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こんな夢を見た

「富士の麓にはたくさんの人が埋まっているんだ」
 誰かが私にそう言った。
「それはどうしてなの?」と私は誰かに訊ねる。

「富士の麓を知らないのか? あそこは世捨て人が最後に行き着く場所なんだ」
「それはどうしてなの?」と私は誰かに訊ねると「君はそんなことも知らないのか?」と誰かに言われた。

誰かは「富士の桜を見たことはあるか?」と続けた。
私は「ない」と言った。
「じゃあこっちへ来なよ」と言われると、私は富士の麓にいた。
見渡す限りの桜畑がそこにはあった。

「ここに桜は何本あるか知っているか?」そう言われると私は「数えきれない」と答えた。
そうだろう、そうだろうと誰かは頷いた。

「ここには九千九百九十九の桜がある。そしてそこには同じ数の人が居るんだ」
 桜の木の下には死体が埋まっているとはよく耳にはするが、まさかこの壮大な桜に一万に迫る数の人間が埋まっている訳がない。
私は馬鹿なことを言う人だと思いつつも一本の桜の木の下へ向かった。
 
桜を見上げると華の隙間から光が溢れていた。
それはまるで水の深くに居る感覚だった。
遠く水面を眺め、光は波を起て照らした。

「どうだい? この桜の気持ちがわかったか?」そう言われると誰かは続けた。
「君の見ている風景がこの桜の見ている風景さ。世捨て人は仄暗い水の底にいるんだよ。自分の生きた世界で夢見た水面に差し込む光を彼らは今も追い求めているんだ。さあ見てご覧よ彼らを」
 
私はふと目線を別の桜にそらすとそこには若い男が空を見上げていた。
男だけではない。美しい女性、老婆に小さな男の子だっている。みな空を見上げていた。
 
どんな希望があったのだろう。どんな絶望があったのだろう。私には知らない。知ったことではない。ただもう一度届くことのない光に手を伸ばしたいだけなのだ。
 
私は誰かに一礼するとその場から足を動かした。太陽は輝かしいほど私を照らしている。瞳を閉じ空を見上げた。瞼の奥から淡い光が差し込む。誰かが近くで何か言っているのが僅かに聞こえる。
だが私には最早その意味を理解することが出来なかった。
見上げた水面は僅かな光を屈折させていた。
 

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