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「また、世界が交わるときに」【短編】

 タイムスリップを話す時に、よく持ち出されるのが、「パラレルワールド」だ。この世の全てが直線上にある一つの過去、現在、未来があるという訳ではなく、平行世界上にいくつもの過去、現在、未来があるというもの。
 例えば今、俺が目の前にあるハーゲンダッツの抹茶味を食べるのか、それともビスケットサンドアイスを食べるかの選択で、世界線が二分する、という訳だ。そしてその世界はどんどん枝分かれし、未来にかけて細分化されていく。
 今日の俺は結局、ハーゲンダッツの抹茶味の世界を選んだ。


 外では蝉がよく鳴いている。耳から聞こえる夏らしさが、気から俺の体温を上げていくような気がする。しかしそれを、部屋のクーラーとハーゲンダッツで下げていく事で一息つける気がしている。
 正直、生きているだけで地球に殺されそうなほどに暑い夏は、あまり好きにはなれない。汗ばんだ肌Tシャツが張り付く感覚はとても気持ちが悪い。

 ある誰かは、同じ世界線、つまり現在という時間軸が複数あるなんて考えられない、あり得ない。と言うが、俺はパラレルワールドを信じている方だ。それにはちゃんとした理由がある。俺の子供の頃の友達は、その並行世界の住人だった。もしも並行世界が実在するのならば、それはきっと俺も同じなのだけれど。その友達は、俺が小学生の時に自殺してしまった。
 まあ、もう遠い昔の話だけど。あ、ちょうどいいや。そのまま俺の不思議な話、聞いてってよ。


 2008年、春。

 湿った土の匂いは、俺に何か新しいことが始まりそうな予感をさせる。冬よりも空気は柔らかく、日差しは優しく世界を照らす。緑が少しずつ芽吹き、生き物もたくさん顔を出す。それに、陽がほんの少しだけ長くなってくると、友達と遊べる時間が長くなる。暑すぎないし、寒すぎもしない。春は好きだ。

「じゃあ、みんな。気をつけて帰ってね!」
「はーい。せんせーさようなら!」

 わらわらとクラスメイトがランドセルを背負って帰路につく。クラスメイトの首からはマフラーが外れ、手からは手袋が外れ始めた。心なしか肌寒い気もするが、男子小学生にとって、それは寒いのうちには入らない。問題外だ。
 それぞれが担任の先生や友達に「バイバイ」「また明日ね」と挨拶をして、廊下に笑い声と走り去る足音を響かせる。いつもの放課後だ。

「おいっ、今日もいつもの公園待ち合わせな!」
「忘れるんじゃねえぞー!」
「もちろん、ちゃんと行くよ!」

 俺にそう言って、仲のいい友達2人は他の生徒同様、楽しそうに笑いながら、走って先に帰宅して行った。ランドセルの中身はよほどカラなのか、走る度に上下によく揺れた。
 彼らは放課後、いつも一緒に遊ぶメンバーだ。みんな仲が良くて、それぞれの家に行って遊ぶこともよくある。最近は暖かくなったからか、公園など、外で遊ぶことが増えた。
 そういえば、よく遊ぶメンバーの中に女の子もいるのだが、近頃姿を見せていなかった。なんとなく気になった俺は家へ帰る前に、彼女の家に行ってみることにした。

 彼女の家に行くのは久しぶりだ。いや、彼女に会うのすら、とても久し振りに感じる。不思議なことに、それだけの間会っていなかった。早く彼女を連れて公園で遊びたい気持ちが、俺を足早にさせる。ほんの少し息が切れてきた頃、彼女の家に着いた。

 ピンポーン……。
 家の中は沈黙を貫いている。もう一度鳴らすも誰も出てこなかった。パタパタと、急いで玄関へ駆けてくるような彼女の軽い足音も聞こえない。
 俺はランドセルを開けて、「いつもの公園で俺ら3人で待ってるからね!」と自由帳に書いて、彼女の家のポストに入れて俺は帰宅し、ランドセルを放って公園へ向かった。

 それからいつものように暫く時間を忘れて遊んだ。楽しい時間はどうしてこんなに早くすぎるんだろう。国語の授業はあんなに長く感じるのに。そんなことを考えながらふと右に目をやると、砂場が目に入った。あ、そういえば……

