見出し画像

太田道灌のすべらない話『口八丁』

上杉定正に仕え、扇谷上杉氏の勢力拡大に大いに貢献した太田道灌さん。頭の切れる人は、小さい頃から一癖も二癖もあったんですね。幼名を鶴千代といったんですが、もうその時分からほとばしるような才気を見せていて、父は喜ぶと同時にそんな息子の将来が空恐ろしくもなりました。

頭が良すぎるあまり潰されてはならんと、鶴千代を呼び出してこう諭します。「人は正直であらねば誤解を生み、災いに遭遇して不幸な目を見る。だから真っすぐに生きるのだ。そう、あの障子を見てみろ。障子は真っすぐだからこそ、しっかりと立っている。あれが曲がっていたらあんな風に立たないだろう」

すると鶴千代、奥の部屋から屏風を持ってきて、「これは曲がっていないと立ちません。おかしいですね」と澄ました顔で言い放ちます。父はこの時返す言葉もなく奥に引っ込んでしまいました。

腹の虫が収まらなかったのでしょう。ある日また、このクソ生意気な息子に説諭を試みます。「驕者不久」(驕る者久しからず)という掛け軸を床に置いて示し、「この四字の意味が分かるか」と言います。

「お前みたいに生意気な奴はそのうち痛い目に見るぞ。どうだ」と、どや顔になって父の威厳を見せようとするのです。リベンジ、いやきっと親の愛ですね。しかし鶴千代、「新たに五字を加えてもいいですか」と言って横に「不驕又不久」(驕らざるもまた久しからず)と書き加え、あっさり父の思いを粉砕。これには父も顔を真っ赤にして怒り、息子を打擲しました。聡明すぎるがゆえの、口八丁です。


太田道灌…
太田資長(すけなが)で道灌は号名。扇谷上杉氏の家臣。築城の名手として知られ、江戸城、川越城、岩付城など多くの城を築き上げる。また歌人としても有名で、『砕玉類題』『平安紀行』など、多くの和歌集を世に送り出した。雨宿りに来た娘の山吹の心が読みとれず、恥じて歌の勉強に発奮したエピソードは、落語「道灌」に詳しい。


※この記事は筆者管理の別ブログより転載したものです。



#歴史 #戦国時代 #太田道灌 #すべらない話 #コラム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?