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【いきなり文庫!グランプリ2ndシーズン 第2回】優秀作は、吉上亮さんの近未来警察小説『テトラド1 統計外暗数犯罪』!

江口 それでは、いきなり文庫! グランプリ・セカンドシーズンの第2回を始めます。今回は、なんと特殊能力と言いますか、異能の物語の回となります。優秀作に選ばせていただいたのは、吉上亮さん『テトラド1 統計暗数犯罪』です。近未来警察小説と銘打たれていて、全二巻完結の一巻めとなります。帯のコピーを借りるなら「共感能力がない男と空気が読めすぎる少年」のバディもの、です。浜本さん、どうでしたか。

浜本 ちょっと乱暴なところはあるな、という印象はあるんですが、面白く読みました。特に冒頭と最終盤に火事のシーンがあるのですが、描写力が凄い。

吉田 あぁ、あのシーンは迫力ですよね。炎の熱さというか、火事の熱気が伝わってくる。

浜本 ただ、舞台を近未来にする必要性があったのかな、とは感じました。

吉田 頭に突き刺す「きょうせいぐい」という設定があるから、近未来にしたんじゃないかな。

浜本 うん、それはわかるんだけど、下町が舞台になっていることもあいまって、近未来感が薄く感じました。序章の火事のシーンはエッジが立っているのに、本章が始まると……。

吉田 あぁ、それは確かに。

浜本 あと、帯に「バディ」とあるんですが、この一巻を読む限りでは、それほどバディものという感じは受けなかったので、そこを売りにするというのはどうかな、と。

江口 私は続きが気になってしまって二巻も読んだのですが、なるほど、バディものだ、と納得でした。

浜本 1が4月に出て、2が6月に出ているということは、原稿自体は先に全部出来ているんだと思うんですが、どうして同時刊行にしなかったのか。参考図書にあげている同作者の『パンツァークラウンフェイセズ』全三巻も同じような刊行の仕方をしているし、同じく参考図書の門田充宏さんの『ウィンズテイル・テイルズ』も二ヶ月連続刊行されているんです。今、こういう刊行の仕方が流行っているんでしょうかね。

江口 どうなんでしょうか。流行りとかではない気がしますが。

吉田 あれかな、金額的なことかも。『テトラド1』一冊なら858円で、千円以下で買えるけど、1と2を一緒に買うと千円超えてしまうから、ということがあるかも。

江口 『テトラド』全二巻だと1782円ですね。

浜本 2冊でその値段なら、それほどでもない気がするけどね。

吉田 千円札1枚で買えるのか、2枚なのか、は大きいですよ。個人的な意見ですが(笑)。ただ、江口くんが言ったように、1を読むと2も読みたくなってしまう、というのは確かで、私も続きがめちゃくちゃ気になりました。ただ、1に関しては、終盤、ぐわ〜〜〜〜っと盛り上がっていくんですが、その盛り上がりに入り込んでいくまで“間”が長いように感じました。あと、私、「矯正杭」が気になって気になってしかたなかったんですが、そのことについても、終盤に入ってからようやく具体的なことが明かされる。 

江口 「矯正杭」が頭に中に入っていくんですよね。

吉田 そうそう。え? ちょっと待って。頭に? 刺すの? 死んじゃわないの? って、そこにひっかかってしまって。

浜本 (「矯正杭」を)刺すと、血が出るしね。あれ、どういう構造になってるんだろう? とは思うよね。

吉田 それもあっての近未来設定なんだけど、でも、2050年で、そこまで(科学が)進んじゃうの? と。

江口 私は「矯正杭」に関しては、そのような機械というか装置なんだな、と思ったので、そんなに気にはならなかったんですが、それよりも廃墟ビルで火事が起きて、焼け跡から死体が出てきちゃうじゃないですか。

吉田 で、その死体が実は……、という。

江口 そうなんです。で、その火事が起きたビルで警備員をしていた女性が疑われるんですが、その後の展開にちょっと? と思うような部分があって、私はそっちのほうが気になりました。

