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SF小説『___ over end』⑦

「ホワイト、起きろ」
 体を揺さぶられて、ルーワァは唸りながら目を覚ました。外はまだ暗い。
「何?」
「静かに。家の周りに怪しい奴らが何人もいる」
 父は小声でそう言った。隣の部屋から祖父母に連れられたアルジーが千鳥足でフラフラと歩いてくる。ルーワァも慌てて布団から抜け出して緊張感を携えた。
「こんな田舎の家を誰が狙うの?」
「知らないさ」
「年々この辺りも治安が悪くなってるわ」
 と祖母が呆れたように呟いた。
「とにかく、何をされるかわかったもんじゃない。地下道へいく準備をしよう」
「えっ、地下道があるの? かっこいい!」
 アルジーが能天気に呟いたので、ルーワァは一発げんこつを喰らわせてやった。
「夢から覚めなさいって」
 家の四方八方から人の気配がした。一人二人とかいう単位ではないだろう。しかも、誰もが気配を消すつもりすらないらしく、地面を擦る足音も陽気な会話も聞こえてくる。そしてついに、外にいた荒くれ者の誰かがルーワァたちに向かって声を発してきた。
「そこにアルジーとかいう小太り坊主がいるだろう? 俺たちはそいつを狙ってきたんだ」
 ルーワァ家の目が一斉にアルジーに注がれた。てっきり自分たちを狙ってきたものだと思っていたため、完全に虚を突かれた。ただ、アルジーに驚いている様子はなく、それを聞いてただ肩を落とすだけだった。
 外の男は話を続ける。
「アルジーを大人しく渡してくれたら、この家の住人には何もしない。約束しよう。さぁ、聞こえているんだろう? 三分以内に小僧を外に連れてこい」
 階段を降りて外に出ようとしたアルジーをルーワァたちが懸命に留めた。
「ちょ、ちょっと待てアルジーくん」
「大人しく出ていくなんて馬鹿げてるわよ」
「でも狙われているのは僕なんですよ。ルーワァ家を犠牲にすることはできません」
 やけに冷静なアルジーは、そう言うとまた一段階段を下に降りた。またまた慌てて止めるルーワァ親子。
「どうして狙われるんだ?」
「多分、僕のおばあちゃんが偉大だから」
 父は納得して頷いた。
「なるほどわかったぞ。奴らは恐らく月面望遠鏡廃止を望む過激派だ。月面望遠鏡の老朽化とフロンティアの拡大で月円望遠鏡の維持が今疑問視されている。だから反対派は孫の君を人質に――」
「お父さん! 今はそんなことどうでもいいでしょ。アルジーをそのまま引き渡すか、それとも家を焼かれるのかどっちかを選ばなきゃ!」
「僕が焼かれるよ」
 そう言って階段を降りようとするアルジー。
「あんたには聞いてない、お父さん!」
 父は何故か自慢げな顔をした。
「そんなもん決まってる。アルジーは渡さないし、この家も焼かせない。この家はいつまでも、あいつが帰ってくる場所だ」
 祖父母を地下道に先にいかせ、父は拳銃と猟銃を取り出した。
「私も戦うわ」
「ぼ、僕も」
 父は一瞬躊躇ったが、二人に銃を渡した。
「失神モードにしてある。訓練の成果を見せてくれよ。絶対に死ぬな」
「もちろん」
 外にいた人間の声が荒れた。
「残念だ。三分が経過してしまった。……お邪魔するとしよう」
 しかし、ドアを蹴破って先陣を張った人物は、突如機械音と共に開いた床によって、奈落の底へと落とされてしまった。続いて二人目も不注意な輩で、入って一歩目の落とし穴に気づかずに垂直に落下していった。三人目はようやく落とし穴の存在に気がつき、飛んで落下を回避したが、回避した先には銃を構えた父がいた。
 ドン!
 三人目の人物が数メートル後方に吹き飛ばされ、地面を転げ回った。
「何なんだこれはぁ!」
 からくり仕掛けの落とし穴を操っていたのは、地下道にいる老夫婦だった。地下道はただの逃げ道ではなく、家に備えられたギミックを発動させる秘密基地だったのだ。
祖父は豪快に笑った。
