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軍隊と階級のはなし

・軍隊における階級とは?

 ここで言う階級というのは組織における階級、という意味で、ボクシングとかレスリングなどの体重別の階級、マルクス主義者などが言う階級とは違う。軍隊組織には縁がない人たちでも、映画や小説などで「大尉」とか「少佐」などと呼ばれているものを聞いたことはないだろうか。これが階級である。昔見た漫画で「中佐のポストを用意しよう」などというセリフが出てきたけれど、この「中佐」は階級(ランク)であって役職(ポスト)ではない。
 軍隊においては所属と役職は重要な要素である。それに階級というものが加えられるのだ。例えば、連隊長なら大佐、艦隊の司令官なら中将と言った具合に階級とその役職は同時に保有する。もちろん役職の無い者でも常勤の将兵ならば必ず所属があるので、第一連隊第一中隊所属、山田軍曹、という具合に所属と階級を同時に名乗ることになる。軍隊以外でも階級を持つ組織はあり、その多くは軍隊をモデルにしている。一番身近なものと言えば警察官だろうか。係長の山田警部補、課長の田中警部と言った具合に役職(または所属)と階級を同時に保有している。ただ、組織によっては例外的に階級と役職が同一のものもある。警察で言えば警視総監や警察庁長官などは、それが役職であり階級となる。自衛隊でも陸海空、各幕僚長及び統合幕僚長などはその階級と役職が同一となる。これはその役職に就ける人が一人しかいないため、可能になるのである。

・階級はなんのためにあるのか

 さて、そんな階級は何のために存在するのだろうか。一つに、所属する人に階級を付与することで組織管理が用意になるということである。少し難しい言い方だったけれど、簡単に言えば役職に人をつける「目安」となるのがこの階級なのだ。多くの軍隊では階級と役職が連動しており、軍隊に入ったばかりの二等兵がいきなり軍司令官になることはありえない。これはまあ極端な例だが、ほとんどの軍隊では先述したように、連隊長になるなら大佐、大隊長なら中佐、と言った具合に、その役職に相当する階級を必要とする。有事の際の人員補充や平時における教育計画においても階級があることで効率的にすすめることができるというわけだ。

 次に、人員補充と関係するのだがトップがいなくなった時の素早い指揮権委譲の指標である。軍隊は命令を下達して行動する組織である。逆に言えば命令がなければ動いてはいけないとも言える。こうやって聞くと少し窮屈なものに思えるかもしれないが、国や地域によって差はあるものの、軍隊という組織は戦車や戦闘機といった巨大な武力を保有する機関なので、簡単に動かすわけにはいかない。このため明確な命令によってのみ動かすようにしなければならないのである。このため命令を発するトップがいなくなった場合、素早く次の者がトップになり、命令を発して指揮を執る必要がある。階級はその目安になる。一応、連隊長が死ねば副連隊長が指揮を執る、と言った具合に役職による権限移譲は明確にされているけれど、それも大佐の次は中佐、その次は少佐と言った具合に、階級が高い順に指揮権が移譲されていくように作られている。同じ階級でも「先任順」と言って、先に任命された方が高いと判断される。もちろん部隊が再編されたら、それに従うのだが、その間に組織の活動を停止させるわけにはいかない。戦場で「今連隊長が死んだからタイム」と言って戦闘を止めるわけにはいかない。大尉、中尉、少尉と、どんどん死んで行って例え最後の一人になっても戦わなければならないのが軍隊だ。仮に戦闘継続は困難と判断して降伏・投降するとしても、そのことを判断して指揮下の部隊員全員に降伏するよう命令するのも指揮官の勤めである。 中華人民共和国の人民解放軍は一時期階級を廃止したこともあったが、不便であったためか、その後再び階級制度を復活させた。

・階級の種類と役割

 階級の数や種類はそれを使う組織によって違いがある。大きな組織なら階級が細かく分かれていて多く、小さな組織ならば少なくシンプルでも使えるだろう。軍という組織は現在でも大規模なものが多いので、階級の数は多い。軍事オタクや本職の軍人なら何も見なくても階級の名前と順番を覚えているかもしれないけれど、一般の人には覚えきれないかもしれない。
 ここでは大まかな区分で軍隊という組織を説明しよう。

