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410字のショートショート

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およそ410字で読み切ることのできるショートショートを揃えました. 多少文字数は前後いたします.あしからず.
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記事一覧

睡眠労働〈410字のショートショート〉

睡眠労働〈410字のショートショート〉

「さて,寝るか」
時計の短い針は,1時ちょうどを指していた.
明日も7時には起きないと,男は会社の朝礼に間に合わない.

男は枕の下にスマートフォンを置くと,電気を消してベッドの中に入った.相当疲弊していたのだろう.
瞬く間に男の意識は消え,夢の世界へと落ちていった.

夢の中,男はデスクの前に立っていた.
椅子に腰を掛けると,パソコンを起動してやり残した仕事に手を付ける.
その手はせわしなくキー

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ラブレター〈410字のショートショート〉

ラブレター〈410字のショートショート〉

昼の休憩が終わる5分前.
学校にはあまり似合わない顔付きの男が,下駄箱に便箋を投げ込んで消えた.
見られるのを相当嫌ったのか,焦った様子だった.

男の努力の甲斐もあって,生徒に気づかれることはなかった. 

それから陽が傾くまで授業は続いた.
チャイムが鳴ると生徒は一斉に帰り始めた.

「またか…」
下駄箱に着くと,1人の女の子が青ざめた表情で立ち尽くした.

周りに居た友人が覗き込むと,可愛ら

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正直者〈410字のショートショート〉

正直者〈410字のショートショート〉

「失礼します」
コーヒーを持った男が部屋に入ってくる.

「一体なんの薬品なのです博士」

「答えられない,軍からの依頼だからな」

凄い効果の薬品を作り上げたらしい.
だが,博士は周囲の誰にもどのような効果か教えてくれなかった.

この助手も何度も頼んでいるのに,いつも体よく断られてしまう.
今日の昼も、高価なコーヒーを淹れてあげるとかなんとか言って逃げられてしまった.

次の日の朝,男は少し早

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詐欺対策〈410字のショートショート〉

詐欺対策〈410字のショートショート〉

ある学生の男が食堂の前を通ると,張り紙が貼ってあるのを見つけた.

「あなたも知らないうちに騙されているかも」

なるほど,コンビニのサンドウィッチさえ騙してくる時代だ.
だがそれならおにぎりを買えばよい.
警戒心の強い自分が騙されるわけなぞない,と男は思った.

翌日,昼前に起きた男は食堂へ足を運んだ.
すると美しく若い女が1人泣いている.

「どうかされましたか」
男はハンカチを渡し,声を掛け

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日常〈410字のショートショート〉

日常〈410字のショートショート〉

昨日はずいぶん楽しかったのをおぼえている.

中学のころの友人と偶然に会い,思い出話に花を咲かせた.
冴えない友人も,今や子供の親とは.
独りで働き詰めのわたしとは大違いだ.

「きょうは6月17日水曜日...」
画面から聞こえるアナウンサーの決まり文句.

この声が出発の合図なのだ.
少し余裕をもってコンビニでおにぎりを買い,8:15分の電車に乗る.これがおれの毎朝のルーチンだ.

トイレを済ま

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いじわる神さま〈410字のショートショート〉

いじわる神さま〈410字のショートショート〉

「あぁ,やっと辿り着いたぞ」
50歳はとうに超えているだろう風貌の男は,ポツリとこぼした.

男の村にはある伝説があった.
なんでも山の洞穴の奥深くに,願いを叶えてくれる神さまがいるという.
これまでも多くの男たちが村にやってきて,野望を叶えるため山へ向かった.

そして長い時間が過ぎたあと,虚な目をして,喪失感に溢れた様子で帰ってくるのだ.
人生のほとんどを空虚な時間に捧げてしまったのだから,無

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うそつき貯金箱〈410字のショートショート〉

うそつき貯金箱〈410字のショートショート〉

出張から帰ったお父さんが手渡したのは,嬉しくないお土産だった.

「貯金箱だ.健太はすぐお金をつかっちゃうってお母さんから聞いてな」
健太はいわゆるお金の管理が苦手な,遊びに行くたびおこづかいの殆どを使ってしまう,計画性の無い子供だった.

へんな貯金箱だった.
やけに厚みがあり,中身は見えない.
そして1番の特徴は貯金額を表すモニターが付いていることだった.

