見出し画像

短編小説『カラカラ』

 卵から出てくる瞬間を見たかった。
 深夜まで起きて、ヒビが入った卵を今か今かと凝視した。でも、朝陽が薄っすらとさしてきてもまだ、ヒビの本数が増えただけで、中身は姿を現さなかった。我慢しきれなくなった私は、手助けをしようとしてヒビの中に指をつっこみ、中の生き物は死んでしまった。
 次はなんとしてでも出てくるまで我慢しようと思った。絶対に干渉しないと決めていた。しかし、中の生き物は非力な個体で、一人で殻を破る程の力はなく、外界に出る前に死んでしまった。
 今度こそ、中身の力を信じつつ、状況次第では優しい力を行使して、卵から出てくる瞬間をこの目で記録しようと思った。が、ほんの僅か、ふと目を離した刹那に、卵から出てきてしまっていた。私は興味を失くし、出てきたものを踏みつぶした。

 そんな、稚拙な私の愚かな奇行がふと思い出されたのは、病床にて、誕生した我が子の産声を聞いた瞬間だった。産まれる前に思い出すならいざ知らず、後に思い出すのがなんだが不思議で引っかかった。その時は。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?