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【おしえて!キャプテン】#9 『ウォッチメン』の影響? 80~90年代のアメコミ暗黒時代「グリム&グリッティ」とは

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回は、note読者の方からいただいたリクエストにお応えして、『バットマン:ダークナイト・リターンズ』や『ウォッチメン』などの作品をきっかけに80~90年代にアメコミ界に流行した作品の風潮「グリム&グリッティ」について語っていただきました。アメコミ上級者向けの少しマニアックなテーマですが、アメコミをより深く知るための参考になれば幸いです。

「グリム&グリッティ」とは?

今回はnote読者の方からリクエストいただいたテーマから。

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初回から熱の入ったご質問ありがとうございます! ご興味があるのはいわゆる「グリム&グリッティ」とDCコミックスについてですね。

アメコミ初心者の方向けに解説すると、「グリム&グリッティ」というのは一般的には、1980年代にアメコミ界に衝撃を与えた『ウォッチメン』や『バットマン:ダークナイト・リターンズ』の影響を受け、80~90年代に流行した、ダークでよりリアリスティックな表現を目指したアメコミの風潮のこと。ただ実際には、うわべだけそれらの作品の真似をして、単に暗く暴力的なだけの内容のコミックスばかりが多く出版されたため、そんな風潮を揶揄する言葉だったりもします。実際、『ウォッチメン』の原作者であるアラン・ムーア本人も、同作を猿まねする風潮のせいで同じようなコミックばかり出るようになった…という内容のことを嘆いています。

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▲『ウォッチメン』(アラン・ムーア作/デイブ・ギボンズ画)
スーパーヒーローが実在する、もうひとつのアメリカ現代史を背景に、真の正義とは、世界の平和とは、人間が存在する意味とは何かを描いた不朽の名作。

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▲『バットマン:ダークナイト・リターンズ』(フランク・ミラー作/クラウス・ジャンセン画)
それまで子供向けと考えられていたアメコミに、徹底したリアリズムと単なる勧善懲悪に留まらない高いテーマ性を持ち込み、アメコミ界に変革をもたらした名作コミック。

でも、実はそのような風潮は、この2作品よりも前から始まっており、『ウォッチメン』のように社会の枠組みの中でヒーローを考える話なら、ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカが、政府に正体を明かすことを迫られて活動停止を決意するという話が1979年に発表されています。

暴力表現についても、70年代の『コナン・ザ・バーバリアン』で、表現規制を回避しつつ「斬首」を表現していたり、同じく70年代の『スペクター』誌で、悪人を巨大なハサミでチョキンと真っ二つにしていたりするなど、自分が読んだ中でも、そのような前例は多々見られるんですよね。

自分としては、コミックスが商業的な要請に答えながら表現を広げていく過程で、「売れるトレンドがそうだった」という方が納得できる気がします。逆に言うと、現代のコミックに特定の風潮があるとすれば、それは商業的な要請に応えた結果と考えた方がいいのかもしれません。

「時代」を語る難しさ

今回の質問者様が興味をお持ちの「グリム&グリッティ」について、ざっくり解説してみましたが、時代について詳細な解説……となるとこのコラムの範疇だとかなり難しいです! というのも、時代やトレンドについて語る際、どうしても一部をピックアップすることになるので、個々の作品がこうである、その作者はこう言ってる、という事は検証できても、それをもって時代を語るのは非常に難しいんですよね。自分のスタンスとしても、時代やジャンルのような、それ自体に実態のないフィクションを語っても、常に例外は出てしまうので、できるだけ個々の作品について語っていきたいと思っているので……。
もうひとつ、個人的な話になりますが、90年代はどちらかというと自分はイメージ・コミックスのスポーンやマーベルのゴーストライダーのようなチェーンがジャラジャラついたヒーローが大好きでした。ですがその後、時代も自分の好みも変わりました。原書をレギュラーで読むようになったのは2000年代なので、それより前の、いわゆるエクストリーム時代にはあまり馴染みがなかったりします。

"暗黒時代"をふりかえる

そういった前置きの上で、紹介したい本があります。自分はコミックの解説のためによくTwoMorrow Publishing社の本を参考にしているのですが、2006年に出版された『The Dark Age: Grim, Great & Gimmicky Post-Modern Comics』という本です。当時、あまりに直球なタイトルを見て思わず買ってしまいました。

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▲『The Dark Age: Grim, Great & Gimmicky Post-Modern Comics』(Twomorrows Publishing/2006)

内容は、1980年代後半から1990年代にかけてのいわゆるグリム&グリッティなコミックについての特集ムックで、クリエイターへのインタビューや代表的な作品紹介が主になってます。ヒーローコミックを語る際にゴールデンエイジ、シルバーエイジといった時代を設定する習慣がありますが、「ダークエイジ(暗黒時代)」というのは、それにならったタイトルですね。

さすがに有名な題材が多いので、インタビューにはよそでカバーされている内容もあったりしますが、それでもまとめて読むとなかなか面白い。スーパーマンやジェイソン・トッドの死、もちろん『バットマン:ダークナイト・リターンズ』や『ウォッチメン』、『マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(日本語版は晶文社刊)など文学性の強い作品もカバーされています。

今回頂いた「DCコミックスがグリム&グリッティに対していかに向き合っていたか」というご質問に対して、直接ご返答になりそうな情報は本書には見つけられなかったのですが、少なくともバットマンの編集者だったデニー・オニールは、自分たちのヒーローの概念は時代遅れになっているのかもしれないと不安を抱いていた、ということがインタビューからわかります。そこで、良心のないバットマン(アズラエル)を作って提示し、その不安に対抗したと発言しています。前項の通り、個々の作品や個々の発言をもって時代を語るのは難しいのですが、これが質問者さんの問いに対するヒントになれば幸いです。

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▲「Batman: Sword of Azrael」(1992-1993)
復讐の天使アズラエルとしてゴッサムで活動する無慈悲なヴィジランテ。『バットマン:ナイトフォール』で背骨を折られたバットマンの後を継ぎ、新バットマンとして活動したことでも知られる。

“暗黒時代”の遺したもの

前述の書籍『Dark Age~』は、最終的な結論として「”暗黒時代”のあいだも、クリエイターの努力とファンの情熱のおかげでメディアとしてのコミックは生き残った」「世界設定が複雑になったスーパーヒーローコミックスは衰退するのか、隆盛するのか? それは歴史が判断するだろう」……と締めくくってます。

この本が出版されたのは今から15年くらい前ですが、80年代から90年代の”暗黒時代”に生まれたキャラクターやモチーフは、現在の最新コミックでも表舞台で活躍しています。それこそチェーンをジャラジャラつけたヒーローも……。何事も新しいチャレンジが大事、受け手も先入観を持たず読んでみるのが大事……というのがわかります。いまのコミックでやっている試みも、少し前の試みも、10年後、20年後にまた振り返ってアレンジされるかもしれませんね。

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今回ご紹介した本

◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『シャン・チー:ブラザーズ・アンド・シスターズ』『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。