貯金箱にお金を入れてみると,なぜか

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数学ギョウザ〈410字のショートショート〉

数学ギョウザ〈410字のショートショート〉

「2人前でお待ちのお客様ー」
愛想よく商品を渡す博士.

博士が副業で始めたテークアウトの店には,もの凄い行列ができていた.

味オンチの博士が美味しいギョウザを作れるのには秘密があった.
博士は街でありったけのギョウザを買ってきて,かたっぱしからロボットの口に突っ込む.

数時間待つとロボットが厨房に立ち,手際よく調理を始めた.

更に数時間後机に持ってきたのは,きれいな形をしたギョウザ.
試食

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ある夜の帰り道〈410字のショートショート〉

ある夜の帰り道〈410字のショートショート〉

「あー,おなかいっぱいです」

「量凄くてたべきれなかったねえ」
サークル後、ごはんを食べに行っていたらしい.
あの先輩がカッコいいやら,どの後輩がだれと付き合っているだの,どうでもいい話に花を咲かせながら夜道を歩いていた.

数十分行ったところで,
「じゃあまた明日ね!バイバイ!」

「先輩ご馳走様でした!」
曲がり角で別々に別れた.
その時はまだ後ろを着いてくる怪しい人影に気付くわけもなかった

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よみがえる思い出〈410字のショートショート〉

よみがえる思い出〈410字のショートショート〉

「ハンカチ落としましたよ」
それが私と妻が初めて顔を見合わせた瞬間だった.
お互い何かを感じたのは顔を見ればわかった.

そして気が付けば結婚式を挙げ,もう10年が経った.
子宝にも恵まれ,仕事も順調で家族は健康.
何より喧嘩などなく,毎日を楽しく過ごしているのが幸せだ.

今日は妻に連れられてデパートに来た.
「何が欲しいの?」

「ハンカチが欲しいわ.最近落としちゃって」

その日は,ハンカチ

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恩人〈410字のショートショート〉

恩人〈410字のショートショート〉

あの人のおかげでプロになれた.そう今でも思う.

おれはその日試合で1本もヒットが打てず,悔しくて素振りをしていた.
「いいスイングだ.少年」
突然話しかけてくるスーツ姿の中年.

「そんなことないよ」

「おじさんのこと知らないだろ」
渡された名刺には誰でも知っているほど有名な,元プロ選手の名前があった.

「きみならやれる.プロになれる」
そう言い残しておじさんは去っていった.
物心ついた時に

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プロの自己紹介〈410字のショートショート〉

プロの自己紹介〈410字のショートショート〉

おれは殺し屋だ.

今日はこのビルの警備会社を装った事務所で面接だ.
殺し屋にも面接は必要だ.お互い面倒なやつとは仕事はできねえし頼めねえからな.勿論,遅刻なんて許されるわけもねえ.

「どうも,面接に来ました」
部屋に入ると,まず窓の位置を確認する.
窓は4つ.女と男が1人ずつか.

「オレンジ警備会社さんですね.こちらこういうものです」
ふふ.殺し屋も名刺くらい持っているのさ.

「あら.うち

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株式会社リストラ〈410字のショートショート〉

株式会社リストラ〈410字のショートショート〉

ノックの音がして,社長室に秘書が入ってきた.
「配達に出た社員がまだ帰りません」

「ああ、今朝突然辞めると言い出してな.最近の若いリスはダメだ」

「明日の新入社員はすぐ辞めないといいですね」

「どうかなあ」
と社長は笑った.

会社は去年から業績が急上昇し,人気企業になっていた.

次の日,入社式にはたくさんのリスの姿が.
主に食糧や物資をトラックで運ぶのが彼らの仕事だ.

「きみたちは森の

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しゃべるATM〈410字のショートショート〉

しゃべるATM〈410字のショートショート〉

博士は性格の良い男だった.
そんな彼の開発したATMロボを始めに導入したのはリンゴ銀行であった.

ロボの目にはカメラが付いており,相手に応じて気の利いた言葉を返す.

「こちら50000円になります.無駄遣いにお気を付けください」

「オレオレ詐欺,還付金詐欺にご注意ください.まずは警察へご相談を」

「雨が降りそうです.洗濯物は取り込みましたか?スーパーで野菜の特売が17時から...」
ATM

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