ストレスの種は鋭利

身体に不調が現れた時、ネットで検索をかけると、大抵“ストレス”が原因だと書かれている。 

だが、肝心な“ストレスの取り除き方”について明記されたページは、存在しない。

その代わり『これをやったら治るかもね?』くらいのニュアンスで、風呂に浸かれ、ウォーキングをしろ、早寝早起きをしろ、胃にいい食事をしろ…といった文言が書かれている。   

それができるのであれば、皆そうするだろう。


これを実践できるのなんて、せいぜい老人か、ローラくらいである。
働き盛りの若者に、それを強いるのは酷だ。

残念ながら、私は老人ではないし、ローラとも性別以外の共通点が見当たらない
脚は短いし、まぶたは奥二重、目上相手にタメ口を使えるような愛嬌さえない。

私がローラじゃないばかりに、不調への立ち向かい方が、どうにも分からないのだ…。


現在、私は眼瞼ミオキミアと呼ばれる、下瞼がピクピクと痙攣する症状に悩まされている。

メルヘンな名前に反して、死にかけの魚の如く不気味な痙攣な起こす、この症状。

最初はすぐに治るだろうと思ったのだが、これがどうにも1ヶ月間治らない。おまけに、生理もこない。


自分にストレスがたまっているという自覚は全くなかった。

 

むしろ『今が人生で1番楽しい』とすら思っていた。

この1年、毎日休まずに動画撮影と編集をこなしていた事を考えると、多少の不調にも納得できるが、私はこれらの作業が楽しくて、疲れてる事に全然気付かなかったのである。

動画を作ることも、楽しい。
ファンの皆様からの反響も、嬉しい。
全てが楽しくて、嬉しくて、疲れているとは微塵も思わなかった。

楽しいのに疲れる。

人間というのは面倒くさい。

日々の疲れに加えて、親や自分の老後のこと、将来への漠然とした不安なんていう、くだらない悩みまで抱えるようになり、今日(こんにち)のピクピクに繋がったようだ。


心と体の意思疎通がとれなくなった私は、旅に出ることにした。

名付けて、祥子のストレス軽減ジャーニー

イカした名前も決まったところで、ことの経緯(いきさつ)を全て悠ちゃんに話した。

すると『アンタ少しは休みなさいよ』と、やや美川憲一風の口調で、送り出してくれた。優しい。
(そういえば、若干口角も歪んでいた気もする。)


旅に出ようと思い立ったのは午後だった。
つまり、私に用意された時間は7時間ほど。

遠出する事はできないが、目一杯楽しもう。

そもそも旅と呼べるか不明だが、やるだけやってみよう!



そう意気込んで決めた行き先は、吉祥寺

お腹が空いていたので、まずランチを食べようと意気込み、一度だけ訪れたことのある、古民家風の台湾料理屋を目掛けて、歩くことにした。
そして歩いている時、すれ違う人の多さに気がついた。

『あ、今日祝日だ…。』


激萎えである。

吉祥寺というのは、平日と休日(祝日)とで全く違う顔を持つ街だ。
平日は待ち時間無しの店も、休日は何時間も並ばないと入れないという事はザラである。

出鼻をくじかれた私だったが、なんとか目的地に到着した。

そんな私の目に映ったのは、長蛇の列。
意地でも台湾カステラを食べたいと思っていた私は、最後尾に並ぶ事に決めた。

空腹。寒さ。目の前のお姉さん2人組。

お姉さんたちは延々と御殿場プレミアムアウトレットの話をしている。

溜まりに溜まったストレスが、ドクドクと波打ち始める。


しばらくすると店員さんが、申し訳なさそうに店内から出てきて『少々お時間いただきます。』と呟いた。
申し訳無さそうな顔を維持したまま、待っている客の人数を数え始める。

