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DXで取り組むべき問題の設定方法? 上下からのリーダーシップを考える

以前のDXスキルツリー解説の中で、「DXニーズは経営課題と現場課題の交点である」「経営課題だが現場課題でないものは絵空事、現場課題だが経営課題でないものは些事」と述べました。本日はここをもう少し掘り下げたいと思います。


経営課題は粒度が大きすぎて、そのままでは変革ニーズにならない

例えば競合と熾烈なシェア争いとしている製造業を想定してみましょう。

ここで、経営課題を「5年後に競合を蹴落とし優位に立っていたい」と設定したとします。このとき経営課題でないのは、競合を避けて新しいニッチを発見する、競合と協力しながら市場を拡大する、競合とは競り合いつつ第3者の参入を防ぐといったことですので、これらに属する提案は自動的に却下されます。

一方で、現場は様々な課題を抱えています。営業と技術の折り合いが悪い、製造時に品質トラブルが多発する、庶務作業の負担が大きく生産性が上がらないといった具合です。


この時点では、あまりに粒度が違いすぎて、経営課題と現場課題が結びつきません (あるいは、理屈をこじつければ何でも結びついてしまいます)。したがって、これだけの情報でDXニーズを定義することはできません。

この状況を解決するためには複数の方法が考えられますが、ここではコンセプトの精緻化を行ってみましょう。

「5年後に競合を蹴落とし優位に立っていたい」というのは、具体的にはどういうことでしょうか。何をもって蹴落としたというのでしょう。優位とは何か。その優位は5年後の瞬時値でいいのか、あるいは5年後から10年間続かないといけないのでしょうか。

例えば「ちょうど5年後の瞬間に競合のシェア2倍」だとすれば、研究開発や製造のプロセス改善よりマーケティング&セールスへの期待が大きいでしょう。先に例示した課題ですと、品質トラブルで顧客からの評価を下げていては営業が売るにも売れないので、優先度は高い。一方で庶務作業を軽減してもシェアの向上に結び付く可能性は低いので、優先度は下がります。

しかし、先の経営課題が実は「5年後以降は持続的に、この業界でのプレゼンスで競合を圧倒する」という意味だったらどうでしょう。持続的なプレゼンスであれば、顧客の要望を反映した技術開発が必須なので、営業と技術の関係改善は必須です。また従業員の幸福度が顧客への価値創出に有効なことを考えれば、実は庶務作業の軽減は避けて通れない道かもしれません。

もちろん、こうやって経営課題の真意を掘り下げていくと、実は意識されていなかった現場課題が見つかることもあります。例えば顧客にダイレクトにメッセージを届ける広報活動とか、海外でプレゼンスの大きい同業者との提携などが考えられます。


経営課題の設定だって正しくないこともある

一方で、経営課題が空回りすることもあります。例えば利益率をKGIに労働生産性の向上を経営目標として設定したものの、実はその会社の労働生産性は国内外の同業他社と比較してトップクラスであり、改善の余地が小さかった場合などです。「もっと改善しろ」「長年取り組んできてもう限界です」というやり取りはどの企業でも見られると思いますが、実際のところそれが現実的な問題設定なのか判断するのは、内部の視点だけではなかなか難しいものです。

もうひとつ困難な点は、結局のところ、その問題を解決すると本当に経営課題が達成できるのか、ということでしょう。一見すると経営課題と現場課題が美しく一致しているものの、実はそこは急所ではなく、解決しても大して状況が変わらないということはよくあります。あるいは、その問題を解決するだけでは不足で、周辺の構造自体を連動させて変革しないといけないことも多いです。

例えば人材確保が経営課題で、そのために現場課題として中途採用の精度改善を取り上げたとしましょう。取り組みの結果、検索の改善なりマッチングアルゴリズムなりで中途採用のパフォーマンスが改善しました。しかし評価体系、報酬体系、業務プロセスなどを温存したままでは、せっかく獲得した優秀な人材は活躍できず、あるいは定着しないかもしれません。これは現場課題を小さく設定しすぎたミスであり、経営課題の伝え方に失敗しているケースでもあります。おそらく、経営課題は「今後増員する人材を含め、優秀な人材が最大のエンゲージメントとパフォーマンスを示す会社になる」と設定すべきでしたし、現場も中途採用の方法論より先に人事戦略やビジネスプロセスを再考すべきだったのだと思います。


現場課題は守備範囲や粒度を再考する

さてここまでの議論は、経営陣のメッセージをブレイクダウンしたり解釈を掘り下げたりするものでした。では逆はどうなのでしょうか? つまり、現場課題の設定はいつも簡単で妥当なのでしょうか。

例えば先の「製造時に品質トラブルが多発する」という課題を取り上げてみましょう。品質トラブルと聞いてすぐに思いつくのは、製造機器の不調、作業員の訓練不足、原材料の粗悪さなどでしょうか。それらに対し、製造機器にセンサを付けてIoT化し異常を速やかに検知する、作業員ごとの歩留まりを可視化しピンポイントな研修を提供する、原材料の受け入れデータと製品品質を結び付けた解析をして要因を洗い出すなど、様々な手段を講じることができます。

