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おかえり ~虹の橋からきた犬~ 最終話/新堂冬樹

【前回】 

 診察台に横たわる武蔵むさしが涙ににじんだ。
 西沢にしざわ獣医師が、小武蔵の後ろ足の付け根の内側に、人差し指、中指、薬指を当てていた。

 小武蔵を助けて……。
 まさか、このまま虹の橋に連れて行ったりしないよね?
 いいえ、あなたが小武蔵なんでしょう!?
 こんなに早くいなくなったら……戻ってきてくれた意味がないじゃない……。

 菜々子ななこは胸の前で手を合わせ、茶々丸ちゃちゃまるに祈った。
「体が衰弱しているのに、無理をしたせいで倒れたようです。脈拍も弱くなっているので、強心剤を打っておきます」
 西沢獣医師が、小武蔵の首の後ろに注射しながら言った。
「小武蔵は、助かりますよね!? 手術は成功したんですよね!?」
 菜々子は、すがるような瞳で西沢獣医師を見た。
「はい。腸の腫瘍は予定通り切除しました。ですが、小武蔵君の心肺機能は著しく低下しています。健康体でも、全身麻酔を打ち大手術を行えばかなりの体力を消耗します。小武蔵君は、術前から腫瘍に侵されほとんど食事もれていない状態でした」
「そんな危険な状態で、なぜ手術をしたんですか!?」
 菜々子は声を荒らげた。
「手術をしなければ、小武蔵君の助かる道はありませんでした」
 菜々子とは対照的な西沢獣医師の冷静な言葉が、胸に突き刺さった。
「小武蔵は、どうなるんですか?」
 菜々子はたずねながら、を閉じ横たわる小武蔵の脇腹に視線を向けた。
 かすかに上下する脇腹の動き……息吹のあかしに、菜々子はあんした。
「ICUに移し、二十四時間体制で点滴を投薬します。臓器の働きが上向けば、流動食を与えて体力を回復させます。口から食事を摂れるようになると、一安心なのですが」
「点滴で臓器の働きは上向くんですか? ほかに、方法はないんですか? 腸の腫瘍を切除したのだから、抗癌こうがん剤の治療を開始できないんですか? 小武蔵を苦しめているのは、腫瘍なんですよね? だから、その腫瘍がなくなれば小武蔵は元気になりますよね?」
 菜々子は、矢継ぎ早の質問を西沢獣医師に浴びせた。
「そうですが、いまの小武蔵君は免疫力が下がっているので、抗癌剤の投与はできません」
「じゃあ、小武蔵が苦しんでいるのを黙って見ているしかないんですか!?」
「小武蔵君の免疫力を上げるために、私達も最善を尽くします。とにかくいまは、体力回復に努めますから。小武蔵君をICUに運んで」
 西沢獣医師は菜々子に言うと、看護師に視線を移し命じた。
「小武蔵に、つき添っててもいいですか?」
 菜々子は、看護師に抱かれてICUに移動する小武蔵のあとを追いつつ、西沢獣医師に訊ねた。
「十分くらいで、お願いします」
「え? どうしてですか? 心配だから、小武蔵にずっとついててあげたいんです。小武蔵も、私がいたほうが安心すると思いますし」
 もう二度と……。
 脳裏によみがえりかけたあの日の記憶を、菜々子は慌てて打ち消した。
 小武蔵はあのときとは違う、絶対に大丈夫……菜々子は、自らに言い聞かせた。
「お気持ちは、わかります。ですがたにさんがそばにいると、さっきのように小武蔵君が頑張ろうと無理をしてしまいます。生死を彷徨さまよっている状態のときならば頑張ることも必要になりますが、いまは体力を取り戻すことが最優先です。万が一、容態が急変したときには、すぐに連絡しますから、今日のところは」
 西沢獣医師は、暗に菜々子に帰れと言っているようだった。しかし、菜々子が、気分を害することはなかった。
 小武蔵が重篤な状態ならば、帰れとは言わないはずだから。
「わかりました。明日、午前中から会いにきても大丈夫ですか?」
 菜々子は気持ちを切り替え、西沢獣医師に訊ねた。
「はい。十時以降なら大丈夫です」
「先生。もし、小武蔵の容態が悪化したら、必ず連絡くださいね。すぐに駆けつけることのできる場所に待機していますから」
 菜々子は、強い気持ちを込めた瞳で西沢獣医師をみつめた。
 西沢獣医師が、力強くうなずいた。
 菜々子は、酸素室に入った小武蔵の前にかがんだ。眼を閉じ、小武蔵の寝息に耳を傾けた。
 生きている……それだけでよかった。
ほかには、なにも望まない。
 小武蔵がご飯を食べて、散歩をして……そばにいてくれるだけで、幸せだった。
 癒されたいとは思わない。虹の橋のたもとで待っていなくてもいい。
 ただ、そばにいてほしかった。
 手を伸ばせば届く場所に……息遣いが聞こえる場所に。
 眼を開けた。
 小武蔵も、横たわったまま眼を開けていた。
 なにかを訴えかけているような瞳……。
 だが、小武蔵が起き上がる気配はなかった。
 いや、起き上がる体力がないのだろう。
 あふれそうになる涙……こらえた。
 小武蔵が病魔と闘い頑張っているときに、泣いてなどいられない。 

 ママ、僕は負けないよ。だから、安心して。 

 約束よ。約束を破ったら、許さないからね。 

 うん。必ず、ママのもとに戻るから。ママにも、一つ約束してほしいことがあるんだ。

 いいわよ。なに?

