の子どもたちの10年の軌跡を追ったノンフィクション『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』の作者・小川真利枝さんがつづるチベットの暮らしのあれこれ。今回は、小川さんとラモ・ツォの出会いのきっかけにもなった、チベットのパンのつくりかたをご紹介します。

■『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』詳細

 拙著『パンと牢獄』のタイトルにもなっている、ラモ・ツォがつくっていた「パレ」ことチベタン・ブレッド。今回は、そのつくりかたの全貌を写真つきでご紹介します。

 ラモ・ツォは毎朝、ダラムサラの町の中心街の道端に店を構えていました。店番をしながら数珠をつまぐり、お経を唱えていた姿が印象的でした。ときには、美味しそうな香りにつられてやって来たのでしょうか、野良犬と並んで店番をすることも。

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 2009年、わたしがラモ・ツォとはじめて出会ったときに、ラモ・ツォの自宅に泊まり込んでパンのつくりかたを撮影させてもらったことがありました。当時の映像をもとに、つくりかたをご紹介したいと思います。
 
 ラモ・ツォのパンづくりは、前日の夕方にタネをつくるところからはじまります。

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 直径60センチくらいある大きな樽に水と小麦粉、ベーキングパウダーを少々入れ、力いっぱい捏ねていきます。この樽が2つあり、2つぶん捏ね上げるのに30分くらいかけます。

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  大きな樽をぐるんぐるん回しながら捏ねていきます。ラモ・ツォの息は上がり、額に汗がにじんでいます。写真の手前にあるポットは、ダラムサラのチベットのひとの家庭には必ずひとつあるポット。チベットのひとは、白湯が大好きで、夏でも冷たい水を飲んでいるところを見たことがありません。チベットの友人宅を訪問すると、きほんは白湯でもてなされます。ラモ・ツォいわく、白湯はチベットのひとにとって薬のようなもので、白湯のおかげで健康体なのだそう。

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 このままひと晩寝かせます。
 そして、丑三つ時の午前2時すぎ。ラモ・ツォの朝がはじまります。

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ふっくらと膨らんで、美味しそう!

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 こんどは立ったまま全身の体重をかけ、捏ね上げていきます。耳を澄ますと、こんな力仕事をしているときでも、ラモ・ツォはずっとお経を唱えています。かすかに聞こえる程度、小さくささやいているだけですが、淀みなく唱えています。ラモ・ツォのパンには、チベット仏教のマントラ(真言)がスパイスになっているのです。

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 捏ね上がったタネをめん棒で伸ばし、鉄の型で型抜きしていきます。慣れた手つきで、ためらうことなくガシガシと。余白がほとんど残っていなくて、圧巻です。このときも、ずっとお経を唱えています。手と口がまったく違うリズムを刻んでいるのですが、どちらも止まることなく、なめらかに進んでいきます。

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 そのあいだ、石でつくった竃に火を点け温めていきます。この竃は、ラモ・ツォがダラムサラでパンをつくって商売をしようと決めて、自らつくった竃だそうです。

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 型抜きしたタネを並べ焼いていきます。こんがり焼けて、香ばしい匂いが部屋中を包みます。ふっくらしてきました。焦げめも美味しそうです。

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 完成です。ふかふかとしていて、口に入れるともちもち、ほんのりと甘みのあるラモ・ツォお手製のチベタン・ブレッドです。これをカゴに詰めて、太陽がほとんど顔を出していない朝ぼらけの町に繰り出します。
 
 ラモ・ツォは、ダラムサラで生計を立てたいと考えたとき、読み書きができない自分に何ができるだろうと考え、このチベタン・ブレッドをつくって売っていこうと決めました。はじめた当初は、味も形も思い通りにつくれず、研究に研究を重ねたのだそうです。そして、自分が理想とするパンをつくることができるようになり、ついには寺院から大量に注文を受けるまでになります。

 いま、アメリカで暮らすラモ・ツォは、当時を思い出しながら自信をもっていいます。「最初、ダラムサラでパン売りをしていたとき、自分は何をやっているのだろう……と投げやりになったときもあった。でも、なんとかやってこられた。アメリカでだって、なんとかなる」 

 ゴールデンゲート・ブリッジを颯爽と車で走るラモ・ツォを見ながら、あのダラムサラで午前2時に目を覚まし、パンを捏ねていた頃の彼女に思いをはせました。まるで何かの修行のように、お経を唱えながら全身を使って力いっぱいパンのタネを捏ねていたラモ・ツォ。そのすべての行いの答えが、いまの彼女の姿なのだろうと思いました。もちろんいまでも、車を運転しながらお経を唱えています。が、あまりに危険な運転なので「シナツァラ!(あぶな!)」が合間合間に入り、なかなか淀みなく唱えることはできませんが。

 次回は、西暦2月12日がチベット暦のお正月「ロサ」なので、わたしがダラムサラで経験した年越し「グトゥー」についてご紹介します。


●著者プロフィール
小川真利枝(おがわ・まりえ) 
ドキュメンタリー作家。1983年フィリピン生まれ。千葉県で育つ。早稲田大学教育学部卒業。2007年テレビ番組制作会社に入社、2009年同退社、フリーのディレクターに。ラジオドキュメンタリー『原爆の惨禍を生き抜いて』(2017)(文化庁芸術祭出品、放送文化基金賞奨励賞)、ドキュメンタリー映画『ラモツォの亡命ノート』(2017)などを制作。 『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』が初めての著作。

パンと牢獄_書影オビあり

『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』詳細

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