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MCUファンのための『ムーンナイト』原作コミック入門

ディズニープラスで配信中のMCUドラマ『ムーンナイト』も話題となり、今後の活躍も大いに期待されているムーンナイト。マーベル・ユニバースで異彩を放つこのダークヒーローは、コミックではどのような歴史を辿ってきたのでしょうか。邦訳アメコミ『ムーンナイト:フロム・ザ・デッド』(9月27日発売)の刊行を記念して、多様な顔を見せる『ムーンナイト』のコミックシリーズを紹介しましょう。

文:小池 顕久

9月27日発売『ムーンナイト:フロム・ザ・デッド 』
ウォーレン・エリス[作]、デクラン・シャルベイ[画]
小池 顕久[訳]

狼男「ウェアウルフ・バイ・ナイト」のライバル

ムーンナイト(マーク・スペクター)は、1975年に刊行された怪奇ヒーローコミック『ウェアウルフ・バイ・ナイト』#32、33の、2号連続エピソードで初登場しました。

『ウェアウルフ・バイ・ナイト』#32、33表紙

同誌を手掛けたライターのダグ・マンキとアーティストのドン・パーリンは、ムーンナイトを同誌の主人公の狼男ジャック・ラッセル(ウェアウルフ・バイ・ナイト)のライバルにしようと考え、狼男を象徴する「月」をモチーフにした純白のコスチューム(宙を舞うとマントが三日月形に広がる)や、狼男の弱点である銀製の三日月形手裏剣などを考案。

作中のムーンナイトはウェアウルフを狙う秘密結社に雇われ、その卓越した技量で彼を打ち倒します。しかし、檻に入れられたウェアウルフを怪物とあざける雇い主たちを不快に思ったムーンナイトは、ウェアウルフを逃がして、結社に反旗を翻すのでした。
 
かくして“ヒーローを助けるニヒルな傭兵”という、カッコいい役回りを務めたムーンナイトは、読者の人気を博します。当時マーベルの編集者だったマーヴ・ウルフマンも彼のファンとなり、自身の担当誌にムーンナイトを登場させることにします。

そんなわけで、翌1976年に刊行された『マーベル・スポットライト』#28、29に、ムーンナイトは再登場を果たしました(作家陣はマンキ&パーリンが続投)。

『マーベル・スポットライト』#28、29表紙

同誌でのムーンナイトは初出時とは異なり、ストレートなクライムファイター(主に犯罪者と戦うタイプのヒーロー)として描かれます。

また同エピソードではムーンナイトの背景が掘り下げられ、彼が大富豪スティーブン・グラントや、タクシー運転手のジェイク・ロックリー、そして傭兵マーク・スペクターという3つの素性を使い分け、ヒーローの活動に活かしているという設定が明かされました。

さらに、グラントの恋人マーリーン、ジェイクの通う食堂の女主人ジーナ、情報通のホームレスのクロウリーといった、以降の物語で脇を固めるキャラクターも登場し、作品世界の基礎を築いていきます。
 
やがてマンキは、1978年に大判サイズのモノクロ雑誌『ハルク!』誌のライターに就任しますが、その際、編集者のラルフ・マッチオから「同誌の巻末にムーンナイトを連載したい」と提案され、これを了承します。

同誌の「ムーンナイト」のアートを担当したのは、当時コミック業界に足を踏み入れたばかりの新人アーティスト、ビル・シンケビッチでした。後にはアーティスティックな画風を開花させる彼ですが、新人当時からも非凡なコマ運びやダイナミックな構図を取り入れ、『ムーンナイト』のコミックに若々しさを吹き込みます。

1980年に単独誌デビュー

こうして順調にキャリアを重ねたムーンナイトは、『ハルク!』誌での連載が終了してから半年後の1980年8月に、ついに単独のオンゴーイング・シリーズ(月刊の連載誌)『ムーンナイト(vol.1)』を獲得します(作家陣は引き続きマンキ&シンケビッチ)。