 もう、あのときのことで自分を責めないで。

 え……。

 ママは悪くないから。

 ありがとう。でも、それは無理……。

 ママは悪くない。僕が、そう言ってるんだから。

 小武蔵が、ゆっくりと眼を閉じた。
「小武蔵……」
 聞こえてきた寝息に、菜々子は安堵した。
「どの飼い主さんも同じですよね」 
 背後から、声をかけられた。
 振り返ると、初めてみる顔の年配の看護師が立っていた。
「看護師のせきです。私達は仕事柄、病気の子や怪我けがをした子達の飼い主さんと接する機会が多いんです。みなさん、自分が代わりになってもいいからこの子を助けてほしいと、顔に書いてあります」
 関谷看護師が微笑ほほえんだ。
「その気持ちわかります。まさに、私もそんなふうに考えています。この子が助かるなら、私の寿命をあげてほしいって」
 菜々子は立ち上がり、祈りを込めた瞳で小武蔵をみつめた。
「でも、この子達はそんなことは望んでいないと思います。というか、自分が病や怪我で苦しんでいるとも思っていません。ただ、大好きな人のぬくもりを感じ、匂いに包まれているだけで幸せなんです。私達人間と違って、この子達は過去のことを悔やんだり未来のことを心配したりしませんからね。全力で、いまを生きているんですよ」
「全力で、いまを生きる……」
 菜々子は、関谷看護師の言葉を繰り返した。
「はい。よく、人間の一日が犬には一週間に相当するから、あっという間に時が過ぎてしまいかわいそうと言う人がいますけど、この子達にはそれがあたりまえなんです。たとえば、一日百六十八時間の惑星に住む生物が地球人は七倍のスピードで年を取ってかわいそうと言っても、私達にはピンとこないでしょう? 地球人には、一日二十四時間があたりまえですからね」
「たしかに、言われてみればそうですね!」
 関谷看護師はあたりまえのことを言っているのだが、言葉の一つ一つが新鮮で心に染みた。
「小谷さん、いま、おつらいでしょう。愛する我が子が病と闘っているのだから、それも仕方ありません。でも、これだけは忘れないでくださいね。この子達は、すべての瞬間、幸せを感じているということを」
 関谷看護師がふくよかな笑みを浮かべ、菜々子をみつめた。
「あの……変なこといてもいいですか?」
「なんでしょう? 私がお答えできることなら」
「生まれ変わりって信じますか?」
 菜々子は、質問を口にしてから驚いた。少なくとも初対面の人に、しかも医療従事者の看護師に訊く内容ではないような気がした。
 すぐに、菜々子は後悔した。
「信じますよ」
「え!? 本当ですか?」
 菜々子は自分で質問していながら、意外な答えに思わず訊ね返した。
 関谷看護師が頷いた。
「はい。信じるどころか、私は体験者ですから」
 関谷看護師が悪戯いたずらっぽい顔で首をすくめた。
「生まれ変わりの子を、見たことがあるんですか!?」
 菜々子は弾む声で訊ねた。
「昔、チビっていうチワワを飼っていたんですけど、五歳のときに飛び出してきた自転車にねられて……あら、もう十年前のことなのに涙が……ごめんなさい」
 関谷看護師が泣き笑いの表情で、目尻を指先で拭った。
「いえ、その気持ちわかります」
「ありがとうございます。私はもう、あまりのショックに精神的に病んでしまって……。ご飯も食べずに一日中部屋に引き籠るような生活が一ヶ月ほど続いたときに、心配した姉がペットロスの克服法みたいな本をたくさん買ってきてくれて、その中の一冊に『亡くなったペットともう一度暮らせる』って内容の本があったんです。そのタイトルを見た瞬間に、トイレに行くのも忘れて一気に読んでしまいました」
「どんな内容の本だったんですか?」
 話を合わせたわけではなく、重度のペットロスを体験した菜々子は、関谷看護師が立ち直るきっかけになったという本の内容に興味があった。
「書いてあった内容を要約しますね。死後のペットには三つの選択肢があります。一、成仏した後に元の飼い主のそばにいて守護天使の役割をする。二、天国に続く橋の前にいて飼い主がくるのを待っている。三、転生して飼い主の元に戻ってくる。それぞれ興味はあったんですけど、私はすぐに三の転生……生まれ変わって戻ってくるということに興味を引かれました。ほかの二つも魅力はあるんですけど、一はそばにいてくれても抱き締めることができないし。二は会えるまで時間がかかり過ぎるし。私はチビの体温や匂いを感じたかったし、声を聞きたかったし、見つめ合いたかったし……だから、三がいいなと思ったんです」
 関谷看護師の話している内容は、犬や猫を飼ったことがない人、好きではない人からしたら理解に苦しむものかもしれない。
 人によっては、オカルト的に感じ引いてしまう場合もあるだろう。
 だが、無限の闇で彷徨っていた菜々子には、関谷看護師の気持ちが痛いほどに伝わってきた。
