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文筆家・岡田 育が読む『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・トゥルース』──「明日のその先」を目指す英雄の息子

絶賛発売中の邦訳アメコミ『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・トゥルース』。本作で新スーパーマン(ジョン・ケント)がバイセクシャルであることが明らかになり、その事実が『ニューヨーク・タイムズ』でも取り上げられるなど、世界中で話題となりました。今回は文筆家の岡田 育さんによる、同タイトルのレビューをお届けしします。ニューヨークを拠点に活動する岡田さんの目に、新世代のスーパーマンはどう映ったのでしょうか。

文:岡田 育

『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・トゥルース 』
トム・テイラー[作]、ジョン・ティムス他[画]、吉川 悠[訳]

SNSでも話題騒然の「青年編」

アメコミにはまったく詳しくないが、ちょうど日本語版が出たので『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・トゥルース』を読んだ。私がどれだけアメコミに疎いかというと、「DCリバース」と聞いてRebirthではなくReverseだと思ったくらい。新作映画情報を目にするたび、ワンダーウーマンってマーベルだっけ……などと毎回ググるくらいだ。ひどい。ではなぜ突然興味を持ったかというと、少し前に「スーパーマンの息子がバイセクシャルになった!」とのニュースが耳に飛び込んだから。胸にS字の青いスーツに真っ赤なマント姿で、男の子とキスするジョナサン・サミュエル・ケント(ジョン)。SNSで大いに拡散されたあの有名な大ゴマを収録したコミックが、まさに本作である。

世界中でバズったキスシーン

私と同じくらいアメコミに詳しくない方のためにニワカがドヤ顔で説明しておくと、ジョン・ケントは昨日今日いきなり出現したわけではない。クリプトン人の父クラーク・ケント(カル゠エル)と地球人の母ロイス・レーン、それぞれの「力」を引き継いだ息子は、2015年にシリーズ初登場。その後、『サン・オブ・スーパーマン』や『トライアルズ・オブ・スーパーサン』を経て、バットマンの息子ダミアン・ウェイン(5代目ロビン)と『スーパーサンズ』を結成するなど、存在感を示してきた。本作はその青年期を描く新章だ。長年のファンは「ンマー、まだティーン・タイタンズにも入れなかったあの坊やが、大きくなって……!」とさぞや感無量であろう。遡って一気読みした私もまったく同じ、光の速さで隣近所のオバチャン気分に浸っている。

本書ではジョンの誕生から彼の歩みを振り返っているので、ビギナーも安心

今回初めて読む人たちも心配ご無用。本作冒頭はちゃんとジョンの誕生秘話からスタートする。宇宙からの侵略者撃退に大忙しのスーパーヒーロー仲間が一斉に「今日は仕事なんかいいからお前は帰れ!」とスーパーマンを追いやると、孤独の要塞ではロイスが陣痛に呻いている。妻の出産に立ち会う親友に代わり、我がことのようにソワソワしながら外で見張りを務めるのは心配性のバットマンで、冷静沈着にツッコミを入れるのがワンダーウーマン。これで私も二度と彼女の所属レーベルを取り違えることはあるまい。

コスチュームの色味はどことなく他社っぽいが、
DCを代表するヒーローであるワンダーウーマン

地球生まれ米国育ちのアクティビスト

そこから一気に時が経過し、我らがジョン・ケントは18歳目前、父と同じ活動に従事しながら父と同じように「世を忍ぶ仮の姿」を得て、平凡な大学生として入学初日を迎える。しかしキャンパスでいきなり銃乱射事件が勃発。ジョンは犯人を取り押さえて変装も偽名も台無し、一躍注目の的となってしまう。自分は一生このまま「偉大な父の息子」として生きるしかないのだろうか、僕自身の人生はどこにあるのか、と(月面で!)思い悩む姿は、さながらセレブ二世のようだ。

