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2022年に発表された音楽で印象にのこったものと、人生

2021年の年末年始は引っ越しをして、それからはや1年。光陰矢のごとし。放たれた矢の速度も飛び越えて、一気に年末から年末へ飛んだ気もする1年だった。でも、Spotifyまとめによれば今年も相当音楽を聴いていたようで。

ただ、Spotifyまとめはあくまで聴いていた分数が多いベース。
ここでは、2022年に感情がゆさぶられた音楽作品を10個、書き残します。

ちなみに、西船橋から綾瀬へと転居しました。千葉県の外れから、東京都の外れへ。お近くにお越しの際は、サイゼリヤで密談をしましょう。

■宇多田ヒカル - BADモード

Spotifyまとめによれば、2022年一番長い間聴いていたアーティストは、ボサノバの帝王ジョアン・ジルベルトで、3,526分だったらしい。最もよく聴いたリスナーの0.05%にはいっているらしい。ブラジル人より聴いてるぞ、たぶん。

ブラジル人より聴いてるぞ、たぶん

その秘密は、洗濯物を干す/取り込むときに、必ずかけていたのがジョアンだったからだ。つまり、自分が2022年洗濯物に費やしていた時間は3,526分ということになる。約7時間。

そして、その次に長い時間聴いていたアーティストが宇多田ヒカルだった。その秘密は、風呂を洗うときに必ず流していたのが2022年に発売された『BADモード』だったから。

鬱々とした風呂掃除前の気分も、容易に上げてくれる貴重な作品だった。表題曲の「BADモード」でBADモードだった自分を鼓舞し、次の「君に夢中」ではバスタブ磨きに夢中になって、「One Last Kiss」で泡を落とす最後のシャワーを浴びせかけ、「PINK BLOOD」で水滴を拭く…。

(風呂掃除で)無私になって繰り返し『BADモード』を聴いていると、全編通して息子へのラブレターを書いている印象が強くなってきた。『BADモード』のジャケット写真に息子さんをイメージさせる後ろ姿が写っているせいか、いっそうそんな風に感じた。

さしずめこれは宇多田版の「明日にかける橋」(サイモン&ガーファンクル)、「きみの友だち」(キャロル・キング)、「Lean On Me」(ビル・ウィザース)、とでもいうべきか。

いつも優しくていい子な君が
調子悪そうにしているなんて
いったいどうしてだ神様
そりゃないぜ

そっと見守ろうか?
それとも直球で聞いてみようか?
傷つけてしまわないか?

わかんないけど
君のこと絶対守りたい
絶好調でもBADモードでも
君に会いたい

宇多田ヒカル「BADモード」冒頭歌詞の抜粋

https://www.kkbox.com/jp/ja/song/DZoEwG86M7EspnFww9

■宗藤竜太 - 公孫樹グランド

三鷹のライブハウス「おんがくのじかん」で今年撮影された動画。「おんがくのじかん」といえば、折坂悠太氏がホームグランドとしていたライブハウスだ。コードの組み方から見れば、折坂悠太氏はニール・ヤング。とすれば、宗藤竜太氏はさしずめバート・バカラック。独自の和音構成。メロディも独自。

その独自性は、彼の代表曲、「ライムライト」の冒頭を聴くだけでも明らかだ。不協和音に聴こえるギリギリで成立させて、なおかつポップ性も損なわない。

「ライムライト」は、Amazon Original連続ドラマ『モアザンワーズ/More Than Words』の挿入歌の一つとして使われた。問い合わせを受けることも多いのか、宗藤氏本人がTwitterで「ライムライト」の運指をアップしている。

『モアザンワーズ/More Than Words』で主題歌を担当していたのは宗藤竜太氏のほかに、STUTS、iri、くるりがいた。
そのうち、STUTS氏といえば、テレビドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌のプロデュース仕事。松たか子歌唱のサビはそのままに、毎回毎回ラップパートを担当する演者が変わるという趣向が斬新だった。

