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大学卒業パーティの記憶を辿ってみた

実を言うと、うちの学部の卒業パーティで流れた映像が未だにYouTube上で残っている。個々のプライバシーもあるので、あえてこの場での掲載は控えさせていただきたいが、多分全国の大学を探しても、当時に大ホールで流れた映像が未だにネット上に残っているのは、うちの学部位なのではないだろうか…どういう経緯でアップロードされ、どういう経緯で放置されているのかは知らないが、未だに映像だけは残っているので、もし興味のある方は検索してご覧いただきたい。

ちなみに、自分もその中に一応は写ってはいるけど、非常に中2病的なポーズで映ってしまっていて共感性羞恥の賜物ゆえに、あえて自ら答えは提示しないので、もしご興味のある方は当ててみてください(笑)ちなみに、ゼミでの集合写真は完全に精神的な統合失ってる感あって、本当にどん底だったんだなって今見ると逆にドン引きしちゃうよね…(汗)

あれだけ大学を嫌がっていたのに、なぜか卒業パーティーに出席した自分も本当に性格の悪い人間だと思う(笑)のだが、それには大きな理由があり、1つは当時好きだった人の顔を少しでもいいから拝みたかった願望が残っていたことと、もう1つは一応何人かの知り合いに挨拶をするため…まぁ前者は運が良ければ、後者は義務ではないが義理堅い心境が残っていた故に、そういう目的で往路の電車内で缶ビール1本空けながら母校に向かい、本来なら出席しなかったであろうパーティーに参加することになった。

ちなみに、(履修語学ごとに区分けされた)クラス自体は既にバラバラだったために、何故だか集合写真こそ撮影したことは除いて、そのメンバーで集まって話すことは一切なかったものの、何人かは覚えてくれたので個別に話したりもしたのは覚えている。人によっては、クラスメートであったとはいえ気安く話しかけられるのを嫌がる知人もいたから、その意味では自分は思っていたよりかは当時の人間には嫌われていなかったのかもしれないが、本心はどっちにしろ分からないからね、今さらどうだっていい話ではある。

ただ、そうはいっても結局はそれが終われば本当の意味で他人に戻ってしまうから、現在でも当時の人間からの連絡がほぼゼロなのは人間関係の希薄さを象徴するようでもあるし、今でこそドライな性格になってしまったので何とも思わないけど、確かに大学生としての最後としては空しい結末なのだろう。個人的にはクラスでの第一印象が怖かったにもかかわらず、後から交流を重ねて互いに真っ直ぐな性格であることを知り仲良くなったドラマーのH君からは、今も連絡を待っている心境ではある…見てたらFacebookにいるから連絡してね(笑)

あとは、イギリスのリーズ大学留学時に一緒だった数名とはよく話した覚えがある。同学年で1つ上のI君には色々な面でお世話になったから、どのような会話をしたかは覚えていないけど、一番長く一緒にいてくれたんじゃないのかな、心強いし今でも感謝してる。多分現地でパブを飲み歩いた通称Gさんと一緒に色々な話をしたと思う、最初にクラスで声かけてくれたのも彼だったね。寮で一緒だったSさんは欠席していたので会えなかったが、彼は今も連絡をくれるので問題ない。現地滞在中に隣の寮に住んでいた女子学生のUさんも相変わらず優しかったし、今もインスタ等でフォローしてくれているので本当に有難い。できれば、深夜までヒップホップを語り合い酒を酌み交わした親友K.P.氏とも会いたかったが、写真が見つからないのは当日参加していなかったのだろう…。

ああ、そういえば”本当の目的”は達成できたのだろうか…これも実を言うと、あんまり覚えていない(笑)一言二言は向こうが声をかけてくれて交せたとは思うが、そもそも向こうも知り合いやら友達やらはいる中で、たかだかクラスメート程度の自分に向けて声をかけてくることもないだろうと思っていたから、回数が少ないのは仕方がないだろうとは思っていた。ただ、当日のその人の衣装がとてもセンスのある感じで、何とも印象的だったのは覚えているし、おかっぱと言ったら失礼だが、ボブの似合う感じも好きだったのは覚えている。ただ、実は卒業後に一度だけ、同じ電車に乗り合わせて話したりもしたのだが、その時のことは「その後のこと」も含めて別の機会に話すことにする。

しかし、本当に何をしに行ったのだろうという位、記憶にないパーティだった(笑)別に嫌味で言っているわけではなく、まぁ当時はmixiに嫌味でも書いて随分印象悪くしちゃったのだろうけど…本音を言えば、本当に気まずい中で足を無理くり運んだ感だったので、大学生としてのラストにしては余りに呆気ないものであったし、そもそも自分にとって大学生活なんてものがあったのかも怪しかったので、その意味では文字通り、「よく分からない」感じになってしまった。ただ、当時流れた映像をYouTubeで見つけて思い出として眺めることが出来ただけでも、参加した意義は少なくともあったのかも知れない。


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