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【おしえて!キャプテン】#23  なんでそこに羽が!? スーパーヒーローと神話の深い仲

来月11月11日に公開が予定されているMCU最新作『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』。先日公開された予告編で、ネイモア・ザ・サブマリナーの登場が明らかになり、話題を呼んでいます。

ネイモア・ザ・サブマリナーは、1939年に誕生したマーベルの中でも最古のキャラクターのひとり。海底王国アトランティスの統治者として、アトランティスの人々の安寧を守るため、時にヒーローとして、時にヴィランとして、ファンタスティック・フォーやアベンジャーズらと対峙してきました。

そんなネイモアのビジュアルにおいて、特徴的といえるのが「足首についた羽」の存在です。そこで、今回はこのネイモア・ザ・サブマリナーの足首についた羽をめぐるお話から、スーパーヒーローと神話の深い関係について、キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんに詳しく解説していただきました!

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今月初め、11月11日公開の映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の予告編がついに公開されました。

■『ワカンダ・フォーエバー』予告動画

新ブラックパンサー(???)、アイアンハート(リリ・ウィリアムズス)の登場など、注目すべき話題は事欠きませんが、自分がとくに驚いたのはテノッチ・ウエルタが演じる海底人ネイモア・ザ・サブマリナーのビジュアルです。

コミックスにおけるネイモアの独特の特徴である、足の小さな翼、それをパタパタさせている! コミックスでしか通用しないと思っていた要素を、堂々と実写化してしまうという、その胆力に恐れ入りました。

しかし、「なぜあんな所に羽が???」となった人も多いのではないでしょうか。自分もぼんやりとギリシャ神話が由来かなと思っていたのですが、これを機会にきちんと調べてみることにしました。

なんで足首に羽なの?

1939年の『マーベル・コミックス』#1で正式デビューしたネイモア。描いているのはビル・エヴェレット。足首に羽がついているのが見える。“サブマリナー”の名前は、イギリスの詩人コールリッジの『老水夫の歌(The Rime of the Ancient Mariner)』と潜水艦の“サブマリン”を合わせたもの。

ネイモアの正式デビューは1939年の『マーベル・コミックス』#1、クリエイターはのちに盲目のヒーロー、デアデビルを生み出すことになるビル・エヴェレットです。

『オルター・エゴ』誌に掲載された1970年頃の彼へのインタビューを読むと、「前年にデビューしたスーパーマンとなにからなにまで違うものを作ろうと思った」「空を飛べるなら、羽がなくてはいけない。背中につけて天使のようにしたくはなかった。マーキュリーの銅像から、足につけることを思いついた」とコメントしています。

『オルター・エゴ』誌。「クリエイターになった最初のファン」とも呼ばれるロイ・トーマスが編纂していた同人誌がルーツの、古典コミック関連情報誌。

まず、「空を飛べるなら羽がなくてはいけない」というのが、大変興味深い発想です。ネイモアの同時代のヒーローでも羽なしで空を飛ぶヒーローはいましたが、理屈とビジュアルを融合させた結果、ユニークな見た目が完成したわけです。
(余談ながら、自分も子供の頃は、「スーパーマンはマントをつけていないと空を飛べない」と思い込んでいた覚えがありますし、同じ発想のパロディ作品もありました。『ドラゴンボール』の“舞空術”を見て、初めて「そうか、身一つで飛んでも変じゃないんだ」と感じたことも思い出しました……)

1973年の『サブマリナー』#61より。描いているのは前掲と同じくビル・エヴェレット。この号の冒頭3ページを描いたのちエヴェレットは入院し、55歳で早すぎる死を迎えてしまう。

もう一つ興味深いのは、発想元として名指ししているローマ神話のマーキュリー/ギリシャ神話のヘルメスです。俊足の神であるヘルメスは、有翼のサンダルを履いていると紀元前から考えられていたようです。

エヴェレットのインタビュー記事で例に挙げられている、16世紀のジャンボローニャ作のマーキュリー像。俊足の神であり、足首から羽が生えている。

この有翼のサンダルが、ルネサンス時代の彫刻では足首から羽が直接生えたかたちで表現されるようになりました。それが第二次世界大戦の直前にネイモアの足首の羽の発想元となり、そして2022年のいま、リアルなイメージとして銀幕で表現される……人類の想像力と表現の変遷の歴史を感じますね。