生まれながらにして特別な存在(超有名なスーパーヒーローの息子)ジョン。
悩みのスケールも、悩む場所もデカい

地球人類の危機は異星からの侵略だけではない。物語は2020年代の現実世界の時事問題を巧みに織り込んでいる。大手マスコミが報じない真実を暴く独立系動画チャンネル「トゥルース」をスマホで視聴したジョンは、独裁国家ガモラからの亡命者を乗せたボートを救助してメトロポリスまで送り届ける。その後、難民の強制送還に反対する抗議デモに参加して「人間の鎖」の一員となる。
 
「スーパーマンは難民でした/僕の祖父母は子供をたった一人で宇宙船に乗せ、危険な旅に送り出し…/僕の父は(略)この国で新しい故郷を見つけた/(略)ガモラの難民も同じ扱いを受けるべきだと思います」
 
唯一無二のカリスマを備えた青年主人公は、こう言ってあのアイコニックなマント姿のまま手錠をかけられ逮捕勾留される。保釈手続きに来る保護者も同じマント姿なのが笑えるが、こうしたエピソードには、数年前から全米を暗く覆い続ける移民排斥の流れに「We Are All Refugees」(我々の祖先もみな『新天地を求めてよそから逃れて来た』者である)とスローガンを掲げてプロテストする、現代アメリカの若者像が重ねられている。

弱者を守るためなら、国家権力に逮捕されることも厭わないジョン。
彼をヒーローたらしめているのは、パワーそのものではなくそのハートなのだ

かたやガモラという国は「平和な島国がフェイクとポピュリズムに屈し、外国人男性を迎え入れて独裁政権となった」設定で、現大統領ヘンリー・ベンディックスは、米国議員とも癒着しながら世界中の貧民を攫って死ぬまで搾取する為政者である。この人権ガン無視ハイテク鎖国からの脱走者が、みなアジア系の顔立ちで日本名であること、まるで他人事とは思えない。我が国の人を人とも思わぬ政治家どもも若きヒーローに一掃してほしい……と、いやでも話に引き込まれる。

ちゃんと日本っぽい名前を調べて命名されたのであろう、
ガモラから脱出した難民「タクミ」くん

動画メディア「トゥルース」の主宰者もガモラ出身。独裁者に追われた前大統領の息子で、人体改造を施されてのちアメリカへ亡命した透過能力者、ジェイ・ナカムラである。重たい前髪を蛍光ピンクにブリーチした黒縁眼鏡の大学生で、彼がジョンと恋仲になる。スーパーマンと対峙しても涼しい顔で眉一つ動かさないのに、崇拝するロイス・レーンの前ではガチガチに硬直してしまうのが可笑しい。少年期シリーズでは育休中の主婦という描写に収まりがちだったジョンの母が、ピューリッツァー賞を獲ったリビングレジェンドだと再評価される、ここは素晴らしい好場面。クラーク&ロイスが大手新聞社を舞台に成してきた正義を、デジタルネイティブのジョン&ジェイが引き継ぐ構図だ。

リビングレジェンドなジャーナリスト、ロイス・レーンと
新米ジャーナリスト、ジェイ・ナカムラの邂逅

キスシーンより、グッと来る

ベンディックスがジョン・ケントに最初に仕掛けた攻撃は「超感覚の暴走」だった。ルクセンブルクの洪水、コスタリカの人質事件、パンデミックを捌ききれない救急病院……助けを求める無数の声がすべて聞こえて遮断できなくなる神経過敏状態に陥った若きスーパーマンは、不在の父に代わりすべてを一人で解決しようと飛び回る。力の制御がきかず、時に失態も晒すが、その一挙手一投足はすぐにネットで拡散されてしまう。高度情報化社会で暗澹たるニュースの奔流に呑まれ、「全員を同時に救うことは到底不可能だ」とのジレンマに苛まれ、己の生真面目さに圧し潰されて、矢面で誹謗中傷を浴びて身体を壊す。このあたりも、インターネットで毎日見かける悩み多き「正義の味方」たちの姿に重なる。
 
