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No.004:中学生、ダンススクールで本物のダンサーと出会う

本noteでの文章は私がディープな昭和-平成時代を連想しながら初めて書いている小説的な連載です。内容は全てフィクションであり、実在の人物や団体・店名などとは関係ありません。

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中学生、ダンススクールの紹介を受ける

1993年、14歳となっていた僕は相変わらず学校のダンスチームの友人と、夜の公園でダンスの練習をしたり、HIP HOPの店である"Wild Style"に通ったりを繰り返す日々。
毎日が楽しく真剣で、ただひたすらに夢を追いかけるような毎日はあっという間に駆け抜けていく。

"Wild Style"に通い小さな買い物を繰り返しながら、未だ"本物のダンサー"には出会えていないが「いつかは会えるだろう」と期待を込めながら、1-2週間に1度は欠かさずに店に通いMIX TAPEやお香を買って帰る。

A Tribe Called Quest "Award Tour"

ある日、いつものように"Wild Style"へ入店し店内のモニタに流れるMTVの映像をチェックしていると、鳥肌が立つようなカッコいい曲が流れた。

僕がこれまでに聴いていた"ザ・不良"のようなラップではなく、どこか洗練されているようなイメージで、アーティストが着用しているウェアもどこかシンプルでクール。完全にノックアウトな気分で曲が終わるまで店内で映像をじっと眺めて、凄まじい衝撃を受けた時間を堪能した後、僕は勇気を出して"あねさん"と常連客に呼ばれているスタッフに「すみません、この曲はなんですか?」と声をかけた。

その曲がA Tribe Called Questの"Award Tour"であることを教えてくれ、僕はメモを取ったが、"あねさん"はそのまま僕に話しかけてくる。

「いつも来てるけど、HIP HOP好きなの?」

実は当時の僕はHIP HOPという言葉を知らなかったので、少し言っている意味が分からなかったのだが「いつも来てるけど」という言葉に有頂天となり、舞い踊るような気分だ。

そして僕は「ダンスがしたくて、いつもダンサーを探してるんです」と"あねさん"に告白する。

「それでいつも店に来てくれてるんだー、だったらケンちゃんって人がダンススクールをしているから紹介しようか」と僕に告げ、僕はついに"本物のダンサー"に出会うきっかけを手にした。

そして"あねさん"はメモ用紙にダンススクールの地図を書き、僕に年齢を聞く。
「14っす、中2っす」と、当時は精一杯の敬語なのだが、世の中を知れば少しナメた敬語で姐さんに年齢を告げる。
姐さんは「中学生かぁ、さすがにダメかもなぁ」と少し心配そうに教えてくれながら「とりあえず見学に行っておいで、ケンジってダンサーが先生をしてるから伝えておいてあげる」と丁寧に話してくれた。

メモには「毎週火曜日、19:00-20:30初心者クラス・20:30-22:00上級者クラス」と書かれており、僕は次の初心者クラスに見学に行きたいということを告げ「ありがとうございました!」と部活のような挨拶をして店を後にした。

A Tribe Called Questに感謝だが、当の本人たちが自分達の曲がきっかけで少年の人生が開けたことを知るわけもない。

親へダンススクール通いのお願いをする

まだ子供だけで繁華街へ出ることの許可を得ていない僕は、これまで黙って繁華街へ出ていたことや、ダンススクールに通いたいということを、母へ告白しなければならない時が来た。

"Wild Style"の姐さんのメモには月謝5,000円と書いており、レッスンに通うことになれば、僕は毎週の電車賃・月謝を親に出してもらわねば自分では工面できない。
さらには帰宅時間が遅くなるため、黙って通うことも無理だ。

帰宅後母に全てを告げ、ダンススクールに通いたいという旨のことを伝えると、意外にも母はすぐに承諾した。
しかしまだダンサーというものが一般的に認知されていない時代であり、僕が小学生の頃にテレビ番組で放送されていた"ダンス甲子園"という番組に出ているのは、真面目な母から見ると不良である。

