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嘘の連鎖が生み出す、悲しすぎる復讐劇 ♯03富良野馨さん

「ほかほか文庫。#03」では、『この季節が嘘だとしても』の著者・富良野馨さんにインタビュー。大好きだった従姉のため、彼女を死に追い詰めた男に復讐を誓う大学生の紗夜。ところが、男に近づくためについた紗夜の“孤独な嘘”は、思わぬ悲劇を生みます。「それでも、この季節は紗夜にとってかけがえのないものなんです」と、富良野さん。作品の結末に込めた想いを伺いました。

笑わなくては。懐に入り込まなければ。
大学生の紗夜は、京都の三十三間堂に程近い路地奥の店『中国茶 龍王』に嘘の名を借りて通う。
同じ日に生まれ、同じ日に死んだ母達を持ち、姉妹同然に育った絵里ちゃんを、あの男が奪った。
だから、紗夜は復讐を遂げるのだ。
芳しい香り漂う新感覚ミステリー。
                    (講談社文庫・あらすじより)


被害者遺族の憎しみの行方



――『この季節が嘘だとしても』は、亡くなった従姉の絵里ちゃんのために、彼女を死に追い詰めた男を手にかけようとする、大学生・紗夜の孤独な復讐の物語です。初めから“復讐劇”を書きたいという想いはあったのでしょうか。
富良野
 第九章からの紗夜の心の動きが書きたかったんです。なので、復讐行動そのものを初めから書きたかったわけではなくて。ネタバレにならないようにお話しするのがとても難しいのですが(笑)、たとえば殺人で収監された人が獄中で自殺してしまったりとか、あるいは昔あったように恩赦で釈放されたとしますよね。そういう時に被害者遺族の憎しみや恨みはどこへいけばいいのか、大変宙ぶらりんになってしまって、とても苦しいと思うんです。きちんと裁かれて罰を受け獄につながれていると思えばこそ、多少は自分の感情に言い訳もできるものを、それが理不尽に断たれる辛さ。
アルゼンチンの『瞳の奥の秘密』という映画では、妻を殺された夫が、妻への想いや犯人への憎しみを決して忘れないためにある手段を取るのですが、それがとても印象に残りました。でもそれはとても辛い道で、ならどうしたら良かったのか、こういう思いは一体どこへいけばいいのか、そういう「のこされたひと達」の感情の行方を描きたかったんです。

――恋仲だった絵里ちゃんに突然の別れを切り出し、妊娠していた子どもを流産させ、自殺にまで追い詰めた早見貴志人。彼が『中国茶 龍王』の店主の甥っ子であると耳にした紗夜は、名前を偽って店を訪れます。このお店は、どのように設定を考えられたのでしょうか。
富良野 
京都に住んでいるので、土地勘のある場所を舞台にしたというのもあるんですが、作中の“闇の中で光に照らされた三十三間堂の千体千手観音像”のシーンを描きたかったというのが大きいです。実際に、その光景を昔に見たことがあって、まるで極楽に来たみたいに綺麗だったんです。心が浄化されて救われるような、癒されるような、ゆるされるような……。なんとも言えない感覚がずっと忘れられなくて。その時の感覚が、まさに作中の紗夜の心情に当てはまったので、「あ! これは使おう!」と、『中国茶 龍王』を三十三間堂近くの路地奥のお店にしました。中国茶のお店にしたのは、『小さなお茶会』(猫十字社・著)という漫画の影響で、子どもの頃からお茶が好きだったからです。


――京都の町と、富良野さんの情緒あふれる文体がとても合っていると思いました。
富良野 
なんだかじとーっとして、湿度が高いんですよね(笑)。京都を舞台にした作品はたくさんありますが、自分のなかで思っていたのは“暮らしている町としての京都”を書きたいということで。祇園祭というと、たくさんのひとでにぎわって、お囃子はやしが鳴って……ということをイメージされる方も多いと思うんですけど、実際には、通りを一本入ると真っ暗で誰もいなかったりする。そんな地に足のついた、生活の息遣いを感じられる京都を描いたつもりです。


「家族」という呪いを超える信頼



――紗夜の情念のこもった一人称も印象的でした。早見に近づくため、『中国茶 龍王』に足繁く通う紗夜。他人になりすましながらも、「早見貴志人を、必ずこの手で殺してみせる」「あの男さえ殺すことができれば、その後なんて、もう、いい」と、胸中では早見への激しい殺意を繰り返し唱えます。
富良野
 紗夜に憑依ひょういされるというか、乗っ取られるような感覚で書きました。だから、あまり自分の力で書いているという実感はなくて。今回はあまりそういうことはありませんでしたが、普段ものを書いていると登場人物の言動に「え、そんなこと言うの⁉」「そんなことするの⁉」って、自分で書いたはずなのに自分が驚くみたいなことがよくあるんです。ただ、そういう困った事態が起きた時に、その箇所を削って軌道修正しようとすると、大抵面白くなくなっちゃうんですよね。