「要約した内容の続きを話しますね。犬や猫は人間より転生のスピードが速くて、寿命が尽きたあと、一ヶ月から数ヶ月後に生まれ変わる子もいる。愛情を受けたペットほど、飼い主のもとに帰ろうと半径五メートル以内の場所を転生の場に選ぶ。飼い主に発見してもらいやすいように、出会った場所……たとえば同じペットショップや保護犬施設で待つ。人が聞いたら一笑に付すような話かもしれません。でも、チビに会いたくてわらにも縋る思いだった私は、心で語りかけました。新しい毛皮をまとって、私のもとに戻ってきて。そして、あなたがチビだってわかるサインをお願いね。あ、もし、引かせてしまったならごめんなさいね」
 関谷看護師が、思い出したように菜々子の様子をうかがった。
「いえいえ、引くなんてとんでもない。生まれ変わりの話を訊いたのは私ですから。それから、どうなったんですか?」
「引き籠りになっていた私は、疎遠になっていた友人と食事やショッピングに出かけるなど、積極的に外出するようにしました。その本を読んで三ヶ月くらいった頃に、友人とぐろでランチをした帰りのことでした。駅に向かっているときに、友人が携帯を店に忘れたと言って取りに戻りました。私は、友人を待っている間にそのへんをふらふら歩いていて、ペットショップを発見しました。店名を見て、ハッとなりました。場所は違いますが、私がチビを買ったペットショップの系列店でした。私は本に書いてあったことを思い出し、チビに似た子を探しました。でも、チビだ、と思える子はいませんでした。そんな偶然があるわけないと店を出ました。駐車場に止まっていたバンから降りてきた作業服の男性が、両手にクレートを下げて私と入れ替わりにペットショップに入りました。擦れ違いざまに、一瞬見えた子と眼が合いました。その瞬間、私は息をみました。気づいたら、ふたたび店に戻っていました。作業服の男性が連れてきた二匹は、新しく入荷した子達でした。私はスタッフに頼んで、眼が合った子をクレートから出してもらいました。確信しました。チビが戻ってきてくれたって」
 当時のことを思い出しているのか、関谷看護師が眼を閉じ微笑んだ。
「そんなに、チビちゃんに似たチワワちゃんだったんですか?」
 菜々子は訊ねた。
「それが、チワワじゃなくてフレンチブルだったんです」
 関谷看護師が眼を開けて言った。
「え? フレブル? どうして、チビちゃんだとわかったんですか?」
「チビは皮膚にアレルギーを持っていて、おでこに直径二センチくらいのおできができていたんです。良性で大きくもならなかったので、そのままにしていたんですよ。擦れ違うとき、フレブルちゃんのおでこにおできがあったような気がしたんです。もしかしたら見間違いかと思って、スタッフさんに頼んで面会させてもらったら、やっぱりおできがあるフレブルちゃんで、生後四ヶ月になっていたんですけど、私はその日に連れて帰りました」
「チビちゃんと、再会できたんですね!」
 菜々子は、我がことのように声を弾ませた。
「さあ、どうでしょう」
 関谷看護師が笑顔で首をかしげた。
「え? 違ったんですか!?」
 菜々子は身を乗り出し訊ねた。
「同じ場所におできがあって、仕草も似ていて……でも、生まれ変わりだと言い切れる証拠はないわけで、人によっては偶然の一言で片づけますしね。もちろん、私は確信しています。間違いなく、チビが戻ってきてくれたって。私とチビにしかわからないきずなですから、周りが信じるか信じないかは関係ないんですよ」
 関谷看護師の言葉が、菜々子にはに落ちた。
 巻き戻る記憶……おか動物病院の前に置き去りにされていたクレートの中の小武蔵の右頬には、茶々丸と同じハート形のぶちがあった。
 ときおり見せる仕草も、茶々丸そっくりだった。だからといって、小武蔵が茶々丸の生まれ変わりだという証拠はどこにもない。
 それと同様に、生まれ変わりじゃないという証拠もない。
 看護師の言う通り、答えは二人にしかわからない。二人がわかれば、それで十分だった。
「あ、ごめんなさい。お帰りになるところを長々と引き止めちゃって……」
「いいえ、ありがとうございます。小武蔵のそばに長くいることができました。すぐに、迎えにくるからね。ちょっとの間、寂しい思いをさせてごめんね」
 菜々子が語りかけると、酸素室越しの小武蔵が首をもたげた。
「ファイト!」
 菜々子は胸に広がりそうになる不安を打ち消すように拳を握り締め、懸命に作った笑顔を小武蔵に向けた。
 菜々子は後ろ髪を引かれる思いで小武蔵に背を向け、エレベーターに向かった。
「小谷さん」
 関谷看護師の声が、菜々子の背中を追ってきた。
 菜々子は振り返った。
「また」
 関谷看護師が笑顔で頷いた。
 一言だったが、関谷看護師の言葉は菜々子の心を勇気づけた。
「また」
 菜々子も微笑み、エレベーターに乗った。 