自衛隊と旧軍の階級

・将校と下士官・兵

 軍隊には大きく分けて将校と下士官・兵という区分がある。ごくごく簡単に言うと、将校とはいわゆる命令を下すのが仕事の人であり、下士官・兵はその命令を実行する役割の人たちである。一般的に命令を下す者が偉い、と思われがちだが職務的に言えば将校は命令を下すことが仕事であり、下士官・兵はそれにしたがって動くことが仕事なのである。そしてその行為は何らかの組織的な目的のためになされることであるから、偉いとか偉くないとかは関係ない。そもそも仕事の種類や性質が違うのである。とはいえ、軍隊では権威に従うことを徹底的に教育されるので、上の階級の者の命令を聞くこと、国家や国旗に対して敬意を示すことを繰り返すことで無意識にうちに階級が高い=偉いと考えるようになる。それでも、士官学校を卒業したばかりの若造が長年現場で頑張ってきた下士官や兵士たちに舐められることはよくあるのである。
 軍隊では基本的に将校と下士官・兵とでは生活の場所も分けられており、食堂なども別々である。これは命令を下す際に情が移らないようにするため、とか逆に若い兵士たちに将校が雲の上の存在のように思わせ、命令をよく聞かせるためという理由があると言われている。

・将校の役割

 ここで更に階級別の役割について詳しく見ていこう。先ほど将校は「命令を下すのが役割」と述べたが、もちろん組織の仕事は単純ではない。いわゆる「ライン」と「スタッフ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。簡単に言えばラインは直接命令を下す者であって、スタッフはその命令を下すことを助ける人たちのことである。 ラインは陸軍なら連隊長とか中隊長、海軍なら艦隊司令や艦長などに相当するだろう。上は内閣総理大臣や大統領など、最上位の司令官からの命令を上から下へと下していく線の役割の人々なので、ラインと呼ぶのだ。 一方スタッフは、日本語では幕僚とか参謀と呼ばれる人々のことである。命令を下すと言っても闇雲に下していては混乱して、最悪失敗して部隊が全滅、などということにもなりかねない。このため多くの組織では正しい判断をするための組織として参謀や幕僚などを置く。現代の組織を巡る状況は複雑であり、それらの事象を部隊長などの個人がすべて把握して決断を下すことは難しい。ナポレオンなどの一部の天才ならばともかく、普通の人では不可能である。このため、ラインの判断のための情報を集め、平時には部隊の管理などを通じて部隊維持を支援し、ラインをサポートする役割の人々のことをスタッフと呼ぶ。 先ほど内閣総理大臣や大統領のことを最高司令官と呼んだけれど、彼らは政治家であり軍事のことに関してそればかり考えているわけにはいかない。このため、軍事などの専門家がアドバイスをして彼らのサポートをしなければならない。司令官の適切な判断には適切なアドバイスが不可欠である。これは軍隊に限らず、あらゆる官公庁にも言えることで、厚生労働省や国土交通省など、あらゆる省庁が各大臣、さらにその上の内閣総理大臣の判断を助けるための巨大なスタッフ組織である。 軍隊における将校は、そんなスタッフ組織の一員、という側面も持っているのである。


 ・下士官・兵の役割

 将校は会社で言えば管理職とか社長秘書のようなポジションだが、下士官・兵は技術者としての側面を持つ。軍隊は様々な技術を必要としており、自衛隊では特技、米軍ではMOS(Military Occupation Specialtyの略。自衛隊でも非公式の通称として特技のことをモスと呼ぶ)と呼ばれる技術を習得する必要がある。この特技とは、例えば歩兵なら歩兵の特技、砲兵なら砲兵の特技と言った具合に教育され、教育が終わればその特技を習得したということで軍に登録される。軍隊の場合はこの特技(戦前では特業とも呼ばれた)と階級によって、軍隊は隊員の所属先を割り振るのである。将校以上にももちろん必要な特技はあるのだが、彼らは主に命令を下す側なので、実際に現場で作戦を実行する下士官・兵の特技の方が重要なのである。特技の中には簡単に取得できるものもあれば、取得者が少なく貴重な特技もある。場合によっては将校よりも重要な特技を持つ下士官という者も存在するので、一口に階級の上下だけがその隊員の価値ではない。
 また、下士官は軍の要(かなめ)とも言える。いくら将校が偉くても下士官がいなくては何もできないのである。先述したように多くの特技を有する下士官は、その技術を使って勤務するだけでなくその技術を後輩や部下に教える役割も担う。こうして技術を伝えることで組織を維持していくのである。
 また、兵は軍の基盤と言っていいだろう。徴兵制のある国では、徴兵で入隊した隊員はこの兵の階級に属し、下士官などから指導を受けて軍務を覚え、作戦に従事する。また、多くの軍隊では徴兵期間を終えると軍を除隊し、社会に戻る。その際、予備役に登録され、社会で生活しながらも年に何度か訓練を受け、有事の際には招集を受け(この召集の命令が書かれた紙のことを召集令状と呼び、色が赤かったことから『赤紙』と呼ばれた)、再び軍の構成員として働くことになる。
 また、兵の中には軍に残ることを希望し、試験や選考などによっては下士官や将校になることもありうる。


