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喫茶店で朝食を

午前七時。
いつもなら、心地よい布団の中で夢を見ている。やさしい朝日が漂う部屋に前日設定したアラームがけたたましく鳴り響く。眠い目を擦りながら僕は携帯をとりアラーム解除のボタンを押す。目が覚めた直後は少し機嫌が悪い。二度寝悪魔が僕に甘い誘惑の言葉をかける。
「ほら、ほら。布団はまだあったかいぜ。」
彼は布団の上で寝そべりながら、じっと僕を見つめている。いつもならそんな悪魔に誘われるがままに布団の中に潜り込んでしまう。そんな優しくも非情を併せ持つ存在を必死に振り払い洗面所に向かう。

適当な支度は済ませ、お気に入りのシャツとジーンズをクローゼットのなから選び出す。読みかけの小説や最近買った本などの数冊とペンケース、ロルバーンの手帳をショルダーバッグにいれる。明るい活動的な陽ざしに、どこからか鳴く小鳥のさえずりを聞き、気持ちがいい春の朝。ぐっと背伸びをする。

白いコンバースの紐を結ぶ。ポケットに入った携帯を取り出し、目的地までの道のりをざっと確認する。せっかちな僕は近道がないかルートをあちらこちらと再現してしまう。今日くらいのんびり気ままに行けばいいのに。

平日だったこの日の駐輪場には、自転車がまばらだった。学生が住むアパートということもあってか勤勉なる多くの学生たちは大学の一限に向かっているのだろう。まばらな自転車のうちの一つにまたがりゆっくりとペダルを漕ぎ始める。国道沿いの車の波から逃げるように、大きい運動公園を横切り、JRの踏み切りを渡り、たまにしか変わらない信号機が青に変わるのを待つ。晴れやかな青空の下、涼しさと暖かさが入り混じる春風を感じをながら自転車に乗るのは爽快だった。

そんな清々しい朝、到着したのはとある喫茶店。チェーン店ではなく純喫茶。モーニングを提供しており、店内が少し薄暗く、知らないジャズやローカルFMが流れているような。

カランとなる戸を開け、日常とは切り離された天国へ足を踏み入れる。店主に軽く会釈し、好きな席に座るよう案内される。光が優しく射し込んでいる席を探す。なんとも言えない安心感のある木の椅子に腰掛ける。長年、机や家具たちとともにこのお店を静かに見守ってきたのだろう。今朝の悪魔を思い出し、奴とはまるで大違いで思わず笑みがこぼれた。

トーストとホットコーヒーセットのモーニングを注文する。ここに来る前から頼むものは決まっていた。僕はこんな喫茶店でモーニングを食べたくて常日頃うずうずしている。トーストにコーヒーのセットが朝起きたら準備されていないか毎朝夢見ている。家ではなぜか作れないトースト。外はパリッと中はふわっとした分厚いトースト。同じようなパンでも喫茶店のトースターに入ると魔法がかけられたように、たちまち真のトーストへと変身する。

読みかけの本がひと段落ついたころ、お待ちかねの真のトーストとホットコーヒーが目の前に並ぶ。バターの香りがやさしく僕をつつむ。バターで着飾られたパンは朝の陽ざしを目一杯に受けて上品に輝いている。大きな口を開けトーストを頬張る。目を瞑りゆっくりと咀嚼する。バターの香ばしさが口全体に広がる。サクッとした食感にもちふわっとした食感が加わる。こんな幸せなひと時はない。音楽や周りの話し声はぴたりと聞こえなくなる。二人だけの舞踏会。僕らだけの音楽が鳴り響く。忘れていたホットコーヒーの手を取り一緒に踊り出す。誰も見ていない小さなダンスホールでライトも当たらない僕らは踊り続ける。それでもこの一瞬だけは誰よりも輝いている。

だんだんと周りの音が耳に流れ込んでくる。昇り始めた太陽の光が少し眩しい。空いている窓から通行人の話し声や車の走る音が聞こる。近くの商店街が賑わい始め、人の往来が激しくなっている。店内もぽつりぽつり席が埋まり始める。本をゆっくりと楽しんでいる時間はないらしい。片づけをさっと済ませ、ショルダーバッグを肩にかける。陽ざしが十分に射し込んできた席を立ち、扉へと向かう。カランとなる音だけを残して僕はいまから始まる曖昧な一日へと歩き出した。



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