     ☆

「小武蔵は大丈夫なのかい?」
 真岡がホットコーヒーのカップを菜々子の前に置き、ソファに腰を下ろした。
「東京犬猫医療センター」を出た菜々子は、「真岡動物病院」に直行した。
 診療時間は終わっており、菜々子は居住スペースに通された。
「セカンドライフ」に行かなかったのは、瀬戸せとあさを避けたからではない。
 茶々丸も小武蔵も、「真岡動物病院」で出会った。菜々子にとっては、思い入れの深い場所だ。
 そして、いま、不安や疑問を率直にぶつけられるのは真岡しかいなかった。
 瀬戸を信用していないということではなく、真岡は菜々子と二頭の出会いの段階から立ち会っている……それが一番の理由だった。
「腸に巻きついていた腫瘍は、可能なかぎり摘出したそうです。ただ、手術前から小武蔵の衰弱が激しかったので、心肺機能の働きが低下しているようで、いまはICUの酸素室に入っています。でも、小武蔵は大丈夫です! 絶対に回復して、元気になってくれます!」
 菜々子は、明るく断言した。

 ママ、僕は負けないから。だから、安心して。

 小武蔵と眼が合ったときに、心の声が聞こえた。だが、一方で、都合よくそう思い込もうとしている自分がいるのではないか、という気もしていた。
「無理しなくていいよ。大切な存在であるほどに、失うかもしれないという不安も大きくなるものだ。とくに、菜々子ちゃんの場合は、茶々丸を一人で死なせたという深い傷を心に持っているからね」
 真岡の言う菜々子の心の傷口に、やいばを入れられたような激痛が走った。
 しかしそれは、菜々子の傷口を悪化させるのが目的ではなく、塞ぐための荒療治だということがわかっていた。
 それができるのは、菜々子と茶々丸からの歴史を知っている真岡だけだ。
「必ずママのもとに戻る、ママにも一つ約束してほしいことがある、もう、あのときのことで自分を責めないで、ママは悪くないから……酸素室の小武蔵と眼が合ったときに、そう聞こえたんです。いえ、聞こえたような気がしました。もしかしたら、罪悪感を軽くするために自分の望んでいる小武蔵の声を聞いたんじゃないかって……」
 菜々子は胸奥に閉じ込めていた醜い感情を、素直に口にした。
「そうかもしれないね」
 あっさりと、否定もせずに真岡が言った――刃がさらに傷口をえぐった。
「君の言うように、茶々丸を孤独に死なせてしまったという負い目に耐え切れずに聞いた幻聴かもしれない」
「ですよね……そうだとしたら、自分に都合のいいように考える最低の人間ですね」
 菜々子は自嘲的に言った。
「だけど、もしそうであっても、自分を最低だなんて思わなくていいよ。人間なんて、弱い生き物だ。意識して思考をコントロールしないと、八十パーセントはネガティヴなことを考えてしまうんだ。つまり、百人が菜々子ちゃんと同じ体験をしたら、八十人は罪悪感の海に溺れるということさ。別に、慰めているわけじゃない。科学的統計に基づいたデータの話をしているだけだからね」
 真岡らしい優しさに、菜々子の胸の中でなにかが音を立てて崩れた。
「怖いんです! 小武蔵を失うことが! また、死なせてしまうんじゃないかって……茶々丸みたいに、私に飼われたから病気になって死んじゃうんじゃないかって! だって、そうでしょう!? 茶々丸は死ぬような重病じゃなかったのに突然体調が急変したし、小武蔵も悪性リンパ腫なんて患ってしまったじゃないですか!?」
 自分でも驚くような大声で、菜々子は鬱積していた思いを吐露した。
「ごめんなさい……大声を出してしまって」
 冷静さを取り戻した菜々子は、真岡にびた。
「一人暮らしの老人の家だから、気にしなくていいさ。それより、私達人間にそんな力はないよ。寿命に影響を与えられるとすれば、それはもう神の領域だからね」
 真岡が冗談めかして言った。
 からかわれている、とは思わなかった。
 真岡なりに、菜々子を罪悪感の呪縛から解き放とうとしてくれているのだ。
「それに、西沢先生は容態が急変したら連絡するから、菜々子ちゃんには明日会いにくるようにと言ったんだろう?」
 菜々子は頷いた。
「なぜだかわかるかい?」
