見出し画像

激闘!! 思想の強すぎるおかき屋vs俺

とんでもないおかき屋があるらしい。

お盆休みに風邪を引き、すべての予定をキャンセルした後、ふと私は思い出した。

「ーーとんでもなく思想が強いんですけど、本当においしいおかき屋さんがあるんですよ」

さかのぼること数週間前。
並んで出かけた真夏の街で――そのように語った友人を、私はまじまじと見た。
日差しが強いあまり、白っぽく見える大通りの真ん中。「とんでもなく思想が強いおかき屋」とは何なのか、しばらく理解が追いつかずに閉口していると――

「この近くにあるんですよ、よかったら行きませんか」

どう考えても嘘などつきそうにない友人は、にこっと笑って、くだんの「とんでもないおかき屋」に私を案内してくれた。

夏のさかりで、遠くに蜃気楼が見えるような時間帯だった。
栄えた大通りの一角に、その店はあったが……店構えはふつうのおかき屋としか言えず、立ち働く店員さんにも変わったところはなかった。

――何がどう、〈思想が強い〉のか?

困惑しきって訪ねた私に、友人はそのおかき屋の公式ホームページを見せくれ――……

おいおいおい!!
おいおいおいおい!!

……おかきの写真がどこにも載ってねぇな!!!!!

宮内庁に怒られないのか心配だが、問題なくアクセスできるということは、(推奨はできないにしろ)違法ではないという判断なのか、ヤバすぎておさわり厳禁なのかのどちらかであろう。

どういうことなのか? 誰が一体、なんの目的でこんなことを?
五条悟から無量空処を食らわされた漏瑚が感じたであろう困惑を、その時の私は言葉ではなく心で理解した。

しかし、さすがに企業の公式ホームページなだけあって、スクロールしてみると製品の通販ページも用意されていた。
全体から確認できるのは商品のパッケージ画像だけだが、パッケージ画像をクリックすると詳細な製品情報にアクセスできる。
現社長による、商品開発の短いこぼれ話なども読むことができ、なかなか満足度が高い。
そう思って、画面をスクロールしていくと……

……なんだこれ!?

『真実』買えんの!? この店!?

せめて「おかきか、おかきでないか」は目立つ箇所に明記しておいてほしい。
盆に娘息子と孫が帰ってくる……と胸を高鳴らせている老齢の顧客が、おかきと誤認して『真実』を購入したらどうするつもりなのだろうか。

こうなってくると、先ほどまじめな製品情報が掲載されていたのもユーザーを油断させる罠ではないかと疑わしくなってくる。
このおかき屋は一体なんなのか? 問いかけてみたところで、色々なところがギリギリな街宣車の写真は何も答えてくれない。
いったん置いて明日考えよう。
「野球だと思ってミットを構えていたら大相撲がスタートした」みたいな気持ちのまま、ブラウザを閉じ、私は眠りについた。

その日からだろうか……
私の頭から、この、やたらと思想の強いおかき屋が離れなくなったのは……。

激闘!! 思想の強すぎるおかき屋vs俺


そもそも、このおかき屋は何なのだろうか?

調べてみると、創業はかなり古く――公式サイトによると、元となる商いが始まったのは1860年頃(なんと桜田門外の変が起きた年代である)までさかのぼるそうだ。

現代にいたるまで様々な歴史と沿革があるにしろ――播磨屋は、本店を構える兵庫県では名の通った老舗らしい。
ますます興味を惹かれ、くだんの店に関することをツイートしてみると、信頼のおけるフォロワー諸兄からこんなリプライが付いた。

(※ご本人に引用許可を得て掲載しています)

どんだけ美味ぇんだよこの店!!

その後も続々と「ここ10年で社長がハジケてああなった」「買い物すると激ヤバ思想カタログがもらえる」「本店で通販すると否応なしに思想の強いダイレクトメールが送られてくる」という情報が寄せられた。

激ヤバ思想カタログはまだわかるが、本店の通販を利用したらダイレクトメールが送られてくるのは完全に罠である。
最近の農林水産省にひけを取らないハジケリストぶりに笑いが止まらない。
(※本店の通販を利用すると実際よりもかなり安くおかきを購入できるので、一人暮らしの方は利用してみてもいいかもしれない)