記念すべき『ムーンナイト(vol.1)』#1表紙

この『ムーンナイト』誌の創刊号では、それまで語られていなかった、ムーンナイトのオリジンが語られました。

──かつて傭兵マーク・スペクターは、エジプトで、残忍なブッシュマンの率いる傭兵団に所属していた。ある時ブッシュマンは、考古学者ピーター・アルラウネ博士率いる調査隊を襲い、発掘品を奪う。一般人を殺害する上官に憤慨したスペクターは、密かに博士の娘マーリーンを逃がし、ブッシュマンに抗議するものの、殴り倒され、砂漠に捨てられてしまう。
夢遊状態で砂漠を放浪していたスペクターは、やがて月の神コンシューを祀った遺跡にたどり着くも、疲労で死亡。が、復讐の神であるコンシューの意志か、突如スペクターは蘇生を果たし、月の幽霊を自称してブッシュマン一党に正義の怒りをぶつけるのであった……。

かくて始動したシリーズで、マンキとシンケビッチは、ムーンナイトというキャラクターを入念に描きました。

作中のマーク・スペクターは、自身がコンシューに蘇生されたと信じ、復讐の神であるコンシューに成り代わり、悪と戦わねばならないと確信しています。ですがその情動的な姿勢は、時に彼の弱点ともなります。

ある時は仇敵ブッシュマンによりコンシューの像を破壊されたために絶望して失踪したり、夢を操るヴィランにより悪夢の中で自身の別人格と戦うことになったり、また悪人ブラックスペクターの扇動により、社会から孤立させられたり……と、ムーンナイトの活動は、常にスペクターのむき出しの情動を削っていきます。

後年の作品では、ムーンナイトは「精神的な不安定さを抱えるヒーロー」として描かれる傾向にありますが、それらは最初のシリーズでの描写を踏襲していると言えます。

やがてこのオンゴーイング・シリーズは、1984年に刊行された第38号をもって終了します。最終エピソードで、亡き父親(ユダヤ教の司祭で、傭兵という暴力的な道に進んだ息子を危惧していた)に関わる事件を解決し、心の平安を得たスペクターは、ムーンナイトを引退する決意をします。
 
……が、それで終わらないのがコミックのキャラクターの宿命。それから1年後に創刊された『ムーンナイト(vol.2)』(全6号)でスペクターは、コンシューに仕える僧侶たちの接触を受け、ムーンナイトに復帰します。この作中でのムーンナイトは、コンシューの加護により月の満ち欠けに応じてパワーが変化したり(満月の時に最大に)、古代エジプト風の装飾品を身に着けたりと、オカルト風味が増していました。

オカルト風味がグッと増した『ムーンナイト(vol.2)』#1表紙

パニッシャーとも共闘するクライムファイター

一方、1989年に創刊された『マーク・スペクター:ムーンナイト』(全60号)は、クライムファイターものを得意とするチャック・ディクソンが初期のライターを務めていたことから、オカルト風味は消え、クライムファイターものに舵を切りました。

『マーク・スペクター:ムーンナイト』#8表紙

作中でのムーンナイトは、ヒーロー志願者の青年ミッドナイトをサイドキック(相棒)にしたり、同じクライムファイターのパニッシャーと共闘するなど、実に真っ当なクライムファイターを演じています。

なお本シリーズは、全60号に渡る長期連載故に幾度かテコ入れが行われ、ムーンナイトの設定に変更が加えられました。例えば「実はコンシューは、復讐のためではなく“悪人たちに改心の機会を与えるの存在”となることを望んでマーク・スペクターを蘇生させた」とか「実はスペクターは異星人ヘルベントの末裔だった」といった設定ですが、これらはその後のシリーズではなかったことになりました。
 
なお、同シリーズの最終号で、ムーンナイトは仲間を護って爆死しますが、その後1998年のリミテッド・シリーズ『ムーンナイト(vol.3)』(全4号)の中で、コンシューの尽力により復活を遂げます。この辺りは、クライムファイターものでありオカルトものでもあるムーンナイトならではの展開と言えます。

狂気と暴力のダークヒーロー

その後、1999年に刊行されたリミテッド・シリーズ『ムーンナイト(vol.4)』(全4号、UFOやミステリーサークルなどのオカルトネタを盛り込んだ異色作)を経て、2006年に新オンゴーイング・シリーズ『ムーンナイト(vol.5)』が創刊されます。