「おい! あぶねえぞ!」
「えっ……?」

 キャッチボールをしていて、俺に投げられた球はよそ見していた俺にクリティカルヒットし、俺の気を奪った砂場の方へと転がっていった。ヒリヒリ、ズキズキする頬を摩りながら、ボールを取りにいく。
 この砂場ではよくあの女の子と遊んだ。置き手紙をしてきたが、彼女はいまだ公園に現れなかった。一度気になると、どうも気になって仕方がなくなってきた。

「らしくねーなー、ちゃんとキャッチしろよ!」
「怪我はしてない?」
「ごめん、よそ見してた。怪我も大丈夫。でも、今日はちょっと早め帰らなきゃいけなくって。もう行かなきゃ。」
「え! そんなの俺たち聞いてねーぞ!」
「また遊ぼうぜ! じゃ、また明日なー!」

 俺はそう言って、女の子の家へ向かった。そーっとポストを覗くと、中にはまだ俺の書いた自由帳の切れ端が残っている。彼女は読んでいなかったようだ。再度チャイムを鳴らすも、やっぱりなんの音もしなかった。
 彼女の両親はたまに家を空けるので、彼女1人になっているのではないかと思い、玄関のドアに手をかけると、鍵は開いていて家の中は静まりかえっていた。

「ごめんくださーい……」

 返答がなかった。誰もいないのだろうか。俺は彼女の家の近くにある小さな林に割って入った。ざわざわ、林の葉が揺れて擦れる音が頭のずっと高いところから降ってくる。
 夕方に近い時間、陽が傾き、薄暗い林の中のその音は何となく怖かった。何やら人影、のようなものを見つけたのでそちらへ向かってみる。その影はゆらゆら、風を受けて揺れている。俺はザクザクという足音を少し早く、そして強く踏みしめて進んでいった。近づけば近づくほどわかる。あのショートカットの髪の毛は、彼女だ。

「こんなところでなにして……えっ?」

 彼女は俺よりも背が低かったはず、なのに彼女の頭は俺よりも何十センチも高い位置にあった。彼女を見上げた視線を、そのままゆっくり下に視線を移動させた。彼女の足は、地面についていない。その細い首からはロープが伸びて、木に繋がっていた。
 彼女は、首吊り自殺をしていた。

 それからの俺は記憶が曖昧だ。
 友達の衝撃的な死の現場をみた俺は、何かの間違いだと、働かない頭の中で必死に言い聞かせた。それなのに、死んでいる彼女を見た彼女の両親は、自分の娘の死を悲しむ様子もなく、普通にしていたような気がしたのが不気味で仕方がなく、俺は逃げるように帰宅した。
 もちろん、夜は眠れるわけがなく、ただひたすらに、彼女の首吊り死体が目に焼き付いてしまっていた。

 ようやく寝付けた頃、夢を見た。死んでしまったはずの彼女は夢に出てきて「また会いにくるね」と俺に告げ、去っていった。



「わあっっっ!」

 目覚めるといつもの光景だった。何もなかったかのようななんの変哲もない、普通の世界だ。
 昨日、友達が死んだ。事件になっているだろうか、いつもの仲のいい友達たちはなんて言うだろうか。朝食を摂り、身支度を済ませて、俺はランドセルを背負った。たいして中身も入っていないのに、いつもよりもランドセルは重く感じた。


「昨日、折角遊んでたのに早く帰ってごめんな」
「え? 俺たち、昨日遊んでたっけ?」
「いや昨日は……遊ぶ約束は特になかったよ」
「遊んだよ! いつもの仲のいい3人で。公園でキャッチボール。あの女の子は来なかったけど」
「キャッチボール……? 女の子……? ははっ、さてはお前夢見てるんじゃねーの!」

 友達は「起きろよ!」と笑って俺の頬を叩いて、また笑った。もう死んだ彼女のことを、なかったことにしてるのだろうか。あんなに仲が良かったのに。
 しかし、彼らはカラ元気を装っているわけではなさそうだった。学校での生活は特筆して変わった点はなく、先生はいつも通りだし、みんなにも変わった点はなかった。席順も全く同じ、だと思ったのだが、彼女の席が見当たらない。こんな早々に撤去されるものなのだろうか。

