見出し画像

過去から未来へ空間の旅 ーシナスタジアX1 - 2.44 波象(Hazo)体験レポートー


 もう一度シナスタジアの体験をしたい。

 ただそれだけの思いでシナスタジアの体験へ向かった。前回2019年のシナスタジアの体験で私は日本三大霊場である故郷の青森・恐山の独特な冥界の世界を脳内にイメージでき、大都会の狭間で恐山を体験できたのだ。

 シナスタジアX1 - 2.44 波象(Hazo)アーティスト名[シナスタジアラボ feat. evala (See by Your Ears)]は、Media Ambition Tokyo 2021の期間中六本木の東京シティビューに展示されている。胸を高めながら新しいシナスタジアに対面すると、四角い白の空間の真ん中にぽつんとシナスタジアの椅子が置いてあった。その椅子には44個の振動子が足元から頭まで敷き詰められている。この振動を提示する椅子は体験者に全くの別世界を体験させてくれる空間移動装置である。

正面から見たシナスタジアの四角い箱の空間

シナスタジア 触覚提示を促す椅子 全体像


 係の方に案内されその椅子の横から座り上を見ると、白く狭い空間はまるで病院のMRIや棺桶をイメージさせた。そして、体験に集中するために目をそっと閉じると、自分のお婆ちゃんが火葬される最後のタイミングとして棺桶が火葬炉に入れられる瞬間が思い出されてしまったのだ。

筆者がシナスタジアに座って寝そべった様子

 体験は四角い空間の中でプライバシーを確保しつつ1人で行う。しかし、外と通じる扉が閉まると本当に自分が手術室・MRIや火葬炉の中に入れられてしまったような感覚に陥った。
 「助けて欲しい! このまま私は死んでしまうの? でも、なんだろう、この心地よい音と振動は心を落ち着かせる。」

 扉が閉まった瞬間に私が心の中で叫んだ言葉である。そして、シナスタジアと共に始まる11分の短くも果てしない空間の旅へと誘われ物語がはじまった。
 シナスタジアの触覚提示は、足元から頭にかけて脳の内側から心地よいリラックス感をイメージさせるものであった。
 私は最初手術室のMRIに飛ばされていた。ちょうど9年前に大事故に遭い生死を彷徨った経験があるが、その時に集中治療室に搬送され最初の検査としてMRIに入れられたことがはっきりと思い出された。事故の時に生死を彷徨い、もう死んでしまうのか?と強く思い、生きることを諦めかけていたが、それでも生きたいと願う自分がいた。虚しくも生きる燈火を描くかのように生体情報モニタに映し出される自身の脈拍の波形と音が手術室に響き渡るのだ。

シナスタジアの椅子 その1

 そして、シナスタジアの振動の提示が強くなったところで、冥界からお婆ちゃんがお迎えに来た。一瞬であるが火葬炉の中へ入れられて自分の肉体が燃やされてしまう感覚に陥った。本当に死んでしまうのか? 生きたい、私は生きたい。この世界で私はコミュニケーションの円滑化にフォーカスする研究やデバイス開発をしたいの。まだやりたいことがあるから死にたくない。だから、生きさせて!

 シナスタジアの音楽が一瞬静まり、触覚提示が優しく私を包み込んだときに、手術が終わったタイミングとなった。一瞬、私は生死を彷徨い真っ暗な世界が見えた。それは冥界のようだった。その冥界を歩く中でお釈迦様や仏像の中を彷徨った。
 如来(にょらい)、菩薩(ぼさつ)、明王(みょうおう)、天(てん)の仏像が心に浮かんだ。最初は一体ずつであるのに、徐々に数を増やし最終的には百以上となった。それぞれの仏像は違う形や姿勢をとっており、目だけ動いていた。そして私を睨みつけるように見つめながら私の周囲を円形に囲み、まるで死後の裁判を受けている感じがした。その瞬間大きなお釈迦様が現れて目から光を発して、仏像に囲まれていた私を大きな手で救ってその場から解放してくれたのだ。

