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旅の記録④混迷期:スターターってなに?

PCでWordやExcelをいじり始めたはるか昔。物珍しさも手伝って夢中になって使うものの、タイプ以外の操作が分からず、無駄な作業、文書行方不明、クラッシュと失敗を重ねた経験のひとつやふたつ、誰でもあるでしょう。慣れていくうちにWordで得た知識がExcelでも応用できるやん!ということが分かって、さらに他のソフトも同じようなルールで動いてる?に気づくと、効率もぐんとあがる。要は基本ルールを知らずに闇雲にいじっても無駄が多いだけ。点と点を結ぶ線、つまり経験と知識が必要なのです。サワードウブレッド混迷期は、インスタントドライイースト→レーズン天然酵母への移行が早すぎてパン作りのいろはを学ぶ間もなく、高度なパン作りにジャンプしたことが敗因でした。新しく習う言葉や作業だけにいちいち反応する「点」なリアクションが混迷の元だったのです。

名前で頭がグルグルする

パン・オ・ルヴァンをググると、ベーカリーがヒットした。そうそう渋谷の富ヶ谷にルヴァンっていうおいしいベーカリーあったよなー。そうじゃなくて。検索結果をそぎ落とすべくPain au levainと欧文でググると、右側にSourdough breadの説明が現れた。パン・オ・ルヴァンとサワードウブレッドってイコールってこと? そなの。念のためにPain au levainのフランス語wikiをグーグル英語翻訳したら、やっぱりサワードウブレッドの説明になる。

そうなのね。サワードウブレッドとパン・オ・ルヴァンは同じなのね(←厳密には違うようです)。フランス語のレシピをいちいちグーグル翻訳かけながら習うのも大変だし、サワードウブレッドとして出発進行しよう。

市販のインスタントドライイーストの代わりにルヴァン種ってやつが必要なんだよね。どうやって作るんだっけ。確か水と小麦だったよね。日本語でググると、ルヴァン種は「ライ麦や全粒粉を使って自然界にある野生の酵母を培養する」という説明があった。野生の酵母。天然酵母よりもワイルドな響きがあるなぁ。いいねぇぇ。あ、いかんいかん、自分はサワードウブレッドのレシピに従うのだった。英語でググり直すとルヴァンと共にStarterという単語が登場した。スターター。なんじゃそれ。

「小麦粉と水を繰り返しフィード(feed=食べ物を与える)することでできる発酵物で、これをルヴァンとして使います」

なるほど。小麦と水で作る培養物は、ルヴァンの他にスターターというものがあるんだ。ルヴァンではライ麦を使うと書いているけれど、スターターもそうなのかな? 調べてみると小麦粉だけでもいいらしい。

まとめると、小麦で培養したスターターを、ライ麦で作った培養物ルヴァンとして使うと。待て。どういうことだ。改めてLevainをフランス語辞書でひいてみた。Levainとは「パン種」「酵母」「サワードウ」という意味です。つまりスターターと一緒? でもルヴァンはライ麦を使い、スターターは小麦を使うのでは……。わー、わからん。意気揚々と歩き始めたら途中で方角が分からなくなって、迷いに迷ってたどりついたらスタート地点だったみたいな。ダメだ、知識より実践だ。英語ではごまんとあるサワードウブレッドのどのレシピにもスターターづくりから始まるとあるじゃないか。スターターとルヴァンの区別がつかないまま、スターター作りを始めることにした。

冷蔵庫を占領するどろどろスターター

サワードウブレッドレシピでは、スターターはライ麦MUST!となっていないので、とりあえず手元にある小麦を使うことにする。パンに使えるようになるまでにはトータルで2週間はかかるらしい。水と小麦の重さは同量の1:1ね。季節(室温)によるが3~5日たつと、表面や側面にフツフツと泡が立つようになるらしい。

毎朝起きては様子を見ること4日目、ほんとだ泡が立ってきました。次は?「ボリュームが増してきます。2倍くらいまでボリュームが増した後、かさが落ちていきます。その時がフィードの合図です」。