そして、どの情報の末尾にも「しかし、味については保証できる」といった旨の言葉が添えられていた。
こうなると、ますます興味がわいてくる。

友人からの情報提供その②

最終的に「YAZAWAみたいなトラック」とかいうパワーワードも出てくる始末である。

しかし、だ。
この思想の強さをもってしても――なお手を伸ばさずにいられないおかき。
いったい、どれほどうまいのだろうか……。

■いざ実店舗へ


お盆も後半となり、すっかり体調のよくなった私は、猛暑のなか電車を乗り継ぎ――
気付くと、もっとも近隣にある、播磨屋さんの店舗にやってきていた。

この日の気温は34度前後。
暑い。
暑くて暑くて、たまらない。
成仏し損ねた死霊のようにふらふらと目当ての店に入ると……

「お茶 コーヒー ご自由にどうぞ」

冷房の涼しさと一緒に、信じられない張り紙が飛び込んできた。
見れば、店内の端にはちんまりとしたイートインスペースがあり、コーヒーと麦茶が入っていると思わしきサーバー、砂糖やミルクのパックが置かれていた。

店員さんたちも、非常に穏やかに和気あいあいと立ち働いている。
店内にはお年寄り、親子連れ、若い女性……と、大繫盛とはいえないものの、売り場は賑わっていた。

もしかして……
意外と……普通の店なのか……?

ともかく、私は噂のおかきを買いに来たのである。
店員さんに「人気のあるおかきを詰め合わせたものはあるか」聞くと、にっこり笑って「これがいいですよ」と、詰め合わせを持ってきてくれた。

正直、店に入るや否やに「次の選挙はどこの政党に投票するつもりなのか?」と2~30分問い詰められるぐらいのことは覚悟していたが……。
取り越し苦労もいいところである。
社会に出てしばらく経つ身としては「職場の雰囲気もいいのだろうな、羨ましいことだ」と感じながら、会計を済ませた。

なんだ……やはり、百聞は一見に如……

デェ―――――――!!!!

油断した!!!!!
完全に油断してた!!!!!!

寝てないデザイナーが眠気覚ましに作ったやつがノーチェックで通っちゃったみたいなパンフレット!!!!!!

思わず、店の真ん中で「どうすんだよ……」と呟いてしまった。
周囲のお客さんからすれば「目当てのおかきが買えなくて絶望している客」か何かに見えたかもしれない。
つくづく、気の抜けない店である。

■いざ実食

しかして、このDぶ……ではない、思想は強いが味はいい、というおかき、いかなるものだろうか。

今回購入したのは味のふきよせセット(税込2,700円)である。

中に入っているのは店名を冠したはりま焼き、激ウマと噂の朝日あげ、おかきに甘いチョコレートソースを染み込ませたユーロの星、洒落た名前のカレーおかきこと華麗満月……等々、たしかに売れ筋だろうおかきだ。
一気に全種類は食べられないので、フォロワー諸兄から熱い猛プッシュのあった朝日あげ華麗満月(カレーおかき)、はりま焼きをレビューしていきたいと思う。

ROUND1. 朝日あげ


一種類目は、店の売れ筋商品とのことで店員さんにおすすめいただいた『朝日あげ』である。

成分表を見てみると、うるち米・砂糖・しょうゆ・みりん・出汁、揚げ油……と、スタンダードな「甘辛ザクザク系」のおかきであることがわかる。
わくわくしながら上品な手触りの包装を剥くと、あざやかなオレンジ色をした、香ばしそうなおかきがあらわれた。

おお……
美しい……。

まるで新しいパンツを履いて見上げる初日の出がごとき姿である。
なるほど、これが「朝日あげ」か。その名に恥じぬ、神々しい姿だ。
フォロワーさんからもイチオシの一品だが、お味はどんなものだろう。

ザク……と齧りついて、しばらく咀嚼してみる。
……ざく……シャクシャク……
ゴクン……

うんっっっっま!!!!
素で「……うまっ!!」と声が出た。
こってりとした甘口の醤油と、口の中にひろがるまろやかでコクのある揚げ油……。

まるで炊きたての白ごはんを口いっぱい頬張ったような、なんとも言えないお米の甘さ……(後から知ることになるが、かなりいいお米を使用しているそうだ)
気泡の一切入っていない、おかきの滑らかすぎる口当たり。
そして、舌の上でじんわり蕩けて消えていく、醤油風味の油がもたらす美味しさ……

その一瞬――私は、あのホームページのことも、思想の強すぎるパンフレットのことも、頭から抜け落ちていた。
うん。
疑うべくもない。
めっっちゃくちゃ美味い。
最後の晩餐で出てきてもしばらく悩んだ末に許せるぐらい美味い。

一心不乱に巨大なおかきを食べ終わり、行儀悪く指を舐めながら、私は天井を仰いだ。
当初は「思想が強い」という点に意識をとられていたが、この商品は抜群に味がいい。
ただの変わった店ではなく、しっかりと信念をもって自社製品を製造している老舗であることが、一枚のおかきからビシバシと伝わってきた。
頭の中にある疑問は、もはやただ一つきりである。

いや……
何がどうなってあの公式ホームページが出来たんだ……?

