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対談企画 vol.7 山中漆器産業技術センター呉藤安宏氏に学ぶ(全2回) 第2回『憧れの山中漆器を創り上げていくために』


"私たちの下支えというか、守り神というか、バックボーンというか..."


-色んな方面の人と繋がりながら、同時に業界を俯瞰的に見れる山中漆器産業技術センター。他とはまた一味違った存在感を放ちます。実際に私たち作り手にとっても大事な存在です。




久保出貴雄/匠頭漆工三代目(以下貴雄):
山中漆器産業技術センターには研修所もあり、保有する多岐に渡る設備の貸し出しもあり、補助金の案内など様々なサポートをしてくださってます。私たちの下支えというか、守り神というか、バックボーンというか...面白い立ち位置ですよね。

久保出章二/匠頭漆工二代目(以下章二):
自分にとっては、ちょっと弱ったときにすっと寄りかかるっちゅうんけ、そういう存在やんね。バランスが悪くなった時とか、辛くなった時に。仕事なんかも、ちょっと行き詰った時なんかはここ(センター)にちょっと来たりとしてるよ。何かあれば、ここに頼んでみれば何とかなるようなそんな感じやね。色んな人に頼られて大変やろ。

呉藤安宏氏(以下呉藤):
そう言っていただけるとなんだかありがたいですけどね。
センターでは、先ほどお話した研修所や教室の運営の他にも、新しい3Dの機械が入ってきたりしたら産地の皆さんにいち早く紹介&実演したりとか、研修生からの進路相談とか色々な方面からの仕事があります。

貴雄:
他産地との交流もあるんですか?

呉藤:
組合では行事で他産地と交流できる機会は多々ありますね。日漆連*(にしつれん)を通じてや、あとは伝統工芸士会*とか。当センターでは、そういった行事関連などで見学にいらしたお客さんからお話を伺う機会があります。


*日本漆器協同組合連合会(呼称:日漆連)

全国16か所の漆器産地の組合から成る1957年(昭和32年)から続く連合会。会員の事業における市場開拓、調査、研究等を行いながら、経済的地位の向上を図ることによって、漆器・伝統工芸産業の継承・発展に寄与することを目的として活動している。石川県からは我らが山中漆器を始め、輪島漆器、金沢漆器の3産地から参加している。【公式ホームページはこちらから▶】

*日本伝統工芸士会

経済産業省所管の伝統工芸士で構成された1981年(昭和56年)に設立した一般財団法人。国に「伝統工芸士」として認定された職人を管轄している。弊社久保出章二(二代目)も公認の伝統工芸士(詳しくはOtaku記事「伝統工芸士は国家資格である」へ▶【公式ホームページはこちらから▶】


貴雄:
色々情報交換されるんですか?調子どう?みたいな。

呉藤:
そうですね。全国大会というのがあって毎年毎年持ち回りで色んな産地に集まって会合をしたりしています。

貴雄:
やっぱり山中漆器は昔からの産地で強いとは思います。流通量も日本一ですし。でも他の産地で勢いのついてきたところなんかもあるじゃないですか。会津とか越前とか特に。産地の規模自体は縮小されてるけど、その中でも頑張っている何社かの企業で盛り上げて、最近結構勢いがあると思うんですよ。

呉藤:
そうですね。

章二:
でも、職人側に元気があるのは山中のイメージやなあ。分業やで、それぞれの職人がみんな自分の会社持ってやっとるし。他の産地は職人は大きな会社の従業員としてやってるのが多いからなあ。

貴雄:
ただ他産地と企業間コラボ企画等々をやってるのは越前漆器なんかが強い印象ですね。新しい試みを色々やってるイメージ。

呉藤:
福井県の河和田漆器にしても、富山県の高岡漆器にしても新しい試みをやっているのは見えてきますよね。山中に比べたら、産地の規模としてちょっと小さい方が新しいこととかやりやすいのかなっとは思っているんですけど。
でもおっしゃっていたように、(山中は)今まで安定してきた分新しいことへの取り組みはちょっと遅いのかもしれないですね。

貴雄:
山中漆器は今までやってきた土台がしっかりしてるんで、新しいことやらなくてもそのままでもいけてるってのも、それはそれでやっぱりすごいことだと思います。それはそれで一つの形としてやっていっていいとは思うんです。
でも、自分としてはその中でもなんかどっか楽しいことないかなって探してて。新しいことに挑戦した方がまた伸びしろもあるのかなって思ってるんで。

章二:
ただ皮肉なのは、河和田にしても輪島にしても他産地の木地師がおらんようになって、それでどうするかっていったら山中に木地を頼んでくる。今山中で木地師の職人がまだ残っているのは、その力で残ってるっていうのもあるってことやな。



“人間国宝直々に教えてもらえるっていうのはかなり貴重ですね”


-全国の木地師不足の問題は深刻。でも、だからこそこの産業技術センターの存在意義というのは非常に大きい。




貴雄:
そうやって考えると、日本全体の木地を支えている山中の木地師を支えてるこのセンターって益々貴重な存在ですよね。日本全国の木地師の職人のスタートラインがここにある…ここにしかない!ので。

呉藤:
今研修をここで受けてる研修生の皆さんも最初は、『職人』という漠然としたイメージの憧れを持ってこちらに受験にいらっしゃいます。まさに、ものづくりが好きだ!って全国から集まってくるのがこのセンターかなと。
特に所長の川北良造[かわきたりょうぞう]先生の存在の影響も大きいと思いますね。重要無形文化財保持者*、いわゆる『人間国宝*』ですからね。

