となりのヨンヒさんnote画像

切なくて、ちょっと不思議。韓国SFってどんなもの?短編集『となりのヨンヒさん』訳者による解説を公開!

12月13日、チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(吉川凪訳)を発売いたします。本書は〈韓国SF作家連帯〉初代代表を務めるチョン・ソヨンさんによるSF短編集。訳者の吉川凪さんに、本書の解説(『すばる』12月号より再掲)をいただきました!

弱者に優しいSF

吉川凪

 純文学を偏重する文壇や学界の風潮のせいだろうか。韓国ではずっと、SF小説があまり重んじられてこなかった。少数のファンが外国の作品を読んではいたもののそれが大きな流れになったことはない。韓国文学史に名を残すようなSF作家が出たこともない。しかしここ数年で状況は大きく変わった。最近では、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、アーシュラ・K・ル=グウィンなどアメリカの女性SF作家の〈フェミニストSF〉が広く人気を集めているし、数はまだ少ないとはいえ韓国でもSF作家が育ち、読者層も拡大している。作家も読者も若い女性が多いようだが、中でもチョン・セラン、キム・チョヨプ、チョン・ガンミョンといった作家たちの作品はしばしば国内小説ベストセラーの上位にランクされ、韓国のSF小説が海外で翻訳出版されるケースも徐々に増えてきた。SFは今や、ホットなジャンルだと言っていい。

 作品の傾向としては、緻密な科学的知識に基づいた〈本格的〉な〈ハード〉SFではなく、フェミニズムやジェンダー、家族関係、障害者や異文化を持つ人たちに対する差別、格差社会など、現代人が日常的に直面する問題をテーマにした親しみやすいものが主流だ。作家ソン・ギョンアはある座談会で、SFは「差別が克服された世界を描くことも可能」であり、マイノリティーに優しい文学になり得ると主張した。

となりのヨンヒさんnote画像3

 短篇集『となりのヨンヒさん』(創枇、2015)の作者チョン・ソヨン(鄭昭延)は、そんな韓国SF界を牽引する作家の一人だ。彼女は1983年に韓国南部の小都市・馬山(マサン)に生まれ、中学生の時にカール・セーガンの『惑星へ』に感動して宇宙に興味を持った。宇宙に関する海外の雑誌記事などを読むために英語を熱心に学び、大学入試を終えると映画「スター・トレック」やSF小説の原書に熱中した。やがて自ら翻訳を手がけるようになって学生時代には既に翻訳家としてのデビューを果たし、これまでにエリザベス・ムーン『くらやみの速さはどれくらい』、ジュリー・アンヌ・ピータース『ルナ』、ケイト・ウィルヘイム『鳥の歌いまは絶え』など、10冊以上の翻訳書を出している。また、英語の他にもドイツ語、フランス語、スペイン語、日本語などを勉強したというが、日本語の実力も相当なものらしく、2017年12月に来日した際、講演した後の打ち上げでは日本語で上手に会話していたそうだ。

 SF作家としての活動は、2005年に科学技術創作文芸の公募に、ストーリーを担当したマンガ「宇宙流」が佳作として入選したことをきっかけに始まった。2017年には韓国のSF作家の自由と権利を守り、支援するための団体〈韓国S F 作家連帯(Science Fiction Writers Union of the Republic of Korea。略称SFWUK)〉を仲間と共に発足させ、代表に就任している。

となりのヨンヒさんnote画像4

 とはいえ、チョン・ソヨン自身がそれほど旺盛な創作活動をしてきたわけではなく、作家としては『となりのヨンヒさん』が1冊あるだけだ。同書の〈作者の言葉〉には「12年間に15篇書き、そのすべてをここに収録した」と書いているが、実はチョン・ソヨンには翻訳家、作家以外にも弁護士という肩書がある。彼女は高校の時に転校先の学校で成績が良すぎて級友たちに冷たくされたことをきっかけに、理不尽な差別を受ける人々に眼を向けるようになり、ソウル大学で社会福祉学を専攻した。そしてもっと直接的に人を助けたいという思いからその後ロースクールに入学し、現在ではマイノリティーの人権を守る弁護士としてソウルに事務所を構えて活動している。作家としては寡作なのも無理はないだろう。『となりのヨンヒさん』に収められた作品は、それぞれ内容もタッチも大きく異なる。表題作は、主人公である若い女性が、ほとんど理解不可能なほど異質なエイリアンの文化に向き合う、ほのぼのとした物語だ。『すばる』誌に掲載された「跳躍」は、身体がサイボーグに変わってゆくとともに感性も変化する人の心理を、繊細なタッチで抒情的に描き出している。

 チョン・ソヨンは、「私はとても小さな話をとてものろのろと書く」と言う。しかし、短篇「宇宙流」で母親が娘に向かって「碁盤が、すなわち宇宙なのよ」と教えたように、ごく小さなものが、時として巨大なシステムの比喩になる。チョン・ソヨンにとってSFとは、〈今、ここ〉にある世界を描き、弱者に優しい社会を目指すための道具なのだ。

(『すばる』12月号より転載。一部修正を加えました)

となりのヨンヒさん書影おびなし

★『となりのヨンヒさん』書誌情報、お買い求めはこちらから!

https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/tonarinoyonhisan/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?