ROUND2.はりま焼き


続く二種類目は『はりま焼き』だ。

店名を冠した商品というだけあって、その見た目は「ザ・おかき」である。
一種類目の朝日あげで脳の細胞が死滅したのか、その時の私は、何の疑問もなく「なるほど、ザ・おかきじゃねーの」という感想を抱いていた。
一口食べてはメモを取り、もう一口食べてはメモを取り……としながらこの食レポを書いているが、読み返してみると、「ザ・おかきじゃねーの」ではない。
美味さゆえか、しっかりと脳みそを破壊されているのがわかる。

それはさておき――この店のおかきは、どれも満月がごとき美しい円形だ。
『はりま焼き』の味に関してだが、ものすごく雑に言うと、最高級おにぎりせんべい、といったところか。
公式ホームページによると、現在はメジャーな製造方法である「ダブル味付け」……要するに、1枚のおかきに2種類の味付けを施す手法の元祖となったおかきらしい。
店名を冠した「はりま焼き」は、サラダ味(野菜のサラダではなく、サラダ油と塩、うまみ調味料のことを指すようだ)と甘辛しょうゆ味をミックスしたものだそうだが――さて、味はどうだろう?

どうでもいい話かもしれないが、購入したおかきはどれも上品な和紙の包装が美しい。
おそるおそる包装を剥き、大口を開けてかぶりつくと―――
ぼりっ、と。
とてもいい音がした。
お出汁を感じる上品な甘辛しょうゆ味……といったところか。

先ほど食べた朝日あげのインパクトもあり、はりま焼きに関しては正直、「堅焼きしたおにぎりせんべいってとこか……」といった淡白な感想を抱いた。
しかし。
ひと口齧って「ん?」と違和感にかられ、一度おかきを口から離した。
何が違和感があるが、その違和感がなんなのか分からない。気を取り直してもうひと口……

ザク……シャクシャク……ゴクン……

違和感の正体をはかりかねて、もうひと口齧ったときに気が付いた。
なんと。
ほぼ一切。
バキバキに堅焼きされたおかきに、気泡が入っていなかったのである。

これはけっこう、すごいことではないだろうか。
想像してみて欲しい。自分が工事現場に勤務する職人だったとして……どろりと重たいコンクリートを使った細工に、一切の気泡を入れずに仕上げられる自信があるだろうか?

通常こういったおかき、せんべいには海外産の古米やくず米(揚げて味付けするのだから当然と言えば当然だが)を使用するのが通常らしいが、このはりま焼きはかなり質のいい米をふんだんに使用し、慎重に火入れして作られているそうだ。
うーむ。隙がない。こってりした朝日あげも、さっぱりとした堅焼きのはりま焼きも……この二種類を買っていけば、お盆の爺ちゃん婆ちゃんも満面の笑み間違いなしであろう。

ただし、なかなか堅いので、お年寄りに食べさせるときは入れ歯がイカれないかどうかだけ注意していただきたい。
連休中は歯医者も休みだ。くれぐれもお気を付け願う。

ROUND3. 華麗満月


お次は本命のカレーおかきである。

見た目は「朝日あげ」と同じだが――
袋を開けた瞬間から匂いたつスパイスの香りに、「おっ」と、かなり期待値が上がったのを覚えている。

何を隠そう、私はカレーが好きなのである。
ごく一般的な範囲だとは思うが、複数の味が選べる場面でカレー味があれば、だいたいはカレー味を選ぶ。

ただし、カレー味の欠点として、香料となるスパイスやニンニクの風味が強すぎるために、大元になった素材の味がわからなくなってしまう――という点は無視できない。

さて……この「華麗満月」は、どんな味だろう?