吉田 その死体の正体をここで話しちゃうと、ネタバレになりそうなので言えないけど、言われてみると、そこは確かにひっかかりますね。そもそも、タイトルの「テトラド」とはなんぞや、ということがあるんですが、序章でちらっと出て来たり、242ページ、あなまさ警部補が、「そいつはテトラドか?」と言うまで「テトラド」という言葉は出てこない。

浜本 刑事の坎手正暉としすという少年がバディを組んでいるんですよね。

吉田 そうそう。で、静真が「ううん」と首を振って、「そうだったら今頃、ここにいる人たち全員がとっくに呑まれてる」と答えるんですが、この、いきなり感たるや(笑)。

浜本 まぁ、伏線はあるけれどね。

吉田 でも「テトラド」という言葉は、ここで初めて出てくるんだよね。279ページで終わるのに、242ページだよ、出てくるの。そこまでは、だから、なんとなくもやっとしながら読むんですよ。でも、もやっとしながらもその先が気になってしまう。この、先へ先へと読ませてしまう力、みたいなものがこの作者にはあるんだと思う。北上(次郎)さんが、吉上さんのことを評価していたのは、そういうところなのかも、と思いました。

浜本 なるほど。そういう書き手は、確かに北上さんの好みかも。

江口 どうなってるんだ? どうなるんだ? と読み手に思わせてしまうんですよね。

吉田 あと個人的に気になったのは、大男である正暉とは対照的に、静真って小柄じゃないですか。でも、ものすごく大食いなんですよね。それはやっぱりあれですかね、額に「矯正杭」が穿うがたれているからですかね。微小な穴から栄養素が漏れちゃったりするから、大量にエネルギーが必要とか。

浜本 そこ、誰も気にしないと思う(笑)。

角川文庫 文庫初版 2024年4月25日刊

『テトラド1 統計外暗数犯罪』 吉上亮
共感能力がない男×空気が読めすぎる少年。「欠落」と「過剰」を抱える異色のバディが繰り広げるノンストップサスペンス。読み始めたら止まらない。警察庁統計外暗数犯罪調整課。警察関係者さえ知る者が少ないこの部署が調査対象とするのは、通報に至らずに見過ごされた犯罪である――あなまさ警部補の説明には嘘はない。職務上の共助者(パートナー)であるシスの特殊性を伏せていることを除いては。二人が浅草・土師町を調査に訪れた矢先、彼らも関係する二年前の拘置所火災で死んだはずの囚人が新たな死体となって発見された! 不可解な死がさらなる事件の幕開けを告げる近未来警察小説シリーズ、ここに始動。

江口 では、参考図書に移りましょう。シーズン2では、優秀作に選ばせていただいた作者の過去の作品を取り上げることにしました。今回は、『パンツァークラウンフェイセズⅠ』です。吉田さん、どうでしたか?

吉田 これも『テトラド』同様で、最初から3分の2くらいまでは漠然としていて全体が見えてこなかったんですよ。(この話は)一体どうなってんの? と思いながら読んでいくと、えーーーーーっ? というような展開があって、興がノったところで「続きはCMの後で」感が(笑)。これ、デビュー作なんですよね、なので、初手からこういう作風だったんだな、と。引っ張りに引っ張っておいて、後半にが〜〜〜っとヤマ場が来て、そこで次巻に、という。あと、冲方丁さんっぽいな、と。

江口 実は私、この作品も全三巻読んでしまいました。

浜本 なんと!(笑)

江口 そうなんです。普段はSFは得意ではない私でも、読み始めたら気になって最後まで読んでしまう。ただ、若干長くは感じましたけど。

吉田 ヤマ場に持っていくまでが長い。

浜本 SFというのは、物語世界を説明するために結構なページを割くので、前半部分がちょっとかったるくなるのはしょうがないんですが、2、3ともそんな感じなんですか?

