断るのが苦手な話

人からの頼みや営業などを断るのが苦手だ。
最終的には断りはするのだが、「いや、お断りします！」と語気を強くして相手に放つ事は出来ない。必ず紆余曲折が生じる。

正確に言うと人からの頼みはまだ断れる。あーだこーだと理由をつけて躱し、私の悪癖である数年おきに連絡先をリセットするという行為を行えばそれ以降誘われる事がないからだ。

問題は、何かの店舗や施設で出くわす営業の人だ。
申し訳ないがこの方達の事を一生をかけて敵だと思い続けている。

昔、某展示会へ赴いた際の事。
その展示会は展示してある絵画を購入する事ができ、額としてはウン千万とするとても高価なものだった。

私は以前も同じ様な展示会を楽しんだ事もあり、意気揚々と予約をし、会場へ足を運んだ。
ひとしきり絵画を堪能した後、さぁ帰ろうと出口に向かった所、スタッフと思しき女性から声を掛けられた。

「実はこの絵、購入する事が出来て、高価ですけど分割払いもする事が出来ますので一度お話しを聞いてみませんか？」
この時点で嫌な予感がしたが、私はいつもの癖で流されるままに「あ、はい」と肯定の返事を行なってしまい、近くの席に着く事になる。

すかさず、そのスタッフの上司であろう男性も同席してきて、展示してある絵の素晴らしさや、実際に購入したという男性スタッフのQOLが上がった話を聞かされた。

どうやって断ろう…。
私の脳内はその事でいっぱいだった。
お前の人生豊かになった話とか知らんわ。
そんな高価な買い物、営業相手が富豪だとまず確認した上で持ちかけて来い。こちとら只のしがない会社員でしかないねん。

しかし、私はうんうんと聞いた振りをして話を流す。
それとなく今は大丈夫ですと伝えても、意志の弱さからか、「こいつは押せばイケるな」と判断され、グイグイ来られてしまう。

そして1時間ほど時間が経った頃、あれこれ理由を付け、最終的に「今回は購入しない」という旨を伝えた瞬間、それまで笑顔で対応していたスタッフ二人は急に真顔になり、「わかりました。それでは」と早々に席を立ちどこかに行ってしまった。諦めたというのは分かるが、にしても印象が悪すぎだろ。如何に人を舐めていたのかというのが理解できた。

いや、そりゃあきっぱり断らない私が悪いよ？
でもそんな態度はないじゃない。
こっちも煮え切らない態度で相手の時間を奪ったけどさ、あんたらの行為は更にあんたらが所属する会社に対してマイナスなイメージを持たれてしまうよ？

などと思いながら、とても不愉快な思いで会場を後にした。
絶対に許さん。お前ら天国に行けると思うなよと脳内で憤りながら。

もう一つエピソードを述べると、以前会社のボーナスが出たので、家電量販店に冷蔵庫を買い替えに行った時。

物が物なので、当然その場で持ち帰られる筈がなく、店員の方に配送の手配をお願いした。手続きに時間を要すので、しばらくお待ちくださいと誘導され、私はとりあえずその辺の席に座っていた。

ボーッとしながら待っていると、その隙を見て初老の男性が私に近づいてきた。某携帯キャリアのスタッフらしい。
新サービスを展開したので、契約しませんか？との事だ。
正直この方は好感が持てた。
物腰低く柔和な態度で、こちらの言葉を否定することもなく、且つ話も上手だ。営業職が天職なのだろうな、と感じる人だった。

しかし、かといって私は屈する訳にはいかなかった。
恐らく手法としてはこうして待っている客に対して仕掛けにいくメソッドがあり、私もそのターゲットの一人なのだなという事はすぐ理解できたからだ。

手強い。手強すぎる。口が上手いのも考え物だなと思いながら、私は思いつく限りの断る理由を提示するも、悉く躱される。
配送の手続きが終わってくれれば、こちらも逃げる口実が出来るのに一向に手続き完了の知らせが来ない。野郎、嵌めやがったな。

そんな事を考えながら、最終的に「同棲中の彼女に財布の紐を握られている」というみっともない嘘をつく事で、営業の方は退いてくれた。
当然同棲中でなければ交際相手すらいない。
何故自分はこんな嘘までついて逃げなければいけないのだ。
営業が席を立って間もなく、手続きが終了したとスタッフが伝えにきた。
畜生、二度とここで配送が必要な家電を買うものか。
自分がついた虚しい嘘を脳内で反芻しながら、私は店を後にした。

そんな事が過去にあっても、私は今でも断る事が苦手なままでいる。
きっと今後もそういう営業の方と出会したら、ウダウダと悩みながら断る理由を探し、恐る恐る要らないという旨を伝えるのだろう。
いっそのことスキンヘッドにして刺青でも彫ってやろうか。
そしてガン飛ばしながら一言「要りません」と伝えるだけで、相手は退いてくれるのではないか。そういう考えに至る事もある。
しかしそんな事をする勇気もないし、そもそも趣味でもないファッションを纏った所で本当に好きでその格好をしている人に失礼でしかない。

どうしたらいいんでしょうか？