■いざ実食
大口を開けてかじりついた瞬間、「ざくっ」という非常にいい音がした。
ごつごつしたおかきの欠片を噛んでみると、スーッと深みのある、辛苦いスパイスの風味が鼻の奥まで突き抜ける。
辛い。
しかし、土台となるおかきの、じんわりしたお米の甘みがその辛さをまろやかに包んでいる。
あとひくスパイスの香りと、土台になるおかきの甘み、じゅわっとにじみ出る、ジューシーな揚げ油のコク。
これはもう、どちらかというと、おかきの形をした和風カレーである。
気付けば巨大なおかきを一枚バリバリと頬張って、次の袋を開けていた。
うまい。
すんごいうまい。
駅弁をドカ食いする煉獄杏寿郎みたいな感想しか出てこない。


甘い油が後を引き、噛めば噛むほどおかきの原料である米の甘みが舌の上でマツケンサンバを踊っている。
じっくり炒った香辛料で作ったであろうサラサラのカレールゥに、めちゃくちゃいい米を使ったおかきをじっっくり漬け込んだような……。

もう完全に白旗である。
二枚目の「華麗満月」を無心でバリバリと頬張る私の頭からは、思想の強すぎる街宣車も二度見してしまうようなパンフレットも何をどうやって稟議を通したかわからないホームページも、すべて頭の中から吹っ飛んでいた。

そのほかにも、プチプチとしたクリスピーな触感がやみつきになる「助次郎」、甘いチョコレートソースにおかきをじっくり浸した「ユーロの星」など、かなりパンチのあるラインナップがひと缶のなかに詰め込まれており、3000円以下で買える手土産としては限りなくコスパがいいことがわかった。

ROUND4.夕焼けトマト

購入した「味のふきよせ」には入っていないが、店員さんからの猛プッシュで購入したこれもかなり美味しかった。

しょっぱさは控えめだが、さわやかで生っぽいトマトの風味が強く、こくのあるおかき生地との相性がかなりいい。
そのままでも充分美味しいけれども、キッチンに置いてあったオールスパイスをちょっぴり掛け、レモン汁を一滴垂らすとより味が引き締まったように感じた。(これは個人的な味の好みにすぎないが……)

さして舌が肥えているわけでもない、あくまで一個人の意見に過ぎないが。
購入したおかきに関しては、おおむねこんなところだろうか。

やたらめったらに思想の強いトップページから、何度もリンクを踏んでようやくあらわれる「現社長による、商品制作のこぼれ話・苦労話」を思い出しながら、私はまだ封を切っていない朝日あげを手に取ってみた。

思想の強さに関しては疑うべくもないが――
1枚のおかきを開発するのに3年を要したり、あちこちの会社や個人宅をまわってはりま焼きを手売りしたり、といったこぼれ話を思い出しながら、品のいい和紙を撫でてみる。

上品な和紙の包装を部屋の明かりに透かすと、霧の向こうでゆれる初日の出がごときオレンジの輪郭が見えた。
炭水化物は熱で変形するが、このおかきは、商品が醜く歪んでしまわないよう、1枚1枚網で挟んで、霧吹きで湿らせ、最高品質の米油で揚げているそうだ。

蝉の声が聞こえるリビングで、私は想像する。
何千、何万、何億と製造されては袋に詰められるのおかき一枚一枚に、慎重に霧吹きをかけ、網で丁寧に包み、収縮しやすいおかき生地が縮んでしまわないようじっくりと米油で揚げる誰かの姿を……。

なるほど――たしかに、すばらしく思想の強い店だ。

以前にこの店でアルバイトをしていたと語る女性からメッセージをいただいたが、その女性曰く「たしかに社長の思想は強かったですけど、従業員の私たちは、一度もそれを強要されたことはなかったです」とのことだった。
真偽はさだかでないものの、寄せられたリプライの中には「以前、面倒な客層に目を付けられて以来、自衛もかねてこういうホームページになったみたいですよ」という話もあった。
経緯については知りえぬことだが、やはり、やむにやまれぬ事情が絡んでいる面もあるようだ。

それに――
はっきり言って、これだけ美味ければ細かい思想などどうでもよくなってくる。
なぜなら私は、うまいおかきを買いにあの店へ行ったのだから。

いやはや――いい買い物をした。

まるで食い意地の張った動物が、おいしい餌を巣の奥に隠すように―――

私は、取りだした朝日あげを、ほくほくしながら銀の缶にしまったのだった。


〈終〉


この記事が参加している募集

note感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?