江口 2、3はどんどん戦闘シーンが出てきます。その中で色々明らかになっていく感じです。

浜本 じゃぁ、1はプロローグのような感じなんですかね。

江口 あぁ、そうなりますかね。白対黒、というか、対決の構造が浮き彫りになるまで、みたいな流れでしょうか。

吉田 さっき、冲方さんっぽいと言いましたが、作品で言えば「シュピーゲルシリーズ」かな。「シュピーゲルシリーズ」というのは、ざっくり言うと、機械化された身体を持った少女たちの話なんですが、それと似ているように思いました。

江口 私はマーベルかな、と思いました。

浜本 あぁ、ちょっとわかります。 

江口 SFにしては、説明が過剰ではないところが私は良かったです。物語を止めてまで説明しない、というか。そこに好感を持ちました。私がSFを苦手なのは、何か一つ、SF的なガジェットが出てくると、その説明が入ってくることで物語が止まってしまうからなんです。ところが、吉上さんの物語は、細かいところは置いておいて先へ先へと進んでいく。逆に言えば、読者はわからないまま、先へと持って行かれてしまうんですが。なので、巧いというか、推進力が強いんだと思います。

吉田 先へ先へ、と読者を引っ張っていく。

編A 吉上さんは漫画の原作者とか脚本家でもあるので、そのあたりも関係しているような気がします。

吉田 あ、なんかすごく腑に落ちる!

ハヤカワ文庫 文庫初版 2013年5月20日刊

『パンツァークラウン フェイセズⅠ』 吉上亮
西暦二〇四五年、大震災で崩壊した東京は、行動履歴解析(パーソナライズ)と現実への情報層(レイヤー)付与を組み合わせた制御技術〈Un Face〉によって、完璧な安全(セキュリティ)を実現した層現都市イーヘヴンに生まれ変わっていた。イーヘヴンでは、あらゆる行動が履歴として登録されて評価され、出会うべきではない人物とは出会わないよう、自動でブロックされる。そこへ漆黒の強化外骨格を身にまとう青年・ひろじょうが、民間保安企業の契約者として派遣される。だが彼には、この故郷を離れざるを得なかった過去があった。そんな乗を試すかのように、白き男ピーターがイーヘヴンに降り立つ。怒濤のSF三部作第一弾!

江口 次にいきましょう。門田充宏さんの『ウィンズテイル・テイルズ とき不知しらずの魔女と刻印の子』です。

浜本 私は今回、これが一番面白かったです。

編B  担当しました。嬉しいです!

浜本 これはファンタジーなんですよね?

吉田 帯で大森(望)さんが「サイエンス・ファンタジー」と言ってますね。

浜本 ファンタジーにしては、という言い方はあれなんですが、私は基本的にファンタジーが苦手なので、そう感じたのですが、世界の作り方がしつこくないところが良かったです。物語に入り込みやすかった。後半の戦いのシーンも素晴らしい。

江口 いいですよね。

編B これ、裏設定が近未来の地球、なんです。なので、物語のなかで「失われた文明」とあるのは、現代の科学をイメージしていただければ。

吉田 科学が普及する以前の世界、ですよね。

江口 だから、中世っぽいんですよね。

編B 科学技術を使うと、そこを狙って「徘徊者」という異世界のものが浸潤してくるから使わない、という設定になっているんです。

吉田 その「徘徊者」、お前らどっから来たんだよ! って気になりました(笑)。

江口 そこが気になる方は、ぜひ2巻をお読みください(笑)。

浜本 私は、近未来の地球なんだなと思ってすっと物語に入っていけたので、「徘徊者」の由来とかは気になりませんでした。あと、これ、犬と少年のバディものでもありますよね。そこも良かった。

吉田 シェパード犬のコウガと「異界紋」という特殊な刻印を持つ町守見習いの少年・リンディ、ですね。ウィンズテイルには若者はこのリンディしかいない。

江口 他は老人なんですよね。リンディの育て親であるニーモティカは、「異界紋」の力で不老不死となったので、見た目は少女ですが、他の住人は若手といっても50代、という。

