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【連載小説】マザーレスチルドレン 第十五話 ノセのオジキ【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

「いらっしゃいませ、おしぃとりしゃまですか?」

 一歩店内に入ると浅黒い肌をした女の店員が声をかけてくる。ヨシオカはそれには応えずせわしく目を泳がす。雑多な人種の酔客であふれかえりあちこちで外国語と笑い声が飛び交っている二十四時間営業の低価格だけがうりの居酒屋チェーン。喧騒をかき分け進むといちばん奥のテーブル席で上下白のジャージ姿のノセがひとりジョッキを傾けていた。

「おう、久しぶりだな、ヨシオカ」
「ご無沙汰してます」ヨシオカが頭を下げる。
「かたくるしい挨拶はいい、まあ、座れや」
 ノセの前の席につくヨシオカ。

「なんか飲むか?」
「いや、このあと事務所に戻るのでゆっくりはできません」
「そうか。しかしお前んとこ最近はやけに景気いいんだってな?」
「そんなことはないですよ、相変わらずの貧乏所帯です」
 ヨシオカが首を振りながらいった───鼻で笑うノセ。

「ふざけるな、てめえ、とぼけやがって調子こいてるんじゃねえぞ!」
 赤黒い顔、酒臭い息を吐きながらノセがにわかに激高げっこうすると騒がしかった店内が一瞬で静まりかえった。

「今日はだいぶ飲んでますよね」
テーブルの上には空のジョッキが乱雑に並んでいる。
「うるせえ。まだたいして飲んじゃあいねえよ」
「いつまでもこんな飲み方してると身体にさわりますよ」

「なんだ? 偉そうなことをぬかしやがって、いつからおまえはオレに指図さしずする身分になったんだ?」そういうとテーブルに置いてあったビニールで密封されたおしぼりをヨシオカの顔めがけて投げつけた───素早くそれを手で受けとめるヨシオカ。

「差し出がましい事を言いました。すんません」

 そいうって頭をさげるヨシオカ───最高にいらだったノセの顔。

「それで今日は何の用件で?」
「何の用件だぁ? てめえ、さっきからそのなめくさった口のきき方はなんだ、誰にたいして言ってるのかわかってんのか」ドスのきいた声で恫喝どうかつするノセ。
「大体誰のおかげで今のお前があると思ってるんだ、あぁ?」
「ええ、感謝してますよ、オジキには」
「その感謝がぜんぜん足りてねえって言ってるんだろが。それにオレはもう引退したんだ、もうお前のオジでもなんでもねえ」
「まあまあ、そんなにいじめんで下さいよ」
「うるせぇ、お前を拾いあげてやったのはこのオレじゃねえか、今度はてめえがその借りを返す番じゃねえのか?」

 ───くたびれた中年女がオーダーを取りに来て話は中断した。ヨシオカはアイスコーヒーを注文しノセはビールのお代りを頼んだ。

「借金……いったいいくらあるんです?」
「大したこたぁねえよ……」
「そんな事ないでしょう。こないだ事務所になんとかいう強面こわもての取り立て屋がオレに肩代わりしろってねじ込んできましたよ。こんな目立つとこで飲んでる場合じゃないでしょう」

「そうか、そりゃあ迷惑かけたな」

「で、どうするんですか?」
「どうするもこうするも、だからお前に頼んでるんじゃねえか」

「それで、いくらあるんですか?」
「まあ、ざっとこれくらいかな……」ノセがつぶやくように金額をいう。
「そりゃ、いくらなんでも無理だ」眉をひそめるヨシオカ。
「ふざけるな、なんだそのつらは、今のお前にとっちゃあこれくれえはした金じゃねえか。それにただでくれとは言ってないだろうが、ちょっと貸してくれって言ってるんだ」
「ちょっと貸してくれとかいう金額じゃないでしょう。大体そんな博打ばくちでつくった借金なんか踏みたおしゃあいいじゃないですか」
「そういう訳にはいかねえんだよ。何だ、あぁ、オレの頼みが聞けねえっていうのか?」

 ノセがタバコを咥えてあごを突き出す。

「おう、何やってんだ、火だよ、火。見えねえのか?」
 ヨシオカは仕方なくポケットからライターを取り出しノセのタバコに火をつけた。

「なんだぁ、てめぇ、ふざけやがって、その厭味いやみったらしいライターは、いくらしたんだ?」それには答えずヨシオカはライターをポケットに仕舞った。

「───お前、シンセカイ党の政治家と組んでこそこそなんかやってるだろ?」
「そんな根も葉もない噂どこで聞いてきたんですか?」
「とぼけるなよ、児童誘拐事件のうらでをかいてんのはてめえだろが、いくらの稼ぎになるんだ?」
「そんなこと知りませんよ」
「勝手な事やりやがって、本部が知ったらどうなるだろうな? 指詰えんこづめ、破門ぐらいじゃあ到底すまねえだろうな……」たのしげににやけるノセ。

「おまたせしやーした」
 茶髪で半袖Tシャツの袖からタトゥーまみれの両腕をこれみよがしにみせつけた若い男の店員がアイスコーヒーとビールを持ってきた。ノセはジョッキを手渡しで受け取ると一息に飲み干した。

「まあいい、今はここにいるから、金が用意できたら届けてくれ」
ノセがアパートの住所を走り書きした紙ナプキンをヨシオカに渡す。

「しけた田舎の暴走族のヘッドやっていきがってたお前をここまでにしてやったのは誰だったのかを、そののぼせあがった頭でよく考えてみるんだな」

 そういうとノセはふらつきながら店を出て行った。飲み代を払う素振りはこれっぽっちもみせなかった。

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