「私がいると、小武蔵が頑張ろうとして体力を使ってしまうから……みたいなことを言ってました。それだけ、小武蔵の状態が予断を許さないということだと思います」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
 真岡が意味深な言い回しをした。
「どういう意味ですか?」
 菜々子は、すかさず訊ねた。
「小武蔵の容態が予断を許さないというのは、間違いないと思う。だがね、あくまでも私なら、という前提だが、いますぐどうこうという危険な状態なら飼い主には残ってもらうよ。永遠の別れに、なってしまうかもしれないんだからね」
 言われてみれば、真岡の言う通りだった。
「そうですね。私、動揺してしまって冷静な判断力を失っていたみたいです。小武蔵が本当に危ないなら、私を帰したりしませんよね……うん、帰したりしない」
 菜々子は、自分に言い聞かせるように繰り返した。
「いきなりだけど、君が小武蔵を茶々丸の生まれ変わりだと思うところはどこだい?」
 言葉通り、唐突に真岡が訊ねてきた。
「さっき、看護師さんとそんな話をしました。そうですね……出会った状況や仕草が似ているとかいろいろとありますけど、一番は、瞳です」
 菜々子は、小武蔵との日々の記憶を辿たどった。
 同じ動物病院に捨てられていた保護犬、同じ場所にあるハート形の模様、天職となり瀬戸と出会う「セカンドライフ」、子宮頸癌けいがんの発見につながる産婦人科への導き……ほかにも、茶々丸を彷彿ほうふつとさせる出来事や仕草はたくさんあった。
 だが、小武蔵に茶々丸を感じるのは、菜々子をみつめるときの瞳だ。それは理屈ではなく、言葉ではうまく表現できないが、心で感じてしまう。
 この子の中に、茶々丸がいると……。
「瞳ね。なんだか、わかるような気がするな。菜々子ちゃんほどじゃないが、私も、小武蔵の瞳をみつめていると、茶々丸を感じることがよくあったよ」
「先生もですか?」
「うん。いままで話さなかったけど、君がウチの病院の前に捨てられていた小武蔵を連れてきて、預かっていたときの出来事だ。君が帰ってから、小武蔵は玄関のくつぎ場でずっと待っていてね。長いときは、一時間くらい座っていたときもあったよ。疲れたら沓脱ぎ場で寝そべっていたこともあったな。とにかく、ケージから出ている時間の大半を玄関で過ごしていたよ。それを言わなかったのは、茶々丸のことを思い出して君が苦しむと思ったからだ。このタイミングで話したのは、いまの君なら小武蔵のおかげで過去を克服しつつあるから、大丈夫だと思ってね」
 真岡が柔和に眼を細めた。
 玄関で自分を待つ小武蔵を思い浮かべると、胸が熱くなった。
「コーヒーのお替わりは、どうだい?」
 真岡が訊ねてきた。
「私は大丈夫です。先生の新しいコーヒー、れてきます」
「ありがとう。じゃあ、頼もうかな」
 菜々子は、真岡が差し出してきたコーヒーカップを受け取った。
「あっ……」
 手が滑り、コーヒーカップがテーブルに落ちて砕けた。
「ごめんなさい……痛っ……」
 破損したカケラを慌てて拾おうとした菜々子の指先から血がにじんだ。
「大丈夫かい? いま、消毒液を……」
 真岡の声を、テーブルの上のスマートフォンの呼び出し音が遮った。
 ディスプレイに表示された「犬猫医療センター」の名前に、菜々子は胸騒ぎに襲われた。
「もしもし!? 小武蔵になにかありましたか!?」
 菜々子は、電話に出るなり訊ねた。
『看護師の関谷です。小武蔵君の容態が急変して、あまりいい状態ではありません。こちらに、どのくらいでこられますか?』
 生まれ変わりの話をしていた看護師……関谷の声はこわっていた。
「小武蔵は、危ないんですか!?」
 菜々子は立ち上がり、叫ぶように訊ねていた。
『心拍数が不安定で、急激に下がり続けたら三十分持つかどうか……』
「二十分で行きます!」
 菜々子は関谷看護師の返事を待たずに電話を切った。
 いけじり大橋から初台はつだいなので、この時間帯は車が混んでいなければ十五分で着くはずだ。
「私が送ろう」
 真岡が車のキーをつかみ、玄関に向かった。
「ありがとうございます」
 菜々子は駆け出し、真岡を追い抜き外へと飛び出した。

