見出し画像

No.006:中学生、ダンススクールに通うことを決める

本noteでの文章は私がディープな昭和-平成時代を連想しながら初めて書いている小説的な連載です。内容は全てフィクションであり、実在の人物や団体・店名などとは関係ありません。

前回までのストーリーはこちら

あらすじ

HIP HOPの黄金期と言われる1990年代、僕(中井 丈一)はテレビ番組"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"の人気コーナー"ダンス甲子園"の影響で、小学校高学年から中学校にかけてダンスの真似事グループを作った。

ヤンキーやバンドマンの多い僕らの学校で前例のないことをやっていることに、どこか誇りを感じていた僕は"本物のダンサー"との出会いを求めて繁華街にあるHIP HOPの店"Wild Style"に通い詰め、ようやく"本物のダンサー"がレッスンをするケンジさんというダンサーのダンススタジオにたどり着いてスクールの見学を終えた。

繁華街に出ることを承諾する母

ようやく出会えた"本物のダンサー"であるケンジさんのダンススクールを終えて、自宅に帰宅すると真っ先に母が「どうだった?」と聞いてくる。
僕はすぐに「最高だった、ダンススクールに通いたい」という旨を伝え、タバコを吸うなどという"都合の悪い部分"を避けて、スタジオで見た様々な感動を必死に伝えた。

僕が小学校の時からダンスの真似事をして、一生懸命に頑張っているのを見ていたため僕の興奮状態が嬉しいのだろう。
和かに笑いながらダンススクールへ通うことを承諾した。

ただし「夜遊びをしないこと」「スクールが終わったらすぐに帰ること」という条件を僕に告げ、もちろん僕も「分かった」と快諾し、食事を終えて部屋に戻る。

部屋で"目で見てきたこと"を記憶する

ダンススクールで必死に見て覚えた様々な動きや名称が、時間の経過と共に徐々に頭の中から記憶が薄れていく。

僕はその記憶を失わないよう、寝る間を惜しんで部屋の窓に向かって記憶の中にあるダンサーの動きを真似てチェックし、ノートを出してその動きと名称をメモにとって必死にインプットする。
気づけば深夜となり、ストレッチ・リズムトレーニングなど基礎的なものを一通りノートに控えた後に深い眠りについた。

"善は急げ"

"善は急げ"
不良の多い環境の中で育っている僕は色々と世渡りに必要な習慣が身につく。「感動は早く伝えた方が相手は喜び、謝罪も即効で行った方が良い」不良の先輩との付き合いにも、同級生との親睦を深めるにも、多分"善は急げ"は同じである。

僕は朝起きて学校の準備をしながら母に「今日は学校が終わったらダンススクールの申し込みをしてくる」と告げ、学校の後に繁華街へ行くことを伝えて通学した。
LINEやメールもない時代。電話で伝えることも可能だが、直接会って伝えた方がお礼の気持ちも伝わるものだ。

学校に到着し、僕は"ダンスの真似事チーム"にスクールの感動を伝えると、メンバーのみんなもその光景を想像しながら大興奮する。
僕は「必ず覚えたことは教えるから」と約束し、今晩の公園での練習を欠席し繁華街に行ってくることを伝えた。

"Wild Style"でスクールの申し込み

学校の授業なんて聞いてられない。
僕はノートに黒人風なグラフィックを描いたり、ダンサーの絵を描きながら終業時間を待ち、放課後の担任教師の挨拶を終えたらすぐに電車で繁華街へ向かう。

"Wild Style"に到着すると"姐さん"が「こんにちは」と僕を迎えてくれる。
ダンススクールに見学に行くことになったお蔭で、姐さんは僕のことを"ただの変なガキ"から"知っている中坊"くらいには格上げしてくれたようで非常に光栄である。
僕は「お疲れ様です」と不慣れな大人の挨拶を行ない頭を下げ、ダンススクールを紹介してくれたお礼・スクールへ通いたいという気持ちを伝えると、店の入り口が空いた。

「姐さん、お疲れっすー!」と偶然店に入ってきたのは、昨日のスタジオで講師をしていたケンジさんだ。

「お疲れ様です!」と、ほぼ腰を90度に曲げた挨拶を行う僕を見て「おぉ!ジョー!!」と握手をする手を差し伸べ、風変わりな握手を僕に教えてくれた。

ケンジさんが僕の手を取り、風変わりな握手を教えてくれるのだが、僕は憧れのダンサーに触れられ、興奮状態で宙に舞うような気持ちだ。

"姐さん"も恐らく僕の気持ちを察しているのだろう。「ジョーくんが、スクールに通いたいんだって」と微笑みながらケンジさんに伝えていると、ケンジさんも「ジョーは多分スクールに通うだろうから」と、中学生の面倒を見ることと、無事に中学生が来たぞという報告にに来たらしい。

こうして僕はまた、大人社会のホウ・レン・ソウの基本を覚えるのだ。

特別に申込用紙があるわけでもないそうだが、僕は未成年でしかも中学生。
一応メモ用紙に名前と自宅の住所と電話番号を書き、月謝は毎月最初のレッスン日に払うというルールを聞いた。

クラブ話に賑わう店内

ケンジさんは昨晩のレッスンを終えた後に"Rock"というクラブに出かけてたらしく、そこでの仲間の話を姐さんにしていた。
誰が飲んで潰れただとか、DJの人が云々だとか、14歳の僕には超大人な世界の話だ。

「僕もクラブに行けますか?」と聞くと、大人の世界に憧れる少年の気持ちを察したケンジさんは「行きたいだろうが、さすがに中学生は無理だなぁ」と言い、もう少し大人になったら連れてってやると告げた。

クラブへの憧れはあるが、それよりも僕はダンススクールに通ってダンスを上達させる方が優先であり、クラブに行けないからと言ってショックを受けることもない。
付け加えると「いざ行ける」となったところで、所詮夜の繁華街を中学生ひとりで楽しむ度胸もない。

ケンジさんは夜の仕事をしているようで「じゃあ仕事行ってきます」と店を出るタイミングで、僕も一緒に店を後にしてケンジさんと雑居ビルの階段を降りた。

雑居ビルを出て「じゃあ、次は来週だな!」と言ってくれるケンジさんと、別れ際にぎこちない"風変わりな握手"を交わし、ケンジさんは繁華街へ消えていく。僕はケンジさんの姿が見えなくなるまで直立不動で眺めて、興奮のまま帰路へ着く。

いつもの公園

電車で僕らの校区に戻り「まだ公園にみんなは居るかな」と、帰り道に"僕らのダンスの練習場"でもある公園に立ち寄ると、愉快な"ダンス真似事チーム"がラジカセで音楽を聴きながらタバコを吸っていた。

僕は駆け足でその場に行き、タバコに火をつけて「ケンジさんに握手を教えてもらった」と、風変わりな握手をみんなに教える。
「俺たちもいよいよダンサーだな」などと、訳のわからないことで仲間と盛り上がり、明日からは「僕が覚えたことをシェアする」時間となった。

友人たちと別れ、帰宅後に母に風変わりな握手を教えようとしたが、さすがに母は関心がなかったようで、覚える気が全くなかった…
人生が動いていることを感じる日々は、僕にとって本当に刺激的で嬉しく楽しい時間である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?