「我々ルーワァ家の用心深さを舐めるなよ!」 
 やっと余裕の表情が消えた敵集団。
「一気に攻めろ!」
家の全方向から乱暴に敵が乗り込んできた。
敵の銃撃による赤や青色の閃光が暗闇を眩しく照らした。すかさず父とアルジーの銃が
火を噴き、敵からうめき声を呼び起こした。火花が散り、爆音が鼓膜を突き破る。ルーワァのすぐ横にも黄色の閃光が飛んできてテレビに直撃。テレビは悲鳴を上げて天井にまで吹っ飛んだ。すかさずルーワァが黄色の閃光の発端を目掛けて引き金を引きまくるが、発せられた緑色の閃光は全てあらぬ方向へと飛び散り、自らの家を盛大に破壊した。ルーワァは自分に対して酷い罵声を浴びせた。
 敵が背後にも出現した。家の柱という柱からあらん限りの武器とトラップが弾き出てきて敵の足を止めるが、それでも包囲網は縮まっている。
アルジーの尻を紫色の光線がかすった。
「もう少しで焦げブタになるところだった!」
 安堵している暇はない。尻を抑えるアルジーを目指して、間髪入れずに敵の一人が銃を構えた。いち早くそれに気がついたルーワァが、阻止するべく銃口をその敵に向けた。
 簡単なことよ! ただ銃の先を相手に向けて引き金を引くだけなんだもの! 誰でもできる! 私ならできる!
 が、希望を込めて発したルーワァの光線は標的の遥か手前の地面で炸裂し、敵に対しては全くの無害だった。
「何でよ!」
 怒り狂ったルーワァ。戦闘中だというのに、なんと自分の銃をその場に叩きつけてしまった。
銃の才能がない私なんて生きていても意味はない!
 が、悲嘆の叫びを上げる瞬間こそ、人の頭はすっぽりと白色に覆われ、やけに冷静に自分のすべきことを教えてくれるものだ。
 ルーワァは、たまたまその場に立てかけてあった金属バッドを握った。最早戦意は喪失していたが、何故か体が武器を欲し、銃ではなく野球で使うありふれたバッドを手に取ったのだ。
自分でも気がつかないあっという間に、ルーワァは手に持った金属バッドでアルジー目掛けて放たれた高速の光線を弾き返していた。意思より先に体が動く。腕が滑らかに素早く動き、目にもとまらぬ速さで光線を全て防いだのだ。身のこなしが全く違う。机を飛び越し、地面を滑り、敵の急所に一撃でダメージを与える。最高級の舞いのようであった。扇子を持って優雅に踊る踊り子。センスはそこにあったのだ。
「ホワイト!」
 父が驚きと驚愕の声を混ぜて叫んだ。叫んでいる間にも部屋を縦横無尽に飛び回るルーワァは、数多の敵を神速ともいえる速度でなぎ倒していっていた。
 バッドで最後の一人を美しく打ち倒したルーワァは、バッドをその場に落とし、小刻みに震える自分の手を、まるで自分の体ではないかのように、ショーケースの中にある誰しもが憧れる高額商品を見つめるように、カッと開いた瞳孔で凝視した。
「ルーワァ!」
アルジーがスポーツを観戦している並みに陽気で興奮した声で叫んだ。
「銃なんかじゃない、剣だ。ルーワァの才能は剣にあったんだ!」

 失神してピクピクしている敵を紐で固く結び、警察を待っている内に朝が訪れた。溢れ出るアドレナリンも切れてきて、庭先でウトウトとしていると、ようやく十時ごろ警察がやってきた。
 激しい戦いの跡を見て警察は飛び跳ねた。どうせ大した事件ではないと高を括っていたのだろう。
「何ですかこれは!」
 さすがの父も、疲労も相まってこの対応にはブチギレた。
「遅いわお前ら!」
 警官たちは謝りながらも、しかし必死に言い訳を挟んで自分たちの非を微妙に揉み消した。
「違うんです。こっちも、というか世界中が今地球のことなんかに構っていられる状態じゃないのは知って……テレビ観てます?」
 ルーワァたちは首を横に振った。テレビは昨晩飛び散った。
「今、宇宙で大変なことが起こっているんです――」

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