しかしちょっと待ってください。そもそもその製造プロセスは妥当なのか検証されているのでしょうか? 例えば開発チームが製品開発をしているときに浮上した懸念点があったのに、バトンを受け取った製造チームがスケールアップ検討をしているときには忘れ去られていなかったでしょうか。上市後しばらくして競合が力を付けてきたとき、コスト競争力のために当初の想定より原料の品質を下げたことがありました。その品質低下に応じて完成品の検査項目を増やしたのでしょうか。製造ラインの設計時に比べて、何年か経つうちに製品の型番が激増しており、もはや当初想定していた作業員の能力を大きく超えてしまっているのではないでしょうか。そういった俯瞰的な視点なしに、目前の問題のみを解決しようとしていないでしょうか。

このように少し検討の守備範囲を広げてみたとき、日々見えている箇所より遥かに大きな問題が見つかります。組織をまたぐため、誰もその問題を提起する人がいません。もしこのようなことが起こるとすれば、現場課題の設定方法に問題があります。「現場」という単語が、縦割りのそれぞれの組織のことを指していると感じられるなら、その時点で問題があると言ってもいいでしょう。現場課題というのは、ひとりひとりの顧客が抱えている課題や、それぞれの社内業務にまつわる課題から始まることは確かですが、それは起点に過ぎないのであって、実際の提案をする際にはいちど本質まで切り込んでみる必要があります。その結果として粒度が大きくなることを避けてはいけません。むしろ、粒度が大きくなった結果として経営課題との整合性が見やすくなり、DXニーズと定めるに足るものになることもしばしばあります。


組織とプロセスの適切なデザイン

こう言われても、正論だけど難しい、そう感じる方も多いのではないでしょうか。それは組織設計とプロセス設計の問題が大きく、確かに個々の従業員の力には限界があります。ガルブレイスは、組織論に関するスターモデルで5つの要素を上げています。リソース配分と計画である「戦略」、縦方向の情報フローと権力構造の規定である「組織」、横方向の業務と情報連携である「プロセス」、これらを実現する「人材」、そして人材に与えられる「報酬」です。この5要素は緊密に絡み合い、他に影響を与えない形でどれかだけを単独で変更することはできません。しかし、実際にはこの5要素のうち「プロセス」が軽視されている傾向にある、あるいはこのプロセスを組織と同一視し、プロセスと報酬を結び付けていないのが、縦割りの組織が協力し合えない理由であると筆者は考えています。

ガルブレイスのスターモデル

コッターは、縦方向の組織は現状を維持する力しか働かないと考え、組織を超えた活動が重要と訴えています。効率を追求する通常業務はすべてピラミッド型の組織で行い、変革は、ピラミッド型の組織に在籍しつつ自発的に連携し合うネットワーク活動に任せるというアイデアで、それをデュアル・システムと呼んでいます。

コッターのデュアルシステム

縦の組織のサイロ化に抗う横方向のプロセスを、トップダウンに定めるのか有機的な自発性に委ねるのかはさておき、この力をうまく働かせ、現場起点でありながらレバレッジの効く問題に設定できるよう仕組みを整える必要があります。問題の整理自体はコンサルティングファームに協力してもらえるかもしれませんが、その後の変革と定着に関しては、社内で腰を据えて行わねばいけません。このときに、縦の公式な組織で切れていると活動が止まってしまうので、様々な組織の人々が序盤から加わって活動を牽引する必要があるのです。


DXニーズが正しく設定されれば上下からのリーダーシップが強力に働く

ここでようやく経営課題と現場課題の交点がはっきりします。経営課題の設定自体に加わり、またその抽象度を下げる理解度を有するストラテジストと、現場課題と経営課題の両方を理解し現場課題解決の先頭に立つミドルマネジャーが出会うことで、最も効果的な急所を設定できるのです。ストラテジストは、戦略の背景と意味を理解し、解決手段が自社に与えるインパクトを判断できねばいけません。ROIが1を超える案件に良い評価を下すのは当たり前であり、そうでない、不確実な状態で戦略的な評価をできる必要があります。ミドルマネジャーは、事業戦略と現場課題を理解し、自身が牽引する変革に意義と自負を感じていなくてはいけません。自らがもし自社を再デザインするとすればどのような姿にするか、その大局観と目前の提案が整合している必要があります。こういった、具体と抽象の狭間から、質の高いDXニーズが生まれるのです。


もしこういったDXニーズが設定されれば、うまくいくイメージが湧くでしょう。経営陣は、自らが重要と見做す経営課題を解決できると思えますから、リソース投下にもあらゆる障害の排除にも積極的になれます。ミドルマネジャーには、自分のプロジェクトを牽引し完遂する強いモチベーションがあります。こういった環境が整えば、もともと変革に前向きな社員はもちろん、その他のメンバーも心が動くでしょう。経営課題と現場課題の交点を見つけるということは、もちろん優先順位の設定の問題でもあるのですが、変革に関わるひとの心にも関わることでもあります。言うなれば、妥協の産物でもなく単なる折衷案でもない、真に魅力的なゴールを設定する活動なのです。

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