     ☆

 真岡の運転するアルファードの助手席で菜々子は、両手で握り締めたスマートフォンのデジタル時計を凝視した。
 アルファードは初台の甲州街道を越え、水道道路を左折した。
 あと五百メートルほどで、「犬猫医療センター」に到着する。 

 お願い……お願い……お願い……。

 菜々子は、心で繰り返した。
 握り締める手に力が入り、スマートフォンがきしんだ。

 かないで……いま行くから……絶対に逝かないで……もうすぐ着くから……。

 菜々子は、懸命に小武蔵に訴えた。
 アルファードが「犬猫医療センター」の駐車場に乗り入れた。
 菜々子は気がきドアを開け、停車する前に助手席を飛び降りた。
 夜間外来の玄関へと駆けた。
「小谷です! 小武蔵に会いにきました!」
 菜々子は外来フロアに飛び込み、受付のスタッフに告げた。
「こちらへどうぞ」
 スタッフが、菜々子をエレベーターに先導した。
「上で看護師が……」
「ありがとうございます!」
 菜々子はスタッフの言葉を最後まで聞かずにエレベーターに乗り込むと、三階のボタンを押した。
 到着するまでの数秒が数分にも感じられ、菜々子は足踏みした。 

 待ってて……逝っちゃだめだからね!

 菜々子は、心で小武蔵に呼びかけた。
 扉が開くと、関谷看護師が硬い表情で待っていた。
「小武蔵ちゃん、頑張ってます」
 関谷看護師が言いながら、菜々子を入院フロアに先導した。
「こちらです」
 関谷看護師がフロアの奥……ICUの個室の扉を開いた。
 菜々子の耳には心電図の音が、視界には診察台に前肢まえあしと後肢を伸ばしうつぶせになった小武蔵の姿が飛び込んできた。
 鼻は透明な酸素マスクに入れられており、肢やわきの付け根に点滴や薬を入れるチューブや心電図のコードが取りつけられている姿に、菜々子の鼓動が速くなった。
「小武蔵!」
 菜々子は、診察台の横にある丸椅子に座った。
「小武蔵、ママがきたよ」
 菜々子は小武蔵の頭をそっとでながら、耳元で語りかけた。
 小武蔵は眼を閉じ、ハアハアと苦しげな呼吸を繰り返していた。
「小武蔵、聞こえる?」
 小武蔵は首を擡げる気力もないのだろう、ぐったりと眼を閉じたまま荒い呼吸を吐いていた。
「ママの声、聞こえてますよ。名前を呼んであげてください」
 別の若い看護師が、モニターに表示される心拍数の数値をチェックしながら言った。
 数値は170から190の間を上下していた。目まぐるしく変わる数値が、小武蔵の心拍数の不安定さを表していた。
「小武蔵、ここにいるよ。頑張ってるね、偉いね」
 菜々子は、漏れそうになるえつを堪えて小武蔵に話しかけた。
 小武蔵は頑張っている……懸命に耐えている。菜々子のかなしみと動揺を伝えてはならない。
「お前は強い子だよ、本当に、強い子だよ。ありがとうね」
 菜々子は、心からの思いを口にした。
 動物病院に到着するまでの間に、動かなくなっている小武蔵が……茶々丸の悪夢が何度も頭をよぎりそうになった。
 お気に入りの食パンのクッションで冷たくなっていた茶々丸……あのときとは違う。
 菜々子のてのひらには、小武蔵の体温が伝わっていた。
 菜々子の耳には、小武蔵の息遣いが聞こえていた。
 小武蔵は、菜々子を残して旅立ったりしない。
 菜々子も、小武蔵を孤独に旅立たせたりしない。
「小武蔵、また、お散歩に行こうね!」
 小武蔵が、微かに眼を開いた。
 菜々子のほうを見ることはできないが、まばたきをしていた。
「目が開いたの! すごいね! 小武蔵は強いよ! 絶対に負けないよ!」
 菜々子は、小武蔵を鼓舞すると同時に己を鼓舞した。
 169、166、165、173、177、166、164……。
「小武蔵! ママがついてるからね!」
 心拍数の数値が下がるたびに、菜々子の鼓動は速くなり声に力が入った。
「ほら、みんなの応援メッセージだよ」
 菜々子はスマートフォンを取り出し、「セカンドライフ」の保護犬達がえているところを撮影した動画を小武蔵の耳元で流した。
 小武蔵の耳が、ピクリと動いた。
「小武蔵、お散歩が待ってるよ! 春になったら、目黒川にお花見に行こうね!」
 小武蔵の瞬きの回数が、多くなった気がした。
 185、189、193……。
 数値が、一気に跳ね上がった。
「小武蔵君、凄いですっ。本当に、よく頑張っています!」
 関谷看護師が、声を弾ませた。
「聞こえた? 看護師さんが褒めてくれたよ!」
 小武蔵の呼吸が激しくなった。
 視界の端……下降する数値。
 165、161、157……。
 菜々子が到着してから、初めて160台を切った。
「小武蔵! 聞こえる? お前は強い子だよ!」
 168、187、195……。
 小武蔵の数値が、ふたたび上昇した。
「凄い! その調子……」
 菜々子は息を呑んだ。
 数値が急下降し、106にまで下がっていた。
 関谷看護師が、小武蔵の後肢の静脈に挿入されているカテーテルから、シリンジで薬剤を流し込んだ。
 若い看護師は、慌ただしく部屋から出て行った。
「心肺機能を促進する薬を打ちました」
 関谷看護師が言った。
 菜々子は、祈るようにモニターを見た。
 101、98、94……。
 数値は上昇するどころか、100を切ってしまった。
「小武蔵! 頑張って! ママはここにいるから!」
 菜々子は小武蔵の首筋を撫でながら、耳元で呼びかけた。
 小武蔵の呼吸が、弱々しくなってゆく……。
 70、65、62、59……。
 猛スピードで下がる数値に、菜々子の背筋はてついた。
 ドアが開き、硬い表情の西沢獣医師が入ってきた。
 45、38、27、18……0。
「小武蔵……」
「心停止です。気道を確保し、二度目の強心剤を打ち、心臓マッサージを始めます」
 西沢獣医師が緊迫した状況にそぐわない冷静な口調で言いながら、小武蔵の口を開いて舌を引っ張り出すと管を挿入した。
「心停止……」
 菜々子は絶句した。
 心停止という言葉に、菜々子の頭が真っ白に染まった。
 小武蔵の腹部側に回った西沢獣医師が、左前肢の付け根あたりに重ねた両手を置き、リズミカルに上下に動かし始めた。
 我に返った菜々子は、小武蔵の背中側に回り腰を屈めた。
「小武蔵! 頑張って! 聞こえる!? 小武蔵! 小武蔵!」
 脳裏に蘇る茶々丸の横たわる姿を打ち消すように、菜々子は小武蔵の名前を呼んだ。
 菜々子は、祈るような眼でモニターを見た。
 心電図の波形には反応がなく、心拍数の数値も0のままだった。
「私が代わります」
 関谷看護師が、西沢獣医師と代わって心臓マッサージを始めた。
「小武蔵ちゃん! 戻ってきて! 戻ってきて!」
 関谷看護師が激しく小武蔵の胸部を押しながら、大声で呼びかけた。
 菜々子はモニターに視線をやった。涙に滲む波形に反応はなかった。
「三本目の強心剤を打ち、次の心臓マッサージで反応がなければせい処置を終わらせていただいてもよろしいですか?」
 西沢獣医師が、シリンジを手に菜々子に許可を求めてきた。
「諦めるということですか……?」
 かすれた声で、菜々子は訊ねた。
 両足が震えた、声が震えた、心が震えた。
「これ以上は、肋骨ろっこつや内臓を損傷してしまいます。最後の一分間の心臓マッサージで反応がなければ、小武蔵君を見送ってあげましょう」
 西沢獣医師の声が、どこか遠くから聞こえてきた。
 最後の一分? あと一分で、小武蔵の命を諦めろというのか?
「小武蔵! 逝かないで! 小武蔵! 小武蔵!」
 菜々子の絶叫が、ICUに響き渡った。
 西沢獣医師が三本目の強心剤を打ち、関谷看護師と心臓マッサージを代わった。
 最後の一分……。
 顔の前で手を重ね合わせ、眼を閉じた。
 もう、モニターを見ることができなかった……小武蔵を見ることができなかった。
 不意に、まぶたの裏に食パンのクッションに横たわる茶々丸の最期の姿が浮かんだ。 

