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【映画公開記念】バットマン映像化の歴史とコミックスの歩み(後編)

前回に引き続き、DCコミックスの映画最新作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の公開を記念して、バットマン映像化の歴史とコミックスの歩みを振り返ってみましょう!

※CAUTION!  最新作『ザ・バットマン』の元ネタを紹介する中で、ストーリーについて軽く言及しますので、ネタバレがどうしても気になる方は先に映画を観てからお読みください!

文:傭兵ペンギン

『ダークナイト』三部作

21世紀に入り、映画シリーズはリブートされてクリストファー・ノーラン監督による『バットマン・ビギンズ』が2005年に公開となります。バットマンの誕生秘話となっている同作のストーリにーは、1987年の『バットマン』誌で展開された『イヤーワン』(邦訳版はヴィレッジブックス刊行の『バットマン:イヤーワン/イヤーツー』に収録)の影響が色濃く出ています。『イヤーワン』はフランク・ミラーとデヴィッド・マズッケリがバットマン活動を始めた「最初の1年」を描いたものです。映画のラストでジョーカーの出現が暗示されるのも、コミックからの直接的な引用だったりします。

2008年にはその続編で、バットマンとジョーカーの対決を描く『ダークナイト』が公開され、一大ブームを巻き起こします。その人気ぶりは凄まじく、多くのフォロワー作品を生み出しました。DCコミックス原作のドラマ『アロー』などを筆頭に同じトーンを目指した作品が続々と展開され、果ては映画『007』シリーズまで『ダークナイト』っぽい作品を打ち出してきたほど。後のMCUのヒットも、そもそも『ダークナイト』の成功があったからこそとも言われています。

そんな『ダークナイト』に影響を与えたコミックというと、やはり『イヤーワン』と『バットマン:キリングジョーク』でしょう。

クリストファー・ノーラン監督は、ジェフ・ローブとティム・セールによる1997年の『バットマン:ロング・ハロウィーン』(邦訳版はヴィレッジブックス刊行)も影響を受けた作品として挙げています。『ロング・ハロウィーン』は『イヤーワン』の続編として描かれた作品で、バットマンが謎の連続殺人犯のホリデイ追う中で、地方検事のハービー・デントと協力するも、デントは精神的に追い詰められていってしまい、最終的にはヴィランに変貌してしまうという展開です。『ダークナイト』のハービー・デントのストーリーにほぼそのまま使われており、セリフも劇中に登場するスローガンとして引用されています。

2012年には続編となる映画『ダークナイト ライジング』が公開。『ダークナイト』での出来事からバットマンを引退したブルース・ウェインが、ゴッサムシティを狙う傭兵ベインの到来をきっかけに復活を果たすというストーリーで、大枠ではまたしても『バットマン:ダークナイト・リターンズ』の影響が強いものでした。

そしてベイン関連の物語は、バットマン誌で1993年から始まった『Knightfall』というベインが初登場を果たすストーリー(その一部の邦訳版はShoPro Books刊行の『バットマンvs.ベイン』に収録)がベースとなっており、ベインがバットマンの背骨を追って彼を一時的に引退に追い込むというところなども引用されています。またベインが核兵器を使ってゴッサムを完全に孤立させるという展開は、疫病と地震によってゴッサムシティが社会から見捨てられる『バットマン:ノーマンズ・ランド』(1999年。邦訳版はShoPro Books刊)の影響が感じられます。

DCエクステンデッド・ユニバース

そして『ダークナイト』三部作が終了した後、脚本家のデヴィッド・S・ゴイヤーが続投する形でザック・スナイダー監督のスーパーマンの映画『マン・オブ・スティール』(2013年)が公開。その続編として2016年に『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』が公開となり、ついに映画でバットマンとスーパーマンが共演を果たしました。

同作は『マン・オブ・スティール』での出来事でスーパーマンを危険視したバットマンが彼に戦いを挑み、その過程で新たなる脅威と仲間に出会うというストーリー。ブルース・ウェインが歳をとっていたり、バットマンがスーパーマンにアーマーを着て対抗したりと、これまた『バットマン:ダークナイト・リターンズ』の影響が強い作品でした。また今までの映画とは異なり、「コミックのシーンを、セリフも含めてほぼそのまま映画のシーンにする」という引用が行われたのも今作の特徴となっています。

2017年の『ジャスティス・リーグ』でもベン・アフレックが演じるバットマンは活躍を続け、バットマンは2022年公開予定の映画『ザ・フラッシュ』にも登場予定となっています。

『ザ・バットマン』を生み出した作品

そして2022年3月11日に日本公開された映画『ザ・バットマン』では、バットマンは活動を始めてから2年目という設定で、謎の連続殺人犯を追っていくというミステリー色の強いストーリー。先に挙げた『イヤーワン』とその続編の『イヤーツー』、そしてそのさらなる続編の『バットマン:ロング・ハロウィーン』の影響が明確に強いものでした。ハービー・デントこそ登場しないものの、作風としては『ダークナイト』よりも『ロング・ハロウィーン』に近いと言えるかも。加えてゴッサムが大災害に見舞われるといった部分では、『バットマン:ノーマンズ・ランド』からの影響が若干感じられましたね。