「あいつの席、もうなくしたのかな」
「あいつ? あいつって誰だよ」
「え、ほら。よく遊ぶ女の子だよ」
「まだ言ってんのかよ。女子となんて遊ばねーよ、おい、朝からヘンだぞ!」
「おかしいのはみんなだろ! いたじゃんか、ほら、えっと……名前っ、なあ!」

 おかしなことに、彼女のことを誰1人として覚えていないどころか、記憶にすらなかった。先生がもしかして言わないでおいてあるのかもしれない、と思って聞いてみたが、先生にも彼女の記憶は一切無かった。
 彼女が死んで、みんなおかしくなっちまったんだと思った俺は、勇気を出して、彼女の家へ行ってみることにしたのだが、彼女の家すら見当たらかった。まるで、この世界で彼女の存在だけがすっぽりと抜け落ちてしまったようだった。俺にとっては、よく遊ぶ、大事な友達だったのに。
 でもどうしてだろう。名前も知らないんだ。あれだけいつも一緒にいたのに。



 それから、暫く胡蝶の夢状態だった俺は、時間が経つにつれ、彼女は俺の夢の中に出てきた存在だったんだろうと理解した。

 思えば、夢ではないとおかしな点がいくつかあった。彼女が暫く学校に来ていないにも関わらず、俺を含め、誰もそれを心配しなかった。なのにいつも一緒に遊んでいる友達だという設定になっていた。
 それに、自分の娘が自殺しているのにもかかわらず、悲しみもしない両親、これに関しては記憶が曖昧だが、だとしても明らかにおかしな点だ。当時感じた嫌悪感や、不気味さを遠くで記憶している。
 夢にはよく、辻褄が合わないことが起こる。そういうことだったんだろう。と、そうやって納得し、10年近く時を過ごし高校生になった俺は、すっかり彼女のことを忘れていた。

 17歳の夏、ろくな冷房設備もない場所で汗を流して部活に勤しむ。色んなダンスミュージックが、あちらこちらでスピーカーから大音量で流れている。汗はもう汗としてではないように髪を濡らし、まるで俺は風呂上がりのようになっている。暑い、非常に暑い。それでもダンスバトルで脚を動かし、声をあげる。

「ぽん! ありがとうございました!」

 部活特有の意味不明な終礼をして、いそいそと先輩の顔を伺いながら片付けをする女子部員を横目に、俺はだらだらと帰り支度を済ませる。最終下校時刻を過ぎても、夏の陽は長く、あたりはまだまだ明るかった。都会の雑踏と人混みに紛れ、同級生と比べると比較的長い、帰宅ラッシュ直撃の帰路に着く。

 帰宅してからはいつものルーティーン。就寝まではそう時間はかからなかった。通学、授業、部活、おまけに、纏わりつくような湿気と暑さで十分に疲れ切った身体は、睡魔と共にベッドに静かに沈んで行った。


 2018年、夏。

 部活終わり、夏の陽は長く、まだ明るい時間帯。どこか懐かしい後ろ姿を見つけた。何の根拠もないが、それが遠く昔、俺が小さい頃に自殺してしまったはずの女の子であると直感した。やがてその女の子はくるりと俺に振り返って言った。

「会いにきたよ」

 そういえば、「また会いに来るね」そう言っていたっけ。10年前の記憶が一気に押し寄せる。
 目の前に立つ、外にはねさせたショートカットの彼女は間違いなく、あの女の子だ。あの日、俺の夢の中で死んでしまったはずなのに、彼女は俺と同い年くらいの女子高生へと成長していた。背丈は女の子にしては少し高めで、綺麗系と言うよりは、可愛い顔立ち。成長しても彼女だとわかるような、不思議な深緑色のような雰囲気。正気に言おう、どタイプである。

「お互い、大きくなったよね! 君はすごく背が伸びたみたいだけど、今どのくらい?」

「えっと、確か175センチ……くらいかな」
「どうりで!」
「髪の毛、緑に染めたんだ?」
「そう! 毛先だけ緑にしてみたんだ」

 彼女とは本当に、特別記憶に残らないくらい、あまりに他愛ない話をした。俺は約10年間も彼女のことを忘れていたくせに、こうして会えて話ができることがどこか嬉しかった。長い間会えなかったとしても、俺にとってはきっと、彼女は大事な友達だった。