 だめっ、小武蔵を連れて行かないで!

 菜々子は茶々丸に叫んだ。
 ゆっくりと立ち上がった茶々丸が、菜々子のほうに駆け寄ってきた。
「小谷さん!」
 関谷の声に、菜々子は眼を開けた。
「えっ」
 モニターを見た菜々子は、眼を見開いた。
 心電図の波形が反応し、数値が85、98、107、115と上昇していた。
「蘇生してますよ!」
 関谷看護師が、涙声で菜々子に言った。
「小武蔵! 小武蔵! 小武蔵!」
 菜々子は号泣しながら、小武蔵の名を連呼した。
 モニターの波形が通常に戻り、数値も160を超えた。
「奇跡です……」
 心臓マッサージを中断した西沢獣医師が、珍しく驚いた顔を小武蔵に向けながら言った。
「もう、大丈夫でしょう。触ってあげてください」
 西沢獣医師が小武蔵の腋の下に手を当て、脈拍を取りながら言った。
 菜々子は小武蔵の腹部側に移動して、丸椅子に腰を下ろした。
「小武蔵……頑張ったね! 偉かったよ!」
 菜々子は、小武蔵の首を撫でながら涙声で褒めた。
 小武蔵がパッチリと眼を開け、首を擡げようとした。
「邪魔だから取ってあげましょうね」
 関谷看護師が瞳を潤ませ、小武蔵の口から気道を確保していた管を抜いた。
 横たわっていた小武蔵が、ゆっくりと体を起こし俯せになると菜々子をみつめた。
 まだ呼吸は荒いが、小武蔵の瞳には力強さが戻っていた。 

 必ず、ママのところに戻るって約束したでしょ?

