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我が故郷、リーズ大学に思いを馳せる Part.4 ー寮生活とホームステイー

(自身が通っていた頃の)母校の出身学部の留学プログラムにおける、英国での短期留学先は「シェフィールド大学」か「リーズ大学」の2校であった。各々の大学の特色や実力はもちろんのこと、それぞれ「ホームステイ」と「寮生活」という形で、生活基盤における条件も異なっていることもあり、それらを吟味した上で希望先を提出することになるのだが、自身は現地の大学事情に詳しい人物からのアドバイスや、寮生活のメリットを圧倒的に重要視し、リーズ大学を第一希望として提出し、その希望は幸いにも叶う形になる。

尚、第二希望には米国のボストン大学、ここは集団での寮生活となるので、リーズでの個室寮と比較するとデメリットには感じたが、街並みの美しさと米国内の選択肢としてはNYに近いこともあり、自身にとっても魅力的であったことを考慮したのだろうが、第三希望は確か…覚えていない(笑)恐らく、ミシガン州立大学か、あるいはホームステイではない留学先であった気はするが…。

ともかく、第一希望のリーズ大学への留学が決まったので、そちらに話題に戻るとして…実を言うと、もう1つの英国での留学先でもあるシェフィールド大学は、リーズ大学から鉄道で1時間足らずに位置していたこともあり、両大学間の母校からの留学生同士の交流やお泊り会も頻繁に行われる中で、それぞれの生活状況や環境について色々と情報交換も行っていたので、今回はそのことについて触れていこうと思う。

先も触れている通り、リーズ大学に通う留学生は漏れなく寮生活を送るのだが、朝夕の食事の有無にかかわる希望で、全く違う寮があてがわれることとなる。自身は食事付のプランを選択させて頂いた関係で、本人も含め3名の日本人男子学生と隣り合う寮生活を送ることになったのだが、その量は蛇口も各個室に完備され、しかも日本人の少ない環境であったため、想像以上に現地での学生生活を満喫できる絶好の機会を得られたのである。下記に掲載のGoogle Mapは、正に自身が現地で生活を送っていた寮の場所を示したものである。

大学の敷地内としては外れに位置しているようには見えるものの、実際にはそれほど離れているわけではないので、不便を感じたことは一度もなかった。近くには食堂も完備され、そこで朝食を取り授業に向かう生活を送っていた。地図上の上部に位置する「St George’s Field」は公園で、自身も親しくしてもらっていたアラブ諸国からの留学生たちが、サッカーに勤しんでいた光景も度々見られた。

上記の地図にアクセスして頂ければ、部屋の様子を映した画像も併記されており、自身が過ごした部屋の印象も併せてご覧いただけるのだが、雰囲気こそ当時の面影を感じるものの、ここまで綺麗な設備だったっけ…?と感じるほどにアップグレードされている印象もあり、何とも複雑な…いやいや、それよりも思い出が大事ですからね…(笑)

ただ、同じく食事つきプランを選択した学生のうち女性3名は、自身の住んでいた寮と同じく学内で近隣に位置しながらも、設備的には若干異なる寮があてがわれることになった。諸々含めた総額は我々の生活する寮より若干低いという話は耳にしたのだが、部屋によっては洗面の設備が個々室に配備されておらず、特に化粧の面では鏡も配置されていなかったと耳にしていたので、諸々不便が生じていたことは想像に難くない。

一方、食事なしの寮プランには多数の母校の留学生が集まり、それぞれが現地あるいは諸外国からの留学生と、台所や冷蔵庫をシェアする形の部屋があてがわれていた。こうしたシェアハウス的な空間、互いの相性が良ければ何一つ問題はないのだが、最悪な同居人になると些細なトラブルで深刻な諍いにも発展してしまうため、それはそれで「シンドイ留学生活」を強いられてしまうケースも多かったのだろう。

不幸にも、当時は自身と近しい間柄だった留学生2名も、物音に異様なまでに過敏な留学生とかち合ってしまったために、時にはトラブル一歩手前に陥るほどに、険悪な空気に苛まれる生活を余儀なくされたらしいのだが、その内実が赤裸々に自身に語られた際、正直「俺なら絶対に発狂していただろう」とすら感じるほどに、その空気感が強烈でシンドイものであったのは未だに覚えている。後に、その学生は卒業と共に退出することになり、その後は平穏な暮らしが実現したとのことではあるが…。