神話を元ネタとするヒーローたち

人類の想像力の変遷といえば、1940年代に生まれたヒーロー達にはギリシャ・ローマ神話から題材を取っているものが目立ちます。

ワンダーウーマンシャザム(当時のキャプテン・マーベル)は、神話から直にモチーフを取り入れてますし、フラッシュ(ジェイ・ギャリック)のかぶっているヘルメットはマーキュリーのものですから、実はネイモアと発想元は一緒、という見方もできます。

1940年の『フラッシュ・コミックス』#1で初登場したフラッシュ(ジェイ・ギャリック)。ブーツにも翼がついている。なぜマーキュリーの格好をしているのか、この号の中にはなんと説明がない! 現代のマーキュリーにとっては当然だから!?

神話をもとにしたヒーローとは少し離れるのですが、1948年に登場したヴィーナスは特筆すべきキャラクターです。文字通り金星からやってきた女神様が、地球でファッション雑誌の編集者として働くという話なのですが、悪者と戦うよりもラブコメ&ロマンスとしての色が非常に強くなっていました。

金星から来た女神ヴィーナスが地球でラブコメ騒動を起こす『ヴィーナス』誌。スタン・リーがまだ26歳だったころに生み出した。現在では女神本人ではなく、彼女から後継者と認められた妖女サイレンが主に活躍している。

1948年ともなると、戦後から3年も経ってスーパーヒーローの人気が落ち、ロマンスコミックが流行していたのでこうした形になったと思われます。ロマンスコミックの主人公として生まれた彼女も、70年代の『ホワット・イフ?』や2000年代の『エージェンツ・オブ・アトラス』誌などを通じてスーパーヒーローの世界に取り込まれていくのがまた興味深いところです。

背景の一つには、19世紀に出版されたトマス・ブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』がアメリカ文化におけるギリシャ神話の浸透に大きく寄与しており、当時、学校の課題図書になるくらい、一般化していたことが考えられます。

ギリシャ・ローマ神話に関する知識が、読者の側にも背景としてあったおかげで、神話の島からやってきたワンダーウーマンや、神々の力をふるうキャプテン・マーベルといった発想が受け入れやすかったのでしょう。

また、ホークマン、初代ブルービートルなどがモチーフとしているエジプト神話も、1920年代にツタンカーメンの墳墓の発掘によって起こったエジプトブームの名残かもしれません。

人類が生きている以上、物語は無限に増えていき、その物語がさらに多くの物語の発想元となります。スーパーヒーローの物語の蓄積がまだ少なかった時代は、それ以前の物語が発想元となるわけですから、神話や伝説、民話や歴史がベースになるのも当然です。

その上でスーパーヒーロー・ジャンルの特異なところを一つあげるとすれば、80年以上前のアイデアが現代まで継続して活かされている、というところでしょうか。その結果、タイムカプセルのように保存された先人たちの発想が、ネイモアの羽のように時々垣間見えるのが面白いところです。そして、1939年に初登場したネイモアと、2016年に初登場したアイアンハートが同じメディアで実写化されるというのは……考えてみたらかなりの年齢差ですね。

ネイモアの足首のパタパタから、だいぶ壮大な話になりましたが、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』、公開が楽しみです! 大スクリーンでパタパタを見たら、ぜひその背景に思いを巡らしてみてください。

関連コミックスご紹介

ネイモア・ザ・サブマリナーも登場するブラックパンサー映画関連コミックス、好評発売中!

『ブラックパンサー:黒豹を継ぐ者』
レジナルド・ハドリン[作]ケン・ラシュリー[画]中沢 俊介[訳]
謎の会合で重傷を負い、昏睡状態に陥った国王ティチャラ。後継者の最有力候補に指名されたティチャラの妹シュリは、ブラックパンサーを継ぐため、危険な儀式に臨むことになるが……。映画公開とあわせて読むのにぴったりの、新ブラックパンサー誕生の物語。
『ライズ・オブ・ザ・ブラックパンサー』
エヴァン・ナーシス[作]タナハシ・コーツ[ストーリー監修]
ポール・ルノー、ハビエル・ピナ 他[画]秋友 克也[訳]
この50余年の間に展開されたブラックパンサーのオリジンやワカンダの設定を取りまとめ、一つの物語として再構築したリミテッドシリーズ。新作映画公開を前に、ブラックパンサーについておさらいしたい方、はじめてブラックパンサーに触れる方への入門として最適な一冊。


◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』『スパイダーマン:スパイダーアイランド』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

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