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SF小説『___ over end』②

「アルジーとルーワァ。三十分後の箱に二席用意した。それに乗って地球に帰れ」

 箱とはエレベーターのことだ。そう、地球と宇宙を繋ぐエレベーターだ。こいつに乗って地球から宇宙へと向かう時の感動といったら並大抵のものではない。青い空が次第に漆黒へと変わっていくのだ。頭の先からつま先まで身体の全てに鳥肌が駆け巡る。
 しかし、今はまるっきり逆だ。下降。神秘的な漆黒が安っぽい水色に変わってしまう。
 ルーワァは目をつぶって溢れ出そうな感情を必死でこらえた。
 気持ちまで降下していくようだ。
 その隣でアルジーが何か食べていた。静かなエレベーターの中で、ボリボリボリボリと咀嚼音が響いている。アルジーなりに気を使ったのだろう。ルーワァにそれを差し出した。
「食べる?」
「いらない」
「美味しいよ。おばあちゃんが作ってくれたレンバス。長期間保存ができるんだ。ほら」
「いらないってば!」
 ルーワァは苛立ち、席から立ち上がってレンバスを拒否した。
 しかし、落第した訓練生に人権はないというのか……ルーワァとアルジーが乗せられたエレベーターは貨物専用で、立ち上がったルーワァはすぐに巨大な荷物に頭をぶつけて、先ほど座っていた席に一瞬で戻ることになってしまった。
 もう少しで涙を流すところだった。潤んだ瞳を隠すために、ルーワァは再び不機嫌な態度で身を縮めた。
「そんな落ち込む必要はないよ。また四年後に挑戦すればいいじゃない」
「四年後じゃ遅いのよ! ワールドカップじゃあるまいし。私は今すぐにでも宇宙で働いて、太陽系外の探査船に乗りたいの!」
「どうして?」
「どうして? 私のお母さんは、太陽系外探索船に乗ったままもう十年も帰ってきていないの! 何があったのかは全くわからないけれど、今ならまだ生きているかも。でも四年後は死んでるかもしれないのよ! 知ってるのに言わせないで!」
「知らないよ」
 とアルジー。
「初めて聞いた」
 そこでルーワァも平静を取り戻した。
「……あぁ、そうね。私、あなたと話したことほとんどなかったわ。そういえば」
「その通り。僕は筆記テストも実技テストも最下位の落ちこぼれ、アルジー・トレバーさ。僕と話したい人なんていない。よろしく」
「自分で言うの……?」
 アルジーが握手を求めてきたので、ルーワァは顔を引きつらせながらその手を握った。
「ホワイト・ルーワァよ」
「これまではあんまり喋らなかったけど、同じ落選者同士仲良くしようね」
 ルーワァは肩を落としてげっそりとした表情になった。
「あっ、でもそういえばアルジー。あなたのおばあちゃん、月面望遠鏡設立の中心人物でしょ。今でも連合で力を持ってる。コネかなんかで私を正式な隊員として……」
「そんなことを許すおばあちゃんじゃないさ! どうして今僕が地球帰還のエレベーターに乗ってると思うの?」
「……確かに……」
 宇宙でいらなくなった巨大な貨物と、宇宙でいらなくなった落ちこぼれの人間二人を乗せて、エレベーターは茶色の大地にグングンと近づいていた。

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