『ムーンナイト(vol.5)』#1表紙

この『ムーンナイト(vol.5)』(全30号)は、仇敵ブッシュマンとの死闘の末に彼を殺し、精神と肉体双方に傷を負ったスペクターが、ブッシュマンの幻影に悩まされつつも、ヒーローとして再起を図る……といった内容で始まり、狂気と暴力に駆られ、時に悪人を殺してまでも正義を貫こうとする“紙一重のヒーロー”の姿が描かれました。

シリーズ末期、ヒーローハンター・チーム「サンダーボルツ」との戦いを切り抜けたムーンナイトは、マーク・スペクターの死を偽装し、メキシコに逃れます。

続くオンゴーイング・シリーズ、『ヴェンジャンス・オブ・ムーンナイト』(全10号)は、前シリーズ最終回の2ヶ月後に創刊された続編で、ニューヨークに帰還したムーンナイトが、諜報組織ハンマーの司令官として権勢を振るうノーマン・オズボーン(元サンダーボルツ指揮官)に戦いを挑む姿が描かれました。

邦訳で読める『ムーンナイト』

その後、2011年に創刊された新オンゴーイング・シリーズ、『ムーンナイト(vol.6)』(全12号)は、脳内にキャプテン・アメリカ、ウルヴァリン、スパイダーマンを模した人格が生じてしまい、世にも奇妙な四重人格ヒーローとなったムーンナイトが、新天地ロサンゼルスで暗躍する犯罪組織と戦うという異色作で、既刊『ムーンナイト/光』、『ムーンナイト/影』に全話が収録されています。

 このシリーズに続き、2014年に創刊されたのが、今回邦訳版が刊行される『ムーンナイト(vol.7)』(全17号、邦訳版『ムーンナイト:フロム・ザ・デッド』には最初の6話分を収録)です。こちらは四重人格を解消したムーンナイトがニューヨークに帰参し、警察の善意の協力者「ミスター・ナイト」として様々な怪事件に取り組むという内容で、アーティストのデクラン・シャルベイによるセンスあふれるアートで人気を博しました。

邦訳版『ムーンナイト:フロム・ザ・デッド』表紙

そしてドラマ化へ

続いて2016年に創刊された『ムーンナイト(vol.8)』(全27号、なお、14号まで出したところで、従来の『ムーンナイト』のコミックの号数を累計した号数=188号にリナンバリングされ、200号で完結)は、気鋭のライター、ジェフ・レミーレを迎えた新シリーズでした。

その最初のストーリーラインは、記憶を失い精神病院に囚われたスペクターが、幻想的な世界をさまよい、グラント、ロックリーら自身の一側面との邂逅で己を取り戻し、やがてコンシューと対峙する……という内容で、従来のコミックで描かれたムーンナイトのキャラクターを総括し、さらなる境地を開いた快作でした。

現在、ディズニープラスにて配信されているドラマ『ムーンナイト』は、このシリーズのジェフ・レミーレ担当期のエピソードに大きな影響を受けていると言われています。

最後に、2021年に創刊され、現在も続く最新オンゴーイング・シリーズ、『ムーンナイト(vol.9)』。こちらはマンハッタンの一角を己の「縄張り」としたミスター・ナイト/ムーンナイトが、かかりつけの精神科医のセラピーを受けつつ、秘書のリース(ムーンナイトに庇護される吸血鬼の一人)らと共に縄張り内で起きる怪事件を解決したり、彼を狙うカルト・オブ・コンシューの使者と戦っていく……という、一風変わったクライムファイターものになっています。

以上、代表的な『ムーンナイト』のシリーズを紹介してきましたが、その内容は、ムーンナイトというキャラクターの複雑さを反映して、幅広い作風を誇っています。

その中でも、今回刊行される『ムーンナイト:フロム・ザ・デッド』は、近年のムーンナイトのキャラクター像の基本を確立したシリーズと言えます。まずはこの1冊から、ムーンナイトというキャラクターに接してみるのもいいでしょう。

小池 顕久
翻訳家・ライター。主な訳書に『チャンピオンズ』シリーズや『ストレンジ・アカデミー』シリーズ(共に小社刊)などがある。

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