『はい!お2人ですね!お兄さんたちは何名ですか?お2人!えっと…』

店員さんは少し間をあけて、こう言った。

『お姉さんたちは3人…?』 

ボーッとしている間に、御殿場お姉さんグループに加入させられそうになっていたので、慌てて『いや!1人ですね!私!』と答えた。

慌てたせいで、若干カタコトになってしまった。

その上、思いのほか大きい声が出たので、御殿場お姉さんたちの肩がビクッと震えた。

お姉さん達に申し訳ないので『実は私もアウトレット好きである』という旨を伝えようか迷ったが、悩んだ挙句、思いとどまった。

 


そのまま5分ほど待ったのだが、一向に列が動く気配がないので、別の店へ向かう事を決意した。

 

しばらく歩くと、常に朝食が食べれるというコンセプトのレストランを発見した。

そのオシャレな外観に見惚れていると、1組しか並んでいない事が分かった。

ラッキー!
祝日の吉祥寺にしては、なかなかのラッキーである。

私の前に並んでいたのは、キラキラした女の子3人組。
彼女らの話では、1時間もこの場に並んでいたようだった。

寒かっただろうに、笑顔を絶やさず話す彼女たち。
その姿に胸を痛めていると、店員さんに呼び込まれた。
私が並んだ途端、ちょうど2席空いたので、全く待たずに店内へ入る事ができたのである。

いい判断したねぇ!!祥子!

私の旅は今、始まったのだ!


あまりの興奮にニヤついていると、笑顔の素敵な男性店員さんが、4人席に通してくれた。

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私は着席してすぐに、“アメリカの朝食”と“モロッコのカフェオレ”を頼んだ。

ほどなくして、テーブルに“モロッコのカフェオレ”が運ばれてきた。

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ここで私の身に、第一の試練が訪れた。

私は現在、歯列矯正中である。

飲食をするにはアライナー(マウスピース矯正の装置)を外さなければならないのだ。

だが、入店直後にトイレに行くと『ずっと我慢していたのかな?』と、皆に思われてしまうかもしれない。

どうしよう。


私はマスクの下に手を突っ込み、その中で全て終わらせる事を決意した。

こうする以外に方法はない。
私はマスクの中で、ひょっとこのように口を歪ませながら、なんとかアライナーを取り外し、涼しい顔でカフェオレを飲んだ。

“モロッコのカフェオレ”。
その名も“ノスノス”。

字面はミオキミアに匹敵するほど、かわいい。
味はどうだろう?

思い切ってストローで吸い上げると、よく冷えたカフェオレが口の中に滑り込んできた。

美味しい。
アイスカプチーノによく似ているが、泡の密度と分厚さが違う。

華やかなシナモンの香りにも癒される。


一気に飲んではもったいないので、無意味にマドラーで泡をかき混ぜてみる。

カチャカチャカチャ。スッ…。

マドラーだと思っていたものを勢いよく引き抜くと、なんと先っぽがスプーンになっていた。

ちょっとテンション上がる。

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マドラー遊びに飽きた私は、カフェオレの受け皿にドライフルーツのようなものが添えられている事に気づいた。

これはデーツだろうか?
見慣れぬフルーツをフォークに刺して、しばらく眺める。

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これは、食べるべきなのか。

もしかしたら飾り用なのかもしれない。
パセリ的扱いなのだとしたら、食べた時点で“意地汚い”というレッテルを貼られる恐れもある。

あの笑顔の素敵な男性店員さんにも、隣のキラキラ女子たちにも薄汚いモグラ扱いされたくない。

だってこれは、“ストレス軽減ジャーニー”なんだよ?


私は悩んだ。

そもそもこれは本当にデーツなのだろうか?
絵の具を塗った紙粘土の様にも見える。


デーツらしき物体と睨み合いを続けること、2分。
私は決意を固めた。

これを食べる!