フィードとは新たに水と小麦を加えて発酵物にいるバクテリアに栄養を与える作業。1日1回は行うそう。

早く大きくなれーとせっせと水と小麦を加えていく。Rise&Fallの繰り返しはまずまず順調。なのだが、スターターがずんずん増えていく。ガラスコップでは収容しきれなくなり、ジャーに移し、ジャーもすぐにタプタプになり、他のジャーに移し替え、冷蔵庫にはスターター瓶が2瓶もできてしまった。こやつらはいったいどうするのだろう。それに、めでたくパンを焼くまでの2週間に何瓶できてしまうのか。さらに、どのスターターを使えばいいのだ。冷蔵庫に鎮座する瓶其の一か、其の二か、今フィード中の其の三か。そのうち其の一が茶色い培養物の上にうっすらと黒っぽい液体を浮かべるようになってきた。瓶をあけて匂いを嗅ぐと、なんとも濃い匂いがする。チーズっぽいというか。正直、ちょっと薄気味悪い。

液体が生じるのはバクテリアの「腹減った~!」サインで、チーズっぽいのは発酵している証拠、という説明をどこかで読んだ。せ、成長の証なのか、この黒い液体……。瓶其の一はすでにギリギリまでスターターが入っているから、瓶其の一からのれん分けして其の一の一瓶を作らねば、お腹を空かしたバクテリアにご飯があげられない。

そしてスターターは増殖し、冷蔵庫は瓶其の一、其の二、其の三、其の四と増え続けていった。スターターはパンケーキやクッキーにできるそうだが、毎日パンケーキを作って、クッキーを焼き続けても、まだ余るほどの量になっている。

やがて其の一のみならず二も、三も黒っぽい液体をたたえるようになっていた。バクテリアを育てるというよりも、「腹減った。なんかくれ…」とぽたぽた液体を出し続ける茶色い妖怪を飼っているようで、ざわざわしてきた。妖怪を育てた覚えはない。なにかが間違っていると、腰を据えてレシピを読んでみた。「discard」の単語に気がついた。

捨てる。
なに?

スターターはフィードし始めたら、全体の80%くらいを潔く捨て、残り20%に新たな水と小麦を加えます。

えぇぇぇ~❕ 捨てるぅぅ?? フィードしか見てなかった。フィードは間違いではなかったけれど、「捨てて、フィード」が正しかったのです。

英語サイトで、サワードウブレッドを作っているベーカリーやホームベーカーに「スターター、分けて下さい」とお願いすれば喜んでもらえますよという記事を読み、そんな気前いいベーカリーがいるんだろうか、明るくてフレンドリーなアメリカだけなんじゃないかと思ったけれど、そういうことだったのか……。

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申し訳ないけれど、其の一、二、三、四に成仏してもらい、仕切り直してスターターを作り始めた。今や5カ月目に入っているが、元気に育ってます。

フィードはだいたい1日に2回。スターター、水、小麦の割合をfeeding ratioいいますが、レシピごとに違うといっても過言ではないくらいに色々ある。共通しているのはスターターよりも多めに小麦&水を入れること、小麦&水は同じ重さで行うこと、というルール。私はスターターが元気っぽかったり、パンを焼く時間によって1:2:2(スターター10gだとすると水20g:小麦20g)、寝る前は1:4:4などと割合を変えている。小麦の他にライ麦やスペルト、全粒粉などを混ぜ混ぜすることもあり、総じてスターターはとっても丈夫なようで、割合を変えても、小麦の種類を変えても、フィードを1日忘れても、4~5時間後(冬の室温)からももも~っとかさを増しはじめて、表面にプクプクと泡がたってくる。また環境が酸性になっているので雑菌の繁殖を防ぐらしく、湿度の低い環境では血眼になって容器を殺菌消毒しなくても大丈夫そう。スターターは元気で丈夫で寛容なのです。

そして謎だった「スターターを育ててルヴァンとして使う」も翻訳できるようになった。この一文には「スターターは毎日フィードして育てる必要がありますが、パン生地に使うのに適しているのは、パンを作る5~6時間前か、一晩前にフィードをした若いスターターです。酸っぱさも抑えられます。若いスターターを使いましょう」という意味でした。要は「スターターを育てて、若いスターターを使う」ということだったのです。

アメリカのレシピに多い「ルヴァンを使う」は、フランス由来の言葉を残したかったのか、「スターターをフィードしてスターターを使う」だと混乱するかな?という親心からだったのかも。その親の愛を知るには、子どもは未熟すぎました。





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