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お経の批評可能性

先日、#ホニャララLIVEというyoutubeの番組に出演した。司会の井出武尊さんと「星読み係」のyujiさんとの1時間の深夜トーク。といいつつ時間を超過し、2時間近くまで盛り上がった。無料で録画が見られるので、よければどうぞ。

#ホニャララLIVE011 【Post-Religion】僧侶 #松本招圭

テーマが「Post-religion」で、なおかつ初めて出会うメンバーだったので、いつもの話からいつも話さない話まで、あれこれ話したのだけど、いつも話さない話としては「お経の批評可能性」に触れた。

動画のかなり後半(1:39:30頃〜)になるが、僕が「お経は意味より音だ」という話をしていた時に、視聴者の方から「音ということは、般若心経も息継ぎのタイミングが正しくないとだめでしょうか?」という質問があったのが話のきっかけ。

松本紹圭のツイッターをフォローしている人はお気づきかもしれないが、僕は「テンプルモーニングラジオ」が平日毎日更新されるたびに、自分で後半のお経を聴いて、それについてコメントを加えた紹介リンクをツイートしている。

何気なく読んでいる人もいるかもしれないが、本来これはご法度の行為だ。

なぜなら、仏教者にとって、お経というのは釈迦牟尼ブッダ、つまりお釈迦さまの直々の説法を記したものであり、読まれたお経は釈迦牟尼ブッダの説法そのものだからだ。うまいも下手も何もあったものではなく、すべからく「ありがたい。以上」でなければならない。

お経は原理的に、批評不可能なものだ。

もちろん、僕のコメントは、お経の読み方の巧拙を言うようなものではなくて、「音」として自分の耳に届いた感動をポジティブに表明しているだけなので、ふつうの読者としては特段違和感のあるものではないと思う。「ヘェ〜、お経って、いろんな種類があるんだ。それに、同じお経でも読む人によってずいぶん違って聴こえるんだな〜」という風に、お経に親しみのない人に興味を持って聴いてもらえるように工夫しつつも、あくまで自分の感じ方を素朴に表明するにとどめ、なるべく批評的なコメントにならないよう心がけている。「このジャンルの新境地を開く斬新な息継ぎ」とか「中毒性のある節回しがヘビロテ必至」とか、あまり音楽レビューぽくもしない。

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