・星の数よりメンコの数

 戦前の軍隊では「星の数よりメンコの数」と言った言葉があったようである。星の数というのは、戦前の陸軍における階級を意味する。階級章に星のマークが使われていたのでこう呼ばれた。一方メンコの数、というのは食事の回数という意味である。軍隊では食事のことをメンコと呼んでいたようなので、軍隊でたくさん食事をしていたこと=長く軍隊にいることという意味である。
 軍隊ではスムーズに命令を伝えるためにも権威主義が徹底されていたのだが、とりわけ先輩後輩の序列は徹底された。戦前には私的制裁と呼ばれる非公式の体罰によって古参兵による新兵の支配が行われていた。外部からの苦情もあって軍の上層部は何度もこの私的制裁を排除しようとしてきたが(例えば首相にもなった東条英機などもその一人)、士官学校や海軍兵学校などの幹部養成機関においても私的な体罰は横行しており、一筋縄ではいかないものであった。
 このような暴力が横行する軍隊の中では軍隊にいる年数が多い者、つまりメンコの多い者が幅を利かせていた。軍隊では基本的に階級が上の者が下の者に命令することが原則であることは既に述べたが、日中戦争や太平洋戦争が起こると、兵士の不足から長く軍隊に所属する古参兵が増大した。こうなってくると軍隊での経験と階級が合わなくなってくる。例えば自分より若い兵士が昇任して下士官になったり、士官学校を卒業したばかりの若い将校が配属されてきたりすることがある。メンコの数が多い古参兵はそういった「公式的な階級の権威」に対し、メンコの数という自分たちの権威で若手の下士官や将校などの命令に反抗して行ったのである。とはいえ完全な命令違反をすれば軍令違反で憲兵に逮捕されてしまうので、そこら辺は上手く調整したようである。いずれにせよ、このような文化は部隊の運用に支障をきたしてきたことは間違いない。

 ・階級と出世

 軍隊は階級社会であり、当然上の階級に行けば給料(俸給)も良くなり指揮できる規模も増えてくる。物欲だけでなく名誉欲なども満たされるので、野心の強い者にとっては階級をいかに上げるのか、ということに強い関心を持つことだろう。
 階級を得るにはまず軍隊に入らなければならない。軍隊の形は国や地域によって様々だが、いくつか道がある。国によっては徴兵制などがあって、一定の年齢に達すると軍事奉仕をする義務がある国もあるかもしれないが、現代の日本など志願制の国であれば自ら志願して入隊する。その際の入隊方法によってはその後の昇任(階級が上がること)に大きく影響する。
 おそらく一番下の兵として入隊する方法が一番容易であろう。ただしその場合貰える階級は一番下のものである。軍隊によっては20近く階級が分かれている所もあるので上に上り詰める前に定年退官ということになってします。
 では上を目指したい者はどうするかと言うと、大概の軍隊では「士官候補生」という道がある。これは将校になるための方法で、このような制度がない国もあるけれど、基本的には多くの軍隊では上層幹部の養成コース=士官候補生の制度を設けている。
 士官候補生になると階級はいきなり曹長(下士官の最高位)から始まり、士官学校を卒業すると少尉(将校の最低位)に任官する。この時点で下士官・兵の過程をすっ飛ばすことができるので出世にとっては大きなアドバンテージになるだろう。とはいえ、先述した通り将校と下士官・兵では仕事の役割も種類も異なるので、それらのショートカットに意味はないと言えるかもしれない。
 将校は部隊長や幕僚など、つまりラインやスタッフなどの仕事を繰り返し、またその時々の教育課程(初級幹部・中上級幹部課程など)を受けて昇任していく。通常、少尉から大尉にかけての昇任は、(士官学校)同期の間でもあまり差が無いと言われている。しかしそれから先になると、いわゆる役職(ポスト)に限りが出てくるので、簡単に昇任させるわけにはいかなくなる。
 国の兵力には限りがあり、部隊や艦隊を増やすわけにはいかない。軍司令や艦隊司令にはそれ相応の階級が必要であることは既に述べた。そして、軍隊では基本的に命令の上意下達によって動くことが基本である。命令を下すのは上の階級であることが基本なので、部隊長よりも上の階級の者をその部隊に所属させるわけにもいかない。こうなると、当然階級に相応する役職がないので昇任できない、という事態が生じてくる。特に役職が限定されてくるのが大佐以降だ。このため、中佐の時点で昇任が止まってしまう将校は多い。下士官・兵からの叩き上げの昇任の限界も中佐であろう。自衛隊では中佐を二佐と呼ぶが、二佐以上に出世できない者は多く、筆者は勝手にこれを「二佐の壁」と呼んでいる。
 このような昇任の壁を超えるためには、士官学校の成績やそれまでの教育課程がモノを言う。あとは上層部からの印象の良さも必要だろう。自衛隊では近年、東京大学出身の幹部が陸上幕僚長に就任した。しかしそれまでの歴代幕僚長はいずれも防衛大学校出身者で占められていた。自衛隊の幹部候補生制度は防衛大学校を卒業して幹部になる方法と、一般大学を卒業してから幹部学校に入る方法がある。防衛大学校も一般大学も、それを卒業してから幹部候補生(士官候補生)に任官して幹部学校(士官学校)に入るので、単純なスタート時点では同じである。しかし、防衛大学校に入ることで自衛隊の内部に先輩後輩などのネットワークが出来るので、出世には有利と言われている。人間関係がモノを言うのは自衛隊に限らずあらゆる組織に共通しているのだが、とりわけ自衛隊はその傾向が大きい。

