マガジンのカバー画像

オススメしたいステキマガジン

1,634
スキのストリームに埋もれさせるにはもったいない、沢村の備忘録的マガジン。読んで「これはためになる~」「はぁーええ話や…」と感じた記事をまとめさせていただいています。
運営しているクリエイター

#日記

後谷戸式 小説をSNSに投稿するとき用画像の作成方法

お伝えしましょう(聞かれたので) ワードを起動します フォントは今は「源暎こぶり明朝 v6」を使わせてもらっています。 名前をつけて保存でPDF形式で保存しましょう。 次に今作成したPDFをアクロバットリーダーで起動します。 環境設定>一般から、スナップショットツールの解像度を100ピクセルにします。 なぜ100なのかは理由はありません。きりがいいから。 次にスナップショットツールを使います 起動した状態で適当なところをダブルクリックしますとPDFファイルの全体がス

推しが一次創作なので概念ライブを開催した話

こんにちは! 一次創作BLの推しカプに狂っている字書きです! ついに……行きましたよ…… 推しの概念ライブ……!!!!! この記事を読んで下さっている皆様、「????」となっていることでしょう。 概念ライブとは一体何なのか、お話します。 「????????????」 まだ混乱しているのは分かります、とりあえず進めますね。 無ければ作れば良いんです。全てのものづくりはこのパッションから始まるんです(良い感じに言うな) 要は、ライブで見たい推しのイラストを用意して、ラ

落とした指輪を出品されて警察沙汰になった話

亡くなってしまった父は数年に一度、母の誕生日になると、給料をはたいて、シルバーのアクセサリーを贈っていた。 わたしがまだ小学生だったときも、神戸からはるばる東京の表参道まで、父がCOACHのブレスレットを買うのに付き合わされた。 買っている姿をわたしに見られるのが恥ずかしかったようで、 「俺は用事があるから、お前はここで待っとけ!なっ!」 ジュースを渡され、小学生なのに、表参道の人混みで置き去りにされた。マジでとんでもねえ父である。 ただ、母はそれをたいそう喜んでい

母に駆け寄ってくれたのは小籔さんだった時のこと

2019年のお話だけど、ちょうどこの間、吉本新喜劇の人と話していて「小籔兄さんのアレって岸田さんのお母さんやったんですか!?」って驚かれ、思い出したので。 あの日は、仕事で東京に行っている母から電話がきたのだった。 「聞いて。さっきな、助けてもらった」 母は、車いすに乗ってるので、 人にはよく助けられる方だ。 「だれに助けられたと思う?」 知らんがな。 母は興奮気味に、説明してくれた。 品川駅で母は、タクシー乗り場へと舞い降りた。 腰から下がまったく動かない母

あの日の質問に今なら答えられる気がする

まだ以前の施設に在籍していた時、夜勤中に届いた質問がある。それは私と同業の介護職の女の子からで、最近資格を取得して施設で働き始めたらしい。全文は思い出せないが、書き出しが「暗く、出口が見つかりそうもない、質問とも呼べないかもしれない質問でごめんなさい」だったのは覚えている。何故なら日記にメモを取っているからだ。いつか、いつの日にか、この子の質問に答えようと思ってメモを取っていた。うっかりあの日から数年経ての返答になるのだが、もう手遅れだろうか。間に合っただろうか。分からないま

一週間休んだら、二週間倒れた人間の話

こう、なんか、しんどいなーとか、さぼったろかなーとか、ダラダラしたくなって「そこんとこ、あともう一押し!ちょうだい!」ってときに、いつもこっそり、読んでるものがあり。 そこに突如として己が出現したときの、おどろきったら!恐れ入るような喜ばしいような恥ずかしいような! や、休んでよかった〜〜〜〜! 尊敬するしいたけ占いのしいたけ.さんが、休みについて本気で考えてらしたので、わたしも本気で休みについて振り返ろうかと思います。 えっとですね。 一週間休んで、二週間しんどく

