見知らぬ東大生とタクシーをあいのりした話
わたしが小学生だったころ、恋愛観察バラエティ「あいのり」が流行った。しかし、わたしにとって、「あいのり」を視聴するのはハードルが高かった。なぜなら、あいのりの放送は23時からだったからだ。そのころのわたしは、スマスマのビストロ部分を見るのでせいいっぱい。スマスマのコントもみたかったけれど、睡魔には耐えきれず、すごすごとふとんにもぐったものだ。あいのりはさらにその先の放送なわけで、未知の領域だったことはいうまでもない。あいのりを見ている子は大人びていた。恋愛ってやつがわかるみたいだった。
当時と比べると、わたしはずいぶん夜更かしができるようになった。夜通し起きていることもできるし、いまや深夜に対する感慨もない。でも、あのとき深夜に持っていた憧れは、間違いなく輝いていたし、ふと懐かしく思ったりもする。
さて、なぜ、あいのりの話をしているかというと、先日、あいのりをしたからである。ヒッチハイクをしてラブワゴンを止めたわけではなく、最寄駅のタクシー乗り場で事件は起こった。
わたしは田園都市線沿いに住んでいるが、この路線がなかなかの曲者である。すぐに遅延するのはいつものことだが、先日はついに、人身事故による2時間超のストップが発生した。午前中にアポイントが1件入っていたが、どうみても間に合わない。お詫びの電話を入れながら、とりあえず渋谷まで向かおうとタクシー乗り場に並んだ。通勤ラッシュ時ということもあり、駅前には長蛇の列。事情はみな同じなので、自然と「渋谷方向の人」、「新宿に向かう人」とあいのりの流れが発生した(このとき、みんながこの流れをつくったことにささやかながら感動もした)。
前にいる男性が声をあげた。「渋谷に向かう方、一緒に行きましょう!」
わたしは手を上げ、「はい、渋谷です」と応答した。どうやらまわりで渋谷に向かう人はいないらしく、わたしはその男性とタクシーをあいのりすることになった。
「ぼく、今日、大学の試験があるんです。この単位落とすと進振りが…!」
(おや?進振りとな?聞いたことのある単語)
「駒場東大前までお願いします」
(東大生や…!)
もし、私が大学生だったら、運命的なあいのりをきっかけに、この子と恋に落ちる世界線もあったんだろうなと考えがよぎったりもしたけれど、単位は落とせまいと必死な彼を前に、自分の浅はかさを反省した。
運転手「下道は混んでるからなあ、高速使うか!?」
東大生「お願いします!」
わたし「(まじか!)背に腹はかえられぬ!急ぎましょう!」
彼の試験を成功に導くため、車内の3人は一致団結をしていた。
運転手「渋谷から行くと、こりゃ試験に間に合わねえな。先に駒場東大前いくよ!」
東大生「あ…いいんですか!」
わたし「あたぼうよ!」
我々はきみの単位を背負っている。
東大生「お金が足りないから兄を呼びます…!」
災難は続くね…!
道中、彼はもくもくと量子力学の本を読んでいた。
わたしは担当店の売上のデータを確認していた。
不思議な空間だった。
無事、大学の前につき、迎えにきてくれたお兄ちゃんらしき人に訝しげな目線を投げられつつも、彼に試験頑張ってねとエールを送った。
しかし、彼は必死すぎてわたしの言葉には気づいていないようだった。
その後、タクシーの運転手と、あの子が無事試験をパスするといいですねと話した。運転手さんとわたしの間には、大人の役目を果たした充実感があった。
彼と会うことはもうないだろうし、会ったとしても顔もうろ覚えだからわからないと思うけど、彼が希望の学部に進学できていたらいいなと思う。
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