「ねえ、ここ行きたい!」

 彼女はそう言ったのは、俺の通っている塾だった。塾には人っ子一人もいなかった。そんなはずはないのに。思い返せば、街にも人ひとり、車一台も見当たらなかったような気がする。それに何で塾なんかに行きたいんだろう。
 なんとなく、疎外感と違和感を抱きながらも、彼女に連れられるまま、彼女が話す話題に乗っかり続けた。不思議と話が尽きることなかった。

「え……」
「嫌?」
「別に」

 彼女は唐突に俺に抱きついてきた。俺には女の子と付き合った経験もなければ、当然、抱きつかれるなどと言う経験はない。だからこのようなシチュエーションでどうしたら良いものかと慌てるのだと思っていたが、俺は特に何もせずただ抱きつかれていた。首に当たる、彼女のショートカットがくすぐったい。体温が伝わって、少し心臓の音が速く走ったような気がした。

 塾を出た頃、空はもう暗かった。
街は湿気のある、夏の夜の匂いに移ろいでいた。生温い、もったりした空気は気持ち悪いようだが、しかしどこか落ち着くようで俺は気に入っている。彼女は再び俺に抱きついて言った。

「君さえいれば、世界がどうなってもいい」

 心臓が跳ねた気がした。そんな事を言われたことのない俺は、それだけ嬉しかった。いや、おそらくそれだけではなく、ほんの少し、彼女に惹かれてしまったのかもしれない。いくら身長が女の子にしては高くても、俺よりは小さい。顔は見えないが、どうしてそんなことを言ったのか、そんなことを言った彼女はどんな顔をしているのか、見てみたかった。名前を呼ぼうにも、小さい頃どうしても思い出せず、そして今でも思い出せなかったことを思い出した。

「名前、ごめん。忘れちゃって。聞いていいかな」
「いいよ。私の名前は……」
「うん」
「ねえ、忘れないで待っててね?」
「わかった。忘れないよ」



 はっ、と目が覚める。
時刻は朝の6時。やはり彼女は夢の中で会える友達だったんだと、ある程度大人になった俺は起きてすぐに理解した。

「あ、名前。えっと……あれ? また、思い出せない」

 彼女の名前を聞いた時、すごく納得した。ずっと前から知っていたかのような、3文字の名前。なのに、また俺は思い出せずにいる。なぜかそこだけ抜け落ちてしまって、これっぽっちも思い出せる気がしなかった。
 その日はいつもより、寝起きは疲れているような、それでいて少し幸せだった気がする。

 俺はいつも通り、通勤ラッシュに揉まれて学校へ行き、授業を受ける。しかしいつも以上に授業は頭に入ってこない。 
 呆けて授業を聞き流し、俺はパラレルワールドのことを考えていた。並行世界、過去から枝分かれした様々な現在がある世界。俺はきっと、「彼女が自殺しなかった過去の世界線」で無事に成長した彼女の世界と交わったのだろう。

 いや、俺が違う世界線にあの瞬間だけ飛んでいるのだろうか。彼女が俺といることのできる世界線は、何故かいつも、俺はどこかで「俺だけが余所者だ」という意識があった。そしてまた、この可能性も同時にない。「彼女が俺の住む世界線に飛んできた」という可能性。
 昨日彼女と会ったあの世界は、人も、車も、俺たち以外何もなかった。塾に入って行ったのに、誰一人として顔を合わせる事はなかったのだ。つまり、俺たちはそれぞれが住む世界線から、別のとある世界線へ、俺たち2人だけの世界線へ飛ばされたのだろう。

 だがしかし、彼女は「会いにきた」と言った。自分の意思で世界線を超えて会いに行けるのならば、彼女にもう一度会いたい。名前だってきっと忘れないで、今度は君の名前を呼んでみたい。「会いたい」と、そう強く願い、眠れば、彼女に会えるだろうか。