パクッと頬張ると、それは、干し柿の様な味がした。
意外にも懐かしい味。

素朴で美味しい。


安心した矢先、第二の試練が訪れた。

デーツには、種があったのである。

だが、テーブルには紙ナプキンが無かった。
あるにはあるのだが、フォークとナイフの下敷きになっている。

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こういった場合、おしぼりタオルに種を吐き出すのは下品な気がする。

普段であればティッシュを使うのだが、この日はティッシュを持参していなかった。

万事休す…。

ゴロゴロゴロ。

アーモンドほどの大きさの種が、私を愚弄するかのように口内で転がっている。

このままでは“アメリカの朝ごはん”を楽しむ事はできない。

私は、意を決した。

再度ひょっとこヅラをぶらさげ、うまいこと種だけを口から排出できたのである。
そして光の速さでおしぼりタオルに種をくるんだ。



種はアーモンドよりも先っぽが鋭利だった。
“飲む”とか“噛む”という選択をしなくて良かった。



そうこうしているうちに、“アメリカの朝ごはん”が届いた。

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一瞬『自分でもつくれそうだな…。』と注文した事を後悔しかけたが、パンケーキを一口頬張った瞬間に、そんな考えは吹き飛んだ。

薄めのパンケーキはフワッとジュワッとしていて、“台湾カステラ”を食べたがっていた私にピッタリの食感だった。

バターからは微かに柑橘の風味が感じられた。
メープルシロップの香りも素晴らしく、パンケーキとの相性が抜群だった。

美味しい。

私が家で作るお粗末なパンケーキとは雲泥の差である。
それどころか、どんな有名パンケーキ屋のものよりも、美味しい気がする。

こんなにも好みなパンケーキに出会ったのは初めてだった。


次はベーコン。
店員さんからメープルシロップをかけるよう勧められたので、それに倣って食べた。

最高。
カリカリで塩気の強いベーコンと、甘いメープルシロップのマリアージュ。


昇天しそうなほど美味しい。

添え物のポテトは、ホクホク系かと思いきや、ねっちりとした食感で、素敵な裏切りを味わった。


そして、目玉焼き。
私の大好きな目玉焼き。 

しかし、テーブルには醤油がない。

まごう事なき醤油派である私は、動揺を隠せなかった。
あまりの動揺に、目玉がカメレオンの如くクルクル動く。

仕方がない。
半熟の黄身を割って、一気に口へ運んだ。

うん、美味しい。

美味しかったが、どうしても『醤油が欲しい』という思いを断ち切れなかった。

無念。
だが、“アメリカの朝ごはん”なのだから当たり前である。


そうは言っても。“アメリカの朝ごはん”は私の心を元気にさせた。


好きなものを、素敵な空間で、じっくり時間をかけて食べる。

こんなに幸せな事はない。

美味しいものを食べたら、溜まったストレスがどんどん消えていくような気がした。

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食べ終えたはずの皿を見ると、私を試す様に、輪切りのオレンジが残っていた。

さすがにこれは罠だ…。

これにかぶりつくか否かで、品性が試されているに違いない。
これは踏み絵なのだ。

ご丁寧に切り込みまで入れられているが、そんなオレンジを一瞥して、颯爽と立ち上がった。

祥子は腐っても新宿生まれのシティーガール。
こんな罠には騙されない。

私の勝ちだよ!オレンジちゃん!!!
江戸っ子を甘く見なさんな!!


勝ち誇ったような顔つきでレジを探していると、『あ、テーブル会計です。』と、店員さんに声をかけられた。

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私はオレンジに動揺を悟られぬ様、落ち着き払った声で『分かりました。』と答え、再びイスに腰をかけた。



会計を済ませ、このお店を出た後、私はすぐにnoteを書き始めた。
休むために旅に出たはずなのに、作業したくてたまらなかった。

結局私は、そういう人間なのかもしれない。



路上のベンチで数行書き終えたあと、本革のブーツ、クリスマス用のリース、化粧品などを買って、帰路についた。


なんて楽しい1日だったんだろう。


いまだにミオキミアが治る気配はないが、生理に関してはこの旅を終えた途端に、きた。

すごい。すごいよ、吉祥寺。


みんな、たまには息抜きするんだよ!

私もたまには休むから。



またね。


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