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SF小説『___ over end』⑧

 静止軌道上宇宙ステーション〈ファースト〉
 対月面基地の本部となったオペレーションルームは大混乱していた。あっちで大声が飛び出し、こっちで発狂が巻き起こり、敷き詰めた人と人が荒波のようにぶつかり合いうねっていた。
「依然〈ヴィンテージ〉からの連絡はありません!」
「しかし基地が内部から破壊されているのは事実です!」
「進行中の大事な実験がいくつあると思っているんだ!」
「知らねえよ!」
「お前、上司に向かって知らねぇよとはなんだ!」
「ともかく、月面からの脱出を防ぐために遠隔操作で船を全てロックしますね!」
「どこかの星が攻めてきたのでは?」
「我々が存在に気づけない新たな敵の出現とでも言うのか?」
 そんな状態なのだから、誰もクリスたち新人を構っている余裕などない。しかしそれが功を奏し、クリスたち新人は慌てるオペレータールームの端っこに縮こまり、一体今何が起こっているのかを把握することができた(ちなみに教官もクリスの横で大人しくしている)。
 分析官と生物学者がオペレータールームに駆け込んできて、重大発表を叫んだ。
「皆さん聞いて下さい。〈ヴィンテージ〉内のカメラに接続して交信が途絶えた数分前の映像を分析したところ、帰還した太陽系外惑星探査船が破損した小型の土星周回船を回収しているのがわかりました」
「それで?」
「そこなんです。施設の中でその小型船が突如爆発し、何かしらのガスが発生。そのガスを吸ったことで、職員たちが暴走しているようなんです」
「暴走?」
「あ、いや……正確には、操られていると表現するべきですね。……職員たちに生体反応がないんです」
 オペレータールームにいた全ての人間が肩を落とし、苦しく重いため息を吐いた。
「爆発で死に、その死体が操られているということか……」
「えぇ。爆発で死ななかった職員も、操られた職員に殺され、ガスの口移しで操られているようです」
「そのガスとは一体なんだ」
 生物学者が答えた。
「断定はできません。が、恐らく兵器でしょう。かつてグリンガンの施設で、ガスで死体を操る研究がされていました」
「くそっ、グリンガンめ」
「断定はできませんって!」
「そのガスはまだ残っているのか」
「いいえ、既に空気管理システムで浄化されました。残っているのは、暴走する傀儡と化した人々だけです」
 なんて表現だ! 正義感の強いクリスは叫びそうになったがぐっとこらえた。人類が宇宙に進出して以来の緊急事態だ。たかが新人のクリスの叫びなど場を乱すだけだ。
「爆破しよう」
 重役の一人が口を開いた。
「ガスの脅威がないと言い切れるものでもない。これ以上の被害を防ぐために、月面基地ごと破壊してしまおう」
 同意の声も上がったが、反対の声とどよめきの声の方が大きかった。
「そんなことはできん! 一体月面基地にどれだけの費用をかけたと思っているんだ。また一から月面基地を設立する余裕などないのだぞ!」
「そうだ。それに職員たちのこともある。彼らは無実だ。せめて遺族の元に死体を返してあげようとは思わんのか」
「甘ったれたことを言うな! ガスは未知の敵から送られてきた兵器だぞ! つまりは戦争なんだ! 金だ人道だのを理由に全人類を危険にさらすのか?」
 ミサイルで全てを消す派と歩兵部隊を派遣して基地を制圧する派に分裂し、盛大に揉めた。揉めに揉めた。互いに妥協を許さない平行線の虚しい口論だ。
 痺れを切らした歩兵部隊派の人物がついに動いた。
「ええい、おいお前。この辺りにいるありったけの歩兵部隊を集めて月面に向かわせろ」
「勝手な行動をとるな!」
「いけ、いけぇ!」
 上司に命令された部下がオペレータールームから出ようとするのを、ミサイル派が必死に止めようと進路を妨害し、けれども歩兵部隊派がミサイル派に後ろから飛び蹴りをかまして部下の進路を再び開けた。意見と意見のぶつかり合いが、いつの間にか拳と拳の殴り合いになる。
 責任者たちの熱い戦いに終止符を打ったのは、意外にもオペレータールームの一席に座っていたまだ若い隊員だった。もちろん、いい終止符の打ち方ではないが。
「すみません その、あの、僕、ミスしてしまって……」
「なんだ、言え!」
「……えっと……ここでの会話を全て垂れ流しに……」
 全員が驚いて仲良く一斉に乱闘騒ぎをやめた。
「会話を垂れ流しに?」
「ごめんなさい、映像もです」
「全宇宙ステーションにか?」
「いえ、全……地球にです」
 その衝撃の発言に、驚きを通り越して全員が仲良く一斉にその場に崩れ落ちた。
「な、何だって!」

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