浜本 ちょっとジブリアニメっぽさもありますよね。 

江口 あります、あります。清々しいんですよね。異能者を描いたという点で、『テトラド』との比較として選んだのですが、テイストは全く違います。

吉田 ジブリっぽさ、確かに。あと、すごく映像的だな、と思いました。「石英の森」がきらきらひかる感じとか、映像喚起力が強い。

 集英社文庫 文庫初版 2024年4月25日刊

『ウィンズテイル・テイルズ とき不知しらずの魔女と封印の子』 門田充宏
漆黒のゴーレム「徘徊者」による侵略が続くこと百二十年。地球上のあらゆる文明が異界に呑み込まれ、大地の大半は無機質な石英と化していた。そんなある日、うなじに特殊な刻印を持つ少年・リンディは、町守見習いとして初めての仕事に向かう。その眼前に、いきなり現れたのは、巨大徘徊者だった! 失われゆく世界の最前線となる町・ウィンズテイルで、人類を救うための最終決戦が始まる。世界を取り戻すことはできるのか? その鍵は、少年少女に託された――書評家・大森望氏をして「サイエンス・ファンタジーの新たな地平!」と言わしめた大迫力の近未来SF×バトルファンタジー、開幕。

江口 三冊めは、東野さんの『魔女と過ごした七日間』です。こちらは「ラプラスの魔女」シリーズの最新作です。異能者つながりで選びました。

吉田 ラプラスの魔女=羽原円華という特殊能力を持った女性を描きながらも、物語自体はオーソドックスな警察小説、というあたりが巧いですよね。目視で指名手配犯を探し出す「見当たり捜査」というのが一つの鍵になっています。

浜本 主人公の中学生が、友人と共に父親の死の謎を追う。そこに絡んでくるのが羽原円華、というのが大筋で、その亡くなった父親が元刑事で、見当たり捜査のスペシャリストだった。

吉田 AI捜査vs.人力捜査、みたいな側面もあって、面白く読みました。ただ、肝心の羽原円華があまりにもスーパーウーマンな感じで、私はちょっと……。

浜本 そういう設定なんだからいいんですよ。私は、円華は魅力的だと思いました。

江口 同じくです。

吉田 (つまらなそうに)ふ〜〜ん……。 

浜本 東野さんにこんなことを言うのはおこがましいんですが、やっぱり巧いですよね。社会派な物語でもあるし。 

吉田 巧いよね。私がいいなと思ったのは、主人公の親友の純也。思春期男子の描き方が抜群なんです。彼の存在によって、物語に軽やかさも出している。

江口 物語のなかに、対比構造のもってき方が流石さすがですよね。吉田さんが言ったAI捜査とアナログな人力捜査との対比もそうだし、他にも、ネタバレになるので触れませんが、ある登場人物が実は……、というのも対比になっている。

吉田 確かに!

角川書店 単行本初版 2023年3月17日刊

『魔女と過ごした七日間』 東野圭吾
中学三年生の月沢陸真は、日課の図書館通いで、不思議な女性と遭遇する。突然降り出した雨で傘が無く困っている陸真に、その女性は雨が止むのを分単位で予言し、的中させる。陸真は、その女性と再び会うことになる。きっかけは陸真の父の遺体が多摩川で発見されたことだった。父は元刑事で、見当たり捜査のスペシャリストだったが、現在は警備会社で働いていた。AIによる監視システムが強化された日本。だが、警察は犯行現場を特定することができなった。「あたしなりに推理する。その気があるなら、ついてきて」と、不思議な女性・羽原円華に導かれ、父を亡くした少年の冒険が始まる。「ひと夏の冒険×警察ミステリ×空想科学」著者百作目となる傑作長編。

江口 大体、話が出たところで、今回『テトラド』をグランプリ候補に残すかどうか決めたいのですが、いかがでしょうか。

吉田 私は残していいと思います。

浜本 私も残していいというか、これは残すべきだと思います。

江口 同じくです。それでは『テトラド1 統計外暗数犯罪』は、グランプリ候補としましょう!

【2ndシーズンの座談会まとめはこちら】

 プロフィール

吉田伸子(よしだ・のぶこ)
青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

浜本茂(はまもと・しげる)
北海道函館市出身。長いタコ部屋労働を経て「本の雑誌」編集発行人に就任。NPO法人本屋大賞実行委員会理事長。趣味は犬の散歩。

江口洋(えぐち・ひろし)
神奈川県出身。集英社文庫編集部部長代理。本企画の言い出しっぺ。

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