 ・戦時昇任(出世の例外)

 先述した東京大学出身の陸上幕僚長は、東日本大震災の時の部隊指揮が評価されての抜擢と言われている。実戦経験の乏しい陸上自衛隊において、災害派遣での対応は数少ない現場での評価ポイントであろう。これが事実だとすれば、やはり有事の際の能力は重要になる。ただ、平時においてこの有事の際の評価を行うことは難しい。いくら優秀だからといって下手に出世させれば、他の隊員から不満が噴出して組織が崩壊するという事態にもなりかねない。
 平時にはできるだけ小さい方がいい軍隊も、平時にはその役割も規模も増大する。むしろそうせざるを得ないのである。こうなってくると、今度は逆に役職に対して適合する階級の者が不足する可能性も出てくる。
 通常、複数の部隊を指揮する部隊司令や艦隊司令などは、大佐よりも更に上の少将や中将の階級が必要になってくる。しかしそれに相応しい隊員の階級が大佐や中佐だった場合、階級と役職の不均衡が発生する。このため、例外的な措置として戦時昇任がなされる。軍隊において階級は重要だが絶対的なものではない。その仕事をさせるために、一時的に階級を上げるのだ。当然例外的な措置なので、必要な事態が収束すれば役職の任を解き、階級も元のものに降格させる。
 日本では戦時昇任の例はあまりないのだが、米国などでは行われていた。戦時昇任は、階級もまた一つの手段にしか過ぎないという、実利を重視する軍隊組織には必要かつ重要な措置であろう。