そうした難点こそあれど、(門限等のない寮に限った話ではあるが)寮生活は基本的に「自己責任」を基本とした行動の自由裁量権が大きいので、現地での文化交流も含めて留学生活を最大限に享受したいのなら、確かにベストな選択であったと思う。自身が多くの時間を何気ないイギリスの街並みの散歩に費やすことが出来たのも、寮生活によるところが非常に大きく、仮にホームステイ生活であったら、恐らく「英語を話す親戚の家で暮らす日々」として、それはそれで得られるものもありつつ、フラストレーションも溜まる日々を過ごしていたのかもしれない。

その一方で、留学生にとっては鬼門でもある授業への出席に関しても、現地での生活習慣も含め完全に「自己責任」となってしまうので、それでこそ母校からのリーズ大学の留学生事情として、出席率も学生間で大きく差が開く事態も起こってしまい、中には「現地での単位取得」すら危うくなり、卒業要件すら満たさないまま、帰国の途に就くハメになりそうな学生がいたのも、ここだけの話ではある…。

これまではリーズ大学における寮生活について簡単に触れてきたが、対してシェフィールド大学での留学生活を送る学生たちのホームステイは、一体どのようなものであったのか。実際に現地で生活する友人に諸々の話を聞いたところ、個人的には「自由裁量」は寮生活と比較するとやはり少ない印象を受けたものの、「語学留学」の最大の目的である「勉学」を考慮すれば、最も理にかなう理想的な生活習慣を、半ば強制的に享受できる理想の環境が実現しているようにも思えた…(笑)

上記はシェフィールド大学の所在が確認できる地図であるが、リーズ大学と比較すると中心街からはやや離れた位置にある印象を受ける。自身は大学自体に足を運ぶことは叶わなかったが、いずれ何かの機会に訪れることが出来たらとは思っている。というのも、シェフィールドには「レトロゲーム博物館」なる施設が近年建てられたらしく、そこへの関心が…!

では話題を戻して…(笑)まず、各々のホームステイ先が基本的に大学及び中心街から離れて位置していたため、徒歩で大学内を移動できる寮生活の我々とは異なり、ホストファミリーによる送迎もあったのだろうが、基本はバスで通学する学生が殆どであったという。しかも、このバスとやらも時刻表通りに運行するとは限らず、日によっては自身が時間通りに最寄りのバス停に到着しても、該当の車両が時刻前に到着してしまうのみならず、客が見たらなければ待機せず走り去ってしまうらしく、どちらにせよ乗れなければ「遅刻確定」という、非常にシビアな状況下での通学を強いられていたのだとか…(汗)これは、多くの母校の学生が時間ギリギリに登校するリーズ大学とはえらく異なっていたので、衝撃を受けたのは言うまでもなく…。

何より、寮内での交流も気軽に行える我々の学生生活とは異なり、ホームステイ生活となると、日常では交流の手段が大学内の身に限られており、必然的に学生間の授業への出席率も、軒並み他校と比較して高水準であったらしい…(汗)確かに、自堕落な学生が次第に現れるようになったリーズ大学での留学生事情とは異なり、シェフィールド大学における母校の学生の印象は健康そのものであった印象も強かったが、自己管理の継続も20代半ばの学生には難しかったのだろう…。

勿論、ホームステイ先で必ずしも快適な生活が保障されているわけではなく、時には非常に面倒くさいホストファミリーにかち合ってしまうようなケースも稀に発生するのだという…実際に、風の噂で「シャワーの使用時間まで細かく難癖をつけられる」レベルで、ホストファミリーからストレスを強いられた学生が、変更を正式に申請した実例も発生したとのこと…(汗)

ところで、自身もシェフィールド自体は数回訪れていたりする。先にも言及の通り、残念ながら大学内を見学する機会は得られなかったものの、中心街に関しては夜間も含めて色々と街並みを眺めるほどには、その町の空気感を享受することができたのだ。

1度目は確か人気音楽アーティスト「Dir en grey」のライブのために訪れたのだが、一言もMCを挟まないのに現地のファンを大熱狂させていたのが非常に印象的であったし、国内の人気アーティストのライブを海外で眺めることのできたという意味では、非常に貴重な体験もできたのだと思う。

2度目の滞在の目的は余り思い出せないが、恐らく観光を目的に訪れたのだと思う。リーズと比較すると、より地方都市感は強かったものの、ある意味では落ち着いて街並みを愉しむことが出来たのは有難かった。夕方から夜にかけての、町全体を彩るLEDの装飾も非常に印象的であった。

先も少し触れてはいるが、シェフィールドからの友人も、自身の生活する部屋に宿泊に訪れたことがあった。どのように就寝場所を確保したかは覚えていないのだが、今思えばあの狭い部屋でよく男3人が就寝ができたものだと、不思議な気持ちになったりもする…(笑)

※当時の写真の掲載が皆無なのは、データが行方不明となってしまっている関係ですので、予めご了承いただければ幸いです…(汗)

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