見出し画像

短編小説『やかましかったから』

 例えばこんな場面だ。
 スーパーに買い物に行った時、俺は気になる玩具を見かけて、弟と一緒に母の元に持っていった。妹を片手に、商品を凝視する母は、俺の玩具に一瞥もくれなかった。
「買わないよ。戻しなさい」

 例えばこんな場面だ。
 父と一緒に映画館に行った時だ。俺は観たい映画を堪能できて大興奮、ハンドルを握る父に向かって、あのシーンがよかっただの、あのシーンがえぐかったなどと熱烈に喋りかけたが、父は俺の十分の一の熱意も持っていなかった。
「そんな場面もあったっけなー、よかったな」

 親が嫌いということではなく、いやむしろ好きだったんだ。好きだったからこそ、親から愛を感じない思い出が強く残った。俺はわがままな人間だよ。愛されていると感じた場面はどれだけでもあった。あったのに、百パーセントで愛されたい俺は、ほんの些細な出来事に勝手に傷ついて、あろうことか恨んだ。人間誰だって、疲れたり精神的に弱っちまう瞬間はあるだろうよ。

 父は結構頭が良かったらしい。難関国公立を経て、超有名大手企業の部長として長らく働いていた。
だから俺は、大学に行くのをやめて、大手企業への道のりを手動で閉ざし、汗水流して建物作る仕事に飛び込んださ。

 母は料理が上手だった。一度として同じ料理が出てきた経験がない。だから俺は、絶対にキッチンの前に立つことはなかった。電子レンジと湯沸かし器の前には年中無休で立っていたがな。

 弟と妹は、大学に行き、いい企業に就職し、やがて配偶者を見つけ、子どもが生まれた。弟にはつい最近、孫が生まれた。もちろん俺は――

 要は親の背中を追いたくなかったんだな。断固として、それを拒否した。父は激昂、母は無視。俺は誉れ高き悲しみを噛みしめていたよ。俺は世界で一番親からの愛情を受け取っていない不幸な人間だ、って本気でそう思ってたよ。それでも我慢して、我慢して、我慢している、世界で一番優しい人間は俺なんだ、とも本気で思っていたよ。

 ――もちろん俺は、七十を手前に未婚独身、親の背中を追いかけなさすぎて、キャバクラ通いの最年長の名をほしいままにしているってわけさ。

 慰めは不要だ。なんなら笑ってくれ。わりかし笑い話にでもなるだろうよ。自分では悪くなかったと思うんだ、俺の人生は。

 ただまぁ、なんというか、いよいよ俺も天国か地獄かはわからんが、平らな心電図へのカウントダウンが始まってな、病床に伏せて天井を見つめていると、結局最後は親の背中を追ってるじゃないかと思っちまってな。考えりゃわかることだったんだ、何故って俺は不死身なわけではないんだから、親と同様に、いつかは目を永遠に閉ざし、へこへこと親の背中を追いかける運命にあるってことは。
 これは後悔なんかな。
 まぁでも不思議なことに、嫌な気分じゃないんだ。知らず知らずの内に親の背中を追っていたとしても。それから少なくとも、俺に子はいねぇ。子が俺の親の背を追うことはない。

 なんかよ、俺もそうだけど、人間って絶対誰かを追いかけてねぇか。ダサくないのか。

 お前らさぁ、死んだ方がよくないか。弟に言ってやればよかったな。子どもと孫を殺して、お前も死ぬべきだってな。

 どうせ誰も俺の背中は追わねぇよ。

 やったー、一人で死ねるぜ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?