『大豆田とわ子と三人の元夫』の劇伴を担当していたのは、坂東祐大氏。坂東氏とSTUTS氏、2人が共演している様が刺激的だ。ドラマを知らなくても、面白いと思う。

余談: 「More Than Words」というとエクストリームの名曲がまず浮かぶよ。

■坂東祐大 - 声よ

『大豆田とわ子と三人の元夫』の劇伴、映画『竜とそばかすの姫』での音楽、多くの米津玄師作品での共編曲。2021年から最近にかけて、仕事の幅をぐっと増やした坂東祐大氏。

彼の最新の仕事のうちの一つが、NHKドラマ『17歳の帝国』での劇伴と主題歌の作曲だ。『大豆田とわ子と三人の元夫』でプロデューサーだった、佐野亜裕美氏からの依頼らしい。

Wikipediaで坂東氏の仕事歴を見る(*)と、意外なことに気づく。
歌曲の提供歴が無いのだ。

米津玄師作品での共編曲などはあるけれど、彼が歌を作曲する形で主題歌に関わるのはこれが初めてなのかも知れない。
とまれ、そんなことは微塵も感じさせない歌。歌唱は羊文学の塩塚モエカ氏、編曲を岡田拓郎氏と、盤石な体制も安定感に一役買っている。

氏の活躍ぶりを見ていると、20世紀の日本を代表する作曲家/編曲家、服部良一(「東京ブギウギ」、「蘇州夜曲」等)を思い出す。

服部良一の仕事で忘れられないのが、1937年の快作、コロムビア・ナカノ・リズムボーイズによる「山寺の和尚さん」。江戸時代の手毬唄「ぽんにゃん節」(*)に、ジャズとドゥーワップを掛け合わせた離れ業。

「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」(タモリ)という声が聴こえてきそうな刺激的な楽曲に仕上がっていて、ことあるごとに思い出す。

坂東氏の仕事にも、それに匹敵する遊び心が見られる。たとえば「ドレミのうた」。「真剣に遊ぶ」ってこういうことだよ、と高らかに宣言しているようだ。

■Jonah Yano - always

幼少のころ広島からバンクーバーへと移り、その後トロントをベースに活動するシンガーソングライター。ジョナ・ヤノ、と読むらしい。幻想的なトラックメイクがいいな…と思っていたら、自身の弾き語り動画もあった。

難しいコード進行はしていないけれど、やたらとスケール感が大きく感じる。

このスケール感はまるで…となって、ビーチボーイズで唯一サーフィンをしていた末っ子、デニス・ウィルソンを思い出した。デニスには『パシフィック・オーシャン・ブルー』という、これまたスケール感の大きい傑作があった。タイトルですでに大きそうでしょ。

ヤノ氏が15年ぶりに父親に会うために、日本へ訪れた動画がいい。

ホームビデオのような荒い画質の演出にしたのが、父親との微妙な距離感を表しているようで。冒頭に神妙な面持ちで、息子に「夕焼け」の意味を、訥々と説明する父。かと思えば、やたらとはしゃいで見せたり。

■小田朋美 - 万葉 feat. TENDRE

これは泣く子も黙るアベンジャーズ型ポップバンド、CRCK/LCKSのボーカル/キーボードを務める小田朋美氏のミュージックビデオ、ではない。
ではなくて、これは日用品を販売する通販サイト「北欧、暮らしの道具店」のために、そのサイトを手掛ける株式会社クラシコムが企画したオリジナル・ミュージックビデオなのだ。

と、後から知って驚いた。

歌自体がとても良く、引き込まれたので、少し検索したら、そんな情報につきあたったのだ。

「ちょっといい生活のイメージを伝える」のが最大の目標としたら、「北欧、暮らしの道具店」ほどその目標に最も近づいている企業はないかも。

「北欧、暮らしの道具店」は年々売上を伸ばしていくのと逆に、広告出稿もやめて、ECショッピングモール(楽天市場など)での支店もやめて、店舗も閉じた。その代わりに、映画を作り、ポッドキャストも始め、ミュージックビデオを制作する。

「ちょっといい生活のイメージを伝える」ことに先鋭化していった極点に、この歌曲があるとしたら、唸るしかない。

■Bialystocks - はだかのゆめ

この歌を聴いたとき、小田和正みたいだと思った。フォーキーな聖歌。オフコースが2020年代に現れたとでもいうような。

Bialystocksは「ビアリストックス」と読むらしい。甫木元空氏と菊池剛氏の二人組。「はだかのゆめ」は甫木元氏が監督する同名映画の主題歌。甫木元は「ほきもと」と読むらしい。