 小武蔵の声が聞こえたような気がした……いや、たしかに聞こえた。
「ありがとう……本当に、ありがとうね……」
 菜々子は小武蔵を抱き締めながら、感謝の言葉を繰り返した。
 眼を閉じた。
「ありがとう……」
 もう一度、繰り返した。瞼の裏に浮かぶ茶々丸に。

エピローグ

「セカンドライフ」から徒歩十分ほどの場所にある公園――菜々子と瀬戸はベンチに並んで座り、芝生の上をフリスビーをくわえ逃げる小武蔵と追いかけるりょうを視線で追っていた。
 朝六時の公園に人影はなく、貸し切り状態だった。
 龍馬は八歳のボーダーコリーで、小武蔵と同い年だった。飼い主の老夫婦が相次いで病気で亡くなり、別の場所で暮らす息子も親戚も引き取りを拒否して地方の保健所に連れて行かれたところを、一ヶ月前に菜々子と瀬戸が「セカンドライフ」に迎え入れたのだ。
 龍馬は警戒心が強くほかの保護犬とは距離を置いていたが、初日からなぜか小武蔵とだけは仲良く遊んでいた。
 龍馬がストレスをめないように、慣れるまでは散歩は小武蔵だけとするようにしていた。
「あの子達、本当に仲がいいわね。本当の兄弟みたい」
 菜々子は、微笑ましく二頭を見守りながら言った。
「茶々丸君の生まれ変わりじゃないの?」
「茶々丸の魂は小武蔵に入ってるから、違うわよ」
「茶々丸君は、小武蔵君の生まれ変わりじゃなくて守護天使だったのかもしれないよ。新しい犬生は龍馬として生まれて、小武蔵君とともに君のもとで余生を過ごす。ちょっと、出来過ぎたストーリーかな?」
 瀬戸が笑った。
「さあ、どうだろう。でも、どっちでもいいかな」
 菜々子は言うと、こっちを意識しながら龍馬から懸命に逃げる小武蔵に手を振った。
 小武蔵のスピードが、さらに上がった。
「君がそう言うなんて、珍しいね。小武蔵君が茶々丸君の生まれ変わりかどうか、あんなに気にしていたのに」
 瀬戸が、意外、という顔を菜々子に向けた。
「そうね。たしかに気にしていたけど……生まれ変わりであってもなくても、茶々丸が小武蔵を助けてくれた。生まれ変わりであってもなくても、茶々丸が小武蔵を贈ってくれて私は救われた。なにより、いまこうして私のもとで元気な姿でいてくれる小武蔵が、茶々丸と同じに私とかけがえのない絆で結ばれていることがわかったから。悟りを開いちゃったって感じかしら」
 菜々子は冗談めかして笑った。
 一年前、「犬猫医療センター」のICUで菜々子が諦めかけたとき、十二年前にお気に入りのクッションで息を引き取った茶々丸の姿が瞼の裏に蘇った。
 そして、茶々丸は立ち上がり笑顔で菜々子に走り寄ってきた。
 その直後、心停止で心臓マッサージを受けていた小武蔵が奇跡的に蘇生したのだった。
 菜々子はいまでも、茶々丸が小武蔵を救ってくれたのだと信じていた。
「言われてみれば、そうかもね。いま、小武蔵君が君のそばにいてくれるのが一番の……」
 フリスビーをくわえて猛然と駆け寄ってきた小武蔵が瀬戸の膝の上に飛び乗り、そのまま菜々子の膝の上に飛び移り地面に下りた。
 小武蔵は菜々子に向き直り、笑いながら後肢で地面を蹴り遊びに誘ってきた。
「あなたも一緒に!」
 菜々子は小武蔵の口からフリスビーを奪い立ち上がると、瀬戸を促し駆け出した。
 小武蔵がうれしそうな顔で菜々子を追いかけてきた。
 あっという間に、小武蔵との距離が縮まった。
「わー! 追いつかれるー! あなた! パス!」
 五、六メートル離れて並走していた瀬戸に、菜々子はフリスビーを投げた。
 高々とジャンプして宙でフリスビーをキャッチした小武蔵の体が、あさに染まった。 

 

『おかえり ~虹の橋からきた犬~』は8月に文庫化予定!
刊行をお楽しみに

プロフィール
新堂冬樹(しんどう・ふゆき)
小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『ASK トップタレントの「値段」(上・下)』『枕アイドル』『極悪児童文学 犬義なき闘い』『虹の橋からきた犬』(全て集英社文庫)など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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