ジェイはその身を案じ、ノイズキャンセリングヘッドホンをあてがってジョンに休息を取らせる。「君は、自分には全世界を守る義務があるって感じてるんだろ、でも、僕のことは守らなくていい」「この世界で僕のことだけは、君が心配しなくていいんだよ」という愛の言葉を受けて二人はキスを交わし、超音速テイクアウトしたピザで初デートを遂げ、打倒ベンディックスを誓うのだった。

ジョンとジェイのピザデート。ピザはニューヨーク名物のひとつ

併せて是非とも言及しておきたいのが、ダミアン・ウェインの描かれ方だ。彼はヒーローとヴィランの血を引く結構ひねくれた性格の男で、少年期は年下のジョン相手にいつも先輩風を吹かせ、女の子たちにも意地悪を言う、尊大なお坊ちゃんという印象だった。こうしたオレサマ系キャラクターは古来、「有害な男らしさ」をカサに着てホモフォビックな態度を隠さないものだ。少なくとも私が読んできた昔の漫画では、彼みたいな男児は(リーダーだろうとヒーローだろうと!)、いじめられっ子や性的少数者や障害者を見下すイヤな奴、と相場が決まっていたトラウマがある。しかし本作の青年ダミアンは、ニヤニヤ顔を噛み殺しながらジョンに言う。
 
オレが将来は世界最高の探偵になる器で、なおかつおまえの親友で、おまけに観察眼が鋭いことはわかってるよな?」
「本当によかったと思ってるぜ」
 

バットマンの息子、ダミアン・ウェイン

異様に察しの早い幼馴染が、ちょっとおっとりしたところのある主人公の恋路を、アウティング(性指向の暴露)に配慮した上で、家族より先にさらりと祝福する。ジョンもジョンで、はにかみながらも衒いなく「ありがとう」と受け止める。新恋人とのドラマティックなキスシーン以上に、私はこの、旧友とのさりげない男同士の会話のほうにいたく感銘を受けた。ガキ大将も泣き虫も、階段を上るように、閉ざされた扉を押し開くように、一歩ずつ大人になっていく。あのダミアンが恋人たちの「敵」に回らなくて本当によかったぜ……と、オバチャンまたも感無量である。

既知の「明日」を超えてゆけ

かつて父に抱かれて空を飛んでいた少年が、地球生まれの地球市民として自分の道を見出し、新時代のアクティビズムに身を投じる。長い長い人気シリーズの歴史を尊重し、無理のない筆致で現代的要素をふんだんに盛り込んだ、よい最新作だと思う。主人公がセクシュアルマイノリティであること、彼の恋人が同性であることは、「カリフォルニアの山火事をはじめとする深刻な環境問題の背景に巨悪が潜んでいる」といった他の設定と同じく、「今っぽさ」の演出としてよく効いている。

きょうび男と男がキスしたくらいでみんな騒ぎすぎでは? と感じなくはないが、クラーク・ケントからジョン・ケントへの代替わりはたしかに大きなニュースであり、本作は同時代に読まれるべき、物議を醸す「話題作」だ。キスシーンの前後が気になってぞろぞろ覗きに来た我ら野次馬は、そのことを正しく受け止めねばならない。誰もが知る英雄は、息子にこう告げて地球を託し、姿を消す。

「お前が私よりも踏み込んで何かをすべきだと思うなら、きっと正しくやれると信じているよ」
「必要なのはスーパーマンだ/お前のことだよ。私は『明日の男』と呼ばれたが…/…お前はその先のためにいるんだ」

岡田 育(おかだ いく)
文筆家。東京都出身、ニューヨーク在住。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。最新刊は文芸誌「すばる」の連載をまとめた『我は、おばさん』。他の著書に『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』『天国飯と地獄耳』『40歳までにコレをやめる』『女の節目は両A面』、二村ヒトシ・金田淳子との共著に『オトコのカラダはキモチいい』。
@okadaic

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