息子が不良になることは、止めても仕方がないことだと考えているような母は、僕が"夜の繁華街に出ることで危険な目に遭う"ということの方が心配のようで「通うのは良いが、くれぐれも気をつけなさい」と、僕の夢を後押ししてくれた。

今思えば本当に感謝であるが、当時はあまり感謝しておらず「ヨシ!」と純粋に喜んでいただろう。

1人で通うこととなったダンススクール

僕は中学校で組んでいた"ダンスの真似事チーム"の仲間にダンススクールの見学に行くことを告げ、一緒に行く人は居ないかと尋ねる。

1番洒落たケイタは「怖い」という理由でNG
厳しい家庭育ちのコウスケは、もちろんそんな許可が出るはずもない
モテたがりなヤンキーのジュンは、恥ずかしくて連れていけない

結局僕はひとりで見学に行くことになり、レッスンに通うことになれば「僕が習ったことをみんなに教える」と約束し、火曜日を迎えた。

初めて出会う"本物のダンサー"

"偉大な本物のダンサー"を見るために遅刻してはならないと、僕は学校を終えて制服のまま電車に乗り、19:00からレッスンの行われる場所をチェックに行ったが、到着したのは17:30頃とあまりに早く到着しすぎてしまった。

ダンススタジオは繁華街から少し離れた雑居ビルに位置しており、ビルの入り口の案内板にはホワイトボードに"5F ケンジダンススクール"と書かれてある。
5Fまではエレベーターで上がるか、階段で上がるかの選択だが、エレベーターを開けた時に怖いダンサーが大勢居たらと物怖じした僕は、階段で5Fまで上がった。

レッスン開始まで1時間半もあり、誰もいないフロアはいかにも雑居ビルという感じで小汚く、そのフロアの中にあるガラス張りの部屋がスタジオだろうと予想できた。

大人社会では何となく1時間前には先生が来るのだろうかと、知らない大人社会の常識を勝手に想像しつつ、17:30から30分ほどガラス張りのスタジオの前で待ってみるも一向に誰も来ない。

少し退屈になってしまった僕は一度雑居ビルを出て、ビルの間でKOOLに火をつけ、一服してスタジオに戻る。
緊張しているとは言え、子供がビルの間でタバコを吸って暇を潰すのは、何とも礼儀知らずな印象だが、僕はそんなことは考える余裕もなくタバコを吸ってスタジオに戻り、誰もいないフロアで"直立不動の姿勢のまま待っていた。

時刻は18:30、すでにスタジオに到着して1時間が経過した。
薄暗い5Fフロアで直立不動で待っていると、エレベーターが動き出し"1F"の文字を差した後、徐々に上がり"5F"で止まった。

僕は心臓の音が聞こえるほどの緊張で、吐き気を催すような気分だ。

エレベーターの扉が開くと、ダボついたジーンズに白いNIKEのスニーカー・白いHIP HOPのグラフィックが描かれたTシャツ・束ねた長い髪にデカい黒のカバンを持ち、Tシャツの上からも引き締まった筋肉が透けて見えるような男性が降りてきた。
滅茶苦茶カッコいい…

「間違いない、本物のダンサーだ!!」

薄暗い5Fのフロアで、僕は声を振り絞って
「初めまして!中井 丈一といいます!ダンススクールの見学に来ました!」
と部活動の挨拶並みの勢いで告げた。

「うぉぉぉ!ビックリした!!」
と、誰もいるはずのない薄暗いフロアで学生服を着た僕に突然大声で挨拶をされたダンサーを驚かせてしまったが、ケンジさんというダンサーは
「あぁ君か!Wild Styleの姐さんから聞いたよ」
と笑いながら迎えてくれた。

テレビ番組のひとつのコーナーである"ダンス甲子園"で衝撃を受けて2年。
ついに僕は本物のダンサーにたどり着いた。

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