 ・絶対に覆せない階級

 組織の性質上階級は柔軟かつ流動的でなければならない。そうしなければ軍の組織は硬直化して破滅してしまう。入隊した時は下っ端の二等兵でも在隊中に士官候補生の試験に合格して将校になる者もいる。そうなると今まで上官であった古参兵や下士官もすべて階級が下になる。
 そんな軍の階級ではあるけれど、絶対に覆せない、覆してはいけない階級というものも存在する。その中の一つが、軍の最高司令官である。少なくとも日本や欧米などの自由主義国・民主主義国と言われている国にとっては、覆してはいけない重要なものなのだ。具体的に言うと、日本ならば内閣総理大臣がそれにあたる。
 総理大臣(首相)は陸海空三自衛隊の総司令官であり最高責任者でもある。その下に防衛大臣や副大臣などがいて、更に下へ行くと方面隊や艦隊などの指揮官がいて、どんどんと下がって現場の部隊に至る。日本国憲法には総理大臣は文民でなければならないと表記されている。この文民という言葉には諸説あるのだが、通常は「軍人ではない者」という意味で用いられる。ここで言う「軍人」に自衛隊の自衛官が相当するかどうかは意見の分かれるところではあるけれど、通常軍人とは軍事を専門とする人間であることから、強力な軍事力を取り扱う自衛官は軍人と同じ扱いでいいだろう。それはともかく、憲法の記述に従えば、内閣総理大臣に自衛官はなれない。自衛隊という組織を離れた場合はその限りではないものの、戦前の首相のように現役、または予備役の将校が内閣総理大臣になることは許されない。
 どんなにトントンと出世したとしても、軍人は軍の最高司令官にはなれない。これを「文民統制(シヴィリアンコントロール)」と呼ぶ。
 軍事の専門家として長年勉強し、働いてきて者からしてみれば軍事の素人に従うことに抵抗がある人もいるかもしれない。しかし、軍人は他の公務員と同じように国民に奉仕することが仕事である。そして普通の国民は、通常自分の身を守るための強力な武装はできない。軍人は文民(一般国民)の代わりに、国民を代表して武装している。軍人以外の国民が独自に武装してしまえば罰せられる国が大半である。武装することが国民の権利だ、と主張する国も少数ながらあるけれど、大抵の国々でそれを認めてしまったら紛争解決の手段として警察や裁判所などを利用せず、自力救済を行うため自らの武力を行使してしまう危険性がある。そうなると国のあちこちで武力衝突が発生してしまい、平和な社会が崩れ、まともな社会は形成できないだろう。
 このため軍人が代表して武装して、その武力(軍事力)を管理するわけだが、そのための正当化の理由としても文民統制は重要である。先にも述べたように、軍隊は命令によって統制され行動する組織である。そしてその命令の最高司令官が文民であるからこそ、その保有や管理が国民(文民)のためという正当性を有しうる。

 ・社会的階級と軍隊

 年配の方には階級といえばブルジョア階級、プロレタリア階級と言った社会的な階級を思い浮かべる人もいるかもしれない。最近でも、渋谷で死傷事故を起こした元高級官僚のことを「上級国民」と言うなど、階級的な言い方をする者も少なくない。そんな境的な階級と軍隊はどのように関わっているのだろうか。
 会田雄二氏の著書『アーロン収容所』(中公新書)において、イギリス軍の将校が日本軍の兵卒の中に大学卒業者がいることに驚いている描写があった。兵卒というのは、旧軍では下から二等兵、一等兵、上等兵、兵長などに相当する階級のことである。要は末端の兵士のことだ。
 戦時中は多くの人々が徴兵され戦場に送られたわけなのだが、大学を卒業して働いている人も例外ではなかった。しかしイギリスでは大卒者のインテリ(戦前は日本でもイギリスでも大卒者は今よりもはるかに少なかった)を一般の兵卒として戦わせるようなことはしない。彼らの社会では、一般社会での地位が軍隊での地位(階級)に連動していた。イギリスは世界的にも厳しい階級社会であることは有名だが、それは軍隊においても同様だったと言う。一方で日本軍は、軍隊以外の場所を「地方」、軍人以外の人を「地方人」と呼んで一段下に見ていた(現在でも、自衛隊の広報や隊員募集など担当する各都道府県に設置された部署のことを地方協力本部と呼ぶ)。このため一般社会での地位と軍隊内での階級は必ずしも一致しなかった。これは歴史的、文化的な違いがあるのでいいとか悪いとは一概には言えない。というのも、イギリスの軍は社会の中で作られていたのに対し、日本の軍隊は、明治維新の後の急速な近代化の中で外国の軍隊というシステムを持ちこんできたという背景があるからだ。

 ・階級の今後

 階級は今後の軍隊という社会でも生き残ることだろう。とはいえ、命令の上意下達という形は必ずしも今後の社会には適さないかもしれない。というのも、近年の軍隊の任務は多岐にわたっており、単純に戦って敵に勝つと言うだけでなく、戦後の復興や民間との協力(民軍協力)など、非定型的な仕事も数多くこなしていかなければならない。哨戒(パトロール)任務では、一々本部に確認を取る間もなく、自分で判断しなければならない場面なども出てくるだろう。また、任務によっては二つ以上の部署に所属しながら仕事をこなさなければならない場面もあるかもしれない。
 こんな時「階級が高い=エライ」みたいな硬直的な考えだとまともな判断はできないと思う。制度を考えるときは、その制度が何のためにあるのか、といった目的も含めて理解できなければ本質を見失ってしまうことだろう。階級制度は強権的な上司を作るためでも主体性のない部下を作るための制度ではない。組織を実用的に運用するためのものだ。そしてその目的はあくまで平和であり国民のためにならなければならない。

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