――早見への殺意と対照的に、亡き絵里ちゃんへの思慕の念が綴られる場面は、切なさで胸がぎゅっと締め付けられました。
富良野 
紗夜と絵里ちゃんの間には、母娘・姉妹のようなどこか擬似家族的な濃密さがありますよね。もともと、家族関係がどんなに悪くても「親なんだから」「子どもなんだから」の一言ですべてが片付けられてしまうことに抵抗があって。そういう呪いやかせのない人間同士が、信頼によって強く結びつく関係性が好きなんです。
一方で、紗夜の“親離れ”も書きたかったことの一つで。紗夜は母親代わりだった絵里ちゃんを失って初めて、自分が繭にくるまれていたことに気づくんです。これまで絵里ちゃんに庇護されることが当たり前だった紗夜が、その繭を飛び出して、成長していく――その過程を大事に描きました。


嘘を生きる少女が掴んだ、小さな光



――夜道で男に絡まれているところを助けられたり、熱中症で倒れたところを介抱されたり、無愛想な早見の思わぬ優しさに触れ、固く誓ったはずの紗夜の復讐心は、徐々に揺らぎ始めます。紗夜と早見の関係性の変化も、この作品の見どころですね。
富良野 
紗夜は初め、早見が持ったお皿を持つことさえ嫌なんですよ。お皿に触りたくもないし、彼の姿を見たくもない。ところが、時を経てクリスマスの頃になると、何も思わずひょいと服を手渡しできるし、むしろ、手渡されてから何も思わなかった自分に慄然とするんです。……これは自分でも気に入っている場面なんですけど(笑)。
他人になりすまして、嘘で自分を塗り固めていたはずなのに、少しずつ何かが変わっていく。『この季節が嘘だとしても』というタイトルには、作品全体を通じて「(この季節が嘘だとしても)過ごしている時間のなかに生まれる何かがある」というメッセージを込めています。そして、それはきっとかけがえのないものになるんですよね。

――前作『真夜中のすべての光』では、仮想世界を通じて、現実世界で起きた出来事の悲しみを乗り越え、主人公が少しずつ立ち直っていく様を描いていました。今回の作品に仮想世界は登場しませんが、嘘の自分を生きる紗夜が、ある種バーチャルな存在という点で、通じるものがあるように思いました。
富良野 
言われてみれば、確かにそうですね。自分が書く時に好きなパターンというのがあって、「事件A→解決、事件B→解決」よりも、「事件A→事件B→解決」っていう流れにしたくなるんです。まったく異なる二つの事件が起きて、それがいつの間にか相互に関係しあって、片方を解決することで、もう一つの事件も解決されていくという展開が好きなんですよ。なので、関係ないはずの仮想の自分における出来事が、現実の自分を変えるという意味では、『真夜中のすべての光』と『この季節が嘘だとしても』は共通しているかもしれません。


結末で明かされる、裏の主人公



――嘘の連鎖はやがて、ある悲劇をもたらします。衝撃の真実が怒涛のスピードで展開され、とてもドライブ感のあるラストなのですが、
富良野さんのnoteを拝読すると「この話、ミステリだろうか……」と仰られていたので、驚きました。特にミステリを意識することなく、こうした結末に辿りついたのでしょうか。 
富良野 
読者をだましてやろう、という気持ちはあったんですけど、ミステリにカテゴライズされる作品として書いたつもりはありませんでした。最後のほうで伏線を回収しているので、確かにミステリ的手法は用いているんですが……。
この作品は、ずっと紗夜の一人称で進んでいく物語なんですけど、最後まで読むと、実は早見の物語でもあったんだとわかる構成になっているんです。事情をわかったうえで最初から読み返すと、「ここで早見はこういうことを思っていたんだ」「だからこういう反応をしているのか」って、次々と符合する。既に一度読んでくださった方には、ぜひ早見の出てくるシーンだけでも読み返して、早見の心の変遷を味わってもらえると嬉しいです。

――次作についてお聞かせください。
富良野 
『世界の端から、歩き出す』を書いた時に、自分が思っている以上に「めちゃくちゃ怖かった」という感想をいただいて。もともとホラー系の本や映画も大好きなんですが、自分ではそこまで怖いものを書いている意識がなかったので、とても意外だったんです。せっかく「自分は怖いものが書けるんだ!」と気づかせてもらったので、いつかそういうじわじわ〜っと恐怖が迫ってくるような作品を書きたいですね。


【著者紹介】
富良野馨/京都市在住。『少女三景―無言の詩人―』で新書館の第2回ウィングス小説大賞優秀賞を受賞。2016年『雨音は、過去からの手紙』(マイナビ出版ファン文庫)でデビュー。20年、第1回講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞に応募した『真夜中のすべての光』(講談社タイガ)でリデビューを果たす。他の著書に、『世界の端から、歩き出す』 (ポプラ文庫ピュアフル)がある。

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