映画『はだかのゆめ』では、高知は四万十川の流れる土地に暮らす一家の親子3代にわたる物語を、自らの家族をモデルに描いたとのこと。

■七尾旅人 - crossing

ダイヤモンドプリンセス
ダイヤモンドプリンセス
長すぎる船旅
七尾旅人「crossing」歌詞の抜粋

https://www.uta-net.com/song/324641/

この歌詞で「そういえばコロナ禍ってダイヤモンドプリンセス号から始まったんだった」と思い返した。本当にここまで長かった。

七尾旅人氏ほど、時代と真っ向から向き合ってきたシンガーソングライターは、日本にはいないと断言できる。糾弾(プロテスト)や扇動(プロパガンダ)ではなくて、出来事に反応して出る気持ちを、支えるような歌をつくること。

政治的正しさ、ファクトフルネス、それはあなたの感想ですよね、云々。
時代と向き合うのは過酷で、リスクしかないと思えるなか、七尾氏の活動は常にそれを見据えてきた。

12月30日にリリースされた最新のメールインタビューから、そんな彼の姿勢が伝わってくる。

インタビュアーの竹下力氏が七尾氏の音楽を評して「他者の不在と他者の発見」としたのには、激しくうなずくしかない。記事を読んで、七尾氏は「自分の不在と自分の発見」も繰り返しているのでは、と思った。

『911fantasia』以降は、戦争や震災、その他、社会的な事象をテーマに据えながら予め公共性を意識した創作を続けてきましたが、初期と全く同じレベルで個人的な感覚も落とし込まれていると思います。僕はシンガーソングライターなので、個の問題を回避してしまうと逃げになるからです。

https://musit.net/music/interview/21663/

ともすれば難解にとられがちな音楽性が、しっかりチャートにのぼり、話題にあがり、なによりポップ性もあることに、嬉しくなる。

■The Head And The Heart - Every Shade of Blue

自分の中にかろうじて残ったネオアコ魂やらなにやらが激しく反応した。ヘアカット100、アズテック・カメラ、オレンジ・ジュース、ペイル・ファウンテンズ…。

■三浦大知 - 燦燦

NHKの連続テレビ小説の主題歌というのは歌にとっては最大の試金石だ。テレビ版とはいえ、平日5日間、忙しい毎朝の支度時に、同じ歌を強制的に聴かされるのだから。ジョアン・ジルベルトみたいに、何度聴いても耳を邪魔しないような音像でないと、いくら名曲でも飽きがくる。

この「燦燦」の場合、不思議と嫌な感じはしなかった。いくつかの歌番組に出演した三浦氏の歌唱を見るたびに、人柄と歌声がうまく組み合わさった名曲だ、と思った。

紅白歌合戦ではショートバージョンだったのが残念だったけれど、その前に放映された「第64回輝く!日本レコード大賞」で披露されたフルバージョンは印象に残った。

歴史に「たられば」はないものだけれど、テレビ小説『ちむどんどん』の出来が良かったならば、この歌がたどる運命も違ったものになったかも。個人的には、この歌がレコード大賞を受賞しても良かったのでは、そう思わさせるくらい、「レコード大賞」でのパフォーマンスは感動的だった。

■ROSALÍA - HENTAI

NPR (米国公共ラジオ放送)が選ぶ2022年のベスト100のうち、5位に鎮座していた傑作アルバム、『MOTOMAMI』からの1曲。NPRが選出していた(*)中毒性の高い「SAOKO」や、The Weekndとの「LA FAMA」は置いておいて、この「HENTAI」を。

無茶苦茶きれいなメロディーライン、誠実な歌唱なのに、タイトルは「変態」。なんなんだ。プリンスがたまにやる美しいバラード(「Sometimes It Snows In April」等)を思い出した。


日本からの返歌としては、これがあるのではないか。


これまでの記事。

■2021年に発表された音楽で印象にのこったものと、人生

■2020年に発表された音楽で印象にのこったものと、人生


■2019年に発表された音楽で良かったものベスト10(Spotifyプレイリスト付き)

■2018年に発表された音楽で良かったものベスト10






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