「聞いてるかー?」
「おい、お前指されてるぞ!」
「えっ。あ……どこですか」

 終始上の空で過ごした。その後の部活だって、いつもうるさく流れ乱れるダンスミュージックも、気に入らない先輩も、何も頭には入ってこなかった。
 まるで何かの作業をこなすように部活をし、決められた仕事をするロボットのように帰宅ラッシュの中、家に帰る。
 最寄り駅に着くと、彼女が色濃く思い出された。昨日、夢の中で彼女と歩いた場所。彼女と行った塾。「彼女に会いたい」そう思った。そう願って寝てみよう。会えるかもしれない。そう考え、その日は足早に床についた。


 彼女はどこだ。この世界線に彼女を呼べただろうか。俺は彼女に会えるように強く願って眠りについた。もしもパラレルワールドが存在して、自分の世界線を超えて、会いたい世界線の人間を呼べるのだとしたら、俺には今のところ、この方法しか思いつかない。
 曖昧な空間で、必死に彼女を探す。頭の小さな、ショートカットの後ろ姿を。俺に抱きついてきたあの体温を。

「あ! ねえ!」
「あれ? どうしたの?」
「ごめんね、名前忘れちゃって。なんでか、覚えていられなかったんだ。だから、その、もう一度教えてほしくて、会いにきたんだ」

 彼女はキョトンとして、俺の話を聞いていた。そのうち、仕方ないなあと笑って俺に向き直って言った。その笑い方はどこか少しだけ、寂しそうな笑顔だった。

「これで最後だから、よく聞いてね」
「うん」
「私の名前は……」



 ゆっくりと目を覚ました。
 時刻は朝の6時。寝起き、ぼうっとする頭で、さっきまでの記憶を反芻する。あ、そうだ。俺は彼女に会えたんだ。名前もちゃんと覚えてる、忘れないうちに書き残しておこう。俺は急いで机の上にちらかっている紙とペンを取って、彼女の名前を書こうとした。

「え、どうして……」

 ペンは動かなかった。紙には一本線すら引かれることはなかった。ペンを持つ俺の手は震え、さっきまでの記憶はすうっと遠のいていくようだった。掴もうにも掴めない、蜃気楼のような記憶は、もやのかかったようになったところで、俺の中に留まった。

 本当はどこかでわかっているような気がしていた。必死にわからないふりをしていたが、彼女の名前は何故か、覚えていてはいけない、そんな気がしていた。
 根拠はない。それでも、彼女の名前を聞いた2回とも、懐かしく、心地良い名前だという感覚が残っている。

 それから、どれだけ願っても彼女に会いに行くことも、彼女が俺に会いにくることもなかった。3度目に彼女と会った時のように、強く強く願って床についても俺たちの世界線が交わることはなかった。

 彼女の言った、「これで最後」とは、どう言う意味だったのだろうか。俺たちがパラレルワールドで交わうことができるのは、3度だけだった、と言うことなのだろうか。結局あの日が彼女の言った通りで最後になり、俺はその後数年を過ごしている。


 な? 不思議な話だったろ。
ふと、思い出すんだ。俺が通っていた塾の前を通ると、彼女の事を。2度目、きっとどこかで彼女に恋をしそうになったあの時を。でもきっと、俺がこの街を離れてしまえば、俺はまた彼女をのことを忘れてしまうんだろう。
 幼少期、彼女が自殺した後の10年間で、俺が彼女を忘れたように。そのうち俺は大人になって、彼女じゃない、違う女の人に恋をして、その人と付き合うんだろう。それはきっと、遠く、違う世界線で君も同様なのかもしれない。
 それはなんだか少しだけ、切ないような、寂しいような、それでいて、彼女の幸せを願うような感情だ。

 また、世界が交わる時に。君に会えたなら。


あとがき

【Special Thanks 槙島サンのマネージャー君】

 本編は私のマネージャー君の実体験を基に書いたお話です。

 初めて彼からこの話を聞いた時、俄かに信じがたかったのですが、彼はこんなにハイクオリティな冗談をいうようなことはありませんし、思い出話のように話すので、この話をもらっていいかと聞くと、二つ返事をもらいました。「是非書いて欲しい」と。

 私にはこんな不思議なお話はないので、何やら作家目線からすると羨ましい限りです(笑)

 ノンフィクションですが、少しは私が書き足したりしている箇所はあります。やはり本人が7、8歳そこらの記憶と、夢うつつな記憶を頼りにしているわけですから。

 それでも、SF? として楽しんで頂けたらなと思っております。

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