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SF小説『___ over end』⑫

 歩兵たちは白銀の宇宙服に身を包み、顔だけ出して戦う。一昔前まではヘルメットというものをつけなければ船外活動を行うことができなかったが、今では液体の技術が発展し、宇宙服の首のあたりから透明な液体が顔に張り付き、それだけで呼吸も満足にでき、圧力でぺしゃんこになることもないのだ。
 そんな顔だけ出した状態で銃撃戦だ。各々が好きな銃を持ち、好きな色の光線を出すことができるので、遠くから見ると虹がかかったように見える。皮肉なもので、とても美しい。盾には青色の液体が使われる。普段は鉄パイプを組み合わせたような骨組みだけの状態で、戦闘時にボタンを押すと、防御に特化した液体が張り巡らされて、人が持てるくらいのサイズの銃の光線ならほとんど防げる頑丈な盾になる。ただ、困ったことに非常に生産量が少なくそして重い。兵士一人一人の服に纏わせるのは無理な話だ。
 想像がついただろうか。
 宇宙という暗黒の世界で、敵と味方が虹を紡ぎながら殺し合う、綺麗でおぞましい戦い。
 現在、月にも七色の虹がかかっていた。
 急遽集められた百人あまりの歩兵が、月面基地の守りを固める元地球連合隊員たちを制圧しようと銃で総攻撃を仕掛けていた。それにしても、死体を操るとはどれくらいのことまでできるのだろうか。死体のくせに宇宙服を着て、まるで訓練されているかのように連携のとれた攻撃を返してくる。急な召集で連携のれの字も取れていない歩兵たちは(一時間前まで爆睡していた兵士もいるのだ)、苦戦を強いられていた。
 虹の左側に生々しい赤色が混ざり始めた。腹部に光線を喰らった隊員。腹を必死で抑えるが、無重力の世界に飛び散る粒状の血液を抑え込むことができず、やがて命を失った。また、同じく腹に攻撃を喰らった兵士は吐血し、口から出た血が顔を覆う液体と混ざって、顔面全体が血で覆われているような惨たらしい状態でその場に倒れた。さらに、顔面を光線で丸ごと失った隊員は、顔を失ったことに気づかず、何秒か銃を撃ち続けた後に倒れた。何故自分が倒れるのかわからず首を傾げようとした時に初めて首がもうないことに気がついていた。
「一時撤退した方がいい!」
「許可されていない」
「何でお前がリーダーぶっているんだ!」
「お前が言うことに皆が従うのならお前がリーダーになればいいさ!」
 味方同士に言い合いが発生している始末だ。言い合いに夢中になっていると、敵の攻撃を喰らって死亡する。
 戦場のど真ん中に古いシャトルが激しく着陸したのはその時だった。不時着かもしれない。シャトルはあちこちが焼け焦げ、よくこれで宇宙を飛べたものだと素人でも驚くほどにオンボロだった。レゴリスを派手にまき散らし、虹を盛大に断裂させた。
 戦場に困惑が走る。
「何だ?」
 中から出てきたのは、銃を持たない、十八になったばかりの女性ただ一人だった。宇宙だと余計に弱弱しく見える。
古いシャトルから出てきただけあって着ている宇宙服も古くやけにゴツゴツとしているが、そんなことよりやはり銃を持っていないことが不自然だ。盾を持っているわけでもない。空いた両手で剣を握っているのだ。エメラルドに似た緑翠の宝石が散りばめられた大剣で、柄は金色、刃は月という灰色の世界でも輝く艶めいて映える白銀色だった。
「馬鹿な、剣で何ができる!」
 現場にいた歩兵も、オペレータールームの上層部も、教官もマーカスも皆が声を荒げた。救世主のように現れ、一瞬抱いた期待を返してくれと言わんばかりの落胆と嘲笑だ。感覚的には、剣など白黒テレビと同等の古物扱いなのだ。
 攻撃対象を認識した死体たちが攻撃を再開した。光線がルーワァの顔面目掛けて飛んでくる。
 ルーワァはそれを易々と剣で弾き返した。弾き返された光線が撃った張本人に返却されて直撃、死体が死体に戻った。
 驚きすぎて誰も声を出せない。
 ルーワァは素早い身のこなしでシャトルから飛び降りると、敵のど真ん中に降り立ち、バッサバッサと敵を切り倒し始めた。
敵を一体倒す度に、それを傍観する人々の熱が高まっていった。
「……凄い!」
光線を軽々と切り裂き弾き、敵の銃を砕き飛ばし、肉体を叩き割る。
「凄いぞ!」
 華麗に宙を舞い、機敏に敵を刺す。
「凄すぎる!」
 味方の歩兵は持っていた銃を思わず手放した。最早そんなものはいらなかったのだ。歓声を上げて拳を掲げる。
 ルーワァは月面で一番、いや、今この瞬間だけは、宇宙で一番の輝きと脅威を発していた。
「自由の女神だ!」
 誰かが叫んだ。
「オルレアンに現れた救世主だ!」
 また誰かが叫んだ。
 ルーワァは、最後に残った敵にとどめを刺した。刃が真空を削り取り、敵の体と一緒に月面をも切り裂く。爆風でも吹いたかのように盛大に飛び散るレゴリス。ルーワァの表情は、戦で現れるであろう全ての感情を押し殺し、その全てを剣を振るう力に変えているような、鋭利な勇ましさのみが孤独に佇む強い顔つきだった。
最後の敵がその場にフワリと倒れ込む。
 ルーワァは、巨大な剣を月の地面に突き刺し、両手を頭上に高々と掲げた。太陽系の遥か向こうに届くよう、精一杯に。
 次の瞬間。沈黙の世界に歓声が鳴り響いた。

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