貴雄:
人間国宝直々に教えてもらえるっていうのはかなり貴重ですよね。


*重要無形民俗文化財保持者=人間国宝とは
演劇,音楽,工芸技術,その他の無形の文化的所産で我が国にとって歴史上または芸術上価値の高いものを「無形文化財」という。無形文化財は,人間の「わざ」そのものであり,具体的にはそのわざを体得した個人または個人の集団によって体現される。
国は,無形文化財のうち重要なものを重要無形文化財に指定し,同時に,これらのわざを高度に体現しているものを保持者または保持団体に認定し,我が国の伝統的なわざの継承を図っている。(詳細は文化庁公式ホームページへ▶


呉藤:
僕もそう思います。先生は教えるのに非常に熱心で、週に何回もいらっしゃってますよ。それぞれ個人ごとに声かけて、こうした方がいいよってことを指導されていったりとかしてらっしゃいますので、研修生にとっては本当に良い機会です。

貴雄:
研修生の皆さんの卒業後の進路は作家、職人と個々で決められるんですか?

呉藤:
そうですね。ただ卒業生は二つにはっきり分けられるわけじゃなくて、職人をしながらちょっと時間がある時に作家の仕事をするとか、そういう人が殆どだと思います。

貴雄:
そうか、最初から作家一本というわけではないんですね。

呉藤:
やっぱり生活費を得るためには作家だけで食べていくっていうのは本当に限られた人しか出来ないんじゃないでしょうか。逆に、職人一本でっていうのも家が代々やられている方以外は結構厳しい。というのもやっぱり数をこなせる轆轤旋盤が必要になるんで。手挽きだけで職人でやっていこうとするのは結構大変ですよね。

貴雄:
そうですよね。手挽き一本で生計立てるのは数量の面でもクオリティ維持の面でも厳しいものがありますもんね…。呉藤さんは、進路について相談を受けたりもされるんですよね?

呉藤:
「自分は今後木地師としてやっていけますか?」って聞かれたりします。本当にその人の才能っていうのは研修中だけでは僕も判断付かない部分もがありますし、何とも言えないんです。でも「向いてないなら早いうちに言ってくれ」みたいに言う方いらっしゃって、切実ですよ。

章二:
うちもあったなあ。(匠頭漆工の)工場に来た時に向かなんだら言うて~って言われて。で、実際に言ったこともある。

貴雄:
二年間やってたら絶対壁にはぶち当たると思うし、もう全然出来んこっからはってなると不安になるよね。その人の今後の人生がかかっとるし。出来るか出来んかで。

章二:
一人ひとりの力だとどうしても差がついてくるで。なんでうちは会社一つで大体均等にするような力は付けたいなとは思っとる。個々の数量が違くても、全体として売り上げがあればいいっていう。
それと前から思っとることがあって、でかい会社なんかは職人をここのセンターのような学校に勉強させにお金を出してやっとるわよね。だからうちみたいな木地屋もそういうことが出来る力があればいいのになと。

貴雄:
本人としても力は付くし、働き先は分かってるから安心はするよね。
職人全体、特に木地師自体は人手不足なのに。難しいですね。卒業後の進路はやっぱり受ける側がちゃんとコミュニケーション取っていかんとだめやなと思います。

呉藤:
私も卒業後の進路については、本当に何とかしたいなって思いますね。このセンターの卒業生がみんな作家ばっかりになるとか、県外にばっかり行くとか結構産地内ではそういうことを言われたりするんですけど、みんななりたくてそうなってる訳ではない。職人目指して食べていけるならそうなりたい。でも働き口も山中だけだと限られてくるんで。




“親の後を継ぎたいな、と思えるようなそういう業界になる”


-最後に呉藤さんに今後の山中漆器への想いを聞きました。



貴雄:
まだまだ見えない部分が多いんですけど…このコロナが落ち着く落ち着かないもまた別の話として、山中漆器が今後どうなっていくかっていうのを呉藤さんの目からみてどう思うのかをお伺いしたいです。またうちとは違う目線で見てらっしゃると思うんで。

呉藤:
そうですねぇ…。昨年うちのセンター卒業生が一名匠頭漆工に就職させて頂いたと思うんですが、自分としては研修所の卒業生が地元の山中漆器に根付くようなことが広まっていけばいいなって思ってます。自分自身が実家の後を継がなかったことにも繋がってくるんですけども、やっぱり久保出さんのところみたいな、親の後を継ぎたいなっと思えるようなそういう業界になるっていうのが本当に理想だなって思います。

貴雄:
そうですね。今までは親からも「継がんでいい。継がんでい。」って言われてきた業界なんで、まぁ大人になったらやりたいなって思えるような仕事にはしていきたいですね。憧れの山中漆器!みたいな。

章二:
山中が盛り上がれば、全国の漆器産地も盛り上がるしね。

呉藤:
はい。私としては最近また新しい機械を国外で見つけたり、現役の機械を修理してくれる会社さんを見つけたり、色んな面でサポートしていければと思います。

貴雄:
職人側もそうですが、「木地師」という仕事がもっと一般の方々に身近になるような体験が出来るような仕掛けも作っていきたいです。

呉藤:
うちのセンターでもお子さん向けに小学生がお椀を挽く体験なんかもやってますよ。

章二:
危なくないんか?

呉藤:

栃の生木を使って、勿論サポートの先生はしっかり付いての体験ですが。
それでも木は硬いんで大根でテストしてみたこともあります。笑

貴雄:
大根!アイデア工夫すれば色々試せそうですね。今後も呉藤さんには色々とお世話になります!!
本日はありがとうございました。

一同:
ありがとうございました!



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