フワちゃんが嫌いだった私が、魅力を理解した話。

特定個人をさぁ。 嫌いとか。ネットで言うもんじゃないと思うんだよ。 うん、知ってる知ってる。 だけどね、この記事を読んだのよ。 「あー、だめだ」って思った。 私は、この感情と向き合わなきゃいけない。 ちゃんと調べて、向き合って、整理しなきゃいけないと思った。 敬語使えや令和2年、フワちゃんという芸能人を知らない人なんて殆どいないだろう。最近はテレビを付ければ、大体どこかしらの番組に『フワちゃん』の名前がある。 タイトルの通り、私はフワちゃんが嫌いだった。だからA局の番組

終わってる部屋の掃除をした

俺の部屋は終わっている。 終わりたくて終わっているわけではない。 どうしても「自室の掃除」という行為を行えず、つもりにつもっていったゴミだの要らんもんが積み重なってこうなっている。 ただ自堕落な人間というには明らかにラインを超えているので、精神科のお世話になれば何らかの病名が付くことは明らかなのだが、現状命に関わる訳でも治療すれば治る訳でもなさそうなのでそのままにしている。 していた。あの日まで。 ある日、電話がかかってきた。 「◯◯(この部屋の賃貸管理会社)の者です

ゲーム英会話塾にハマる小4男子

取り急ぎ伝えるとするならば施設にばあさん何人預けてる計算なんだよって量の持ち込みはやめようってハナシ

タイトル通りの話題なんですけど、段々タイトルで大体の内容を伝えようとし過ぎて色気の無いラノベのタイトルのようになって来てるんですけど、話を続けてもいいでしょうか。 そもそも今回私がタイトルでも取り急ぎという言葉を使う程には取り急いで書いているこの記事の発端というのが、母ちゃんから「施設に入所しているばあちゃんに着替えなどを持って行きたいがどんなものがいいだろうか?」という質問を受けたからでありまして。母ちゃんには個別に答えつつも、言われてみれば確かに家族さんってどんなものを

「今日もこんな1日でよかったんかな…」ってモヤモヤして寝る日がなくなったって話

なにもしてないわけじゃないけど、漠然と「これでいいのかな〜」って不安になることがあるんです。あとは、なにかわかりやすい成果がない時とか。 この話を中山さんとしてて、もう一つ心に残ってるのが 「1日ごとに一喜一憂しなくていいんですよ」って言葉です。 ぼくは毎晩モヤモヤしてるんですけど、今日1日やったことを1日単位で評価しようとするからモヤモヤしてるけど、それを1週間、1ヶ月、1年の単位で見てはじめて「あの1日があってよかった」になるかもしれないんだよってことなんです。 ぼ

いなくなった、あの人のこと

今年の3月ごろ、足を運ぶのにダントツで気が重い場所は、役所だった。 母が感染性心内膜炎というやばい病気で入院。 祖母の物忘れが急加速し、介護認定。 ダウン症の弟と祖母が一緒になるとトム&ジェリーからユーモアを抜いたような様相になることが増えたので、弟のグループホーム入居。 十年も精神病院で過ごしていた祖父が亡くなったので、相続。 わたしが東京から神戸へ出戻ることになったので、引っ越し。 一気に押し寄せてきたので、事あるごとにわたしは役所に行っていた。クエストを進行

ここ最近の出来事振り返り

めちゃくちゃ久しぶりにnote記事を書きます。 フォローしてくれている方ありがとう、初めて見つけてくださった方もいらっしゃいませ! 沢村脩と申します。 去年十二月の様子がこちら。この一週間後に札幌から函館旅行三日間行ってました。 五稜郭の百名城スタンプ、志苔館の続百名城スタンプをとるのが主目的でしたが、ラッキーピエロをはじめ美味しいものもたーくさん味わえて大満足でした! しばらくつぶやきだけの期間が続いたので、その間にやってたことや嬉しかったことを振り返ってまとめる記事です

[ちょっとしたエッセイ]失礼な手紙とくどい手紙

 今の時点でということで言えば、手で書くことは、嫌いではない。ただ、自分の字が、時々異様に嫌になる時があって、その時は、書くことすらも嫌になるのだが、概ね書くこと自体が苦ではない。    そして、次のフェーズへ移る時、グッと書くことが苦手になる。それは、手紙だ。仕事でお世話になった方へのお礼状や、荷物を送る際の一筆など、月に2〜3は紙に向かって手を動かすのだが、これがなかなか時間がかかる。季節の挨拶であったり、一言近況を加えたり、などなど、相手を思えばコソ(いや自分をよく見せ