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サハリン2開発に反対した私が、今サハリン2からの撤退に反対するわけ⑤(最終回)

資源開発における「相互依存(共存)」とは

人類の相互依存というのは、グローバル社会でまさに実践されてきたことなのだろうが、あまりにも「経済」や「競争」の原理がはびこり、本来の意味での相互依存、つまりは「共存」の原理がすっかり見えなくなっている。

エネルギー資源をめぐるビジネスはその最たるものだろう。開発に巨大な資金が流れ、地域の環境や人々の暮らしは二の次とされ、多大な犠牲の上に生み出された利益や生産物をほんの一部の人が享受する。

サハリン2の天然ガスの大半は、日本のガス・電気会社が20年~24年の長期購買契約を交わしており、このままゆけば2030年頃まで日本社会で享受される。しかし、もともとこのガスは、サハリン州のエネルギー不足や大気汚染を解消するために、地元の人々が長年使用を期待していた資源であったことは知られていない。また、サハリン2によるロシア側の収入のほとんどは、サハリン州ではなくモスクワの連邦政府に入る。

石炭火力ユジノ近郊2
2005年のユジノサハリンスク。石炭火力発電による大気汚染が深刻で、島のガス化が念願だった

それはロシア側の事情だとしても、日本のような資源のない国は、金にものをいわせておしまいではなく、資源を生み出している地元サハリンの環境や人々に対し敬意を払い、事業のはじまりから終わりまで、責任や配慮のある関与をおこなうことが、本来あるべき資源外交ではないか。それがその次の相互依存となるビジネスへとつながるはずだ(今回は深く入らないが、サハリン州は北方四島の管轄区であり、ここでの日本による経済活動の意義は深い)。

その相互依存にある国において、他国との間に今回のような受け入れがたい事態が発生した場合、すぐに関係を切るのではなく、あらゆるルートを通じて、正常化(停戦)に向けた働きかけを試みるべきではないか。

当時、サハリン2に公的金融機関として唯一融資(民間銀行と合わせて約5,500億円)をおこなったJBICの総裁は、ロシアのウクライナ侵攻後、「融資返済はすべて完了している」、「戦後の秩序を力で変更する暴挙」でありロシアと「付き合いを続けることはあり得ない」などと発言したが、これは、公的な資金が生み出してきた国や地域、人々との間の関係性には一顧だにしないものだ。

一方JBICは、ロシアのアークティックLNG2にも巨額の融資をしている。note④で紹介したように、環境上受け入れがたいプロジェクトであり、生産はまだ開始されておらず、個人的には真っ先に「撤退リスト」に挙げたいが、このプロジェクトにはロシアのみならず、中国の国営企業や公的金融機関が参入している。その気にさえなれば、日・ロ・中でビジネスの正常化や地域の安定化を目的とした協議を試みるなど、ひとつのパイプとして活かすこともできるはずだ。

切ることはいつでもできるが、一度切れたものを元に戻すのははるかに難しい。相互依存にある国とは、その友好関係を保ち続けるために、一定の努力を払うことが、最終的には「自国(ひいては他国)の利益」につながるのではないか。

隣国との相互依存の回復をはかる視点

このnote③で、日本は「米国の防波堤であることからいったん離れ、独自の目で、隣国やアジア、世界の中での日本の立ち位置を見直し、自立した行動を取ることが、現在の人類の危機を救うことにつながるのではないか」と書いた。

もうひとつの隣国の中国との関係において、サハリン2を通して見えてきた「日本の姿勢の問題」を、最後に書いておきたい。

ロシアのウクライナ侵攻後、シェルがサハリン2から撤退表明したのを受け、「日本は撤退するのかしないか」という問いに対し、3月上旬に萩生田経産大臣は「どこかの第三国が権益をとってしまっては制裁にならない」と発言し、撤退に慎重な姿勢を示した。

ここでいう「第三国」とは、中国を指している。

この発言を聞いたとき、私は、15年以上も前の、サハリン2への融資から日本(JBIC)が撤退するかしないかの議論の再来かと思うほど、日本側のロジックが当時と変わらないことに驚いた。

当時、サハリン2の開発による環境・社会問題が深刻化し、国際的に、公的な銀行は融資検討から撤退すべきだという声が高まっていた頃、JBICの担当者は「我々が貸さなかったときに、誰が貸すのか。その時に環境配慮はどうなるのか」という発言をしていた。これは、欧米や日本が融資をしなければ、環境に配慮しない中国の銀行が融資に乗り出してきて、現地はもっとひどいことになるというある種の「脅し」だった。

公の場でなされる発言なのかと当時も違和感をもったが、しかし一方で、日本社会の側には妙にそれ(中国の悪玉論)に納得する空気が、中国が経済力を増すにつれ、醸成されてきたように感じる。

当時も今も、日本がサハリン2から撤退しなかった理由は「日本のエネルギー安全保障上、重要」だからだ。であれば、当時であれば、関与するプロジェクトが環境基準を充たすように努めればよいし、今回であれば、自国のエネルギー政策の見直しをすればよい。

中国が経済大国となり、様々な軋轢が生じてきたのは確かであるとしても、国家の栄枯盛衰は世の常であり、現実を受け容れ、適応していくしかない。

にもかかわらず、みずからを変えようとせず、「上から目線」で隣国を貶めるような発言をとおして自らの正当化を図ることを、15年以上も変わらずに繰り返してきたことによって、得たものは何であろうか。それは、隣国との関係悪化と国家としての品位の低下でしかないのではないか。

当時はまだ、環境面での先進国のリーダーとして、日本はその地位を築くことができると信じていたが、もはやその機は逸したと考えている。

しかしこれからも、日本がアジアの一角で存続し続けるのであれば、エネルギー資源を筆頭に、他国に依存しなければならない国として(それと同時に深みのある歴史を持つ文化国家として)、どのような価値を重視するのかを考え改め、生き抜く術や国としての姿勢を見直していく必要があるのではないか。

人類の相互依存の危機にある今こそ、経済や競争の原理から、「共存の原理」へと転換していくことが、日本が歩むべき道だと私は考えている。

後記

記事をアップデイトできずにもたもたしているうちに、ロシアのウクライナ侵攻から100日がとうに過ぎ、ロシアに漁業協定を停止されてしまった。
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サハリン州と北海道はわずか43キロしか離れていない。関係悪化を招いて、どうやって紛争の仲裁ができるのだろうか。日本は欧米に追従するのではなく、隣国ロシアとの独自の外交交渉のあり方を、原点に立ち返って考えることが急務だ。

…と思っているうちに、サハリン2でもプーチン政権に先手を打たれてしまった。
日経新聞(7/1) サハリン2、ロシア側に無償譲渡 プーチン氏が大統領令 出資の三井物産と三菱商事、新枠組みで排除も
Business Journal(7/1) 電気料金、さらに高騰の懸念…ロシア、日本企業へ「サハリン2」撤退要求の衝撃

これはある意味、ロシアのウクライナ侵攻以降、日本が選択してきたロシアにとっての「敵対行為」からして、分かり切ったことだ。日本はみずからの弱みを自覚したうえで、強みを活かした外交政策を立て直すしかない。米国の軍事政策の中のみで思考する状況から抜け出せるか否かに、この国のゆくえがかかっている。

サハリン(樺太)のかつての激戦地スミルヌイフ (旧 気屯)にある「日ソ平和友好の碑」。  両国の多くの兵士の鎮魂と日ロの平和を願って設置されたという


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