連載/デザインの根っこVol.23_津賀 洋輔
建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2020年4月号掲載、津賀洋輔さんの回を公開します。
考える対象を広げ、設計の可能性を開く
「創作の根源になるか」という点から、書籍を三つ紹介します。まず最初が、フランスの哲学者ブルーノ・ラトゥールが書いた『科学が作られているときー人類学的考察』。本の序盤で「科学のブラックボックス」についての記述があります。例えば、教科書に載っている定理や公式は、成り立ちを理解しなくても、そのまま使えるものとして扱われていますよね。これはその定理や公式が「ブラックボックス化」している状態と言えます。科学や数学に限らず、こういう状況はあらゆるところで起こっているはずです。そんな「気にしなくても済むことをあえて考えてみること」は、設計時に僕が重視していることで、この本を読んでから意識するようになりました。
日常の中のズレが自由を生む
坂本一成さんが著した『建築に内在する言葉』の冒頭に、「自由」について記述した部分があります。そこでは、日常の中に非日常をズレとして生じさせれば、今までにない自由な表現が可能になると言っています。既にあるものの意味が残ったまま宙づりになる状態です。そこから、既成のマテリアルであっても自分が関わったことで違うように見せられないかと発想するようになりました。またその「日常とのズレ」が単発で終わっては意味がなくて、自分のやったことが痕跡になって、他の人がそれに続く。ひとつの操作が新たなタイポロジーを生むことが大事だと思っています。その点で、まったく未知の素材を使って新しい表現をするということは僕にはできないな、と思います。またタイポロジーとして連続するズレと、単発で終わってしまうズレとを見比べた時に、バーナード・ルドフスキーによる『建築家なしの建築』に学びがあります。例えば、砂漠に立つ建築という条件は同じでも形態は各地でさまざまで、地域的な特徴などの微細なズレを感じ取ってつくられたことが分かります。また、広まるためには一定の支持が必要で、フォロワーが増えることも大事です。
ブラックボックスを開く
ものと意味が1対1だと、それらを積み重ねてできた空間は意味や使われ方が固定化して、窮屈になってしまいます。一つひとつの設えは必要性に合わせてつくりますが、できたものを総体として見ると、「それでないといけない」という理由がないようにしたい。ユーザーと建築の寿命は違うので、設計の中にいろいろなタイムスパンを並走させる必要があり、このプロセス自体がタイポロジーの構造と近似します。こうした時間の重層性を、設計者だけでなくユーザーもイメージできれば空間も長く使われると思うのです。
少しさかのぼると、大学では、経営工学を専攻していました。数式で経済を読む学問で、人の欲望も線形代数で表すことができます。ただ僕は、数式に還元される生き方よりも何かをつくり出す生き方が良いと思いました。大学には一般的な建築学科がなく、周辺にある建築研究所から呼ばれた講師の集中講義などで、継ぎはぎするように建築を学びました。出自が建築ではないことは大きく、建築の問題を建築だけで解決する必要はないと考えています。リサーチで終わっても構いませんし、経営に口を出すこともあります。デザインの対象を広げるという意味で、ブラックボックスを開くことと同じですよね。デザインとは、ブラックボックス化していたものを自由にすることだと考えています。 〈談/文責編集部〉
つが・ようすけ/1983年茨城県生まれ。筑波大学大学院修了後、松田平田設計、リライト、東京工業大学院博士課程を経て2016年津賀洋輔建築事務所設立。建築デザインや都市計画、展示企画などを行う。最近の仕事にホステル「器」(19年7月号)や「現代芸術振興財団事務局」(20年4月号)など。
※内容は商店建築2020年4月号発売当時のものです。
紹介作品一覧
1.「科学が作られているとき―人類学的考察」
ブルーノ・ラトゥール(1999年初版・産業図書)
2.「建築に内在する言葉」
坂本一成(2011年発刊・TOTO出版)
3.「建築家なしの建築」
バーナード・ルドフスキー(1984年初版・鹿島出版会)
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