今回バットマンを演じたロバート・パティンソンは、このバットマンを演じるにあたってキャラクター像を掴むため1992年の『Batman: Shaman』(Batman: Legends of the Dark Knightの#1~#5。未邦訳)を参考にしたと語っています。こちらはデニス・オニールによる作品で、『イヤーワン』と同時期の、まだ活動を始めたばかりのバットマンを描いたストーリー。敵などの設定は大きくことなるのですが、犯罪者をビビらせるバットマンの荒々しさにはかなり近いものが感じられ、参考にしたことがわかります。

また、マット・リーヴス監督は『バットマン:エゴ』に着想を得たとも語っています。『バットマン:エゴ』は、バットマンがある日追い詰めた犯人が目の前で自殺したことで罪悪感に駆られ、バットマンを引退しようかと悩む中、彼の精神が「復讐に狂う怪物のバットマン」として体現されたイド(無意識)と「理性的なブルース・ウェイン」で体現されたスーパーエゴ(超自我)に分かれて激論を交わし始め、心の闇を掘り下げていくという物語。

ヴィランとの戦いではなく、自分の精神の中での自分同士の戦いを描くというかなり異色の物語であり、『ロング・ハロウィーン』ほど直接的な引用といえる感じではないのですが、バットマンの心の変化はまさにこの『エゴ』から大きなヒントを得たものなのでしょう。

ちなみに今回ShoPro Booksから刊行された邦訳版『バットマン:エゴ』は、映画の着想の元となったストーリーに加え、同作を生み出したダーウィン・クックがアートを担当した様々なバットマン関連作品が収録されている短編集。アニメからコミックのアートにメインの活動の場を移した経歴の人物で、そのスタイルはデフォルメが強めのカートゥーン調でありながら、複雑さを持つ独特のもので非常に高い評価を受けています。

映画に合わせて楽しむというのはもちろんのこと、ダーウィン・クック作品をまだ読んだことがないという人は是非そのアートの魅力を『バットマン:エゴ』で体験してもらいたいです……!

『バットマン:エゴ』より、ダーウィン・クックのアートワーク

また『ザ・バットマン』と世界観を共有するドラマシリーズも展開予定。そのうちの1つがゴッサム市警の警官たちを主人公にしたもので、こちらは同じくゴッサムの警官たちの活躍を描く『ゴッサム・セントラル』(邦訳版は『ゴッサム・セントラル:正義と悪徳と』の題でShoPro Booksから刊行)がベースとなる……はずだったのですが、映画公開後に一旦プロジェクトの休止が明らかとなり、その代わりにコリン・ファレルが演じたペンギンを主人公にしたギャングモノのシリーズとアーカム・アサイラムが舞台のホラーものが展開予定とのこと。前者の方には『ゴッサム・セントラル』の要素があるのかも……?

『ザ・バットマン』から生まれた作品

さらに『ザ・バットマン』の製作に参加した脚本家のマットソン・トムリンによる『バットマン:インポスター』も発売中。こちらは映画と直接の関係はないものの、トムリンのインタビューによると、『ザ・バットマン』の製作中に四六時中バットマンのストーリーを考える中で生まれたアイデアがベースで、テーマやトーンは映画と同様にしたのだとか。

ストーリーは活動を初めてまだ1年ほどのバットマンが段々と注目を集める中、彼のことを疎ましく思うゴッサムの裏社会の権力者たちがバットマンの偽物(インポスター)を生み出し悪事を働くことで本物の名を陥れ、バットマンは偽物を追いながら警察にも追われる……という苦しい戦いを強いられていくというもの。

映画とも基本的な設定はかなり近く、まだ経験の浅さが残る泥臭く荒削りな戦い方をするあたりにも共通の魅力があり、今回の映画が気に入った人なら間違いなく楽しめるはず。アンドレア・ソレンティーノによる写実的なインパクトのあるアートも相まって、いわば現代版の『バットマン:イヤーワン』ともいうべき作品となっています。

『バットマン:インポスター』より、アンドレア・ソレンティーノによるアートワーク

ライターのマットソン・トムリンは、今回の映画の製作に関わったことでDCコミックスのオフィスを訪れ、コミックの脚本も書くことになりました。しかし残念ながら、映画にはクレジットはされていないそうです(その理由は明らかになっていませんが、全米脚本家組合には最終的な脚本の33%に使われていないとクレジットされないというルールがあるので、もしかするとその都合上ノンクレジットとなってしまっているのかも)。『バットマン:インポスター』は非常によく出来たストーリーなので、彼にはこれからもコミックも書き続けてほしいところ。

それにしても『ザ・バットマン』は映画としてめちゃくちゃ面白く、かつコミックの影響が如実に感じられる作りでコミックファンとしてはそこもワクワクさせられたポイントでした。かつての映画と同じく、コミック作家にも刺激を与えることは間違いないので、映画の続編も楽しみですが、これからのコミックも楽しみですね。

過去のバットマン映画を振り返りつつ、今回紹介したコミックスもチェックして最新作『ザ・バットマン』をいろんな方面からじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

傭兵ペンギン
ライター/翻訳者。映画、アメコミ、ゲーム関連の執筆、インタビューと翻訳を手掛ける。『ゴリアテ・ガールズ』(ComiXology刊)、『マーベル・エンサイクロペディア』などを翻訳。
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