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SF小説『___ over end』完結

 ……こうして、一連の騒動は幕を閉じたのであった。宇宙ステーションに迎えられたルーワァとアルジーが大歓迎されたのは言うまでもない。アルジーは泣き喚きながらルーワァに抱き着いた。極度の緊張と疲労にアルジーの軽くはない体重が押し寄せて、ルーワァはそのまま横にぶっ倒れた。
「やったぁ、やったね、ルーワァ!」
 重い、重いと言いながらルーワァは笑った。筋肉は疲労でピクピクと痙攣しているが、その疲労に含まれている達成感と高揚感かたまらなく気持ちいい。実力を引き出し、勇気を振り絞り、その結果地球を守り、理想の人生へと能動的に足を踏み出すことができたのだ。
「でもこれからでしょ、アルジー」

 火星。
 アルジーとルーワァは、ヘルメットが重すぎる旧型宇宙服に身を包みながら、無人ロボットと一緒にひたすら火星の地面をスコップでならしていた。見渡す限り橙色の広大な世界で、しかもそこでやるのが単調な砂遊びときた。これほど退屈で、一秒が経つのに一時間を要する仕事はない。
「どうして私たちあんな大活躍したのにこんなとこでこんなことやらされてるのよ!」
 ルーワァは怒って石を蹴り飛ばした。ロボットにゴツンと当たり、ロボットは不機嫌そうに体を揺らした。
「そりゃそうでしょ。確かに僕たちは超絶大活躍したけどね、同じくらい前代未聞の数ルールを破ったんだよ。こんな労働で済んでるだけ感謝しなきゃ。少なくとも、宇宙で働けているんだしさ」
「いいわねぇあんたはそんな能天気で。私は早く太陽系の外に飛び出したいのよ!」
「あんな危険なところよくいこうと思うね。何があるかわからない。あのガスが本当にグリンガンから送られてきたとしたなら、あっちは戦争する気満々ってことだよ。とんでもない戦いになる。それに、あのガスがグリンガンの仕業じゃなかったらもっと大変だ! また別のところと戦争しなくちゃなんないし! それに――」
「あぁ、うるさいうるさい。大人しく仕事しなさいよ」
「最初に喋り出したのは君だろ!」
 二人は数秒沈黙し、それから噴き出した。
「アハハ、本当に信じられないわ。私たちついこの前訓練生の試験落ちたはずなのに」
「気がつけば月面にいって、気がつけば火星の労働者になってる!」
 二人で笑い合い、ふざけ合っていると、一台のローバーがゴロゴロと地面を転がってこちらに近づいてきた。
「えっ、えっ、何」
「怖い怖い怖い、まさかこの誰も見ていない状況で僕たちを殺そうっていう算段じゃ……」」
 プログラミングされた道のりを自動で走ってきたローバーは、二人の目の前で止まり、そこからスコップを持った旧型の宇宙服姿の男が降りてきた。
 その男はやけに優雅な足取りで歩いてきて、恐怖で動けなくなっている二人の前に慣れ慣れしく立った。
 ヘルメットの中を見て、ルーワァとアルジーが同時に叫んだ。
「クリス⁉」
「えっ、訓練生一の秀才が何でここに?」
「どういうこと?」
 クリスはヘルメットの中からでもわかる爽やかな笑顔で、二人の質問を華麗に無視して砂を掘り始めた。
「さぁ、仕事をしよう。早く終われば僕たちも早く宇宙に戻れるかもしれないよ」
「ちょっとクリス答えて」
「一体何をしでかしたら僕たちと同じ罰を受けることになるんだよ」
「いやぁ、火星は広いねぇ」
「はぐらかすな!」
「ねぇ、どういうこと、ねぇ、もしかして女性の上官に色気使ったとか? 上官を殴ったとか? ねぇー、教えてよ!」
 誰もいない火星で土をならすという、とてつもなく無意味な行為を規則破りの罪でやらされる三人。
 一人は筆記テストも実技テストも完璧だが、あふれ出る正義感と仲間思いで規則を破ってしまったりする男。一人は、筆記テストも実技テストも最悪だが、宇宙一のパイロットになれる才能を持つ男。そしてもう一人は、狙撃力がゼロで宇宙で使い物にならないと捨てられても、剣という武器で新たな価値を見出した女。
 誰も存在を知らない無名の三人。
 彼らが太陽系の外に飛び出し、銀河中にその名を轟かせるのは、また先の話……。

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