シナスタジアの椅子 その2

 しかし、その手はすぐにひっくり返されて、私は突然崖から突き落とされるかのように別な世界の闇の中に引きずり込まれたのだ。
 
 次に見えた世界は15年前の私だった。大学の学部生だった私は長期の休みを利用して日本一周自転車の旅をしていた。その時に日本各地のお寺を巡り各地のお地蔵さんや仏像に手を合わせていたのだ。山形県の山寺や名古屋の大須観音、東京の浅草寺、京都の清水寺、そして三十三間堂など各地域のお寺の仏像を巡っていたのを鮮明に思い出した。各地のお寺に祈願していた理由は、学部生の当時は、自身の人生や社会をどう歩き渡れば良いか悩んでいた時期であり、各地を旅して人生の答えを見つけようとしていたためだ。    「どうか、私に生きるための希望をください。」そんなことを思い仏像に祈り続けていた自分がいたのだ。

シナスタジアの椅子 腕を乗せる部分

 海をイメージさせる音と振動が流れた時に私は一気に海辺へと瞬間移動した。青森の深浦や北海道のオホーツク海、兵庫から日本海を見つめて黄昏ていたのだ。海を見て心を落ち着かせ、そして海の美しさに生きる希望を見出していたのだ。各地の海を移動している時に、岩手県釜石の太平洋の海で私は3.11の津波に巻き込まれ、自分の生死を再び彷徨うのだ。

 3.11の時、実際の自分は東京に居て電車が止まったりコンビニやスーパーからモノが無くなる現象を経験していたのだが、波に飲み込まれた自分は海の奥へ奥へと引きずり込まれたのだ。周囲を見ると同じように海の中を漂う人がおり、これは3.11の波に引きずり込まれてお亡くなりになった人たちのご遺体であると感じた。小さな子供からランドセルを背負った小学生、制服を着た中高生、成人らしき働いていた方、そしておじいさまおばあさまのご遺体まで様々であった。これは私に何を訴えたいのだろう?まるで3.11の波の勢いを私に訴えかけているように感じた。

シナスタジアの触覚提示を可視化した画面の様子

 その波の奥に引きずりこまれ、深海へと辿り着いた私は、一気に浮上して海も空を超えて現代の東京へと蘇ったのだ。そのシーンは一瞬しかなく、体に電気が走り、機械音が私の脳をハックする。シナスタジアの海を連想させる振動は私の体を痺れさせて、動けない感覚に陥いらせ、苦しみを感じさせた。

 その苦しみから一気に解放された時、私は近未来へ飛ばされ、未来の自分の影を見たのだ。

 未来の私は誰かと手を繋ぎ、自分の子供を抱えていた。誰かと笑って会話し、すくすくと育つ自分の子供が笑いながらその周りを駆けずり回るのであった。私はそんな家族の姿に安堵しながら何かを話していたのだ。その何かの音は聞こえないので何も想像はできなかった。

 そして、その家族の影の中へ引きずりこまれ、私は最終章へと導かれたのだ。


 最後は水のイメージの音がし、脳裏に描かれたのは”無”だった。
 何もない白と青い空の空間を肉体も無い私の魂が彷徨い、やがて暗くなってその世界は終わり、シナスタジアとの短くも長く感じた11分間の空間の旅は終結した。

シナスタジア 体験後の六本木ヒルズ52階から眺める東京の夕暮れ 美しい

 シナスタジアは私にとって空間移動装置であり現代のタイムマシーンである。
 それは、物理的なタイムマシーンではないが、脳と体をハックし擬似体験としてハッキリと冥界や擬似空間を提示してくれるのだ。


 2年越しで体験したシナスタジアはとても素晴らしい触覚提示と美しい音であった。
 2年前と違うのは触覚提示と音がより抽象化されたことであった。私はその音が釈迦や鐘の音のように感じた。そのため、瞑想に近い形で前回よりもよりリラックスできた。

 シナスタジアはまさに空間移動装置である。そして、新しいシナスタジアは未来を見つめさせてくれる希望が持てる体験装置へと変化した。

 素晴らしいシナスタジアの体験に心から感謝したい。ありがとうございました。

シナスタジアが表紙になったデザイン雑誌 AXIS  2021年6月号

シナスタジアが展示されている Media Ambition Tokyo 2021 は他にも楽しめるメディアアートが勢揃いしております。会場へ行ける方は是非足を運んで生の会場での臨場感のあるインタラクションの体験を経験して欲しい。
https://mediaambitiontokyo.jp/

Media Ambition Tokyo 2021で展示されている素晴らしいアーティストの皆様、スタッフの皆様、会場の方々、そして来場される全ての皆様に心からの感謝と敬意を表してこの記事を終わります。ありがとうございました!

記事構成 協力 伊東健一、藤井綺香



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?